070 自重してください
やり過ぎました。
ちょっと、サービスしてあげたかっただけなんです。
こんな夜更けに、わたしの不味いカレーもどきのために走ってくれたマスターに。
ちょっとだけ感謝を。
わたしだって痴女じゃありません。
水着は恥ずかしいです。ほとんどハダカです。
特に腰のトコのヒモ。これほどけちゃったら、死にます。
しかし女は度胸。わたしは湯船をまたぎました。
あわてて目をそらすマスター。顔が真っ赤です。
はッ。
余裕のありすぎるブラが重力に引かれて。
パカパカ空いた隙間から素肌が……。
…………見ました?
マスターはブンブン首を振ります。
まぁ、許したげますよ。
マスターですし。
隣につかります。
湯船はそう広くありません。
マスターはタオル1枚。わたしは紐ビキニ。
ギリギリ触れてないだけです。
吸血となればわたしはマスターの腕の中に収まるワケで。
お互いにほぼハダカなワケで。
肌と肌が密着するワケで。
そんな状態の吸血はかなり危ういワケで。
「………」
「………」
わたしは、ちょっと踏み込みすぎたかもしれません。
「……マスター。義務を」
目をそらせたまま、腕を掴まれました。
そのまま、わたしは。
ダメです。
素肌を触れあわせての『吸血』。
ダメです。ヤバイです。
征服されてる感というか、所有されちゃってる感というか。
ああ、マスターはホントにわたしのマスターなんだなぁ、って。
悔しいようで凄く安心というか。
行為自体はあっという間でした。
だけど余韻が凄く心地好くて。
初めて入ったお風呂のせいもあるんでしょうか。
温かいお湯がとても優しくて。
密着した肌がとても安心で。
弛緩した身体をマスターに預けました。
気持ちイイ。このまま眠ってしまいたい。
………………すやぁ。
「お、おい? 寝てるの?」
すやぁ。
「仕方ないな。部屋までオンブで」
「…………ダッコで。お姫様の」
起きてんじゃねぇか、とか言いながらダッコしてくれましたよ?
寝れるかぁッ!!
まぶたの裏にイズミのあられもない姿が焼き付いている。
イズミはあいつの寝室に抱えていった。リビングの隣だ。
寝たフリなんかしてからに。
何故にビキニ、しかもヒモ。
あいつ、俺を殺す気なのか?
なんでそんな嬉し恥ずかしなカッコをしてくるのだ。
しかも風呂に乱入って。ビックリしたよ!?
いや、『義務』を忘れていた俺が悪いんだけどさ。
仕方ないだろ
服に風呂にカレーにと、てんこ盛りだったのだ。
だいたい、あいつはなんか『義務』のことになるとハッチャケてしまうトコがあるな。
昼間はイヤだ、ケダモノ、とか言ってるクセに、いざ夜となると豹変するというか。
まぁ、そこが可愛いと言えばそうなんだけども。
しかしだ。この調子だといずれ俺は運営に抹殺されてしまう。
セクハラどころの騒ぎじゃないだろコレ。
『吸血』の最中も抱き締めてしまいたくてたまらなかった。
あの水着のヒモをほどいてしまったらアウトだ。
アカウント削除は間違いないだろう。
我慢。ツラいが我慢だ。
つーか、イズミさん。自重して!? 女の子なんだから!?
「あの子達、仲良くやってるかしらぁ?」
「またそれですか?」
カーミラ様は、よほどあの二人が気に入ったようだ。
グラスを止めては、思い出したようにそう呟く。
「あんなに初々しい主従は久しぶりよう?
もー、可愛いったらないわぁ。
食べちゃいたいくらいよぉ。特にイズミちゃん」
この方が言うとシャレにならない。
「ダメですよ、食べちゃったら」
「しないわよぅ。
この土地にいると、そんな気が無くなっちゃう。
こんな優しい気分の『吸血鬼カーミラ』さんなんてあり得ないわぁ」
穏やかな目だ。またグラスを傾ける。
乙女の血潮ではなく、ヒトの努力が磨き抜いた美酒を。
「何百年も、悪役だけを求められてきた『私達』に、この土地はなんて優しい役をくれるのかしらねぇ」
「なんとも奇天烈な美少女の役とかも振られますけどね」
アレはいったいなんなのだろう。
この島国の住人はモンスターにナニを求めているのか。
「奇妙で優しい混沌の国。
『私達』の避暑地にピッタリ。
悪役は、くたびれるものねぇ」
混沌の国。
だからこそ、こんなゲームが生まれたのかも知れない。
夢と混沌は兄弟であるそうだ。
「それではお優しいカーミラ様。
小さな眷族の大それた望み、叶いそうですか?」
生まれたばかりの眷族が望んだ大それた夢。
この始祖たる大吸血鬼は、それを大いに真に受けて方策を練っているのだ。
暇なんだろう。
あちらの本格リンクはまだまだ先らしいし。
「途中まではねぇ。
でもそこから先はあの新米くん次第ねぇ」
人になることを望んだ人外の存在。
そんな物語は少なくはない。
ピノキオ、人魚姫。
特に有名なのはそのあたりだ。他にもまだまだある。
あの少女も、彼らの最後尾に並ぶというワケだ。
簡単ではない。
「どうせなら、『受肉』まで目指さないと」
それは。
『こちらから』ではなんともできない。現界の話だ。
「そう、だからヒジカタくん。
イズミちゃんがいかに虜にするか、なのよねぇ」
それであのビキニですか。
少年には刺激、強すぎませんか?




