弐拾九.魔女は話してくれない。
黒い光が、複雑に、素早く、様々な文字や模様を描いていく。
それは魔法陣となる。
「ルシア」
彼女の名前を、呼ぶ。
すると魔法陣が黒く、黒く輝きだす。
やがて魔法陣の中心から、黒い水、《闇》が溢れ出す。
――ズルリと、闇から何かが這い出てくる。
真っ白な、雪のように白い、艶やかな髪。
細い、しなやかな肢体に、美しい、キメ細かい肌。
悪戯っぽい、吊り気味の目付き。鮮血を湛えた瞳、長い、白い睫毛。
可愛らしい様で、それでいて大人びた、不思議な美貌。
白髪白眉、鮮血の瞳の少女。いや《魔女》が現れた。
「…………」
そのひどく美しい少女が、メチャメチャ不機嫌な顔でこちらを見詰めてくる。
「さ、説明プリーズ」
さらにぷくッと頬を膨らませる。
「(可愛いなぁ〜……)そんな顔してもだめ〜」
「……私は話したくないっ!」
凛とした、強い声。
いつもそうだ。
自分勝手で、我が侭で、気紛れで、初心で……ってこれは関係無いか。
まぁとにかく、
「頼むよ……」
真剣にお願いする。
知らなきゃいけない事は沢山あった。
自分の身の回りで、何かが始まっている。
何かが起きている。
一体何が?
どういう事だ?
キーワードなら、手掛かりならいくつか。
《あちら》と《こちら》
《扉》
《呪われた皇子》
《光の姫君》と《閉じ込められた姫君》
《狂った勇者》
《悲劇》
《悪魔》
《狂った魔王》
《封印された力》
しかし全く分からない。
何のことだか、検討もつかない。
いや、解るとすれば《閉じ込められた姫君》と《悪魔》くらいだ。
情報が少なすぎる。
自分が知らないから、なんにも知らないでから、
だから、姉が泣いた。
泣き崩れた。
あの姉が、自分の事しか考えてないような姉が、泣いた。
どうやら自分は狙われているらしい。
……誰に?
何かが、何かが始まる。いや始まっている?
なんだ?一体何が……
「おい、何を思い悩んでいるのだ?」
とルシアに声をかけられて我に返る。
「んぁ?……ああ、いやなんでも」
まずは情報収集だ。
「で?話してくれるのか?」
「……まぁいずれにせよ、遅かれ早かれ知るのだしな。仕方が無い、話してやる」
「よっしゃ」
「質問形式で行くぞ」
「はいはい。じゃさっそく……」
一番気になるところから。
「俺は一体、誰に狙われてるんだ?」
まず敵を知らなければ何も出来ない。
「なぜ、俺が狙われる?」
「……呼び方は様々だが…………」
《呪われた皇子》、《狂った勇者》。
「……お前は、言うならば《勇者》に狙われている」
勇者。
その言葉に、秀兎はちょっと呻く。
奴らはちょっと苦手だ。
頭は固いし無駄に強いし。
それに、自分の事を悪の根源だと決め付けている。
愚かっていうか浅はかって言うか。
まぁ苦手な存在だった。
「勇者って、帝国の?」
屑島コクト、十七歳の若輩最高勇者閣下。
「いや違う」
ルシアは鋭い口調で否定。
「あんな女に現を抜かす奴だったらどんなによかったか……」
溜息を吐いた。ていうかアイツ、そういう奴なの……?
と秀兎は若き勇者の実態に慄きつつも、質問を続ける事にする。
「……じゃあ誰よ?」
「それは言えない」
「なっ……!」
「だがすぐにわかる。お前が倒すべき相手が誰なのかはな」
それっきり、ルシアは黙ってしまう。
話せない、……何故だろう?
思考がこんがらがる。
「じゃ、まぁ、勇者の正体は置いといて……」
とりあえず質問を続けよう。
「何で狙われんの?」
と、その質問にルシアは素早く答える。
「それはお前が魔王だからだ」
……いや、うん、そうだけどね。
「まぁ、そりゃあ勇者の役目は魔王を倒す事だけど……」
さっきの、《悪魔》を思い出す。
「最近の勇者は、悪魔を使役するのか?あべこべだなぁ……」
「それは勇者が《あちら側》についたからだ」
「地獄に、って事?」
悪魔と言えば地獄。
という事はあちら側が地獄でこちらは天国……?
「いや違う」
「だよね。それはちょと非現実的すぎるよな」
「そうだな。《天界》《魔界》が『まだ』存在していたらもっと良い状況になっていたのだがな」
「…………」
「む、その顔は中々面白いぞ。人生に絶望して途方に暮れているようだ」
「……いやまぁいきなりぶっ飛んだ話するんだもんね。途方に暮れるよそりゃあ……」
はぁ。
「ま、まぁ天界魔界の話は置いといて、具体的に、《あちら側》って何よ?」
「…………」
「あら、また黙秘?」
「……それは、ちょっと…………」
「う〜ん……」
なんだ。なんなんだ?
「一体なんだって言うんだ……?」
これから一体、何が起ころうとしている?
しかし、それを知っているだろう彼女は口を開かない。
何故?
…………。
わからない。
全部だ。
全くわからない。
何が起ころうとしているのか、何故彼女は喋ってくれないのか、自分にある『何か』。隠された『何か』。
その全てが、不明瞭で、訳がわからない。
「なぁ、俺は勇者に狙われてるんだよな」
「そうだ」
「じゃあ、俺が殺されて勇者が得るメリットって何よ?」
「…………」
「あらら……」
まただんまりすか……。
「じゃ、質問を変える」
「……」
「俺って何者?」
そこで魔女が、少しだけ悲しそうな顔をする。
「お前は、……お前は黒宮秀兎。《闇の力》を身に宿した『不幸な人間』、そして《魔王》」
その声は物凄く悲しそうで、思わず抱きしめたくなる。
「《不幸魔王》。それがお前だ」
だから、だから俺は言う。
「……分かったよ」
「……」
「オッケーオッケー」
俺が何者なのか。
これから何が起こるのか。
彼女は、知っているのに教えてくれない。
普通なら、怒るかも知れない。
何故教えてくれないんだって。
でも、でも、
話していくごとに彼女の顔が歪むから。
話していくごとに彼女が泣きそうだから。
だから、止めよう。
自分で頑張ろう。
そうして、心配をかけないようにしよう。
だから、
「さ、夜も遅いし。もう寝ようぜ」
笑おう。心配をかけないように、笑おう。
「……最後に少し言っておく」
魔女が言う。
「きっと」
……。
「きっとお前を救ってみせる。お前を、呪われた運命から救ってみせる。大丈夫、まだ時間はある。平穏な時間は、まだ続くから」
……。
「だから、お前は……」
……。
「お前は、お前だけは、狂わないでくれ…………ッ」
そう言って、魔女は消える。闇に沈む。闇にとける。
その時の顔が、とても悲しそうに見えて、とても印象的で。
「…………はぁ」
秀兎はまた、溜息を吐いた。
対人関係やら意味不明な言葉やら、一通り出しました〜。
頑張った!ていうか多ッ!
皆さんどうでしたか?意味不明すぎましたでしょうか?
まぁながぁい目で見てくれると作者も嬉しいです。
これからの展開としては、コメディーを90%にして少しずつ進んでいきます。
平穏な生活を書いていきます。
不幸魔王と勇者嫁の、あんな事やこんな事を書いていきます。
あ、別にやましい事ばかりじゃないですよ。こめでぃっす。
まぁとりあえず、戦争が始まるぞぉぉ!