表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/304

競走

「.......七条和臣」


「なに? あ、サインなら色紙に.......」


「違うわよ。こんなとこで書いたらバレるでしょ」


 夕方。夜まで目的の高層マンション近くの店で待機となった。葉月達は周辺を確認してくるらしい。俺も行こうと思ったら、迷子になられると困ると言われゆかりんと待機にされた。さすがに皆と一緒なら迷子にならないよ。


「.......ごめんね俺の見張りさせて。コーヒー追加で頼む?」


「いらない。.......あのさ、この間あんた蹴三様に会ったでしょ」


 思わずむせた。記憶に蓋をしていたのに、蹴り落とされる恐怖を思い出させないでくれ。


「.......ゆかりんも俺を蹴り落とす気?」


「ええ。初めからそれは変わらない」


 うっそん。


「お、俺の事嫌い.......?」


「別に。術者としては尊敬してる。でも」


 でもって何よん。死刑宣告じゃないのん。


「.......三条の門下の中で私が一番歳が近い。若い割に実力があるって言うのも似てた。私が期待されてたの。あんたより上に行くことを」


 全く理解出来ない。何言ってるんだ。


「三条はさ。踏まれたくないの。だから上を目指してる。私があんたよりすごい術者になるよう言われてた」


「.......」


「正直言って楽勝だと思ってた。自信あったし、そもそもあんたちょっと前にぱったり話を聞かなくなったし。天才って言ったってどうせ大したこと無かったんだと思った」


「.......」


「でも。今はもうそんな事思ってない。私じゃ、多分届かない」


「ゆかりん」


「私、三条の広告塔なの。でも、芸能人も術者もやってるから、だから届かないんだって」


「ゆかりん。違うよ。2つともできるからゆかりんなんだ」


 蹴三さんの言葉を思い出す。「ゆかりを返せ」。ゆかりんはずっと悩んでいたのだろうか。俺と仕事に来るのが、辛かったのだろうか。


「ま。そんなウジウジしたことないけど」


「ん?」


「届かないなら、全てを賭けて走ればいい。言ったでしょ? 私、三条の中でも特に脚に自信があるの。さっさとあんたに追いついて、尻を蹴り上げて三条の時代を築く!! 次のドラマのオーディションも勝ち抜く!! なんたって私アイドルだから! 」


 ビシッと指をさされる。ぱちんと決まったウィンクは、どのDVDにものっていない。


「.......はは、じゃあ俺も泣いて走んなきゃ。ゆかりんに蹴られたら死んじゃうから」


「精々頑張るといいわ! あんたが凄ければ凄いほど、私があんたを超えた時気持ちいいから!」


「おう!」


 ゆかりんが拳を握ったので、俺も拳を握ってぶつける。俺の憧れのアイドル。弟子でも、彼女でもない。きっとただの仕事仲間でもない。俺達はもう少し、駆け足の関係なんだと思う。


「うなぎ食べたい。あんたの財布の限界まで」


 やっぱり俺もう追い抜かれてる気がする。


「あの、すいません」


 俺の隣に座った女性が、小声で話しかけてきた。


「はい?」


「.......逃げた方が良いです。ここ毎日6時から記者が張り込むんです」


 ゆかりんがビクッと震える。


「そろそろ来ます。早く.......」


 ゆかりんが慌ててサングラスをかける。俺に帽子を放って、マスクを付けた。俺は。


「ちょっと待ってください」


「七条和臣! 早くして! 私の芸能人生終わる.......!」


 女性のカバンについた赤い紐を握る。ばぢんっと音がして切れた。


「「!?」」


「すいません、切っちゃいました。後でお詫びに行きます。本当にすみませんでした」


 急いで立ち上がって店を出た。ゆかりんと少し離れて歩いて、駐車場に札をはって葉月達を呼んだ。


「七条和臣、あんたアレ訴えられるわよ!?」


「.......オカルトって言っても、限度があるだろ」


「はぁ!?」


 握っていた手を開く。皮がめくれて血が滲んでいた。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ!」


 もう一度握って開けば、もう傷は塞がっていた。


「.......はぁ。どこで拾ってくるんだあんなもの」


 丁度葉月達が戻ってきて、街灯に明かりが灯った。


「全員少し気をつけてください。あ、これあげるよ」


 杉原さんに貰った救急箱を葉月に渡す。今日は目立つので洋服で来たが、ポケットに沢山札を入れてきた。


「じゃ、俺行ってきます。何かあったら電話するんで、そっちも何かあったら電話お願いします」


「待って。あんたまさか普通に女優の家訪ねる気?」


「うん。俺もオカルトファンでぜひお話したいって言う設定」


 全員がため息をついた。俺も薄々気づいてたよ。これ、無理あるよね。


「.......私が着いてってあげる。前に1度だけ、桃川さんとは話したことあるの。.......テレビ局のトイレで」


「.......すごい、もうそれ親友だね」


「「「.......」」」


 花田さんに後は任せて、綺麗すぎるマンションのエントランスへ向かう。教えられた部屋番号を押して、インターホンを鳴らす。


「.......あんた全然恥じらいってもんがないの?」


「ゆかりん」


 何故かすんなりエントランスのドアが開いて、エレベーターに乗った。


「.......心を殺してるんだ」


「あ。ごめん」


 俺は取ってつけたような女物のカツラを取りながら、乾いた目で天井を見た。

 さすがに記者だって、これは気づくと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ