弐拾壱.そして月が昇る。
月だ。
真ん丸の、綺麗な、何の穢れも無い、真っ白な月が昇る。
それが終わりの始まり。
日が昇れば終わり。
もう、これで最後だ。
やっと開放される。
ふ、ふふふ、ふふ……。
「はーっははははははははあっはっはははははははははひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひぎぎぎッ!?」
イタタ、何かの拍子で腹が……。
だが、明日は遂に休み、休み!お休みだっ!ヒャッホウ!!痛みも吹っ飛ぶぜ!
は、はは、なんかこの四日間は長かった……。何故か雑用とか押し付けられまくるし、学校ではきびきびしてなきゃいけなかったし、変な不良グループもニ、三個は潰したし……。
もう俺、めっちゃ頑張ってんじゃん。スゲェよ俺。マジスゲェ。
ぴっちりとした燕尾服。やる気の無さそうで、寝不足でくまのでき、全身からは覇気と言うものが壊滅してすっかり猫背になった秀兎はそう思っていた。
ここ一週間、一日の睡眠時間は約三時間。育ち盛りの身体にはきつすぎる!
そんな地獄な日々が、明日で終わる。終わらせる。これが笑わずにいられない!
――と、そんな事を思っていると、脱衣所の扉が開き、ヒナが出てきた。
「セバスチャン牛乳頂戴ー」
「はいはい只今ー」
即座に対応。
「セバスチャン髪乾かしてー」
「はいはい只今ー」
従順に対応。
「セバスチャン弾け飛んでー」
「はいはいただい……ってそれは無理!絶対無理!」
「あははセバスチャーン」
……何これ?もうホント、何これ?
俺、魔王なのよ?この城じゃ一番偉いのよ?でも何これ?酷い扱いじゃない?
「仕方が無いじゃないですか自分で言った事なんですからー」
と、無理難題を押し付けてくるいぢめっ子嫁が言う。
艶やかなハニーブロンド、意志の強そうな青い瞳、一度学校に行けば即座にモテモテな、美の女神に愛されてるとしか思えないほどの可愛い顔。華奢な身体にそれほど高くは無い身長。これ普通にみればスッゲェ可愛いよ。ほんのり上気した頬が色っぽいし。
「もう俺明日からはセバスチャンやんないからね。もうこの四日間ホントに疲れた……」
しかし、そんな事を気にする感覚はとっくの昔に消滅してしまった秀兎は顔色一つ変えずにそんな事を言う。
そして、四日分の疲れを吐き出す様に溜息。
「でもホントに頑張ってましたね。ここは妻として何かしてあげるべきでしょうか?」
とヒナが言う。その心は嬉しいが、ちょっと今は放って置いて欲しい所だった。
「何でもいいから寝かせてくれぇ〜」
「いやいや、少しは疲れた夫を労わせて下さいよ」
なんか今日はしつこいなぁ。
「はぁ〜。……って何やんの?俺あんま身体動かしたくないよ?」
「…………………添い寝?」
おっと爆弾発言。
「はぁ?何?それは暗に俺に襲ってくださいと言ってんのか?」
そこで、ヒナは染め上がった頬をもう少し染めて、
「ま、まぁ私たちも夫婦なんですし、そろそろそういう事をしてもいいかなぁ〜と……」
そんな事を言う。確かに、俺たちが結婚してもう一ヶ月だ。正直もう一ヶ月!?という感じだった。一緒にいる時間も多くなって、ある程度気心も知れてきたところだ。
結婚といってもまぁ適当な、身内だけでやった奴なので気分は友達とかカップルとか、友達以上恋人未満とか、とにかくそんな感じ。
まぁ、普通の高校生なら、もうあんな事やこんな事をしてもおかしくない昨今。俺たちも、普通ならまぁそういうのをしていただろう。
だがしかし、
「却下」
「はぅ!」
今の秀兎に、そんな元気は無い。性欲も無い。あるのは貪欲な睡眠欲だけだ。
「だってさ、考えても見ろよ?俺のベッド一人用だぜ?せまいっつうの。それに、今俺疲れてるからさ〜、激しい運動とかNGな訳。オーケー?」
「…………うぅ、だ、だったら添い寝だけでも……!」
「だから〜、俺の部屋のベッドも、お前の部屋のベッドも一人用だろ?今の季節って結構熱帯夜じゃん?暑いのやだよ〜」
そう、普通ならここでOKな筈だった。
きっとこのまま「そうですか……」と残念そうに去っていくのがオチだと思っていた。
しかし、予想は、予想外の出来事によって破壊される。
「そうですか……」
そして、予想外の出来事が起こる。
「「「ちょっとマッタァァァァァアアアアアアアア!!!!」」」
そんな、元気に満ち溢れた声が木霊する。って、何?何この展開?
「ヒナ、そんな事で諦めてはいけません!」
黒髪のポニー……ってシャリーじゃん。
「そうです!あの万年ボケボケでやる気も色気もヘッタクレも無い男を殺るには弱った時が一番!」
うん、これは台詞だけでわかるよ。エルデリカだ。
「と、いうわけで!私たち魔王側近の三人は遂にヒナちゃんと秀ちゃんを一緒に寝かせる事に決めましたー!」
紅葉。……え?ちょっと待って。文脈からして俺の命危なくない?
「…………」
「…………」
余りの急な展開に、ちょっと着いていけない二人。
「ふふふ、安心してください陛下、ちゃんとキングサイズのベッドは用意してあります!」
「さぁご案内しましょう。いざ行かん、禁断の巣へ!」
「レッツごー!」
そんな事を言われて、二人は引き摺られていった。
◇◆◇
部屋は豪華なシャンデリアと絨毯に夜空が見えるこじんまりとした窓があり、そして巨大な天蓋付きベッドが鎮座していた。
『お姫様が眠るベッド』なんて表現が、しっくりくる。真っ白なシーツ、広々していて楽に3〜4人は寝れそうだ。
そこの上に二人はいた。
二人が乗ってもまだまだスペースのある広々としたベッド。
今晩、男女な二人が、褥を一緒にする。
もちろん二人にそんな知識が無いわけではない。
しかし、いざこうなるとどうも緊張してしまう……。
二人は、少し気まずい雰囲気を纏いながらも……、
「おい何これ!スゲェ!めっちゃフカフカじゃん!」
「ホントですね!うわ、それにひろーい!」
気まずい雰囲気が……、
「気持ちぃーなー」
「夢心地ですねぇー」
気まず……
「ふわぁ〜、おお、早速眠くなって……」
「私も……」
全然気まずくねぇぇぇぇぇ…………!!
もう、二人にとってそんな事はどうでもよかった。
そして、二人は思う。
なんだこの安眠を約束された地は!……と。
「「「ではごゆっくり〜」」」
と、意味深な笑みを残していった三人には感謝しなければ。こんな良い場所が魔王城に合ったなんて!
「電気消すわ〜」
「は〜い」
電気が消え、部屋が月明かりで照らし出される。
羽毛のフカフカ布団とベッド。ああ、夢心地。
「もう、眠気が……」
「おやす……」
そして、二人は眠りにつく。
――声がする。
少女だ。少女が、大きな声で泣いていた。
それは、自分と同い年くらいの女の子。
磔にされた、可愛い筈の女の子が、涙を流している。
奇妙な世界だ。誰も居ない。少女以外誰も居ない。
少女は泣き続ける。瞳から、とめどなく涙が溢れていく。
まるで、昔の自分を見ているようだった。
孤独で、胸が、心が押し潰されそうだった時。
そして、救いに来てくれた人がいた。
そして……、
と、そこで空が割れる。
青い、青い空が割れる。
ガラスが割れるような、そんな音。
ガラスの様な、空の破片が落ちてくる。
光が反射する。
そして、空が、本当の姿を見せてくる。
月が、昇る。
それが、終わりの始まり。
もう、日は昇らない…………。
と、そこでヒナの目が覚める。
いやに清々しいくらい、はっきりと目が覚める。
「……夢…………?」
夢を、見ていた。
妙に生々しい、嫌になるくらい現実的な夢。
月が昇るゆ……、
とそこで、
「イタッ……!」
頭痛がした。ズキッと、頭に何かが走る。釘でも打ち込まれた様な、そんな頭痛がした。
「何……?」
夢の内容が、思い出せない。思い出そうとして、また頭痛がする。
「な、何……?」
漫画や小説で、よくこんな展開がある。
思い出してはいけない記憶とか、封印されたなんちゃら、みたいな、そんな展開がある。
これって、もしや、そんな展開?
「…………イタタッ!」
ますます痛みが増した。これ以上、と言っても全く思い出せていないが、思い出すのは無理そうだ。
思い出すのは諦める事にする。
凄く、大事なものかも知れないけど、痛くて、痛すぎて思い出す気になれない。
そこでふと、自分の隣を見てみる。
気持ち良さそーに、ぐでーっと、よだれだららで眠っている、少年を見る。
自分が、好きになった、少年。
鈍く、艶やかとはいえない程暗い、真っ黒な髪。
自分は、この少年が好きだ。
この、気怠げな、自分の興味の無い事には徹底的に無関心な彼が、好きだ。
一緒にいて楽しい。
バカ騒ぎして、笑って、…………。
「……何、やってるんだろう……」
何で、甘えているのだろう。
何で、調子に乗って、こき使ったり、殴ったり、蹴ったりしているのだろう。
そんな事を、そんな、そんな……。
とそこで、
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
天を割るような、大音量の、絶叫。
「!!?!??!!」
ビックリする。
だって、今まで寝てた人物が、目の前で、叫びながらガバっっと勢い良く起きるんだもの。
誰だってびびるよね?
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ〜……」
荒い息を整えて、手の甲で大粒の汗を拭う。
そして一言。
「死ぬかと思った……」
その顔が、表情が、真剣そのもので、かなりおかしかった。
「おはようございます」
「あ、おはよ〜……」
「で、どんな夢を見てたんですか」
そう聞いてみる。
すると、秀兎は真面目な顔で、
「え、夢?ああ、え〜っと、あの、ああ!そうそう。聞いてくれよぉ〜。なんかさぁ〜まず俺とかヒナとかさ、いつものメンバーが居る訳よ」
「はいはい」
「皆でいつもど〜り馬鹿な話をして、それで、その日は珍しく来客があったわけ」
「ふむふむ」
「なんか真っ黒なローブ被った、怪しい奴だったんだけど、そいつが俺と話しているときに、急に『ぎゃははは!』とか『ゲヘヘヘ!』とか笑い出すわけ」
「急展開ですね」
「そいつがローブを取ると、顔が母さんだったんだよ!」
「……」
「で、周りの皆が笑いながら俺を包囲してって、気付いたら皆母さんの顔な訳」
「……」
「そして俺は全方位から炎系魔法が放たれてぎゃぁぁぁぁ!って所だったわけよ」
「……」
あの、真っ赤な双眸に燃え上がる髪。凶悪な、禍々しい程の笑顔。
そんな、鬼みたいな人が、周りを囲んでゲヘゲヘ笑って魔法をドカァァァ!とぶっ放す。
「それは、ホントに死んじゃいますね……」
「だろぉ〜?いやもう骨まで残らねぇよ」
冗談なのか、真面目なのか、よく、分からなかった。ただ思うのは、
「…………なに泣いてんの?」
「……眠いっす」
救われる。ホントに、救われる。
「なんじゃそりゃ……ってふぁぁああ、俺もねむぅ〜。じゃ、二度寝るわ」
「お休みなさ〜い」
そういって秀兎は夢の世界に飛び込む。
ものの五秒で、寝息が聞こえてくる。
それを確認して、ヒナは、彼に寄り添うように、横になった。
◇◆◇
そして翌朝。
また日が昇る。
気持ちの良い、朝が来る。
そんな朝方。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」
また絶叫。
二回連続の悪夢。
黄緑色の髪を生やした、無表情の、絶世の美女に、首がすっ飛ばされそうになるという、物凄く恐ろしい夢。
そしてこの夢が、ものの数分で正夢になるのを、魔王はまだ知らなかった。
次回予告です。
――戦争だよ。戦争が始まる。
赤い髪の少女は言う。
――魔法による超広域爆撃、それで全部終わりです。
黒い髪の彼女は言う。
――あの人は来ます。そう、《約束》しましたから。
金色の髪の少女は、そう告げる。
そして、
――はっはっはー。魔王降臨だぜ!
そして、黒い髪の少年はそう叫ぶ。
……あ、八割、いや七割?位嘘入ってます。
簡単に言うと、黒月学園で色々やります。皆様お楽しみにしててくださーい。