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父母

「「.......」」


 1時間。


「「.......」」


 2時間。


「「.......」」


 2時間15分。


「.......王手だ」


「.......参りました」


 5回目の敗北。すいませんオセロにしてもらえませんか。


「和臣くん、君.......」


「もう1回お願いします!! もう1回チャンスをください!!」


 吐きそうな緊張感の中、床につくほど頭を下げる。

 葉月のお父さんは、静かに立ち上がってオセロを持ってきた。


「.......こちらにしよう」


「ありがとうございますお義父さん!!」


「まだお義父さんではない。まだ、お義父さんでは、ない」


「すいませんお義父さん!!」


「ぶっ」


 お茶を持ってきた葉月のお母さんが吹き出した。俺の冷や汗も吹き出した。昨日第九隊の仕事の手伝いにやってきて、今日の朝小腹が空いたのでコンビニへ向かう途中お義父さんに出会った。そして家に招かれてずっと勝負をしている。ちなみに全敗。冷や汗が止まらない。


「和臣くん」


「はい!! なんでしょうお義父さん!!」


「.......娘とはどうだい? その怪我、まさかとは思うが娘かね? 少々力加減が下手なのは私に似てね、すまない」


「いえ! この怪我は自分が悪いんです! 葉月さんは全く関係ありません!!」


 ぶっくり腫れた左頬は、昨日の夜優止と喧嘩して殴られたためだ。喧嘩自体は、また1つ漢が上がったという事でお互い気にしていない。

 そして花田さんが喧嘩の仕方を教えてくれた。拳の握り方と狙う場所を教えられ、十円玉を1枚くれた。花田さんはまだこの喧嘩法を未使用だと信じたい。


「そうか。.......和臣くん、君の負けだ」


「.......白と黒交換してもう1回お願いします」


 30分。完敗だった。


「昼ご飯にしよう。食べていくかい?」


「ご一緒させていただきます!!」


 夜までに帰ればいいだろう。というか、ここで断れる男など居るのか。だいたいなんだこの状況。なぜ身一つでこんな事に。せめて何かアイテムをください。菓子折とか。

 リビングに行くと、葉月のお母さんがそわそわと俺を見ていた。


「.......カレーは、好きかしら?」


「はい!! 大好きです!!」


「.......そう」


 葉月のお母さんはちょっとだけ笑った。

 俺と葉月の御両親でカレーを食べる。無言に耐えられなくて、未だかつて無いほど頭をまわす。どうすればいい、何か共通の話題.......葉月か!!


「あ、あの! 最近葉月さんと一緒に勉強してるんですけど、とても優秀で! それに運動も得意で、学校でも沢山友達がいて.......」


 俺は担任の先生か。もっと何かあるだろ。葉月の最近の面白エピソードを思い出せ。だめだうちの庭の木を素手で剪定したぐらいしか。


「そうか。娘に友達がいて良かった」


「.......ええ」


 大丈夫だったのか? 切り抜けたのか?

 ただ、そのまま会話は終了した。どうすればいいんだ。葉月が仕事で頑張った話はしていいのか。葉月のお母さんがいるからやめた方がいいのか。


「和臣くん」


「はい!!」


「君は最近どうなんだい? 元気でやっているか?」


「お、俺ですか?」


「君だ」


「お、お陰様で何とかやっています.......」


「そうか。娘の手紙に、君の事が書いてあったよ」


 あ、俺死んだな。もうだめだ。絶対こんな情けない奴に娘はやれんと言われるやつだ。将棋もオセロもぼろ負けだし。


「ただ一言、「1番好き」とね。どうやら娘は本当に君を.......好ましい.......と思っているようだ。恐らくな」


「き、恐縮です」


「.......勝負をしよう。将棋でもなんでもいい。私が負けるまで、娘はやらん」


 本当に言われた。ドラマで見るやつ本当に言われた。


「.......俺が勝ちます!! 娘さんは俺がもらう!! 覚悟していただきたい!!」


 なにか違う気がする。犯行予告みたいに聞こえる。


「ぶっ」


 葉月のお母さんが笑いだした。

 その後、お母さんと一緒に皿を洗った。お義父さんは庭で木刀を振り始めた。嘘でしょ。


「.......和臣くん」


「は、はい!! あ、洗い直しますか? すいません俺雑でしたよね.......」


「.......この間は、ごめんなさい」


 しおらしい葉月にそっくりだった。お母さんはもじもじと手元のスポンジをいじって、小さな声で言った。


「.......最近、着付け教室に通ってるの。だ、だから.......」


「.......ぜひうちの店に。お待ちしております」


「ありがとう」


 葉月のお母さんは、ニヤニヤ笑ったと思ったらキュッと口を結ぶ、という動作を繰り返す。面白い人だなと思った。


「和臣くん、宏樹さんは細かいことが苦手よ。ジェンガとか、たぶん勝てるわ」


「ありがとうございますお義母さん!!」


 ビクッと震えたと思ったら、お母さんは動かなくなった。しばらくしてから小さな声で言う。耳は赤かった。


「.......も、もう一度呼んで.......」


「? お義母さん?」


 お義母さんはニヤニヤしながら拭いていた皿を割った。真っ二つに。


「あら、ちょっと力が入りすぎちゃったみたいね」


 俺この家の人達に真っ二つにされる気がする。みんなアグレッシブ過ぎるだろ。


 その後3人でジェンガをしていると、玄関の呼び鈴がなった。お義母さんが玄関へ向かうと、お義父さんと俺も呼ばれた。


「和臣くん、大丈夫?」


「え?」


「男の人が和臣くんを呼んでって.......もしあれなら、宏樹さんに出てもらうわ。安心してちょうだい」


「.......メガネかけてました?」


「ええ。メガネで七三分けだったわ」


「わあああああ!! 花田さんごめんなさい!!」


 ドアを開けると花田さんが盛大にため息をついた。俺の肩に手を置いて、もう一度ため息をつかれる。


「.......隊長、急にいなくならないでください」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 俺もうダメだろ。何が隊長だよ、全然頼りないバカじゃないか。


「.......町田さんが」


「ゆ、ゆかりんが!?」


「.............誘拐ではないかと。今第九隊も含めて大騒ぎです」


「うわああああああ!! ごめんなさい俺今から誘拐されてきます!!」


「.......されないでください。はあ、無事で何よりですが.......」


「.......誠に申し訳ありませんでした」


 土下座した方がいい気がする。そこで、ふと気づいた。今この最高に情けない姿を、お義父さんお義母さんにフルタイムで見せつけてしまった。まずい。冷や汗が止まらない。


「和臣くん」


「お、お義父さん」


「まだ、お義父さんでは、ない。.......そちらは、君の知り合いかい?」


「は、はい!迎えに来てくれました!」


「申し遅れました。部下の花田です。和臣隊長にはいつもお世話になっておりまして、水瀬さんともお仕事をご一緒させていただいております」


「ぶ、部下とかいう堅苦しいやつじゃ.......し、仕事仲間的な感じで.......」


 花田さんが急に耳を寄せる。


「いいですか隊長。彼女の親には仕事でいい立場にいるということを、()()()()んです。大体本当にいい立場なんですから、それとなくアピールしていきましょう」


「いや、もうこんなに情けないとこ見せてるんで.......無駄では?」


「何言ってるんですか!! 娘を奪われるならせめて自分より優秀でないとやってられませんよ!! 父親の気持ちも考えてください!! 前までパパと結婚するって言ってたのに!! 今じゃクラスの中坊がいいだとか言ってるんですよ!? 危うく中学校にカチコミに行くところでした!!」


「花田さん? 花田さん戻って来てください! 優しい大人な花田はどこ!!」


「ぶっ」


 お義母さんが吹き出した。お義父さんは無表情だった。


「また来てね、和臣くん」


「あ、ありがとうございます!! お邪魔しました!!」


「.......勝負の続きはまた今度だね。元気にやりなさい」


「ありがとうございます!!」


 最後にお義母さんがお菓子をくれて、葉月の実家を出た。花田さんの娘さんの話をしながら第九隊の宿舎に戻ると、色々な人に怒られた。ゆかりんに携帯がない間は紐でも結んでいたらどうかと提案された。やってもいいがその紐を絶対に中田さんに渡さないでほしい。


 お義母さんから貰ったお菓子は、葉月と食べた。


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