弐拾.ざ・でびる・バトラー(首と胴の離婚)
何事も無く、平穏に、ゆっくりと、そんな一日が送りたい。
たまにそう思う時がある。
ゆったりとした、雲の流れを見詰めながら、昼寝してぇぇぇぇ……!とか思う。
ゆったりとした、その動きを見ながら、逃げ出してぇぇぇぇ……!と、思う。
しかし、しかし現実はそう甘くは無い。
「…………うぅ……」
黒宮秀兎は、泣きそうになった。
なんだこの殺気は。
なんなんだこの殺気は!
いや理由はわかってるのよ?ほら、良くあるじゃん。ハーレムの主人公に有りがちな、いや修羅場じゃないよ?あの、何様なのこいつぅぅ〜……!って感じのあれ。
ま、まぁ、俺の命がちょっとやばい感じなのは変わらないけど……
「…………来たか」
目の前には、もう目付きがきつくて筋肉がムキムキな、体育会系の、やばい人が立っていて。
その後ろに、めっちゃ豪華な、居心地良さそォ〜な椅子に座る、アイツがいて。
のんきに手を振っている。
そして、俺の周りは、目を血走らせたむさい男たちがいて、俺を襲おうと、今か今かと、待っているのだ。
場所は廃屋。時は夕刻。ああ、逃げ出してぇぇぇぇ……!
「やっちまえ!!」
え?ちょっと早くない?もうちょっと話をしない?
そんな、切ない思いは踏み躙られて、数人の男が襲ってくる。
秀兎は、少しだけ回想する。なんでこんな事になったのか、思い出してみた。
◇◆◇
今日は、朝からやばかった。
先日、シャリーと夜遅くに帰って来た事にちょっとご立腹なアイツは一緒に登校したい言い出した。
しかし、一日にしてヒナの人気はアイドル並に膨れ上がり、そんな娘と登校なんてした日には、……おいおいマジ恐ぇ。
しかし!そこでまさかの人物がアイツの味方をしてしまう。
黄緑色の、美しい髪。異常なまでに整った容姿。絶世の美女。
エルデリカ・ヴァーリエ。魔王城騎士団団長(十七歳)。
桃色の、これまた艶々した髪。可愛らしい、幼児体型。
柊紅葉。魔王城技術開発部トップ。IQ300の天才児(十三歳)。
まさかの援軍。
「陛下。彼女は陛下の妻なんですよ。妻との登校は夫の義務ですよ!」
全く興味の無さそうな無表情で、しかしそんな事を言う。
「そうだよ秀ちゃん。行きなさい!」
こいつノリで言ってるだろ……。
しかし、そこで屈する訳には行かなかった。
なにせヒナの人気は、昨日見ただけでも少し異常な位だった。
男子からも、女子からも。
下手したら、全校生徒を敵に回してしまうかもしれない。
と、言うような事を言ってみたら。
「ボコボコにされる陛下……」
うっとり、と恍惚な表情で手を合わせるエルデリカさん。私も混ざりたいという発言はちょっと無視できない。
「周りから反対される二人の恋……。それを押し切り結ばれる二人……。なんかロマンチックですね〜」
これはアイツ。いや待って。ロマンチックとかやめて!その前に俺の命がヤバイから!
「やめよう?ほら、ここでいっつも一緒なんだからさ?」
「やだやだやだ!」
子供か?子供なのかお前は?
などなど。ひとしきり押し問答した後、
「わ、分かった。じゃあ俺が後ろから……」
「男性をサポートするのが淑女!」
「うぅ……」
「はいけってーもうけってー」
「うぅぅ……ま、まだ……」
チャキンッ。と、エルデリカの腕が霞み、煌く何か。
「…………」
「……行かせていただきます」
もう少しで、首がお散歩する所だった。
◇◆◇
で、登校中。
「おい、なんでアイツ、ヒナちゃんと……」
「あああ、白宮さん、なんで……」
「アイツ何様のつもりだよ……」
「なんでだぁぁぁぁああああ!!」
等々。四方から怨嗟の声が聞こえる。予想通りの展開。私刑フラグ立っちゃったよ……。
「うぅ……。だから嫌だったんだ…………」
半泣きの顔で、後ろを見る。
「…………」
「うひゃ〜、すげ〜」
シャリーは今日も、ボッサボサの黒頭だ。しかし、その割に艶々してるしたまに見える顔は凛々しい。
ヒナは凄い。清楚な、なんていうか、他の人とは違う、高貴な歩き方。鞄を前に持ち、俺から一歩引きながらついてくる。真っ直ぐに背筋を伸ばし、目が合う。柔和な微笑みを返してくる。金色の髪が艶やかで撫でたくなる。
さすが帝国の姫君、完璧なまでの身のこなし。容姿。これが淑女なのか。
と、いう様な美女(でいいのかな?)二人を引き連れている俺。やる気の無さそうぉ〜な、眠たそぉ〜な、まるで覇気の無い、格好良さの欠片もない俺。
マジ何なのコイツって事になるよなぁ〜。……はぁ、不幸だなぁ………………。
と、そこで、
「やぁ白宮さん」
そんな、明るい声が聞こえた。
秀兎は、ぐったりとした表情でその声の主を見ると、
「ご機嫌いかがですか?」
「キラーン☆」と歯が光る。
見るからに意思の強そうな瞳。スッと通った鼻筋。ちょっと大人びた表情。正しく「眉目秀麗」という言葉がピッタリとあてはまるような誰が見ても綺麗な顔をしている。
うわっ、と俺とシャリーが呻いた。
その典型的な貴族ですイケメンですフェイスがもう、超微笑んでる。
ちょっと息苦しい。
「まぁ、これはミラン・アルノアード卿。ご機嫌麗しく、今日も良い天気ですね」
うぉ、と俺とシャリーが呻いた。
「……誰?」
ミラン・アルノアード。確か学年トップの学力を持つ、マジスティアの貴族留学生だ。
魔法魔術の才を発揮し、今では魔導庁にも顔が利くというほどの超有名人物。
しかも、貴族留学生だけあって作法は完璧。イケメンという、もう女子のアイドルな人。
「……だそうですよ」
と、いう事をシャリーが教えてくれた。
すまないシャリー。俺、自分の興味が無い事は何一つ分からないんだ。
と、言う事は置いといて。
「今日も貴方はお美しい。金色の髪はまるで我らを照らす太陽のようだ」
なんてめっちゃくせぇぇぇ!発言をして、
「まぁ、お世辞が上手なんですね」
クスッと笑っちゃたりして、
「お似合いだよな」
「ああ、絵になる」
「あれにはさすがにかてねぇよ……」
「さすがミラン様、ヒナちゃんも満更ではないんじゃない?」
などなど。傍から見ても、釣り合いのとれた良いカップルに見える。
「…………」
「…………」
取り残された二人には、ちょっと憐れな視線が向けられているが。
「なぁ?もう行かね?俺ちょっと眠いんだけど」
「駄目ですよ、エルデリカさんと約束したでしょ。四六時中ついてまわらないと」
「俺の首がやばいな」
「最悪で胴と首が離婚です」
「軽くて打撲かな……」
別に気にする様子も無かった。
で、あの二人の会話に戻るが、
「いえいえお世辞などではなく、本当に貴方はお美しい。花に例えるなら貴方は向日葵の様だ」
「まぁ、本当ですか?私など向日葵にも及びませんのに……」
「ご謙遜を。それだけの魅力が貴方の笑みにあります。良ければ今度お茶、いえぜひ食事などでも?」
「まぁ、口説くのお上手なんですね?」
「ははは、いえ、これでも内気な方です。で、どうです?」
と、そこで少し嫌な予感がした。
なんて言うの?爆弾が目の前にあって刻々と時間が迫っていて、爆発した未来を想像した時のような、嫌な感じ。
少し焦る。何か、アイツがヤバイ発言をしそうな気がするのだ。
「またまた。ええ、私でよければ今度」
「本当ですか!」
「ええ、しかし、少しお願いがあってもよろしいですか?」
「はい、なんなりと」
アイツは俺らに手を向け、
「では、彼らも同行させてよろしいですか?」
爆弾発言。
「は?」
ヤバイ。これか。この発言か?俺が恐れていた発言がこれか?
「お、恐れながら彼らと白宮さんはどのような関係で……」
ミランの顔が引き攣っている!ヤバイヤバイヤバァァァイ!!
「えぇ、彼らは私の……」
と、そこで、俺の脳みそが、危機回避本能がフルで稼動する。
様々な単語を頭に喚起させ、危機回避の道を探る!
夫婦、主従関係、貴族、お姫様、ん?主従関係……?
……。…………………。
おぉ、おぉぉぉお!来た来たキタァァァァ!!回避できるぞ!
私刑フラグを!キタァァァアアアア!!
俺は、最も安全だと思われる道を選ぶ!
そうして俺は、
「お嬢様!!」
魔王執事、爆誕。
これは予想外だったの様で、皆が黙って俺を見る。
しかし止まってはいけない。背筋を伸ばし、ネクタイを締め直し、制服を直す。
そして、一瞬でシャリーに目配せすると、彼女も意図を汲み取ってくれた様で、頷く。
もうホントに、こういう時の幼馴染は重宝する。ある程度気心が知れているから、行動がし易い。
「お嬢様、勝手に決められては困ります」
超必死に、ヒナに目配せする。シャリーも演技をはじめる。
「具体的に決めて頂かなくては、私たちの予定やお母様の事情が狂ってしまうので」
完璧。敬語も、態度も完璧完璧。ナイスコンビネーション。
で、少し呆けているヒナに対して、
「「お嬢様?」」
完璧。
「あ、ああ、そうですね。すみません、気配りが足りませんでした」
「いえいえ。ですがもう少し自重なさらねばなりません。今目立つのは少し危険ですので……」
ああ、シャリー演技上手過ぎ……!
「君たちは白宮さんの使用人なのかい?」
ミランが訊ねてくるので俺が言う。
「ええ、私と彼女が、お嬢様のお世話をさせて頂いております」
「さっきのあれは?まるで主従関係が逆じゃないかい?」
「いえいえ、先日お嬢様が仰られたとおり、男性より一歩手前を行くのが淑女。なのであれはお嬢様の為なのです。私も不本意ですが、お嬢様の意志は固いので」
なんて、口からデマカセがぽんぽん出る。スゲェ、俺超頑張ってる!
「ああ、なんだそうなのか……」
「おかしいと思った」
「なるほど、執事か……」
「中々の忠誠心じゃない?」
なんて、嘘が物凄い速さで浸透して行く。
「なるほど、君は中々の心構えを持っているね」
そんな言葉に俺はうやうやしく頭を下げ、
「ありがとうございますミラン・アルノアード卿。ではお嬢様、そろそろお時間ですので」
時計を見ると、そろそろHRが始まる時間だった。
「あ、はい。ではアルノアード卿、また今度に食事でも」
にこっと笑って、歩き出す。
それに俺たちはついて行く。
俺は、ホッと胸を撫で下ろす。
こうして俺の危機は、何とか回避された。
いつもは仲が良い悪友たちも、今日は俺を睨んでばかりだったが、なんとか生き残れた。
◇◆◇
筈だったのに……!
◇◆◇
起きてしまった。事件が。
事件は、放課後に起きた。
◇◆◇
『帰して欲しくば体育館倉庫に来い』
そんな置手紙があった。
シャリーと少し、考えてみる。しかし、答えは一緒だった。
「「さらわれた……?」」
俺の首と胴の関係がピンチだ!
◇◆◇
と、言う訳で来てみた所、はい、襲われました〜。
ヒナが暴行でも受けてたらどうしようかとも思ったが、その心配はなく、何故かめっちゃ優遇されていた。
心配した自分がアホらしい。メンドクセェ。
しかし、めんどくさいという気持ちを抑える。
秀兎は、集中する。魔王の仮面を被る。
もう、すぐそこまで拳が来ている。考える余裕も、話し合う余裕も、逃げる余裕も、もう無い。仕方が無いのだ。
そして、魔王が動く。
反射的に、身体が動く。身を屈め、そのまま突っ込んできた複数の人間の鳩尾に拳を突き上げる。
魔王は手加減しているつもりだが、いち一般人が気絶をするには十分過ぎる衝撃が、突き込まれる。
一人、二人、三人、四人と気絶していく。
突っ込んできた男子生徒たちを全員気絶させるが、まだ終わらない。
すぐさま動く。人間は捉えられないようなスピードで動く。
ざっと見、二十人ほど。しかし魔王の敵ではなかった。
顔面に足を叩き込む。
股間を蹴り上げる。
鳩尾を突く。
手刀で気絶させる。
ものの三十秒ほどで、リーダー格を除く全員を倒した。
「な、なにもんだテメェ……」
別に話し合う気なんてもう無いので、おどけてみせる。
「果てさてなんでしょう?人間?化け物?俺わかんねぇ〜」
ははは、…………あ〜メンドクセェ。
「う、動くなよ!」
あ、
また、状況がめんどくさくなった。
ヒナが、リーダー格の男子生徒に捕まってしまった。
手にはナイフ。ちょっとカタカタ震えている。
「あー、もう、ちょうメンドクセェ…………」
「動くな!動くとこいつが死ぬぞ!」
なんて言う。カタカタ震えてるのに、言う。
それに、ヒナはちょっと顔色を悪くして
「ひっ……!や、やめ……、たすけて…………!」
おいおい演技上手いなぁ。
王宮で護身術習ってたくせに。そんな輩叩きのめす事だって出来るくせに。
「はぁ〜」
溜息を吐いて歩き出す。
「お、おい!動くなって……」
「遅い」
「なっ……!」
一瞬で間合いを詰めて、手からナイフを叩き落とす。
顔面にパンチ。それだけでヒナが開放される。
よくもメンドクセェことしてくれたなコンチクショウ、という恨みを込めて股間にキック。
その男子生徒は、泡を吹いて気絶した。
「はい、全滅」
ふぅ、と息を吐く。やっぱり制服じゃ動きにくかった。
「はぁ〜、もうメンドクセェに巻き込まれるなよ〜」
とヒナに言う。
「はは、腰が抜けちゃいました」
嘘吐け。
「と言うことでお姫様抱っこを」
「却下」
「してくれないと言うなら夫婦って公言しちゃうぞ☆」
「……う!」
なんと言う事だ。それはかなりまずいぞ。俺の命が危ない。
「ほら執事、私を運びなさい」
「うわ、いきなり態度がでかくなった!」
「……返事はないのですか、セ バ ス チャン」
「まさか、Sに目覚めてしまったかっ!?」
「とまぁ冗談は置いておいて、本当に私は今日一日疲れてしまいました。お願いします秀兎さん」
と、上目遣いでお願いされてしまう。
ちょっと頬が赤らんでいる。
そんなお願いをされて、動揺しない男はいない……。
「えーメンドクセェーよー」
しかしここにいた。
「お願いします。そうしないと私は死にますよ?」
「おいおい死ぬのかよ……」
「と言うわけでお願いします☆」
「えー……」
「してしてしてぇぇぇ!そうしないと私死ぬぅぅぅぅ!!」
「分かった分かった!!だから叫ぶな!あーもう、しょうがねぇーなー」
よっと言いながら、ヒナをお姫様抱っこする。
以外にあっさりと、軽々と持ち上がる。
「うわ、お前軽いなー」
「そういう事言うのは結構失礼ですよ」
「悪い悪い」
なんて言いながら笑う。
辺りは、少し薄暗くなってきている。
早く帰って、眠りたい気分だ。
今日は、少し慌しかった。
ゆっくりと風呂に入って、眠りたい。
と、そこで気付く。
ヒナが、寝ていた。すぅすぅと寝息を立てながら寝ていた。
可愛らしい寝顔。まぁ、皆が夢中になる理由も分かるなぁ。
すっごく可愛らしい、小動物の様な彼女。
「……ったく、いいご身分だよなぁ〜。さ、俺も帰ろ…………」
今日一日、お疲れさん。
そんな言葉を、秀兎は微笑みながらかけてやる。
◇◆◇
しかし、
現実は厳しく、噂は広まるのが早い。
「おいセバスチャン!剣の磨きが甘いぞ!そんなに首と胴を離婚させたいのか!」
「セバスチャンセバスチャン遊んでぇー」
「セバスチャン!廊下の掃除はまだか!」
「セバスチャンご飯はー?」
「セバスチャン!」
「セバスチャーン」
「ふこぉぉぉだぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
魔王執事に、眠れる時間など有りはしなかったのだ。