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第12話 何故

 タケ爺に言って、総能支部にある道場を借りた。


「じゃあ、今日は中級の術をやっていくか」


「ええ。貰った本はほとんど覚えたのだけど、まだ曖昧な所があるのよ」


「.......もう覚えたの?」


 初級の本より量は多いし、何より内容が重い。それを一体いつの間に覚えたのか。


「休み時間に目を通しておいたのよ」


「ふーん.......やるじゃないのん」


「なんで急にオネエなのよ」


「これから術の練習をするわよん! あなたについてこられるかしらん?!」


 口と腰に手を当てて、鬼コーチの風格を出した時。


「和臣ーー!! ちょっと待ちなー!!」


 怒鳴り声。それと同時にものすごい速さで道場に入ってきたのは、小柄な老婆。


「だれが老婆だ!」


 ごす、とスネに蹴りが入り、涙を堪えてうずくまる。唐突に痛すぎる。


「和臣、初心者に急に中級なんてやらせんじゃないよ! そんなこともわからないのかい?」


「いや、婆ちゃん。水瀬はもう基礎は出来てるから.......」


「何言ってんだい! 札の書き方も知らない子が!」


「マジだよ.......」


 俺は小さい頃、この婆さんに術を習った。

 それはそれは厳しくて、何度泣いて逃げ出そうとしたか分からない。その度に捕まえられて尻を叩かれた。

 10歳で免許をとった時は喜んでくれたが、そのあとも厳しい指導は続いた。

 それから一年後、初めて本気で追いかけてくる婆さんから逃げ切った時に「お前に教えることはもうない」と言われ、俺はここに来なくなった。

 今思い返しても恐ろしい思い出だ。


「使えるだけじゃダメなんだよ! しっかり理解して自分のものにするんだ! 散々言ってきただろう!」


「できてるんだよ.......」


 涙ながらに訴えても、全く取り合ってもらえない。


「あ、あの。おばあちゃん。私、今からやってみるから、見ていてもらえる?」


「ああ、もちろんだよ。ゆっくりやってごらん」


 にっこり笑った婆さんは、優しくそう言った。この婆さん、俺以外には優しい。そして変わり身も早い。

 妹の清香も現在この婆さんに術の指導を受けているが、毎回楽しかったと言っている。俺には楽しかった思い出などほぼない。これが贔屓か。


「【(れつ)】」


 水瀬が術を使う。ちり、と俺の頬をかすった。やめよう師匠いじめ。


「ほう?」


 婆さんの目が変わる。

 俺は反射的に腰を上げ、そのまま走り出した。


「待ちなバカタレ! 【禁縛(きんばく)】!」


 婆さんの術が俺を捉える。

 がちっと体が固まり、その場で身動きが取れない。


「婆ちゃんっ!! これ上級の術だろ! 人に向けて使っちゃダメなやつ!」


「あんたがいきなり逃げるからだろ? それに、こんな術にかかるとはあんたも鈍ったねぇ」


「はなせぇぇえ!」


 ギチギチと、術から逃げ出そうと手足に力を入れた。


「ふん、そんなもの自力で何とかするんだね。葉月、術を見てあげよう。さ、庭に行こうね」


「水瀬! 気をつけろ!その婆さんそんな顔しといてめちゃくちゃ厳しいぞ!」


 水瀬は振り返らなかった。それどころか俺になんの反応も返さなかった。


 なぜか、前が霞んで見えなくなった。


 しばらくして冷静になり、大人しく術を解いて庭に行くと、婆さんと水瀬は二人で楽しそうに術の練習をしていた。


「ほら、こうするともっと威力がでるだろう?」


「すごいわ!」


「葉月は力の扱いが上手いねぇ。中級の術もすぐ上手くなるよ」


「ありがとう、おばあちゃん。とってもわかりやすいわ」


「どうせあのバカはなんにも教えてないんだろ? 術も札と一緒にわたしが教えてあげるよ」


「ありがとう」


 とんでもない疎外感だった。


「ん? やっと来たのかい、あんたこの子の師匠になったんだって?」


「.......うん」


「和臣、人には向き不向きがある」


「.......うん」


「術とかの知識はわたしが教えてあげるよ。あんたは実践で教えてあげな」


「.......ありがとうございます」


 ぺこりと腰を折って頭を下げた。ありがとうございます、そして申し訳ございません。


「しっかりやるんだよ」


「はい」


「葉月、この子は色々雑だし、人に何かを教えるなんて出来やしないだろ。それでも、実力はあるんだ。私が知識を教えるから、実技はこの子に習いな。実技なら私よりも上だよ」


「おばあちゃん、それは本当?」


 水瀬が少し驚いたように言った。自分の師匠をまるで信じていない。


「ああ、今じゃ鈍っているようだけどねぇ。でも、術者としては本物なんだ」


「おばあちゃんがそう言うなら……。おばあちゃん、ありがとう。七条くん、よろしくね」


「.......おう」


 なんだかすごく心が痛い。

 なんだこの気持ち。

 婆さんと水瀬に気を使われているこの感じ。


 しばらく世界の奥行と心の痛みと優しさの関係について考えていると。


「和臣、葉月が練習している間、あんたは爺さんに言って鍛えてもらいな」


「え」


「あんたは術も鈍ってるが1番は体だよ!なんだいあの走りは!」


「いや、待ってくれ、本当に待ってくれ」


 これは、まずい。

 じりじりと後退する俺にかまわず、婆さんが声を張り上げた。


「爺さーーん、和臣鍛えてやんなー!」


「待ってーー!!??」


 俺の叫びを聞いてか聞かなくてか、いつものようににこにこしたタケ爺が、竹刀と道着を持ってやって来た。


「おお、和坊! やっと剣道に興味がでたか!そうかそうか。じゃあ、鍛えてやるからな」


「水瀬ーー! 助けてー!」


 水瀬は乾いたナメクジを見る目で俺を見た。


「七条くん.......。今のところ、いいとこなしよ」


 とどめだった。

 タケ爺に引きずられるようにして道着に着替える。


 そして、道場に入った途端。いつもは優しいタケじいの顔が豹変した。


「おら、走れーー!!まずは道場百周!その後は素振り百回!」


「ひぃ!」


「口ごたえするなぁーー! 走れぇい!」


 バァン、と竹刀が床に打ちつけられる。

 あんなに優しいタケ爺だが、道場の中に限っては婆さんより恐い。

 小さい頃は習ってもいないのによく剣道教室をやっている道場に引きずり込まれた。そして毎回泣かされた。


「おら、もっと早く走らんか!」


 タケじいの前を通る度、べし、と足を竹刀で叩かれる。


「あああああああ!!」


「うるさい!」


 バシッと背中を叩かれる。


 俺は水瀬が術者としてやっていけるように師匠になったのだ。

 決して俺が術者として成功したい訳では無いし、体力をつけたい訳でもない。


「なぜーーー!!」


「さっさと素振り!」


 道場に、竹刀の音が響いた。




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