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序.始まりは良くある感じ。

 

 ―世界の何処かに、彼の城がある。


 多重に結界を張り、霧の魔法を使い、転移魔法の罠を至る所に仕掛け、そうしてまで外界との関係を絶った場所。

 城には何人もの使用人が使役され、屈強の騎士が仕えている。

 その城の、一際豪華な部屋に、彼が居る。

 世界を見据え、人々を混沌へと誘う闇の使者。

 破壊の化身、災いの権化。

 『魔王』。

 彼の住む城こそ、《魔王城》。

 難攻不落の絶対城塞。

 決して辿り着けぬと謳われた、暗黒の宮殿。


 の筈なのだが……。


「……あなたが、魔王ですね」

 決して辿り着けぬ筈に、可憐な声が響いた。

「お前は…………」

 魔王と呼ばれた黒髪の少年は、気だるげに顔を上げ、声の主を見る。

 自分と大して変わらない年の少女が、そこに立っていた。

 多重に結界を張り、霧の魔法を使い、転移魔法の罠を至る所に仕掛け、そうしてまで外界との関係を絶ったこの場所に。

 そんな場所に、白い綺麗なドレスを着て、その少女は立っていた。

「私は、……勇者、です」

 なんとも美しい少女だった。

 顔は凛々しく、目鼻立ちは整い、それでいてどこか幼い。

 煌く髪は黄金色。意志の強そうな大きな瞳。

「……そうか、お前は勇者か。しかし、そんなお姫様みたいな格好で勇者とは、中々滑稽だな」

 低く、威圧をかけて、魔王は嘲笑う。

「いいじゃないですか。私は庶民の服なんて着ないんですよ」

「性格までお姫様か」

 少女は剣を抜く。眩く輝く、白銀の、退魔の剣。

「それを言うなら貴方だって。何故貴方は王族でありながら、そんな庶民の学生の服を着ているのですか?威厳もあったもんじゃないです」

「魔王は庶民派さ」

「つまらない答えですね」

「別に。お前と言葉遊びをするつもり無い」

 二人は唇の端を曲げ、勇者は不敵に微笑み、魔王は侮蔑する様に勇者を見下す。

「話が早くて助かります」

「来るなら来い。俺は負けな……」

 魔王が言い終える前に、勇者は力強く地面を蹴っていた。

 力強く飛翔。ドレスがはためく。

「お前を倒して、私は幸せを手に入れるッ!!」

 空中で剣を大きく振り被り、そして、

「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!!!!」

 振り下ろす!

 ……しかし、


 ―――ガキンッ!


 何かに弾かれた。


 魔術の類なら問答無用で断ち切る絶対の剣が。


 まるで、鋼の板を思いっきりぶっ叩いた様に。

 何かに弾かれた。

 勇者は目を見張る。

「……何故!?」

 魔王はまだ何もしていないのに。

 腕も動かしていない。呪文も唱えていない。立ってすらいない。

「……愚かだな」

 魔王は呆れたように、肘を突き顔を手で支え、勇者を哀れみの目で見据えていた。

「愚か過ぎてものが言えないよ」

「……なんですって?」

 勇者が睨む。

「お前は勇者だろう?それなのに、自分の幸せの為に俺を殺すなんて、どれだけ愚かなのだろう」

 魔王が両手を広げる

「悪しき者を裁き正義を貫く、強きを挫き弱きを救う、平和を願いそれに身を捧ぐ、それが勇者ではないのか?それがどうだ、お前は。俺を倒せば自分が幸せになると信じている。俺がお前に何をした!お前はただ、勇者という重荷に耐え切れず逃げ出した弱虫だ!」

 勇者が、いや一人の少女の顔が、苦虫を噛んだように歪む。

「それは、……違うッ!」

 苦しく否定する。

 今度は魔王の顔が歪む。

「何が違う?確かに俺は魔王と呼ばれ、災厄の根源と認識されている悪の親玉」

 しかし、


「それが表向きの話だ!!!」


 魔王の声が、叫びが、勇者の、少女の心に木霊する。

 魔王が立ち上がる。

「現実を見ろ!魔王討伐の為の重税が、王族の欲を満たす事に使われる!勇者と呼ばれる愚者が、栄光と金の為に俺を血眼で捜し、王族は自らの悪行を俺の所為にする!それを鵜呑みする民衆が俺を罵倒し、侮蔑し、嘲笑する!!」

 同じ事を、何度言っただろうか。


「俺が一体何をしたッ!!」

 

 戦争を起こした訳でもない。

 虐殺を行った覚えなど無い。

 飢餓や貧困は自分達の所為だろう。

 それなのに。

 勇者と呼ばれる愚者が来た時も、屈強な騎士、否信者が来た時も、何度も何度も、叫んだ。

 しかし、愚者は愚者。信者は信者。本物の勇者など現れず、王を盲目に信じる騎士は魔王を絶対悪だと決め付ける。

「確かに、俺は普通とは違うかもしれない。魔力は人より多いし、使える魔術も幅広い」

 だが、

「俺が一体何をした!えぇ!?言ってみろ!」

 冤罪が憎い。俺の所為にする王族が憎い。それを妄信する民が憎い。

「お前は俺を悪の根源だと決めつけ、真の悪から目を逸らした弱虫だ!そうだろう!何が違う!?」

 勇者が顔を伏せる。

「………解ったら去れ。俺を殺してもお前は幸せにはなれない」

 これがせめてもの慈悲だった。

 魔王は人間を殺したくない。魔王は人を傷付けたくない。

 ――人間だから。

 今までだって、そうしてきた。

「…………」

「去ってくれ……」

 

 しかし、

 

「……そんな」

 少女は泣いていた。自分の立場が、彼の立場が、悲しくて、哀しくて、胸が苦しくて。

「?」

 それでも、

「そんな、貴方だから」

 それでも私は、止まらない。止まるつもりなど、最初から無い。

 だから、私は此処へ来た。

 

「……倒さなくてちゃいけない。いや、救わなくちゃいけない」

 

 ……ふざけるな。

「倒す事が救う事なのか?違うッ!俺にだってやりたい事がある!お前が俺を救いたいんならここから去れ!一刻も早く!」

「それは、……出来ないッ!」

 何故だ。

 何故だ何故だ何故だッ!

「俺を倒して何になる!民衆が救われるのか!不安が消えるのか!お前は本当に幸せになれるのか!」

「違う、違う違う違うッ!」

 勇者が剣を振るう。

 

 空間に、勇者と魔王の間に、(さざなみ)が立った。

 

「……無駄だ。これは壁。見えない壁。お前と俺を隔てる壁だ。フリギア帝国の姫よ」

「知っていたのかッ!」

「俺だって無知じゃない。世界の事はある程度掴んでいるつもりだ|《光の姫君》《ヒカリノヒメギミ》よ」

 だが、

「この壁は破れまい!」

 絶対に超えられない、残酷な境界線。

「……ッ!負けない!」

 柄を握る手に、力が入る。

 息を命一杯吸い込み、叫ぶ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 気持ちが高ぶる。心が高揚する。力が、私に宿る光の力が、一点に集まる!


「なッ!?」

 魔王が目を見開く。

 漣が、次第に大きくなってきている。

「そこまでして、一体何になるって言うんだ……ッ!」

 魔王が腰の鞘から剣を抜く。

 艶のある、漆黒の剣。

「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 漣が大きく、次第に白い電撃が走る。

「チィ!光の姫君如きが、俺の壁を!」 

「哀れな魔王よ!私は救う!貴方を!その為に私は此処へ来た!」

 壁に、ひびが入り始める。

衝撃が、轟音が、周囲に響き渡る。


「がぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!」


 ガラスの割れる様な音がした。

 

 キィイン。と、綺麗な音が鳴る。

 

 白と黒が交差する。

 

 

 

 

 


 とてつもない時間が、過ぎた気がした。

 興奮して神経物質が過剰分泌された所為だろうか。

 ……理由なんてどうでも良い。

 我に返って、自分が呆けていた事に気付いて、そして、

 

 自分が負けた事に気が付いた。

 

「魔王様!」

 今更駆けつけたか。まったく、侵入者の一人も感知出来ないとは。

「これは一体…」

「どういうことだ!」

「あれは!?」

 周りが喧しい。

 自分の呼吸が荒々しい。


 それ以上に、自分の鼓動が(せわ)しない。


 段々と、周りの音が聞こえなくなる。

 かわりに爆発しそうなほどの鼓動の音が聞こえてくる。

 それでも、頭は冷静で。

 焦りも、(はや)りもない、すごく冷静な頭で、普通の人間より長く感じる時間の中で、

 

 自分のやるべき事をした。

 

 相手が驚いている。

 ――決心はしていた。

 魔王の配下たちは息を呑んだ。

 ――それでも、決心は揺らぐ。

 自分が、やっている事は、ただの自己満足なのだろうか。

 ――それでも、

 そうかもしれない。でも、

 

 止まらないと、決めたから。

 

 だから、

 殺すのではない。

 

 

 

 救うのだ。

 

 

 

 その為に、

 勇者は、

 帝国の皇女は、

 光の姫君は、

 

 否、一人の少女は、

 

 最大限の勇気と、決意を胸に、

 

 魔王にキスをした。

 

 

 そしてこれが。

 

 

 『俺』の物語りの、始まりだった。

コメディですよ?

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