弐.母よ、貴方は何歳なのですか
ついに女王登場。
しかし、コメディってほんと難しいですね…。
魔王は絶対的な恐怖の象徴だ。
誰もが恐怖する存在なのだ。
しかし、
「……魔王に立ち向かう勇者になった気分だ」
ぼそり、と魔王が呟いた。
見れば、魔王は漆黒のマントを身に纏い、その下もキッチリとした漆黒衣。漆黒の手袋。漆黒の靴。全て統一されている金糸の刺繍。
どう見ても勇者の格好ではないが、気持ちは勇者に近い物があった。
「……これで仮面があればどっかの革命家ですねぇ〜」 なんかヒナが言っているが気にしない方向で行く。
あ、そういえば。
「ヒナはいいの、その服で?」
真っ黒だった。
当初着ていた白いドレスは、自分との戦闘でボロボロになってしまったのだ
仕方なく魔王城の倉庫にあったドレスを引っ張り出した。
真っ黒なドレス。真っ黒な手袋。真っ黒なブーツ。金色の装飾が良く映えている。
全部母さんの物だ。
「……そうですねぇ。《光の姫君》が黒衣を着るって事がちょっとやばい感じですが、まぁ大丈夫ですよ。いくらでも弁解は出来ますし」
能天気な事を言ってる。
「無理だと思うぜ。ウチの母さんはメチャメチャしつこいし無駄に頭が回るから。弁解なんかするより素直に「白い服はありませんでした〜」って言うのが賢明だよ」
「へぇ〜。秀兎さんのお母様はそんなに頭が良いんですか」
と、素直に感心しているヒナ。
俺は正直恐怖で頭が一杯なのに。
「そうです。先代の后妃様、レイア様は口では負けず、魔術でも私以上の技量をお持ちになっていたのです。今では力も衰えましたが、全盛期では《魔女王》と呼ばれるほどだったんですよ」
シャリーが自慢げに語る。昔から母さんを慕っていたから久し振りに会えるのが楽しみなのだろう。俺は正直合いたくない。
「思えば私がレイア様と出会ったのは…………」
……なんかシャリーが語りモードに入りそうだ。
「あーはいはい。長くなるからさっさと魔法陣完成させて!」
「えーまだまだ語り足りないんですけどー」
ぶーぶー言ってんじゃねぇよ。
「まったく、私とレイア様の話は感動間違い無しなのに……」
ぶつくさ言いながらも、シャリーは転移用魔法陣は描いていく。
指先に光が灯り、シャリーが動かすとその光は糸を引き、それが線になって地面に刻まれてゆく。
「秀兎さん秀兎さん。秀兎さんのお母様ってどちらにお住まいなんですか?」
唐突にヒナが聞いてきた。
そういえばこいつはお姫様の筈なんだけど、妙に子供っぽいというかそれらしくない。
と、どうでも良い事を考えて秀兎は答える。
「昔はこっちに居たんだけどね、力が衰え始めたからかな。唐突に異空間にひきこもっちゃったよ」
「身の危険でも?」
「さぁ?けど本当に唐突だったよ。朝起こしに行ったら居なくて、机の上に「母は引きこもります。探さないでください」って置手紙があってさ」
「ホントに唐突ですねレイアさん……。なんですかその旅に出ます的なノリは」
「まぁすぐに魔力を察知した父さんが居場所を見つけて母さんの所へ行ったんだけど……」
「あ、そういえば先代の魔王様にも挨拶しないといけませんね」
「なんかその父さんもそこにひきこもっちゃったんだよねぇ」
あはは。
「えぇー!何があったんですか!お母様と一体何があったんですか!」
「さぁ〜?でさぁなんか俺に「後は任せた」みたいな書置きがあってさ」
あははははは。
「しかたなく俺が魔王に……」
と、そこで秀兎の雰囲気が一気に暗くなった。
「あ、なんですかこれ。トラウマですか?地雷ですか?」
「いや〜あの時は大変でさぁ〜あはははは…………………」
唐突に腰に括り付けていた短剣を抜き、手首に当てる。
「秀兎さぁぁぁぁん!!!!!」
「離せ光の姫君よ!ぼかぁ、ぼかぁ死んでやるぅぅぅぅぅ!!!」
ギャーギャー。
「ヒ〜ナちゃ〜ん!紅葉も行くよ〜、って秀ちゃんが死のうとしてる!」
ギャーギャー。
「完成!」
なんかタイミング良く魔法陣が完成したり。
◇◆◇
異空間に引きこもった。
母さんは、半永久的に作動する中庭迎撃魔法陣の様に、半永久的に作動する魔道具で異空間を作り、なおかつその魔道具を異空間に持っていってしまったのだ。
秀兎たちはその異空間に居た。
何処までも続く雲海の上。雲をオレンジに染める黄昏。浮かぶ小島に、黒いマントをはためかせる秀兎。
「……来てしまった」
目を細め見詰める先にあるのは、神殿のような建物。
そこに、我が母が居る。
ヒナも、横で建物を見詰めていた。
夕日に照らされる顔が、すごく綺麗に見えるのは気の所為か。
「ねぇ、秀兎さん」
ドキリとしてしまうのは、健全な青少年の証拠だろう。
きっと、これで「好きです」なんて言われたら狼狽したかもしれない。
でも、
「これー、パクリ過ぎじゃないですか……?」
うん、確かにね。
これで「神を殺す!」とか言われたらヤバイよね。
「前来た時は星が輝く綺麗な夜空だったんですけどねぇ」
シャリーは転移用の魔法陣を地面に刻んでいた。この魔法は一々魔法陣を刻まないと作動しないところがネックだ。シャリーには今度もっと簡単なヤツを開発してもらおう。
「時間が変わるってとこだけじゃない?違うの」
紅葉がなんか言ってる気がするが無視する。
「レイア様はあそこに?」
ヒナが指す。
「ああ、あそこだよ。多分何人かの使用人も居るんじゃないかな」
建物は、ギリシャのパルテノン神殿に似ている。相変わらず、ウチの母のセンスはよく解らない。
「よし完成!んじゃとっと行きましょうか!」
小島から階段が伸びていて、建物がある小島に繋がっている。
秀兎は少し身震いしながらも、その階段を上っていく。
階段を昇りきると、そこは庭になっていた。
白いレンガで整備された中央道。神殿の入り口まで続いている。
両脇には花が咲き乱れている。基本的に暖色中心の花ばかりだが、ポツリポツリと寒色の花が咲いていた。小さめの噴水が左右の中心に設置されている。静かに流れる水の音に癒される、
「よし、行くぞ……」
筈も無い。
なにせ自分の母親に会いに行くのだから。彼女がどういう性格で、どういう事をしてくるかが大体わかるのだ。そして、自分の行く末が。
……帰りたい。
「秀兎さんのお母様、レイア様ってどんな人なんですか?」
レンガの道を歩きながらヒナが聞いてきた。
「立派な人です」
これはシャリー。
「うーんとねぇ、面白い人だよ!」
これは紅葉。
「あいつは人格破綻者だ!」
これ魔王。
「いいかヒナ。あいつは一見いい人のように見えるがそれは誤解だからな!裏では「どんな意地悪してやろうか〜フヒヒヒ!」とか考えてるんだからな!しかもそれは意地悪の領域を完全に遺脱しているんだ!ある時は俺の部屋の入り口に落とし穴と水責めコンボトラップを仕掛けたりとか!廊下の天井が降って着たりとか!寝てたらいつの間にか天井に吊るされていたとか!とにかくあれは拷問紛いな事をしてくる奴なんだ!だから心を許すな!絶対!」
冷汗たらたらで力説してる秀兎。ヒナは少したじろぐ。
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なものか!今だって危ないんだぞ!もしかしたら落とし穴があるかもしれない!もしかしたらトラバサミがあるかもしれない!何処かにスイッチは無いか!?押した瞬間に暴徒鎮圧用ゴム弾が飛んでくるぞ!」
挙動不審も良い所である。
「まぁまぁ落ち着いて。沈静魔法をかけましょうか?」
「そうだよそんなに警戒しなくても……」
皆が哀れみの目を向けるが、そんな事で心が冷めるはずも無い。
「そんな事をしても無駄だ!今、俺の生存本能が叫んでいる!きっと近くにとんでもない罠が……」
ピ、ガチャリッ!
「やっぱりぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!」
スイッチプッシュからトラップ作動までのタイムラグは0.2秒。
余りの速さに反応は出来ない。浮遊魔術の展開も追いつかない。
一同唖然。やはり秀兎の推測は正しかったと証明されたが、当の本人は垂直落下。
最後に、
「ぃぃぃぃぃ………………ポチャン♪」
◇◆◇
水責めに加え、危うく人食い鮫の餌になる所だったらしい。
「チクショー、あのババァ実の息子になんて事を……」
ぶつぶつと呪詛を唱える秀兎は、バッテリー式ドライヤーで服を乾かしている。
「まぁまぁ、ほんの遊び心ですよ」
ヒナは苦笑しつつももう一台のドライヤーでマントを乾かしてあげていた。
「まぁ秀ちゃんは殺そうにも妙にタフだから大丈夫だよ」
「そうですねぇ。前は飛竜の巣に入ってその飛竜の首ちょん切って帰って来たんですもんねぇ」
「あれは母さんが小遣いをやるとかいって騙されたんだよ!あの時は丁度徘徊時間だから今が安全だーって言われて……」
「なんかもうそれ拷問じゃないですよ。訓練ですよ訓練」
「おかげで生命力だけはゴキブリ並みに……」
「もっと違う表現は出来ないのか紅葉」
と、
「…………うわぁ」
思わず、秀兎は呻く。
白い壁に天井、赤い絨毯が敷かれた廊下の終わりに、扉が見えた。
赤い下地に、金色の装飾。どうやら模様のようだ。
他の面々は普通に驚いていたが、秀兎は違った。
感じるのだ。扉越しに伝わる母の威圧感が。いや錯覚かもしれないが。
とにかく、これから俺が無事に帰ってこれる可能性は無い。
何しろもう約束の時間から2時間も過ぎているのだ。母は約束に厳しい。
「…………行くぞ」
ゆっくりと、扉を開ける。
そして、
ヒュンッ! べチャ!
芳しい香り、そして、メチャメチャ熱い!
「!!!!!!!!!」
突然飛来し顔全体に張り付くそれはめちゃめちゃ熱い。何より呼吸が出来ない。
「ピ、ピザぁ!?」
ヒナが素っ頓狂な声を上げているがこっちは呼吸困難で酸欠状態に陥りそうだ。
ていうかこのピザ顔にくっついて離れねぇ!
と、
「あっははははは!」
甲高い、女性の声が響く。
自力でなんとかピザを引っぺがし、その声の主を見る。
忘れる筈もない、己の母の声。
未だに十代にしか見えない母が、そこに居た。