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ウォー・オブ・ザ・黒月【壱】

 ――大戦記祭一日目。午前11時15分。




 第七森林管区、幾重にも重なり茂った草木が秀兎たちのベースを巧みに隠していた。


「ひゃー。話には聞いてましたけど随分いい場所ですね〜」


 なんてヒナが感嘆の声を上げているが、秀兎もそれには激しく同感だった。


 まず、この場所はちょっとやそっとじゃ見つからないだろう。

 入り口には何重にもツタがかかっていて全然わからないのだ。

 泉の水は良く澄んでいて、このまま飲料水に出来る。

 初夏の気温だと言うのに涼しい。というのも、数多にも重なるツタや枝がすだれの代わりになっているからだ。

 異常繁殖した木々が絡み合って天蓋を作り、日光を程よく遮断してくれる。

 まさに自然の神秘だ。

 ここは、とことん生物が住みやすいように出来ていた。

 

「さて、テントでも張るかね……」


 他二人は迎撃用の罠と警報結界を張りに行ってしまったので、めんどくさいけど一人でやらなくちゃいけない。

 まぁ別にいいけどね。

 あらかじめ支給されていた大型バッグ(もちろん持ってきたのは秀兎)を開き、中からテントの骨組みを取り出す。


「さてまずは……」


 ここに来る前に入手(闇を使って数本切り倒した)木を分厚い板状に切り分ける。

 闇で地面を柔らかく耕し、そこに木材を並べて土台を作る。


「ふぅ。これなら楽に寝れそうだ……」

 

 テントと言っても、薄い合成皮革なので地面で寝るのと大差がない。

 地面で寝るのはちょっと居心地が悪いし、地面がデコボコしていては『あれ』が置けない。

 

 均等に切り分けた木材を敷く事によって平らな『床』ができるのだ。

 

「さて……」


 次は木の土台の上にテントを張るのだが……。


「はぁ、めんどい……」


 一々地面に打ち込むのもめんどくさい作業なので、また闇を使う事にしよう。

 秀兎の周りの地面から、黒い球体がいくつか現れる。

 その黒い球体から黒い触手が伸び、分裂し、骨組みを掴む。

 ズボッ、ズボッ、と地面に突き刺す。

 黒い触手の一本を、突き刺した部分に近付け、魔法を使う。

 

「大地よ、鋼のように固まれ」

 

 硬化魔法。

 これで簡単に抜ける心配は無い。ついでに床の板も固定された。


 念のためにと、少しだけ掌に魔力を集中させる。

 拳を握り、また開く。するとそこには綺麗な赤い石があった。

 事情を知らない人が見たら手品のように見えるかもしれないが、これは魔力の結晶だ。

 その魔力の結晶を触手に持たせ、突き刺した部分の近くに置いて、砂を被せておく。

 こうすれば、この硬化魔法は大戦記祭が終わるまでは持続するはずだ。 

 

「あとはここをこうして、とと、こうしてこうして……」

 

 闇の触手をフル稼働。見る見る内に骨組みは組まれて行き。

 

「最後は布を貼り付けて……」


 開始一分ほど。

 

「完成!」


 あっと言う間にテントは完成する。

 普通なら、十分くらいはかかりそうな巨大なテントだったのだが、まぁ魔王に常識は通用しないのだ。

 

「さて……」

 

 テントの中に入り、居心地を確かめる。 

 土台と地面はしっかりと魔法で固定したのでズレが起こる事は無い。

 これなら『あれ』を置いても大丈夫そうだ。


「よっしゃ。じゃあ出すか!」


 テントの天井に、黒い亀裂が走る。

 闇を伸ばしてその亀裂に突っ込み、『あれ』を引きずり出す。


 徐々に、徐々に『あれ』が姿を現す。


「おお、おおぉぉ!」


 巨大なお姿!高貴さを感じさせる程の滑らかさが見ただけで解る!







 ああ、愛しのマイベッド!







 これならぐっすり眠れるぜ!


「オーライ、オーライ……」


 ゆっくりと降ろす。魔王城にあるキングサイズのベッドのコピーを。

 ていうかこういう時に闇って便利だよなぁ。

 ベッドを降ろし終わり、


「ヒャッホウゥ!」


 飛び込む。

 天蓋は外した状態で出したのでテントの天井に引っ掛かる事は無いし、テントも広いのでこのサイズのベッドも楽々、ていうか半分くらいでおさまった。


 ただでさえ贅沢なベースが、超快適空間になってしまった。


「ま、たった三人で戦うんだ。これくらいの贅沢は有りだよなぁ……」


 ベッドの上で独りごちる。目を瞑る。眠くなってきた……。

 

「…………勝てっかなぁ……」



 ……別に勝てない訳じゃない。

 それこそ、魔王と、光の姫君と、魔法の天才が居るのだ。

 本気を出せば一日、いや半日もかからないと思う。

 

 でも、それでは皆が俺たちを恐れてしまう。

 

 だからこそ、俺たちは身分を隠している。

 そうしなければ普通の高校生活など出来はしない。

 魔王城での生活も楽しいけど、普通の生活も中々楽しいし。

 

「…………」


 いやでも待てよ?もしかしたら、姉ちゃんたちの軍に入ったほうが多少は無茶が出来たんじゃないだろうか?

 

 と、言うような発言をしてみれば、


「魔王ともあろうお方がなんと言う発言を!」

「魔王が人の下につくなど言語道断!」

「「これはあの人を呼ばなければ!エルデリカさぁぁぁん!!」」

「ちょ、まっ……ぐばぼっ」


 と、いう風な感じになり、結局三人で戦う事になってしまった。

 まぁどうせあっちに行ったらこんな贅沢出来ないしなぁ……。


「……あうぅ」


 ていうか、あの時の事を思い出すと全身が痛い……。

 


「と、言いながらも新たな快楽に目覚める俺……」



 …………。


「はっ!?え?何今の?」


 と、目を開けてみれば、そこにはシャリーとヒナがいて。

 だからすぐにわかった。


「……シャリーテメェ。勝手に読心魔法使って俺の心読むなよ。ていうか何で俺を貶める?」

「いいじゃないですか〜陛下。幼馴染の特権ですよ☆」


 今時の幼馴染は恐いな、プライバシーのプの字も心得てねぇ。


「シャリーさん。私にも今度読心魔法教えてくださいよ」

「いいよいいよー」

「やった!これで私も幼馴染!」

「いやそうはならないだろう……」


 秀兎はげんなりと肩を落とした。


 ◇◆◇


 ひとしきりなじられた。

 ていうか自分って虐められキャラなの?魔王なのに?そんな魔王はヤだなぁと自己嫌悪する秀兎は、疲れたような顔で訊いた。


「まぁお前たちがここに居るんだろうから、迎撃用の罠と警報用の結界は張り終わったわけだよな?」


 シャリーは嬉しそうに笑う。


「ええ、そりゃもう地雷原もビックリの量を仕掛けてきましたよ」

「ちゃんと場所は覚えてる?」


「いえ覚えてません」


 ……。


「おいッ!なんで覚えてないの!?」


 すると、シャリーは何をそんなに叫ぶの?みたいな顔をして、


「は?」


「は?じゃなくて!……ってはぁ、なんか叫んだら思いっきり疲れた……」

「なんであんなに叫んだんでしょう?」

「さぁ?時々秀兎、意味無く叫ぶから」


 何故か二人は落ち着いていた。


「なんで二人はそんなに落ち着いていられるんだよ……」

「いやいやなんで秀兎さんはそんなに焦っているんですか?」

「だって、罠の位置がわかんないなら俺ら動きようがないじゃん……」


 そうなのだ。たとえ罠を張ってもその場所が分からなければ下手に動けない。

 だって引っ掛かって自滅したら元も子もないじゃん。


「…………」

「…………」


 ヒナとシャリーは、驚いたように目を見開いて。

 そしてシャリーは拗ねた様に頬を膨らませた。


「んぁ?どったの?」

「……いや、まぁ私自身そんなに活躍してない事もあるけど……」

「はぁ?」

「とにかく、そこに抜かりはありません!ていうか、私そんなへまする様な馬鹿に見えます?」

「………………。あ〜、いや、うん、だよね。ごめんごめん」


 少なくとも、俺よりは馬鹿に見えない。


「そうですよ!まったく。罠と警報結界は私たちに反応しないように仕掛けておきました!」

「悪かったってゴメンゴメン。そうだような、良く考えれば分かる事なのに」

「ていうか、もっと信用してくださいよ」

「信用してるしてる」

「怪しすぎる……」


 と、そこで。



「……ありゃ?」



 シャリーの表情が変わる。

 ちょっと眉を寄せて真剣な表情になる。


「どったの?」

「……う〜ん、誤作動?いきなり警報が鳴り出して……」

「……は?」


 それは幾らなんでも早すぎる。俺たちのベースは他の軍と違って少人数だから、非公開になっているはずだ。

 しかも、ここは戦場からかなり離れた、隅っこの森だ。

 どんな気違いでも気紛れな奴でも、さすがにこんな場所に来る奴はいないだろう。

 

「うわ、これ装甲車ストライカーのエンジン音!それに呼吸音が五つ!真っ直ぐにこっちに来るんですけど!?」


 てことはやっぱり……。


「……発信機か情報の漏洩か。まぁなんにしても目的は……」


 彼女の方を向いて。


「うちのお姫様かなぁ…………」


 まぁ、当然だよねぇ。


「へ?私?」

「心配なんでしょうねぇ皆。ヒナのことが」

「何でですか?」

「うら若き男女が四日間の野営キャンプなんですよ。そういう時に男女の仲は進むんです」

「だから皆さん心配してくれるんですね〜。でも私はすでに秀兎さんの妻、私ってば罪な女……」


 自分で言うなよ……。


「ていうか皆俺を憎んでるんじゃ……」

「まぁ私もヒナほどじゃないけど美少女ですし?」

「こんな美少女二人に囲まれて生活するんだから憎まれて当然ですよね〜」


 うわ〜ん、確信犯共がッ!


「あ〜、まぁその話は置いといて。どする……?」


 すると、ヒナとシャリーが楽しそうに笑って、

 

「まぁ軽く皆殺し?」

「皆殺し?」


 なんて事言うんだ君たち。


「ていうか軽くねぇよ!十分重いよ!」

「だってねぇ?」

「そうですよ〜。魔王に刃向かうなんて反逆という名の重罪ですよ〜。という訳で……」

「「皆殺しッ!!」」


 目が、目が輝きすぎだよ君たち……。


「……なんか、ヒナ変わっちゃったな〜性格」


 最初はもっと清楚で可愛らしかったのに。


「人は変わるんですよ☆」

「ですよ☆」

「何?何その二人のコンビネーション、流行ってんの?」

「これは私たちの絆の証です!」

「です!」

「あ〜そーすか……」


 なんか考えるめんどくさくなってきた……。


「……まぁいっか。んじゃあその反逆者は俺が適当にあしらって置くから二人はここで待ってて」

「え?私たちも行った方が……」

「いいよ、久し振りに身体動かしたいし」


 何よりあんたらに任せたら相手墓地送りにしそうだし。


「ルールフォンとインカム、あ、防弾チョッキはいらねぇな……。よし」


 準備万端。

 

 振り返ると、不満そうな二人がいる。だけど二人を連れて行くのはちょっとねぇ。


「んじゃま、行ってきます」

「「……行ってらっしゃい」」

 

 最後の最後まで不満顔な二人だった。

どうも〜黒ウサギです。

今回は少し長すぎましたか?

そう思った人は「長すぎるよッ!」と言って下さい。

多分これからもこれ位長くなるかも……。


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