050 義務
「マンドラゴラはもう、それでイイです。猫に小判なのは事実ですし。
で、マスター。『義務』のコトなんですけど」
う。考えないようにしていたコトを。
今朝、『魔界飯 新宿』を出るさいに念を押された。
カーミラさんにだ。
「一日一回、必ず『吸血』すること。
これは吸血鬼主従の義務よぉ」
これはバトル中の話ではない。俺がイズミを『吸血』するのだ。
「だけどさ、イズミさんや。イヤなんだろう? 『吸血』」
「それは当然です。あんな経験させられれば。マスター、けだもの」
ジト目が冷たいぜ。弁明のしようもございませんよ。
「正直、『あの頃』は感情とか、特に感じたコトなかったんですけどね。
杖の支配下でしたし」
『支配される魔女』だった頃だな。
「目の血走った吸血鬼に追いかけ回されて血を吸われまくる。完全に恐怖ですよ。
わたし、エネミーだったのになんであんな目に遭わなきゃイケなかったんでしょう。
逆じゃないですか? 普通」
エネミーよりホラーなプレイヤーもいてしまうのだ。ごく希に。
イズミはあの件がそうとうショックだったらしい。まぁ、そうだろうな。
ホントすまない。あの時、俺はどうかしていたのだ。
あの天国のような至高の美味に脳を乗っ取られてしまってたのだ。
ああ、美味かった。スゴク美味かった。
いかん、思い出してしまったぞ。美味かったなぁ。
は、惚けてた俺をイズミのジト目が見ている。
ゴホンッ、しかしだな、お前も悪いのだぞ。
「だいたいだなぁ。お前の血が美味すぎるのが悪い。ケダモノにもなる」
「まぁ、呆れた。開き直りですか?
血なんかが美味しいワケないじゃないですか」
イズミはジト目で肩をすくめる。
む、それは聞き捨てならんな。
お前の血はまさに天上の美味なのだ。啓蒙してくれよう。
俺は言葉を尽くした。
イズミの血がいかに舌に甘く、鼻にかぐわしく、肌に暖かいか。
これまでの人生で間違いなく一番の美味であるコト。
ログアウトしてる時もずっとお前のコトを考えてたコト。
完全に嵌まってしまって今も吸いたくてたまらないコト。
ずっと我慢してた胸の内を、俺はすべてブチまけた。
俺は、吸いたいのだ。お前を。
は。俺はナニを言っているのだ。
いつの間にかイズミの両肩を掴んでしまっている。スマン。
怖かったろ。薄くて小さな肩だ。
「……やさしくしてくれるなら」
どういうことか、頬が赤く染まっている。
「優しくしてくれるなら、いい、ですよ?
この間みたいに乱暴なのはイヤですけど。
……そんなに吸いたいのでしたら」
目を合わさずに、そんなコトを呟いた。
???
俺は流れについていけていない。
イズミは俺の腕から抜け出して、ワンピースの背中に手を回した。
パサリと紫のワンピが床に落ちた。
続けてブラウスのボタンも外していく。パサリと落ちた。
えええええええ?
「血で汚れるのイヤですし。……早く、済ませてください」
下着姿のイズミが、立ち尽くしている。




