騎士エルデリカと父。
誤字、脱字、おかしな文章は見つけ次第修正します。
魔王城には、世界最強の騎士がいる。
世界最強の国に仕える最強の騎士も、世界最強の勇者も彼女にはかなわない。
彼女は物心付いた時から戦場にいた。
血の匂い。飛び散る血肉。
金属の音。硝煙の臭い。
怨嗟の声。断末魔。
その全てに、彼女は反応を示さない。
感情は、物心付いた時から無かった。
否、感情と言うものが必要なかったのだ。
笑い、怒り、悲しみ、喜び、感情という概念が、心と言う存在が彼女にはいらなかった。
人が死に、仲間が死に、いつか自分も死ぬ。
恐怖など無い。彼女はすでに、その幼い頭で自然の摂理を理解していた。
人が死ぬのは当たり前な環境。生きる為には殺さなければならない環境。
殺しても殺しても、何も感じず何も考えない、何も思わない。
完璧な殺人マシーン。完璧な殺戮者。
そして彼女の処分が決定する。
余りに強くなりすぎた存在を、上が放置しておくわけが無かった。
――別に反逆するつもりも無いのに。
彼女は殺される。斬首?磔?それとも魔女のように火炙りか?
――何も感じず、何も考えず、そんな人生。
彼女は銃殺刑になる事が決まった。
――自然の摂理、人間が人間を殺す。理由は危ないから。
そして彼女は、
――あぁ、人間という生き物は、醜いな……。
そして彼女は……
世界を、この身を、彼が望む全てを、自分の限界までに差し出してもいいと、思った。
◇◆◇
エルデリカの朝は基本的な運動から始まる。
運動は全て魔王城のトレーニング専用の館で行える。
トレーニング館内部は紅葉に開発してもらったトレーニングマシーンがズラリと並んでいる。どれも効果的な体力、身体づくりをするために紅葉が研究員を総動員してくれた。
まだ早朝だというのに、トレーニング館にはちらほらと人がいた。
そのうちの一人が声をかけてくる。
「どうも団長さん」
男。ボサボサな黒髪に、ゆるゆるとした、にこやかな表情。
年齢は二十五、六と言ったところか。
目が濃い、濃密な『朱』だ。
何より印象的なのは、雰囲気。彼の纏う雰囲気に、どこか似ている。やる気が無さそうで、でも優しげで、そんな彼の雰囲気に似た男。
「…………だれですか貴方は?」
魔王城にこんな男はいないはずだが……。
「ヒドッ!……え、何?ギャグじゃいよね?もしかして、ホントに忘れてる……?」
そんな反応も、どこか彼に似ていて。
「…………」
しかし出てこない。顔は、何処となく覚えている気がするのだが、思い出せない。
「えーと、じゃ、じゃあ、こほん、……やぁ、元気にしていたかなエルデリカ・ヴァーリエ君」
めちゃめちゃ好青年を気取っているようだが……
まるで彼が演じているようで……
なんか、ムカつく。
「ぶぅ!」
エルデリカは無意識のうちに男を殴り飛ばしていた。
そのリアクションも、彼にどこか似ていて。
「……あ」
あ〜、思い出した。
この人………………………。
前魔王陛下様だ。
◇◆◇
「いたたッ、ていうか君、なんで僕に暴力ふるうのさ?」
患部をさすりながらこちらを見てくる仕草は、到底三十代には見えなかった。
「いや、あの、その、陛下に雰囲気に似ていた物だから」
「はは、秀兎も大変そうだなぁ」
眠そうな顔で、笑う。
似ている。親子だから、それはそうだが、ここまで似るのは珍しいのではないのだろうか。
「で、前陛下。なぜ今頃になって魔王城に?」
「いや〜、何、色々さ。それより、みんなは元気かい?」
「はい元気ですよ」
「そりゃ何より」
そう言って、ふぅっと溜め息。
二人の間に、沈黙の幕が降りる。
もともと私は、会話能力と言うか、コミュニケーション能力が低い。
というか苦手だ。
感情が幼い頃から乏しかった為、いまだに人との会話が上手く出来た事がない。というか、魔王城の人間以外と喋った記憶がない。喋ったとしてもそれが対話かどうかは怪しい所だ。
陛下が相手なら、貶すなり辱めるなり痛めつけるなりでコミュニケーションを取るのだが……。
前陛下では、そう易々と攻撃できない。
私は人との対話に慣れていなかった。
「……なぁエルデリカ」
「はい?」
唐突に話しかけられる。すこし弱った声音だ。
「……秀兎は、元気、かな?」
「…………ええ、いつも元気ですよ」
「……きっと、僕を恨んでるでしょ?」
「いいえ、彼は優しいですから、なんだかんだ言って、貴方の事をいつも気にかけていますよ」
「…………そう」
まだ、彼に対して遠慮しているのか。
そりゃまだ10歳にも関わらず魔王という立場を譲り渡したのだ。
普通なら、普通の子供なら、親を憎むなりするはずだ。
そう『普通』なら。
だけど彼は普通じゃないから。
良い意味で、彼は普通じゃないから。
だから憎んだりしないのだ。
何故悩む必要があるのか、遠慮する必要があるのか。
「……君の言いたい事は、分かるよ」
「え……」
「そう、秀兎は優しい。誰にでも、そう誰にでも優しい。困っている人がいたら助け、救いを求める人がいたら絶対に救う。これを『自己満足』というかもしれないが、彼は、ちゃんと本人の意思も考える。でも、絶対に死なせないんだ。生きていれば良い事があるって教えるんだ。これを、ただの自己満足だと思えるかい?違うだろう?彼は、そういう所を含めて優しい」
そう、自己満足なんかじゃない。
救われるから。助けられた本人がそう思っているから。
だから自己満足なんかじゃない。
「だけどね。僕は、秀兎を裏切った。彼に『魔王』の立場を押し付けて、消えた。もし僕がこれをされたら、普通に憎む。だから、秀兎に対する罪悪感は消えないんだよ」
「……私には、よく分からないですよ」
「難しいかい?僕はね、許して欲しいんじゃないんだよ。自分自身を許せないんだ」
自分自身を許せない……。
分からない。自分自身を、許す……?
「……全く理解できません」
「ははは、そのうち解るよ」
それっきり、会話が無くなる。
しかし、前陛下は思い出すように優しげに、遠くを見詰めている。
少しだけ、考えてみる。
自分自身を許せない。
何故?
裏切り、偽り、嘘、これは悪い事なのか?
相手を偽る、相手の意思を踏みにじる事は、いけない事なのか?
だって、人間はそれを平気でしているではないか。
人は裏切り、偽り、嘘を吐く。そう生き物のはずだ。
少なくとも私はそう思う。
彼だって、嘘は吐くし、ヒナだって、シャリーだって、紅葉だって、嘘や偽りはする。
この前暇つぶしにしていたゲームでは、ヒナは平気で彼を裏切って勝ちをもぎ取っていたではないか。
これに対して、自分を許せない……?
自分を許せない……?
…………………………………解らない。
「……今は、それでも良いかも知れない」
前陛下が語りかけてくる。
また、思考を読まれた。
「でもね、エル。それは同時に君の弱点になるかもしれないよ……」
そう言った。
『弱点』になる、と。
自分自身を許せない、という事を知らないのが弱点?
どういう意味だ……?
「あの、それはどういう……」
「まぁ、そのうちわかるさ。それより、気分転換に一勝負どうだい?」
と、指差すのは剣技に使う闘技場。
「……確かに、気分転換には持って来いですね」
「んじゃ、行こうか」
そう言って、二人は歩き出した。
◇◆◇
決闘用の闘技場。
さほど広くも無い、石畳の床で構成された闘技場。
二人は、刀身の細長い、レイピアのような剣で戦っていた。
「とうっ!」
「やっ」
正直言って、自分に心が出来ると思っていなかった。
「はっ!」
「よっと」
だから、ここに来て、自分は救われたと感じている。
「ふっ!」
「おっとと」
今では昔よりも笑えるようになったし、悲しさ、楽しさ、嬉しさも分かってきた。
最近は、苛立ちとか、嫉妬とか、そういう感情も勉強中だ。
だけど、罪悪感、というのは、なんだろう?
「てぁ!」
「ほいほい」
……………………………分からない。
ていうか、さっきから前陛下がムカつく。すごいイライラする。
「……何故攻撃してこないんですか?」
「そりゃあエルが考え事をしているからさ」
この人は地味なくせに思考を読む。
「では、今から無心でいきたいと思います……」
頭のスイッチを切り替える。
「わ、ホントに真っ白になった。んじゃ僕も……」
それからは、金属音の連続。
両者一歩も引かないまま、激しい剣技が続き……
「ふっ!」
「わっ!」
エルデリカは、前魔王の剣を弾き上げた。
◇◆◇
「いやぁ参った。僕ももう年かな」
「…………」
そんな事は無い。現に彼は息が上がっていないのだ。こっちは少し呼吸が速い。
「ねぇエル。君は自分が世界で一番強いと思っているかい?」
「…………」
そんな事、思ったことは無い。
「……ありません」
「だよねぇ」
前陛下はへらへら笑いながら言う。
「でもねエル。これからは自分の世界最強のなんちゃらなんて思う馬鹿な連中がたくさん出てくる」
「…………」
「君は、そんな馬鹿な奴から秀兎を護る為に強くなりたい?」
…………当たり前だ。その為に私は存在するのだから。
「もとよりそのつもりですよ」
「そう強くなりたいよね」
「私は、私は強くなりたい。この身を、もっと、もっと深い闇に沈めたい。何故なら……」
とそこで、前陛下の人差し指がエルデリカの口をつぐむ。
「分かっている。その理由も、君たちが力を欲したい切っ掛けも、全部知っている」
「…………」
「きっと、シャリーも、紅葉も、昔から彼の傍に居る君たちはそう思っているだろう?」
「…………はい」
「……だから最後に、君にとっておきの言葉を送ろう。
――レーリエス・ロル・エリッツォ・エバエジア・デル・イ・ヴァルキュリア。
……覚えられるかい?」
しかし、その言葉はエルデリカの脳裏に深く焼きついた。
「…………」
「困った時に、唱えてごらん。君を、君の大切な人達を、助けてくれる、秘密の祝詞さ……」
そう言って、彼は、消えた。
比喩ではなく、瞬きした時には消えていた。
【そうそう、秀兎たちにその祝詞を教えちゃ駄目だよ。君だけが使える、特別な奴だからね】
響く。彼の声が頭に、直接。
【それから、秀兎たちによろしく。たまには手紙も出すから読んでねって伝えておいてー】
「……!」
バチンッ、となにか切断される。視界が一瞬明滅する。
「…………………………」
それから……、
それから少しの間、我を忘れて、立ち呆けて。
「……ヴァルキュリア…………」
言うと不思議な気持ちになる、その言葉を呟いて。
「……そうだ、伝言を伝えないと」
エルデリカは、ちょっと上の空のような気分で、歩き出した。
やった!久し振りに連続投稿だ!
……と喜んでいたんですがー。
自分が好きなラノベ作家さんが、ものスゲェーハードなスケジュールをするらしいことが発覚してー。
何自分これだけで喜んでるんだろー?馬鹿じゃねー?と自己嫌悪になりましたー(涙)
知っている人は知ってると思うけどね……。
しかし、今回の話は笑い少ないな〜。