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ウォー・オブ・ザ・黒月【弐】

 異常繁殖し、複雑に絡んだ木々の間を貫くように疾走。


 ていうかこれはもう森の域を逸脱いつだつしている。

 樹海といって過言じゃないだろう。

 空気の通りが悪いのか、ジメジメとした湿気を少し感じる。


 と、 

 

「あー、あれか……」


 秀兎は高く太い木の枝に着地。

 着地の衝撃と音を闇で吸収し、静かに、出来るだけ静かに。

 

 そして、そこから見下ろすと。


「――――!」

「―、―――!」


 人がいた。

 数は五人、シャリーの言った通りだ。

 装甲車は放置、多分草木が邪魔であれ以上進めないのだろう。

 指揮官の様な人物は居ないようだ。少年と少女が口論になっている。


 はっきり言ってチャンスだ。絶好の。

 

 秀兎はどんな感じで攻めようかと考え……、

 すぐに思いついた。

 別に、あれぐらいなら軽くあしらえるだろう。気負う必要も無い。


「はぁ……、なんかメンドイ……」

 

 そう言って、秀兎はゆっくりと落ちて行った。


 ◇◆◇


「だからー!火炎魔法使ったほうが早いだろ!?」


 怒鳴り合っているのは秀兎と同じくらいの少年と少女。

 少年は濃い金色の髪を短くした、良く言えば活発、悪く言えば素行が悪そうな雰囲気が印象的。

 少女は珍しい薄紫色の髪をセミロングにしている。何処と無く知的な雰囲気が漂っていた。


 口論は続く。といっても、少年が怒鳴り、少女がそれを罵るというものなのだが。


「やっぱりバカですね先輩。短気な人はね、嫌われちゃうんだよ」

「なんだとぉ!」

「ほらそうやってすぐムキになる。カルシウム足りてないね」

「ッ!」


 少年が少女を突き飛ばす。


「きゃっ!」

「いい気になりやがって!この……!」


 少年が少女を蹴ろうとする。

 少女も負けじと立ち上がる。


 と、そこで轟音が響いた。

 

 二人はその轟音に身を竦ませた。

 慌てて轟音のした方向を見る。他の三人も見る。

 轟音といっても、銃声や大地が砕かれる様な音じゃない。もっとこう人工的な、金属がひしゃげるような音だ。

 その音のした方向を見て、全員が目を見開いた。

 

 装甲車。移動用の装甲車に『何か』がめり込んでいた。装甲車はかなり変形していてどうやら使い物にはなりそうに無い。

 

 よく見れば、その『なにか』は人だ。学園が支給した紺の迷彩服。耳にはインカムがついている。

 

「よっと……」

 

 人だ。黒髪に黒い瞳。ダルそうな顔、目にくまが出来ている。やる気が無さそうな、覇気が感じられないような表情。

 間違いなかった。あれが目標ターゲット

 あれを倒し、あれのベースに居るだろう白宮ヒナとシャリー・クシャーを連れて来るのが任務だ。

 彼らは、すぐに頭のスイッチを切り替えた。


 ◇◆◇


「あ〜、え、何?なんでそんなに殺気立っちゃってんの?」


 すると、見たことある様な二人組みが声を張り上げた。


「「それはお前がヒナちゃんたちと一緒に居るからだ!」」


 なんて事を言ってくる。その声に、秀兎は目を見開き、


「あッ!俺の悪友AとB!」

 

 そう、ヒナが転校してきた初日にいた彼らだ。

 

 Aが自分を見たと勘違いした男、空栖賢吾あきすけんご

 Bがヒナに詩を書こうとした男、高町虎鳩たかまちこばと

 

 いたよねぇ〜、チラッと。観衆に混じってたよ。


 はい、キャラ紹介オワリ〜。


「はやあッ!キャラ紹介一瞬じゃん!」

「止めて!俺の恥かしい過去をほじらないで!」


 なんか苦悶している。かなり気持ちの悪いダンスのようだ。


「…………キモッ」

「ヒドス!」

「親友に向かってキモいだなんて!」


 親友じゃないよ、悪友だよ。


「…………まぁ脇役達は置いといて、お前らがここにいるって事は、ミランの野郎がヒナを狙ってるのか……」


 第二学年の、あらゆる意味でトップの座にいるアルノアード・ミラン。

 眉目秀麗成績優秀、頭脳明晰スポーツ万能。

 第一学年の生徒は皆、彼の指揮下で活動している。

 ということで、同学年のこいつらがいるという事は彼らはミランの兵隊という事になる。


「ていうか、なんであの野郎俺たちのベースの位置知ってんだよ…………」


 最近の優等生はプライバシーのプの字も……、あれ、これ前も言ったような?


「あ〜、じゃあ何?やっぱ俺をボコボコにしに来たわけ?」


 と、そこでさっきまで口論をしていた金髪の少年が、笑いながら言う。


「そうだ」


 体格からして、かなり強そうだ。


 彼は走り出す。


「死ねやオラァァァァアアアッ!!」




 しかし、




「やだよ〜ん」


 魔王は休みが大好き。だから顔面に回し蹴りを入れる。


「おぶっ……!」

「「エルバルックせんぱぁぁぁい!!」」


 そのまま魔法陣をわざとゆっくり展開。


「雷よ、槍のように敵を貫き給え」


 雷の槍(弱め)が彼を貫く。

 その瞬間、彼のルールフォンの反射機構が作動。

 雷の槍が反射される。といっても、一瞬の反射なので相殺現象が起きるだけだが。

 彼はそのまま、転移魔法によって病院に強制搬送された。


 

 所要時間、約五秒。まさに秒殺だ。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 場が、空気が凍りついた。皆、目を見開いて唖然としている。


「……ありゃ?ちょっと本気出しすぎた?」


 しかし、そんな問いに答えてくれる人はいない。


「せんぱぁぁぁぁい!」

「二年生でも実力はトップクラスの筈なのに……、秀兎、お前強すぎるよッ!?」


 しまった。やっぱり本気出しすぎた?


「あ、あはは、俺、実は昔空手やっててさ、良い所までいってたんだ……」


 白々しい。ていうか分かりやす…………


「なんだとッ!空手ッ!まさか秀兎にそんなステータスが有るなんてッ!?」

「む、無理だ……!勝てるはずが無い…………ッ!」


 なんだか皆騙されてるみたい。

 ……なんか俺、嘘吐くの上手いなぁ。

 

「し、しかしッ!ここはやはり逃げてはいけない!」

「そうだッ!いくぜオラァァァァァァ!!」


 どんな結論を導き出したのか、バカ二人が逃げずに突っ込んで来る。

 所詮脇役はやられ役だった。


「雷よ、槍となりてバカを貫きたまえ」


「「バカとはなん……ギャ――――――!」」


 最後まで仲が良い二人のツッコミも間に合わず、会えなく無念。病院に送られたのだった。


 ◇◆◇


「……んで、後は…………はぁ、まだいるのかよ……」


 圧倒的、いや三人が馬鹿なのか弱いのか、そこは定かではないが……。

 とにかく、後二人。

 まぁ大丈夫だろう。

 大した敵では……、



 ――とそこで、



 秀兎の真正面からナイフが飛んできた。

 

「うぉ……」


 慌ててそのナイフを避ける。見える速度ではあった。けどちょっと油断した瞬間に投げられたので、少し反応が遅れてしまったのだ。


「なんだ……?」


 これは、常人には出来ない芸当だ。それこそ、人間をよく観察する洞察力とそれなりの筋力を持っている、……例えば暗殺者なんかがよくする芸当だ。

 残りは二人、少女の方は何が起こっているのか全く分かっていない表情をしている。

 となると……。


「…………」


 黒髪の少年。秀兎と同じくらいの背格好、酷く怯えた表情になっている少年だ。

 足も竦み、まともに立っている事すら出来ないでいる少年を、秀兎は見る。


「……ひっ!」


 彼は秀兎と目が合うなり、少し後ずさりを……、

 と、そこで、信じられない事にまたナイフが飛んで来た。

 

「…………」


 見える速度だ。ナイフの刃の部分を指で挟み掴む。


「おいおいまじかよ……」


 見えるか見えないかの速度で振るわれた腕を見て、


「何?これ?まじで?なんでこんな手慣れがいるの?」


 本職かどうかはわからないが、かなりメンドクサイ相手だ。

 鋭い洞察力、素早い動き、見事な演技、そして殺すことを躊躇わない。

 どう考えても普通じゃない。


「お〜いそこの人〜。もう演技とか止めてくれないと俺……」

「ひっ!く、来るな!」


 とまたナイフ。


「いやだからさ〜……」

「近寄るなッ!」


 とまたナイフ。


「…………テメふざけ」

「ひぃぃぃ!」


 とまたナイフ。


「…………」

「…………」


 …………。


「……あの」


 ナイフは、……こない。


「満足ですか?」


 すると、少年は満足げに


「いやぁ〜、まだかな♪」


 またナイフ…………多ッ!


「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 頑張りまくって全部叩き落とす。


「………………………はぁ、はぁ、今のはやばかった……!」

「あはは」

「はぁ、はぁ、満足した……?」

「うんもうナイフないんだ♪」


 とまたナイフが……


「もうやめてくれぇぇぇぇぇ!!」




 そんなやり取りが何回か繰り返され……。




「はぁ、はぁ、はぁ……。満足した?」

「う〜ん、もうホントにナイフ無いや……」


 少年は残念そうに肩を竦める。

 

「ていうか、お前も俺を倒しに来たのか……?」


 ちょっと呼吸が荒い。疲れたんじゃなくて、叫びすぎた。


「いやぁ〜、どうかな?」

「あ、違うっぽい」

「あれれ、バレちゃった?」

「え、違うの……?」

「あ、あ、引っ掛けかよ〜。そういうのは酷いなぁ」


 何処と無く飄々としている。それに、終始笑顔だ。何を考えているのか全くわからない。

 

「でも確かに君に用は無いんだなぁ」


 そう言って、腕が霞む。


「なッ!?」


 秀兎は目を見開いた。


「用があるのはこっち」



 数本のナイフが、薄紫色の髪の少女の背中に突き刺さる。



「あっ……」


 ルールフォンの転移魔法は、……発動しない。


「は!?」


 少年が答える。


「彼女のはあらかじめいじっておいたんだ」


 少年は笑顔。恐ろしいほどに楽しげな笑顔。人を傷つけても、なんとも思っていないような笑顔。不気味な笑顔。


「じゃねー秀兎くん」


「なっ!待て……!」


 しかし、その時には少年の姿は何処にもなかった……。

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