067 イズミさんの絶望
9/3更新2つめです。
さて。
服が脱げるようになった今、すべきコトはなにか。
それは風呂である!
せっかくの風呂付き物件なのだ。入浴すべきだ。
装備をまとって吸血鬼スタイルに。
夜はなるべくこの姿でいたい。
『吸血鬼シリーズ』が喜ぶみたいなので。
この家には大きな貯水槽がある。水は井戸から汲む。
そこから台所や地下の工房にパイプが通っている。
掃除のついでに満タンにしておいたから風呂を使うには十分なはずだ。
ふふふ。一番風呂はいただきなのだ。悪いなイズミ。
いちおう声はかけておくか。
ナニを作ってるのか気にもなるし。
リビングを覗いてみる。
スパイスの香ばしい匂いが室内を漂っている。
お、初料理はカレーか。
いいな。俺、まだ食えるぞ?
胸を躍らせ踏み入ったのだが、肝心のイズミがうなだれている。
「………。マスター…」
沈んだ声だ。
椅子に座り込んで膝上のシロに抱きついている。
モフモフの毛並みからナニやら補給しようとしているようだ。
「どうした? イイ匂いがしてるじゃないか」
「……ははは。ご冗談を。笑ってやってください。わたしは」
ガックリ虚ろに笑う。ジト目が死んでいる。
「わたしは、『メシマズの女』だったのです……」
メシマズ、て。
どこでそんな言葉を覚えてくるのか。ウチの眷族ちゃんは。
だいたい、カレーなんてのはどんなに頑張ってもマズくはならないモノだぞ?
どれ、試食して進ぜよう。
傷心のイズミはとりあえず置いといて、俺は鍋のカレーを皿によそった。
ライスはちゃんと炊けてるな。問題はカレーか?
……うむ。シャバシャバですな。
オタマですくった時点でわかる。
水が多いのかルーが少ないのか。トロミがゼンゼン無い。
具はジャガイモ・ニンジン・タマネギ・豚肉の切り落とし。基本を押さえている。
まずジャガイモ、ニンジンなのだが。硬い。
火が通りきってないな。
大きく切りすぎたせいか。それか投入が遅かったか。
逆に豚肉は火が通り過ぎてちと固くなっている。
薄い切り落としなんだからそんな気合い入れて煮なくてもいいのに。
日本の豚肉はしゃぶしゃぶだってOKなんだぞ?
そして肝心のカレールゥの味なんだが。ヘンテコな味だった。
辛くて苦い。甘みがまるでない。
カレーのようだがイロイロ足りてない?
なんだこりゃ。
「イズミ? このルゥ、どこのメーカーのを使ったんだ?」
「ルゥ? カレーはスパイスを混ぜて作るものですよ?」
わお。
カレーはカレーでも本格スパイスカレーの方だった。
インドVerだ。
そりゃ失敗する。
同じカレーでも初心者がいきなり挑んでいいものじゃない。
しかし最初から本格カレーって、スキルを信じすぎだろう。
だけどまぁ、この味なら修正が利くな。
方向性はカレーではあるし。
「イズミ。お前が作ろうとしたカレーは初心者向けじゃない。
ハイレベル主婦向け、もしくはインドの主婦向けのカレーだ。
俺も絶対作れない」
「だけど、スキルLV1のレシピにありました」
ナニ考えてんだ運営。どんなLV1だよ。完全にインド基準。
「きっと運営のミスだ。
それでだな。俺がひとっ走りしてコレに足りないモノを買ってくる。
その間お前はコレを弱火でじっくり煮込んでてくれ。
あ、豚肉だけは引き上げといてな。
ちょっと足すだけで凄く美味くなると思う」
「……いいんですよ、慰めは」
すっかり意気消沈してるな。
しかし復活してくれないと困る。
「俺が食べたいんだよ。お前が作ってくれたんだろ?」
「………」
イズミのアタマをポンポン撫でる。
元気出せよ。いつものジト目はどうした?
俺は家を出て商店街に走った。
バンパイアモード全開だ。ボス狼戦より本気だ。
歩いて20分の距離だが、今の俺なら走って3分もかかるまい。
駆け続けても息切れひとつ無しだ。
凄いな夜の吸血鬼。
さて、夜もケッコウ更けている。
店、開いてるかね?




