競走
「.......七条和臣」
「なに? あ、サインなら色紙に.......」
「違うわよ。こんなとこで書いたらバレるでしょ」
夕方。夜まで目的の高層マンション近くの店で待機となった。葉月達は周辺を確認してくるらしい。俺も行こうと思ったら、迷子になられると困ると言われゆかりんと待機にされた。さすがに皆と一緒なら迷子にならないよ。
「.......ごめんね俺の見張りさせて。コーヒー追加で頼む?」
「いらない。.......あのさ、この間あんた蹴三様に会ったでしょ」
思わずむせた。記憶に蓋をしていたのに、蹴り落とされる恐怖を思い出させないでくれ。
「.......ゆかりんも俺を蹴り落とす気?」
「ええ。初めからそれは変わらない」
うっそん。
「お、俺の事嫌い.......?」
「別に。術者としては尊敬してる。でも」
でもって何よん。死刑宣告じゃないのん。
「.......三条の門下の中で私が一番歳が近い。若い割に実力があるって言うのも似てた。私が期待されてたの。あんたより上に行くことを」
全く理解出来ない。何言ってるんだ。
「三条はさ。踏まれたくないの。だから上を目指してる。私があんたよりすごい術者になるよう言われてた」
「.......」
「正直言って楽勝だと思ってた。自信あったし、そもそもあんたちょっと前にぱったり話を聞かなくなったし。天才って言ったってどうせ大したこと無かったんだと思った」
「.......」
「でも。今はもうそんな事思ってない。私じゃ、多分届かない」
「ゆかりん」
「私、三条の広告塔なの。でも、芸能人も術者もやってるから、だから届かないんだって」
「ゆかりん。違うよ。2つともできるからゆかりんなんだ」
蹴三さんの言葉を思い出す。「ゆかりを返せ」。ゆかりんはずっと悩んでいたのだろうか。俺と仕事に来るのが、辛かったのだろうか。
「ま。そんなウジウジしたことないけど」
「ん?」
「届かないなら、全てを賭けて走ればいい。言ったでしょ? 私、三条の中でも特に脚に自信があるの。さっさとあんたに追いついて、尻を蹴り上げて三条の時代を築く!! 次のドラマのオーディションも勝ち抜く!! なんたって私アイドルだから! 」
ビシッと指をさされる。ぱちんと決まったウィンクは、どのDVDにものっていない。
「.......はは、じゃあ俺も泣いて走んなきゃ。ゆかりんに蹴られたら死んじゃうから」
「精々頑張るといいわ! あんたが凄ければ凄いほど、私があんたを超えた時気持ちいいから!」
「おう!」
ゆかりんが拳を握ったので、俺も拳を握ってぶつける。俺の憧れのアイドル。弟子でも、彼女でもない。きっとただの仕事仲間でもない。俺達はもう少し、駆け足の関係なんだと思う。
「うなぎ食べたい。あんたの財布の限界まで」
やっぱり俺もう追い抜かれてる気がする。
「あの、すいません」
俺の隣に座った女性が、小声で話しかけてきた。
「はい?」
「.......逃げた方が良いです。ここ毎日6時から記者が張り込むんです」
ゆかりんがビクッと震える。
「そろそろ来ます。早く.......」
ゆかりんが慌ててサングラスをかける。俺に帽子を放って、マスクを付けた。俺は。
「ちょっと待ってください」
「七条和臣! 早くして! 私の芸能人生終わる.......!」
女性のカバンについた赤い紐を握る。ばぢんっと音がして切れた。
「「!?」」
「すいません、切っちゃいました。後でお詫びに行きます。本当にすみませんでした」
急いで立ち上がって店を出た。ゆかりんと少し離れて歩いて、駐車場に札をはって葉月達を呼んだ。
「七条和臣、あんたアレ訴えられるわよ!?」
「.......オカルトって言っても、限度があるだろ」
「はぁ!?」
握っていた手を開く。皮がめくれて血が滲んでいた。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!」
もう一度握って開けば、もう傷は塞がっていた。
「.......はぁ。どこで拾ってくるんだあんなもの」
丁度葉月達が戻ってきて、街灯に明かりが灯った。
「全員少し気をつけてください。あ、これあげるよ」
杉原さんに貰った救急箱を葉月に渡す。今日は目立つので洋服で来たが、ポケットに沢山札を入れてきた。
「じゃ、俺行ってきます。何かあったら電話するんで、そっちも何かあったら電話お願いします」
「待って。あんたまさか普通に女優の家訪ねる気?」
「うん。俺もオカルトファンでぜひお話したいって言う設定」
全員がため息をついた。俺も薄々気づいてたよ。これ、無理あるよね。
「.......私が着いてってあげる。前に1度だけ、桃川さんとは話したことあるの。.......テレビ局のトイレで」
「.......すごい、もうそれ親友だね」
「「「.......」」」
花田さんに後は任せて、綺麗すぎるマンションのエントランスへ向かう。教えられた部屋番号を押して、インターホンを鳴らす。
「.......あんた全然恥じらいってもんがないの?」
「ゆかりん」
何故かすんなりエントランスのドアが開いて、エレベーターに乗った。
「.......心を殺してるんだ」
「あ。ごめん」
俺は取ってつけたような女物のカツラを取りながら、乾いた目で天井を見た。
さすがに記者だって、これは気づくと思った。