七.義父よ、公私の差が激し過ぎます。
すいません。イケメン逃げちゃいました。
空気が凍りつく。魔王と、皇帝を除いて、皆が驚愕している。
「何をしているのです!早く我が夫を解放しなさい!」
ヒナは憮然と言い放つ。
その声で、我に返ったルルフは言う。
「何の戯言ですかな姫。魔王が貴方の夫など……」
「戯言ではありませんルルフ・ダールトン。彼と私は結婚の儀を果たし、常しえに変わらぬ愛を育むと誓い合ったのです」
――そんな事を言った憶えは無いが上出来だ!
秀兎は不敵に微笑んだ。
「ふふ、ふふふふ、ふっはははははははははは!」
皇帝は、嘲笑でもなく、冷笑でもなく、ただ感心したように嗤った。
「娘よ、しばらく見ない内に成長したな」
「私は貴方の娘なのですよ?お忘れですか?」
「ふふ、そうだな。すっかり忘れていた、ヒナよ。お前は姉たちと違って常に流されていたからな」
「私は決別したのです。昔の自分に。流されるだけの自分に。だから……」
ヒナは、目を見開く。
「ヒナ・ラヴデルト・フリギアが命じます!我が夫を解放しなさい!」
魔王を押さえつけていた兵士の腕がピクリと動く。
徐々に魔王から手を………。
「押さえつけろ」
離さない。その低い、獣の様な声が、それを許さない。
「……ッ!」
ヒナは歯噛みする。やはり、自分では彼の『命令』に勝てない。
「娘もだ」
兵士がヒナを拘束する。
ヒナは地面に押さえつけられる。
「では、少々順序は狂ったが処刑を行うとしよう」
「……クソジジィがっ!」
魔王は憎々しげに呟く。
「待ってください父上!魔王を、我が夫を殺さないでください!」
「無駄だ我が娘。魔王は悪の根源、こやつを殺さぬ限りは世に平安は訪れない」
「……ッ!」
何が悪の権化だ。何が魔王だ。真の魔王はどっちだ!
「では父上!彼を殺した後に私も殺してください!」
「ヒナッ!そこまでする必要は……!」
「娘よ。何故そこまで魔王に肩入れする?」
「そんな事決まっているでしょう!好きだからです!」
迷わない。たかが数日一緒に過ごしただけなのに。されど数日だ。
一生を、彼に捧げてもいい。人生を棒に振る?私はそれでも構わない。
「良かろう娘。その願い、聞き届けた」
皇帝は、ゆっくりと首肯し、ゆっくりと手を上げる。
「皇帝陛下!?」
「ルルフ・ダールトン」
「……ッ!」
「殺せ」
たった一言。それだけでルルフの思考は切り替わる。ただ忠実に、彼の命令を遵守する為に身体が動く。反論は無い。否、彼が許さない。
ルルフ・ダールトンは腰から剣を抜き、『ヒナの首』にあてがった。
「殺せ」、の命令には、言外に「娘を先に」が含まれていた。
例え皇帝がそれを言葉にしなくても、ルルフはその意を直感的に知る。そして、強制的にその行動を実行する。そこにルルフの意思は無い。
正直言って反則技だ。
(……あれだよな。ル○ーシュさんのと一緒だよな。絶対遵守のやつ)
違うのは目を見なくても良いのと有効対象が『帝国の兵士』だけって所だろうな。
あと回数制限が無いとこ。
まぁそれは置いといて。
とりあえず、これで色々払拭できるな。
魔王は苦渋の声を上げる。
「ヒナッ!」
彼女と目が合う。
この世の最後だと言うのに、彼女は、少しだけ頬を染めて、微笑んで。
「私、この城に来て、ホントに良かったって思います」
それが、彼女の最後の言葉。
「貴方にあえて、たくさんの人に祝福されて、中には私を良く思わない人も居たかもしれないけど、それでも、私はここに来て良かったと思います」
無慈悲の剣が徐々に上がっていく。
帝国の誰もが見ているはずだ。人質となった彼らも、皇帝も、皆が彼女に注目している。
「私は、貴方に会えて、本当に良かった……」
振り上げられた剣が、停止する。
誰かが叫んだ。彼女の名前を。
魔王ではない。彼の後ろで縛られた誰かが、彼女の名を呼んだ。
そして、無慈悲な剣は振り下ろされる。
ゆっくりと、徐々に近づいて行く剣。
聞こえない声で、彼女は何かを呟いていた。
魔王は、顔を伏せる。
そして、
魔王は笑った。
◇◆◇
ミニ秀兎は、彼女に指示をした。
『公然の場でやって欲しいんだ』
「わかりました」
彼が指示した事は三つ。
『一つ、まず俺の解放を命令する事』
『二つ、俺はどの道殺されるはずだから、自分も殺せと皇帝に懇願する事』
『三つ、城の皆に感謝の気持ちを伝える事』
「本当に、それだけで……?」
『うん、それだけでいいよ』
彼の声に、迷いは無かった。
◇◆◇
ヒナを押さえつけている兵士も、魔王を押さえつけている兵士も、人質も、ルルフも、ヒナも、その場に居た誰一人、いや皇帝以外の人間が驚いていた。
ヒナの首に振り下ろされた剣を、止めた。
いや驚いていたのはそこではなく、剣を止めたのが『魔王』だったという事だ。
ただ、剣を止めた魔王は服装が違っていた。
押さえつけられていた魔王は寝間着。
しかし剣を止めた魔王は私服だ。
真っ黒なジーパンに、真っ黒なTシャツ。
Tシャツには白い習字のような線で龍が描かれている。どう見ても少年の、少なくとも魔王には見えない服装だ。しかし、顔が魔王だ。
魔王はそのまま、ルルフとヒナを押さえつけている兵士を足蹴りする。
二人は10メートルほど吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
そして、魔王は皇帝に対して、不敵に微笑んだ。
「ふむ、それが貴公の策か」
「ああ、そうだよ」
その言葉と同時に、『押さえつけられていた魔王』が黒く変色する。
そして、蜘蛛の子を散らす様に玉に分裂し消えてゆく。『魔王』はその姿は消した。
「そうだったな。貴公は《闇の皇帝》であったな」
闇の皇帝。概念的な物も、物理的な物も、全てを統べ、使役し、その力を一身に背負う者。
そんな彼を、ヒナは見上げる。不敵に、頼もしそうに笑う彼は、冗談交じりまた笑う。
「見た見た?あれが世に聞く影分身!!」
親指を立てて、笑う。
そんな彼の顔を見て、ヒナは思わず泣いてしまう。
「……良かった」
生きていた事に、だろうか?良く分からない。
「ありゃりゃ?そんなに信用できなかった?」
「そうじゃないんです。でもなんか安心しちゃって……」
そう言って、彼女は涙を流す。
「さ〜て、幕は上がったし、そろそろ反撃と行こうかね」
魔王は、呆然としている仲間に語りかける。
「シャリー、もういいよー!」
そういうと同時に、人質全員が立ち上がる。
「なっ!?」
兵士たちが目を見張った。
「最初から!?」
彼女は意地悪そうに微笑む。
「こんな何の変哲も無い縄で私を捕えようなんて、トラを紙で縛るのと同義ですよ」
その目はちょっと赤い。
「うわ〜、シャリー泣いてやがったな」
「っ!泣いてませんよ!」
「目赤いよ」
「……ッ!ええ、泣きましたよ。それが何か!?」
開き直りやがった。
「まぁそれは置いといて。どうだクソジジィ!一本獲ったぜ!」
「ふむ、中々の余興だったな」
しかし皇帝は、予想していたように呟くだけ。
と、魔法陣に灯っていた光が消える。
「接続を断ちやがったな……」
「よもや我が、《切り札》を使うとはな」
そう言うと同時に、謁見の間の天井を灰色の何かが突き破って降って来た。
「……」
「《科学主義国家》が開発した実験兵器だそうだ。実戦投入はまだだが友好の証として送られてきた。《アーマード》と呼ぶらしい」
《人型自在戦闘装甲騎》。そんな言葉が魔王の頭を過ぎる。
「……なぁヒナ」
「はい」
「あれは、『あれ』か?」
「あれでしょうね」
「あのブから始まる帝国が創ったあれだよね?」
「でもちょっと不細工ですし、ここは装甲騎兵の方が当て嵌まるのでは……?」
「ふむ、そなた達もそう思うか。我も最初はボト○ズかと思った」
「おお、お父様分かっていらっしゃる」
『あの、陛下?お話はその辺でそろそろ命令を……』
スピーカーでも付いているのだろう。イケメンの声が響く。ていうかいつの間に。全然気付かなかった。
「おおそうだった。娘の新たな一面を見て驚いてしまった」
「私はお父様の新しい一面を見ましたけどね」
「ではルルフ。殺せ」
「えー!今ちょっと和んでたのに何の躊躇も無く殺せー!?」
「鬼ー!外道ー!」
「うるさいな。ルルフ、早く殺せ」
『はっ!』
《アーマード》が頭部に付いていた機関銃を連射する。
狙いは二人。
しかし、
彼らは傷一つ付かない。
機関銃の精度は完璧。
彼らが避けたわけでもない。
全ての弾が、薄黒い壁に止められたからだ。
別に驚く事じゃない。
「闇を物質化したか。昔とは大違いだ」
『陛下、どうすれば!?』
「我の命は変わらん。殺せ」
『はっ!』
アーマードは腰から剣を抜く。
それを一気に振り下ろす。
しかし、
地面から闇が伸び、その剣を分断した。
「ほほう。闇を剣代わりに、か」
「もうめんどくさいんで終わらせよ……」
魔王は溜息を吐いて、右の人差し指をくいっとあげる。
地面から闇の刃が伸びる。
それが、アーマードの腕と胴体を、足と胴体を分離させる。
『馬鹿な!魔術を防ぐはずの《魔術被膜》は作動している筈なのに……!?』
「いや俺のは魔法や魔術じゃないから」
瞬殺。胴体だけとなったアーマードはもがく事も出来ずに地面に落ちる。
ルルフは歯噛みする。
このままでは自分は捕虜となってしまうかもしれない。(もちろん魔王はそんな事しない)
仕方なく、自分の鎧に刻んだ転移用魔術を使う。
『魔王よ!この借りは必ず返す!必ずだからな!』
負け役の台詞(本人はそう思っていない)を吐いて魔術を起動した。
◇◆◇
「陛下〜」
シャリーがつまらなそうな顔で近寄ってきた。
「どったの?」
「なんかここに攻めてきた人が皆転移様魔術で消えちゃったんですけど」
「んーやっぱり」
そんな事だろうと思ったよ。
「んで、クソジジィ。あんた何処まで予想していた?」
荘厳な椅子に座る皇帝は、さっきとは裏腹に柔和な笑顔を浮かべている。
「ルルフが負ける所までだ」
声が優しい。
ていうか性格違いすぎね?
「全部じゃねぇか」
「いや、ヒナがそこまでお前を思っていたのは予想外だ。よもや一緒に殺せなど、誰が想像したか」
「結局どっちに転んでも美味しいのは自分じゃねぇか」
「……?どういうことですか?」
「きっとこいつはこの後こう言うんだ。「魔王はあろう事か、我が娘を誑かし娘を我が物にしようとしている!我は激怒している!国民よ!力を貸して欲しい!娘を救って欲しい!」って感じでね」
そんで支持率アップ。
「正解」
皇帝は首肯。
「酷いですねぇ〜。ホントどっちが魔王ですかって感じですよ」
「ヒナよ、こんな父親ですまない……!」
なんか皇帝が泣き出した!
「え?あ、あれ……?お、お父さん?泣かないでお父さん!」
「あ、ゴメン嘘」
「嘘!?なんで嘘泣きなんですかッ!?」
「いやーほらー、ヒナ魔王の嫁な訳だから、俺も寂しくなるなーと思って」
「嘘吐け。んーこうして見るとただの親バカ、ていうか母さんの優しい版に見える」
「いや俺こう見えても皇帝な訳だから。こんなんじゃ威厳も何も無いだろう?」
確かに。でもあんたは公私のキャラがありえないほど離れている。
「レイアちゃんたちは元気?」
「ああ元気だよ。昨日は見事にぶっ壊れたけどな。父さんは行方知れず。あの人放浪癖あるから」
「はは、アイツらしいな」
「あーもうあんたの所為でまた勇者とか来るんだろうなー追い払うのめんどくせー」
「とか言いながら陛下、ヒナちゃんはゲットしてるんですよね」
「前科一犯!娘泥棒!」
とかなんとか。
結局、フリギア皇帝は「ヒナが心配」だったらしい。魔王の処刑は建前。でもどっちに転んでも自分が得をする。昔からよくわかんない人だ。
好き放題喋った後にあっち側から魔術を破壊された。
(……さて)
「で、どうよ皆。これでもヒナが気に入らない?」
全てはこの為に。元々、昨日の宴会に来なかったのはヒナに賛同出来ない輩だ。
この公開処刑は、それなりにヒナの覚悟とか色々な物を皆に聞かせて彼女の賛同者を増やすチャンスだった。
それに、場の雰囲気が功を成して彼女の思いが皆に伝わり易くなっていたのも確かだ。
「まさか、ねぇ皆!」
「そうよ、私たちは家族よ!」
「そうだそうだー!」
「さすがは魔王様の嫁だ!」
「誤解しててゴメンなー!」
等々。
「今日からここが、ヒナの家だな!」
本当の意味で。
笑いながら、言ってやる。
すでに泣きじゃくるこいつの頭を撫でてやる。
「……はい!」
皆が集まり、笑い合う。
あー、勇者来るのかなー。嫌だなー……。
――なんだ?今日のように軽くあしらえば良いだろう?
いやだってさー。勇者って言っても結構強い奴とか居るんだぜ?あと堅苦しいあの口調。あれ辛いんだよね。
――しょうがないだろう。あれは父君の言いつけであって……。
決めた!俺脱力系魔王になる!
――いやそんなアホ宣言をしなくても……。
ほらー、最近多いじゃん。やる気の無いキャラ。あれだ。あれで行こう。
――知らんぞ。母君が見に来ても。
…………。
(やっぱ真面目にやんなきゃいけないのか……)
そう考えただけで頭が重くなるなー。
あ、そうだ。あのナイトメアもどき紅葉にあげれば喜ぶかな?
などなど。
適当に色々考えながら秀兎は玉座に座った。
「白兜とがぁぁぁあああああああああ!!」
とか言いたくなる展開があるかもしれない。
これからはフリギア皇帝も魔王を翻弄していきます。娘盗られたから悔しいんです仕返ししてやるぜ!(皇帝)
あと次回予告。
一通りバタバタしたのでほのぼの行くようです。