願はくば 花の下にて
変態を殺すためだけに作られた術ですら、あいつは殺せない。変態は口から血を吐きながら、ヘラヘラ笑って、どこか愛おしそうに白い人を見る。
白い人がどんどん霊力を上乗せしていくが、変態はまだ死なない。まだ死ねない。
「.......ふー」
研ぎ澄ませ。
もっと遠く、もっと高く、もっと深く、もっと近く。
張り詰めろ。
もっと強く、もっと烈しく、もっと静かに、もっと優しく。
踏み出せ。
人が行けない、その場所へ。
零様にかけられた術は解けない。でも、それでいい。そのままゆっくり立ち上がる。
「あれ!? 和臣くん!? やりすぎだよ、戻ってきたまえ!」
「.......七条和臣?」
2人が俺を見る。
まだ、見えない。まだ、届いていない。
「ちょ、ちょっと! 和臣くん何してるんだい!?」
「暴走か?」
白い人がふっと腕をふる。
振り返るな。
俺が欲しいものは目の前にある。
全部出せ。
そうでもしないと届かない。
笑え。
友の勝利を。
しんっと静かになる。桜の庭ではない。この世でも無い。あの世でも無い。
真っ赤な花が咲き誇る、狭間の場所。
千年ずっと狭間で待っていた、友の友人。
川の淵でずっとずっと待っていた、その人の向かい。川を挟んだこちら側。そこに立つのは、俺の糸が引っ張ってきた変態。
「.......和臣くん?」
「ほら、さっさと死んどけ変態」
「君! 何してるんだい!? こんなにズレたら、君が戻れない!!」
「はっ! あんな術かけられて、自力でここまで来れないお前に心配などされたくないわ!」
「何を.......! ここまで連れてきたって! 僕は川を渡れないんだよ! まだ生きてるんだ!」
「死ねよ。なんであんな術受けて生きてるんだ、変態」
「笑えないよ.......」
「渡れないのか? 安倍晴明ほどの陰陽師でも?」
「関係ないんだよ! 僕はまだ生きてるから! この川は渡れないんだ!」
さわさわと風が吹く。思い出した、この花の名前。
「じゃあ門から入りゃ良かったな、失敗」
「ば、バカかい.......!? 門から入ったって僕は道満のところには行けないんだ! 僕じゃあ行けないんだよ!」
「なんで?」
「なんでって.......! 道満は人で、僕は違うからさ! しかも生きてる! 同じ場所には行けないんだよ!」
「お前って方向音痴だっけ? 違うよな、なら行きたいところに歩いて行けよ。待っててくれてるんだろ?」
「で、出来るわけないだろ!? 君、わざと言ってるね?!」
「ふはははは! 残念本気だ! .......まあ、俺もよく迷子になるからな。お前がたどり着けないと思う気持ちも分かる」
「和臣くん、おかしくなったかい!? 早く戻りたまえ! 戻れるんだろ!? だから来たんだろ!?」
「手出せ。ほら、早く」
変態の手を取って。指に1本、糸を結んだ。
「ほら。これ辿っていけ」
「.......え?」
「ちゃんと繋がってるから。道満さんとちゃんと繋がってるから、大丈夫」
「ど、どこまでズレてるんだ君!? ただの繋がり.......契約よりも細い糸を、どうやって向こう側と結んだんだい!? そんなの.......!」
「ばーか。お前千年も生きてるのに全然分かってないな」
「は.......?」
「俺が結んだんじゃない。道満さんがずっと持っててくれたんだ。だから、俺はその糸をもっと強く紡いだだけ。もともと繋がってたよ、細すぎて切れそうでも、ずっと繋がってた。ずっと持っててくれたんだ」
目を凝らしても見えないほど細い糸。この変態はとっくに切れたと勘違いした、友人との繋がり。
「.......それは、.......知らなかったよ.......」
「変態だし、しょうがないよ。ほら、早くあっち側に行け。そろそろ死ぬだろ?」
最後に白い人が裂いた変態の胸からは、じわじわと赤い血が滲んでいた。俺の糸が傷口を刻み続けて、塞がせない。
「.......君は? 帰れるのかい?」
「当たり前だ! 来れたんだから帰れる!」
「心配でたまらないよ.......」
「お前が七百年待った天才が! この程度でどうにかなるわけないだろ! 心配すんな、早く行け!」
足元の花を1本折って。変態に渡した。
「なぁ。こっち側なのに彼岸花って、おかしいと思わないか?」
「そうだね、でもあっちにも沢山咲いているよ?」
変態は、川を背に。俺と向かい合う。
川の向こうにあの人がいるのに、馬鹿なヤツ。
「俺さ、この間いい和歌習ったんだ」
「え?」
「じゃあな変態! 勝利祝いだ!!」
変態から見れば低レベル過ぎるかもしれない。それでも。
「【夢幻櫻】!!」
本当にある訳では無い。ただそう見えるように騙す術。真っ赤な花を桜の花に。
あいつの夢の桜のように、美しく。
「.......和臣くん」
変態は。真っ赤な花を一輪持って。泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう。やっぱり君は、最高だ」
変態はあの人の待つ向こう側へ、歩いて行った。
1度も振り返らず。
俺は。
小指の赤い糸を辿って、まっすぐ帰った。
震えながら白い人の隣りで俺を待っていた、葉月の元へ。
「ほら! また僕の勝ちだよ!」
「遅すぎる。引き分けだ」
運悪く零様の占いが当たって
運悪くハルの札を剥がせて
運悪く零様の家の山に入れて
運悪く零様に遭遇して
運悪くズレておかしな場所に行って
運良く戻ってこれた和臣