シャリー教授の魔術指南。
誤字、脱字、おかしな文章は見つけ次第修正します。
魔王魔術師団団長、シャリー・クシャー。
《魔女王》黒宮・竜輝・レイアから直接魔導学の手解きを受けた少女。
彼女の魔導学に対する好奇心、研究心、向上心は人並みを外れていた。
黙々と禁書に目を通し、その膨大で穢れた知識を吸収した。
黙々と思考し、新たなる魔術魔法を開発していった。
彼女は必死だった。
そして彼女は、魔王城最強の魔術師になった。
起床。
今日はいつもより早い。
ボサボサの前髪を少しだけ書き上げ、太陽の昇り具合をカーテン越しに見る。
「……8時36分24秒か…………」
時計を見る必要など無い。
私の身体に染み込んだ、《太陽の傾きから現在時刻を知る魔術》が教えてくれるのだ。
とにかく現在時刻はわかった。まだ寝ていい時間だった。
と、ベッドの傍にある立ち鏡が目に入る。
ベッドの傍に置いてある立ち鏡を見ると、さだ○のような髪型をした少女がそこにいて……
「あ〜、寝癖がいっぱいだ……」
ビヨンビヨンと、寝癖がいっぱいついていて。
「……う〜ん」
こういうのを、世間一般の女の子は恥かしがる。
確かに、この姿のまま秀兎の前に出て
『おいおいシャリー寝癖つきまくりじゃん』
と言われて、恥かし……、………………。恥かしいかな?
私は元々孤児だった。ていうか、物心付いたときから魔王城にいて、それ以前の記憶がなく、レイア様曰く「あなたは孤児」という事だった。
しかし、あの時の私は人を信じられなかった。
理由は知らない。覚えていない。
ただ、言葉が、話しかけてくる人間の声が、視線が、人間の様々な表情が、私に底なしの恐怖心を与えたのだ。
今ではそんなトラウマみたいな物を克服し、普通の女の子に…………。
そう普通。普通の女の子。普通の、お年頃な、思春期の女の子。
……これが普通と言うのだろうか?ていうか私を取り巻く環境が普通じゃない。
昔から底なしに優しい幼馴染はやる気が無くて眠そうで面倒臭がりで、今では見張っていないとすぐに居眠りするかゲームするかの自堕落魔王。
そしてその妻になった我が親友は自由奔放に城を遊びまわり、城の兵士やメイドたちと遊びまわって城の料理当番を代わったりととにかく行動が予測不能な天然姫。
自分の長所である魔導学を教えてくれた師匠はSで魔王って言葉はこの人の為に有るんじゃないの?と思ってしまうような強烈な女王様。
その他その他。
そんな人達が周りにいて、いつしか自分も髪のセットを面倒臭がるようになり、魔導学にのめり込み過ぎて最近では『魔導学に狂った少女』とか言われて結構心外だった。
やっぱり環境は大切だ。
「あ、そういえば今日はエレアの魔導学の講義をするんだった……」
エレア・フォーミュレンス・アルブレアちゃん。
大戦記祭で魔王信者という事が発覚し、本人たっての希望で魔王城の門をくぐった変わり者の少女だ。
曰く「勇者よりも魔王のほうが尊敬できる」らしい。
彼女はマジスティアの貴族だったそうだ。
とある事件で家がお取り潰しとなり、家族を皆殺しにされながらも日本に来ていき続ける少女。
彼女の家、アルブレア家は魔導研究に長けていたそうだ。
幼い頃から知的好奇心が旺盛なエレアは、魔術の才があるようだ。
ちなみにエレア以外にも私の魔導学講義を受ける人が居る。
うん、寝てる場合じゃない。たしか魔導学講義は9時からだ。
「……やっぱり、そういうのも頑張らなきゃ……」
とか思いながら服を脱ぐ。いつもなら寝間着のまま研究室をかねた私室にこもっているのだが、さすがに寝間着のままでは人にものを教えられない。いつも来ている特性の布で出来た服を着る。黒と紫を基調とした、古代西洋の女性用軍服のような服だ。ちなみに自作。
髪の毛を纏め、後ろで縛る。ゴムバンドはお気に入りの鮮やかな紫色。
白い手袋を着用し準備完了。
「さぁ今日も強くなる為にがんばろ……」
こんな感じで、シャリー・クシャーの一日が始まる。
◇◆◇
魔導学用の講堂にはすでにエレアや他の魔術師候補生がいた。彼、彼女らを有力な魔術師に育て上げるのが私の仕事の一つだ。
「あ、シャリー先生」
エレアが軽く挨拶してくる。
薄紫の髪が艶々とした、可愛い女の子だ。
はじめてみた時はもっと暗い印象だったが、ここ数日で、……いや出合ってたった数時間ぐらいで激変した。
……やっぱり環境の所為なんだろうか。
「やほ、エレア」
軽い会釈で済ませすぐさま講義の準備に入る。
今日の講義を受ける人数は約30人。この中でどれだけ強くなるのかは本人たち次第だ。
準備といっても一冊の禁書の『解毒』を済ませるだけだ。すぐに終わる。
「さてと、始めますか……」
彼女が両手をパチンと合わせる。
それだけで、会話が、お喋りが止まった。講堂が静まり返った。
「はいはいみんな〜、私が今日から君たちに魔術を教えるシャリー・クシャーです。私が要求する事はただ一つ、皆で強くなって魔王様に恩返ししましょ〜」
そんな言葉に生徒全員の目に力強い意思が、心に炎が灯るのが、解る。
そういう魔術が染み込んでいるから。
そういう魔術を施したから。
だから、周りの人の心、心の変化が解る。
「…………」
シャリーは誰にもわからない位小さく、「ふぅ」と溜め息をついた。
◇◆◇
「いいですか皆さん。古代より魔法魔術は区別されていますが、現在その二つは『魔導学』という一つの学問にまとめられています。まぁ魔導学の中で区別されるのであんまり意味は無いのですが、魔法と魔術、これらの特色を簡単に表現するなら、『天然物』と『人工物』です」
魔法が天然物で、魔術が人工物。
「魔法とは一般的に、どんな物の事を言うのでしょう?はいレミーア君」
レミーアと呼ばれた、茶髪にくりくり瞳の少年は、起立し少し躊躇いながらも、
「えぇっと、魔法とは、自然の力を利用した術式の総称、です……」
「はい正解。よく勉強しました」
にこっと笑うと、レミーアは頬を赤くしながら着席する。
「はい、今のレミーア君が言ったとおり、魔法とは自然の力を利用した物です。自然には様々な成分が漂っています。これを私たちは魔力を練り上げ魔法陣で収束させ擬似的な自然現象を起こす事、これが魔法です」
と言っても、まだまだ解っていない人が多数だろう。
「噛み砕いていいますと、私たちが描いた魔法陣で本物っぽい雷とか炎とかが起こせるという事です」
噛み砕きすぎたが、まぁ最初のうちはこれくらいでいいのだ。後から覚えていけばいい。
「さて、では魔法と魔術の違いはなんなのか。さっき天然と人工と表現しましたが、今の説明にように魔法は自然の力を利用する。と、いうことは魔術というのはどういうものなのか、解るかなクレスちゃん」
クレスと呼ばれた少女は、元気いっぱいな声で答える。
「人間が独自に生み出した、魔力だけで働く術式の事だと思います!」
「正解。しかも自主的解釈まで述べてくちゃって、魔導学が好きなんでしょうね」
「はい!」
「よろしい」
クレスはいい魔術師になれそうだ。
「そう、クレスちゃんの言ったとおり、魔術は人間が作り出した、人間の為の『魔法』。魔力だけで発動する『魔法』の事です」
シャリーは微笑みながら、ちょっとだけ魔術を使う。
「悪夢の魔獣と神秘の精霊を喰らう」
身体能力を底上げする魔術。
筋力を一時的に強化、神経物質の分泌量を増やして思考能力等の神経系能力を上昇させるなどの『身体的な強化魔術』だ。
「これが魔術。そして……」
シャリーの指に光が灯る。それが尾を引いて、光の線になる。
この光が魔力。シャリーほどの実力者になれば、イメージするだけで魔法陣を描けるのだが、今はゆっくりと描いている。生徒たちに見せているのだ。
線の色は赤。属性は炎。
「炎よ、灯火となりて我が視界を照らせ」
魔法の規模は、魔法陣の大きさと複雑さに比例する。魔法陣が大きく複雑な物であれば、魔法も大きく破壊力の高い物となる。
シャリーが描いた魔法陣は手のひらサイズ。炎も野球ボールのように小さい物だ。
「これが魔法。みなさんいいですかー?」
『はーい』
「では次に、皆さんにはこの禁書を読んでもらいます。あ、気持ち悪くなったらちゃんと言うよーに。無理して読んでも頭に入りませんからねー」
そういいながら、シャリーは禁書を写し取った羊皮紙を回していった。
◇◆◇
結果的に、生徒のほとんどが貧血で倒れてしまった。
無理も無い。『解毒』したとはいえ、その内容は恐ろしいものなのだ。
たとえ噛み砕いて写本したものでさえ、その筆者の呪いと怨念と意思が伝染する。
筆者がどれだけ世界に絶望したのか。
筆者がどれだけ人間に裏切られたのか、人間に絶望したのか。
それが魔力となって、それが文字となり、自然と『呪い』になる。
しかしそんな呪われた禁書を見ても倒れなかった生徒がいた。
エレアだ。
顔は青ざめていたがそれでも倒れることなくその内容に目を通していた。
その姿はまるで、昔の自分を見ているようで。
シャリーは、無意識のうちに心中を吐露する。
「でも違うんだ。彼女と私の根本的な部分が違う……」
彼女は自分とは違う理由で必死になっているのだ。
――恐ろしいまでの知的好奇心。
これが、彼女の理由。
少なくとも私はそう感じた。
「私は、そうじゃない……」
魔導学が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。奥が深くて、好きで好きでたまらない。
しかしエレアのようにただ好きなわけじゃない。
ただ好きなだけで、多くの禁書の知識を吸収したりしない。
ただ好きなだけで、この身を魔導に捧げたわけじゃない。
「………………強く。もっともっと強く」
そうやって、私は人の道を外れる。
バケモノと恐れられて、蔑まれて、そしてこの身を、魂を、闇へと沈ませる。
その為に強く。私は強くならなければならない。
「だって、……好きだから」
そう好きだから。
だから強くなる。
まだ、まだ足りないのだ。
もっと強い、それこそ世界を滅ぼす事ができる位の、古代の魔王並みの力が欲しい。
だから今日も、魔導学に浸るのだ。
「もっと、強く……」
シャリー・クシャーは、自室のベッドの上で、そう呟いた。
◇◆◇
理由はそれぞれの心の中に。
分野は違えど目的は同じ。
強くなりたい。《力》が欲しい。
純粋な願い。純粋な欲望。
◇◆◇
コンコンッ、と木製のドアがノックされる。
誰だろう?
「は〜い」
「シャリー入るよ〜」
ドアが開き、黒髪の少年が入ってくる。
「あぁ秀兎、どしたの?」
「うぇお前寝癖ボーボーじゃん」
「あはは秀兎もボーボーじゃん?」
「あ、まーそうだけどねー。んでさぁ、ヒナがピクニックに行きたいらしいよ?」
「…………で?」
ちょっといらっときた。何、自慢ですか?
「いやでじゃなくて、シャリーも行かない?って誘ってんだけど?」
「いや私が行っちゃ駄目なんじゃないですか?それってデートでしょ?」
「もう紅葉とかいく予定になってるけど?」
「……ありゃりゃ、それなら私も行きましょう」
「オッケー。んじゃ行こうぜ」
彼は何故か、私に手を差し出してきて。
それは、幼い頃にあった光景と似ていて。
「…………私はもう子供じゃないんですけど……」
そう言いながらも、彼の手を取ってしまうのだ。