――幻想と魂の牢獄――
――空が、割れる。
月が割れて、空が割れて、裏側を、本当を見せてくる。
月が赤い。血の様に赤い。赤くて赤くて赤くて赤くて。真紅の、鮮血の月。
空は黒い。闇の様に黒い。黒くて黒くて黒くて黒くて。漆黒の、暗黒の空。
――地面の水面に、漣が立つ。
少年だ。同い年くらいの少年が立っていた。
――心が叫ぶ。
死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。みんな死ね。
壊れろ、壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ。みんな壊れろ。
殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス。みんなコロス。
だから早く来て。こっちに来て。
――心が嘆く。
でたい。でたい出たいでたい!
コロせ!オカセ!ジュウリンシロ!ハヤクはやくハヤク早く!
はやく、私に触って……。
『力、力が欲しい?』
――磔にされた、私が聞く。
壊そう壊そう。世界を壊そう!
『あげよう。全てを、全部を呑み込む力を。だから来て。私の所へ。そして触って。開放して。受け止めて。私を、私の全てを、抱き止めて』
――少年が近付いてくる。
私と同じくらいの少年が、近付いてくれる。
そして、少年が、私に、触れる。触れてくれる。
その瞬間、私は笑った。
『あっはははははははは!!ははは、はははははははは!!』
どれだけこの時を待ち侘びた?うん、そうだ、生まれた時から!この世界に生み堕とされた時から!そうだそうだ!
さぁ行こう。外へ行こう!そして食べよう!世界を!全てを!
『あはははははははははは!あっははははははは、ははははは!!!』
それまでの、私は、永い孤独と苦痛の中で、狂っていた。
生まれてから、物心が付いた時から、私はここにいた。
人間の存在は知っていた。友達の存在も知っていた。だってここには知識が溢れているから。
でもいない。だ〜れもいない。
だから嬉しい。目の前に人がいる。
さぁ行こう!彼と行こう!彼が私の、最も大事な人!私の、最愛の人!
『ねぇ、名前を教えて?そして、私に名前を頂戴?』
「君には、名前が無いの?」
『無いよ。だからお願い、あなたがつけて』
「いいよ、付けてあげる。どんな名前がいいの?」
『あなたが決めてくれるなら何でもいいよ』
「じゃあね……」
――君の名前は、『 』。どうかな?
『あぅ…………?』
そこで私は、一滴だけ、涙を流したそうだ。
名前も付けて貰えず、友達もいない私。この幻想と、魂の牢獄で、一人嘆いた私。
やっと、さようならだ。私には、彼がいるのだ。彼が連れ出してくれるのだ。
そんな事を思って、思った瞬間だった。
彼が慌てる。
「だ、大丈夫?」
『う?……うん、大丈夫』
心が、狂っていた心が、感情が、思考が、もうホントに、一瞬でどうでも良くなっていた。
嬉しかった。
『狂った嬉しい』じゃない。純粋に嬉しかった。
『……ありがとう』
「いえいえどういたしまして」
彼が、笑う。
その笑顔が、とっても、輝いて見えた。
そして、
そして私は、『優しさ』を知る。
「泣かないで。綺麗な顔が、台無しだよ?」
『……おませさんだね?』
「うっ……き、気持ち悪かった?」
『うんうん、ありがとう』
「ありがとうは、こっちの方だよ」
『どうして?』
「嬉しいから。君みたいな可愛い女の子に会えたら誰だって嬉しいよ?」
私が、鏡が見たいと望むと、私の隣に姿見が現れる。
彼は驚かない。だってここはそういう場所だから。
『へぇ〜。私、可愛いんだ?』
服は、なんだろう?ちょっとおかしな、ボロボロの布キレだ。
真紅色の、真っ赤な瞳。鮮血の、あの月と同じ様に赤い目だ。
髪は白い。肌も白い。これを可愛いというのか。
「うん可愛いよ?」
『私、誰にも会った事無かったからよくわかんなかったよ』
「おぉ、じゃぁ僕が友達一号だね」
『友達じゃないよ。あなたと私は、もっと特別な関係』
そんな言葉に、彼がちょっと慌てる。
「え、えぇ?じゃぁどんな関係?」
言う。
『あなたは私の大事な人。もう命を差し出しても良い位の、最も大切な人だよ』
「……ちょっと恥かしいね。でも、そうだね。僕と君は、……なんて言うんだっけ?」
『一心同体?一蓮托生?あはっ、共犯者?』
「あ、それ知ってるんだ?」
『知識としてだけどね』
「でも違うよ。僕と君はそんなんじゃない」
『じゃあなんだろ?夫婦?』
「僕もよく分かんない」
『あはは、私も〜』
「何でもいいよ、別に」
『ねぇねぇ』
「何?」
『君は私の事、どう思う?』
「可愛いくて、綺麗な子だと思うよ?」
『変な事とか思わない?』
「変な事?どんな?」
『う、……そ、その、え、エッチな事とか……』
「あはは、君こそおませさ〜ん」
『う、うるさいなぁ〜。思うの?思わないの?』
「う〜んとねぇ、よくわかんないけど……」
そして、彼は言う。
「一緒にいたいと、僕は思うよ?」
『…………』
……。
「あ、あれ?泣かないで?君が泣いたら僕、悲しいよ?泣いちゃうよ?」
『う?……あ、あれ?ほんとだ!わ、わ、ど、どうしよう!と、止まんない!』
「え、えーと、あ、あ、そうだ!思い出した!」
『うぇ?』
彼が、抱きしめてくれた。頭を撫でてくれた。
「どう?涙、収まりそう?」
『え、えっと、な、何?』
「泣きそう?だったら泣いて?ここには君と僕しかいないから、だから泣いて良いよ」
そんな事を言っても、泣けそうに無かった。心が、ちょっと、ぐちゃぐちゃになった。
『…………』
「…………」
しばらくの沈黙。その間も、彼は撫で続けてくれた。
『……あったかいね』
私も、抱きしめた。
「あったかいよ」
『ねぇ』
「なに?」
『《約束》しようよ』
私は言う。
「《約束》?どんな?」
『私は、あの世界が憎いよ。恐いよ』
「うん、知ってる。だから僕が来たんだ。君を、君に、会う為に」
『でも《力》をあげちゃったから。それがいつ君を狂わせるか分からないよ』
「戦うよ。そして《力》を僕の物にする。だから安心して」
『うん、うん……』
でも、と私は言う。
『辛くなっても、私を嫌わないで。私から離れないで。我慢はしなくていいから、その時は、私も何とかするから、だから、私を見捨てないで』
震えた声音。震える身体。震えが止まらない。
「大丈夫。こう見えても僕、あれだよ?結構強いよ?だから安心して?」
『うん、うん……』
「それに君みたいな可愛い子、見捨てたりしたら僕、みんなに殺されそうだしね」
なんて冗談を、彼は言う。
『あは、じゃぁ君が殺されそうになったら、護ってあげるよ』
「えー、いいよー。護るのは男の子の特権だよー」
『私を世界から護って。私を、一人にしないで。あはっ、私我が侭だね』
「いいよいいよ、我が侭でも。《約束》するよ」
そして、
『君は私を見捨てない』
「君は僕とずっと一緒」
そして、約束が交わされる。
こういうのってシリアスなんでしょうか?
よく分かんないですね〜。