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弐拾四.もう一人のいじめっ子。

 

 促されるままに入った生徒会室は、本当に普通の、何処にでもある様な会議室。

 中には生徒会長と副会長の二人だけだ。

 中央の奥に、生徒会長用らしい机に、男子学生、つまり副会長が座っている。

 

「おや、秀兎。えらく可愛い子だね」


 副会長――島崎樟欺しまさきくすぎ――だ。

 高貴な、物凄く綺麗な銀髪。鋭い、珍しい紺の瞳。優しげな微笑に四角い眼鏡。

 ミラン・アルノアードといい勝負なくらいの、整った容姿。一年二組所属。

 ……って、

 

「な、ななな、なんで貴方がここに……!」

 

 艶やかな銀の髪。深い、紺碧の瞳。


 私はこの人を知っている!


 数多の戦場で名を馳せ、帝国にも顔が効き、世界中の魔術を解いた者。

 魔術の申し子。魔女王の生まれ変わり。マジスティア王の懐刀。

 

 ――クスギ・アルトレット・ノア。


 世界最強の魔術師!


「おいおい、凄い可愛いなと思ったらフリギアの第三皇女様じゃないか。これはこれは、お会い出来て恐悦至極」


 なんて言う。いやそれより、マジスティアの最強魔術師、『魔術国家』マジスティアの最高魔術師が、実質世界最高の魔術師が!なんでこんな所に!?


「秀兎もそういう年頃なのかい?」

「どういう意味かなそれは?」

「ん、察しが悪いなぁ。あれだろ?やっと自分の悪逆非道の心に目覚めて攫ってきちゃったんだろう?」

「はいはい予想通りの解答をありがとう。しかし残念ながら違います」

「えー、違うのかい?じゃあどうしたんだい彼女。まさか、わざわざ魔王の君の所へ来たのかい?」

「そのまさか」

「何しに?」

「嫁ぎに」

「最近のお姫様の行動力はあなどれないねぇー」


 なんて、もう普通に会話しているのだ!あの、世界最強が過言ではない位の、最強の魔術師が、魔王と会話しているのだ!


「え、な、二人は、知り合い、なんですか……?」


 恐る恐る聞いてみる。

 

「知り合いだ。いや、あえて言うなら同志だ!」

「そう、僕らは切っても切り離せない熱い信念で結ばれているのさ!」


 なんて事を言っている!あの、冗談の一つも言わない、礼儀礼節でガッチガチになっていた、最強の魔術師が、そんなバカみたいな事を言っているのだ!


 眩暈がした。何でだろう。なんでこの人はここに居るのだろう。これは、一体なんなんだ?


「ビックリしたか?まぁ仕方が無いな。あの世界最強の魔術師が、こんなバカな姿になっているのだから」


 そんな事を少女が言う。


「おいおい美烏。俺そんなにバカに見えるの?」

「ああ、バカに見えるな」

「それは秀兎と一緒に居るからじゃない?」

「む、そうか。そうだな」

「いやいや何俺が元凶みたいになってんだよ!」


 なんて、にこやかに話している。昔の、表情を全く変えない彼の姿ではなかった。


 ていうかそもそも、アンタ何でいるの?


「まぁ、無駄話もここら辺にしよう。さっさと用件を済まして帰れ。私たちは少しやることがある」

「んぁ?なにやんの?」

「精鋭部隊の士気上げスピーチ用テキストだ。やはりカンペが無ければ少々辛いからな」

「あー、《戦争》かー」

「だからさっさと用を済ませろこの愚弟」


「あー、え?………………………なんだっけ?」

 

 っておいおい……。


「ルールフォンですよルールフォン。大丈夫ですか秀兎さん」

「あ、そうそう。コイツの情報を入力したルールフォンをくれ。もうすぐ戦争だし」

「はいはい。じゃ、少し待っててください」


 樟欺は机の引き出しからノートパソコンを取り出す。


「あ、秀兎。そこのダンボールにルールフォンがあるからとってくれよ」

「はいはい」


 ダンボールを開き、中身を確認する。中身は四角い、小さな、銀色のジュラルミンケース。

 そのケースを一つ手に取り、秀兎は放り投げる。

 樟欺はそれをキャッチ、そのまま中身を開いて黒いケータイ、ルールフォンを取り出す。


「あれ?皇女殿下偽名使ってるのなんで?」

「余計な混乱を入れないためだよ。お前だって島崎は偽名じゃん」

「まぁいいけどねー」


 また、机の引き出しから、今度は黒いコード――ルールフォン専用のUSBコード――を取り出し、接続。

 ピーピーピー、という電子音が鳴る。情報入力が完了した音だ。


「はい、これでこのルールフォンは貴方の物。ってもう敬語使う必要無いよね……。これで、君も正式な黒月学園生だ」


 生徒会長、美烏が優しげに微笑む。




「これで、貴様も私の奴隷だな」




 …………。


「おい」

「ん?なんだ?何か間違えたか?」

「間違えすぎだろ。いつから生徒会長は王様になったんだ?」

「違う。私を『王様』なんて幼稚園生の言葉で表現するな。私を呼ぶときは《女神》か《女帝》か《后妃》と呼べ」

「あんた誰のきさきだよ」

「ん、無論貴様だ」

「えぇぇ、いつから……」

「酷いわ!あの夜の事を忘れるなんて!」

「……はぁ?」

「近親の壁を破ったあの夜の事を忘れたっていうの!?」

「はーい知らないよー」

「酷いであぁぁぁあああ!!!」


 と唐突に跳びキック。


「ぎゃぁぁぁああああああああああ!!!!」


「顔面に直撃!効果は絶大だぁぁぁ!!」


 ノリノリな副会長。


 やっぱり何処でもいぢめられる立場な魔王だった。



 そして、ひとしきり魔王はいぢめられ。



「秀兎、ちょっとトイレ行こうぜ」

「ああ?わかった」


 秀兎は樟欺と共に連れションに行く。


「あ、秀兎さん……」


 ヒナは呼び止めようとするが、


「待て義妹いもうとよ!私のスピーチを聞け!」


 美烏に捕まってしまい、呼び止められる事はなかった。

 

 ◇◆◇


 男子トイレに入った瞬間、樟欺はドアの鍵を閉める。


「おいおい、お前まさか男色趣味か?生憎だが俺にそんな趣味は……」


 と、そんなふざけた言葉は中断される。


 樟欺が指先を、人差し指の先を額に当てて来る。そして魔法陣展開。


「……なんだぁ?」


 魔法陣のサイズは小さい。色は白。光系魔法だ。


「……お前は何がしたいんだ?」


 樟欺が、低い声音で、そう聞いてくる。いやそれを聞きたいのはこっちの方なんだけど?


「お前は、ただでさえ《呪い》を抱えているのに、また抱えるのか。《呪い》を、世界を壊すための呪いを」

「…………」

「一体お前は、何がしたい?」

「…………」


 秀兎は、溜息を吐いて、肩を竦めて、クスギの顔を見る。


 鋭い視線。厳しい表情。

 

「……ホントに、何がしたいんだろうな」

「…………」

「俺さ、自分に呪いがかかって、それでこんな運命背負って、もう訳わかんねぇとか、ああもう死にてぇとか、アイツと一緒に居るのに、もうそんなん全然関係なんだわ」

「…………」

「アイツが俺を救いに来たとか言った時、……正直、やめて欲しかったよ。もう、俺の周りに、俺に、入って来ないで欲しかったよ。でもさ、アイツは止まらなかったよ」


 周りが受け入れ、自分も渋々受け入れ、


「気付いたら、もう、俺の中だ」

「…………」

「馬鹿みたいだろ?本当に、気付いた時にはもう居たんだよ。俺の中に、シャリーやエルデリカや紅葉、城の皆、お前や、姉ちゃん、莉鵡や、兄貴、その中に、もう居たんだ」

「…………」

「呪い?それがどうした。呪いなら、もうとっくに背負ってる。今更増えたってどうって事無いさ。俺が喰ってやる」

「…………」

「心配すんな」

「…………」

「…………」

「……はぁ」


 クスギが、魔法陣を引っ込める。


「お前は、何処まで欲張りなんだ……」

 

 コイツの、深すぎる心を心配したのに。


 しかし、そんな心配を他所に


「自慢じゃないが底無し君だ」


 とか言ってくる。


「ホントにお前は、欲張りで、熱くて、真面目で、それでいて間抜けだな……」

「一言言っておこう。馬鹿と天才は紙一重、これはお前にこそ相応しい」

「はいはい分かりました。もう余計な心配はしません。たく、折角心配してやったのに」

「心配してるのに頭吹っ飛ばそうとすんのはどうかと……」

「冗談のつもりだったんだけど、キツイかな?」

「正直なー。何処までが冗談で何処までが真面目なのかわかんねぇよなー」


 とか言ってくる。呪いを背負ってもなお、笑っている。


 彼は、物凄く優しい。

 底なしに優しい。

 どんなものにも優しさを与え、自分をあまりかえりみない。

 

 よく漫画や小説に、優しい人がいる。


 行き場を失った人に、ついて来いという。

 捨てられた子供たちに、一緒に行こうと言う。

 それは、自己満足に見えるかもしれない。

 全てに優しさを振りまけるはずが無い。

 でも、でも彼なら、

 底なしに優しい彼なら、


 もしかしたら、この世界を、いずれ悲劇にまみれるこの世界を、変えてくれるかもしれない。

 

 彼が救った人は知っている。

 彼が底なしに優しくて、彼が底なしに欲張りで、彼が自分をかえりみない事を。

 だから彼を護る。

 だから彼から離れない。

 彼は皆が大切で。

 皆は彼が大切で。

 彼の優しさに皆が感化され。

 皆の優しさに彼が救われる。


 『他人に優しく出来る世界』が、出来ている。

 

「お前は、お前は本当に凄い奴だ……」


 心の底からそう思う。


「な、なんだよ急に……」

「うん?いや何、君は凄くいい奴だなぁ〜って思う時がたまにあるんだよねぇ」

「たまにかよ!」


 まぁ、コイツなら大丈夫か。


 と、結論づけたクスギはニヤリと笑って。


「ま、湿っぽい話は無しにして、さぁここは君と僕の二人きり。さぁ一緒に愛を育もうか!」

「きめぇぇぇぇぇ!い、いきなり何?嘘でしょ?変な事止めて?」


 かなり危険な目付きのクスギは、ジリジリと迫ってくる。


「おいおい僕は嘘なんて吐かないさぁ〜」

「嘘だぁ!止めて!その怪しい笑みを止めて!」

「止めたってムダァ!」


 飛び掛ってきた!!


「捕まってたまるかぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 反射的にクスギを避け、ドアに向かう。


 鍵を外して飛び出そうと……、


「……ん?」


 ガ、ガ……。さぁ開……


 ――開かない。ていうか、ドアノブが回らない。


「あ、あれ?」

「ふ、ふふふ、こんな事もあろうかと魔術をかけておいたのさ!」


 コイツ!ほ、本気なのか……。しかし!


「甘い!俺の《闇》の力を持ってすれば……」


 と、指先でドアノブに触れ、魔術の術式に侵入する。


 すると、秀兎の視界に赤い魔法陣が浮かび上がった。


 一目見て分かった。

 典型的な空間固定の魔術だ。

 一見しては複雑な式だが、こういうタイプは中心に当たる部分を無くしてしまえば簡単に壊れる。

 早速中心部分の文字に触れて……、

 とそこで気付く。


 この術式に、『空間固定に必要ない式』が書いてあって、

 

 それが《迎撃用》の式だという事に気付く。

 その式が、段々光を増していき、

 

 瞬間。


「アツ!!」


 指先が信じられないような高熱を感知する。


「ははは、その手も対策済みさ!」

「くぅ……!」


 しまった!あの短時間でここまで仕込むとは!


 ヤバイ、ヤバイぞ。俺は健全な男子高校生。地味に貞操のピンチ!ていうかホモで貞操は奪われたくねぇ!


「…………」


 なにか、何か打開策は……!


 キョロキョロと見回してもあるのは塞がれたドアにトイレの便器に……。


「……ん?」


 ゲヘゲヘ言っているホモ野郎の後ろ。開かれた大きめの………………窓。

 思い浮かぶ妙案。いや希望の光。

 いやさすがにそれは……、でもこれなら、確かここは二階だし、うん大丈夫じゃね?

 

「ふ、これしきの事で魔王たる私を足止めなど笑止千万!」

「おや、辞世の句かい?」

「自殺じゃねえよ!」

「だけど今更何をしても無駄さ!」


 飛び掛ってくる!だが!


「それを待っていたぁぁぁぁああ!!」


 瞬間的な動作で彼を避け、そして窓の外へ!


「俺を止めたいなら《神の鎖》でも持ってくるんだなっはっはっはー!」


 今、俺は飛び立つ!

 バッ、と勢い良く窓の外へ。




 しかしそこで、




「ん?あれ?……なんか、高くね…………?」


 …………。


「あ〜あここ五階なのに」


 そんな、ホモ野郎の声が聞こえた気がする。

 ヤバイ、高い!ホントにここ、『二階』じゃねえ!


「ぎゃぁぁぁあぁあああああああ!!!!」


 しかし、幸運な事に目の前には一本の背の高い木が……。


「あぅぅぅぅぅうううううううううう!!!!」


 ある訳も無く、あるのは潜水用の苔やら藻やらが繁殖した緑なプールで……。

 ずぶ濡れ(あと苔と藻まみれ)になるのは必然で。


「うごわぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 結局、魔王は不幸で間抜けなのでした☆

魔王の周りはいじめっ子でいっぱいです。

そんな可哀想な魔王を、どうか温かく見守ってください。


さて、次回は戦争前夜。彼女が魔王と……!

あるのかなぁ…………。

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