021 『杖に支配される魔女』
うーん。新鮮だぜ。
なにが新鮮かというとエネミーである。ヒト型なのだ。
しかも女子。割とカワイイ。
これ、殴ったり投げたりしちゃっていいんだろうか。
いや、ゲームだからいいんだろうけどさ。
「『杖に支配される魔女』はファイア・ボールの呪文を唱えた」
俺が無駄に頭をひねっている間に先制を取られた。真面目だね。
目を回してる杖の先から火球が飛んでくる。速度は遅い。
余裕を持ってかわし、てからサイドステップで距離を取る。
ドカァン!
地面に着弾した火球は爆発炎上した。
オレンジの炎が燃え上がる。俺のいた地点から半径1メートル周囲が。
コワイ。やっぱり範囲攻撃呪文だったか。
昔やったゲームでもそうだったけど。定番の呪文だよな。
「『杖に支配される魔女』はロック・シュートの呪文を唱えた」
杖からショットガンのように石つぶてが飛ぶ。コレは速い。
直撃は避けたが幾つかカスッた。結構ダメージがある。
多彩だな、魔女。
魔女は手強い。
多彩な魔法を操り、動きもナカナカにいい。
カンタンに俺に懐を取らせたりしない。優秀だな。
しかしスティックほどに滅茶苦茶ではない。
魔法だって多彩だが威力はそれなりだ。
スティックみたく腕を切断したり、広範囲まとめて吹っ飛ばしたりはできないのだ。
順番的に逆なんだろうな。
まずこの状態で出現。プレイヤーが戦い、勝つ。
そしたら杖が独立して第2戦目。実は杖が本体でしたー。
うわッ。滅茶苦茶強いじゃん、杖。
そういう流れなんだろう。
俺が逆から引いてしまったのだ。
なんて観察しながら戦っていたのだが、思わぬトラブルが。
MPがもう無いのだ。
『急速再生』で使いすぎた。
スティックには結構くらわされたからなぁ。
打開策はある。あるのだが。
『吸血』はなぁ……。
吸うの? この子の血を?
この子は敵キャラ。ただのエネミー。
1回だけ、1回だけですから。
それで倒して帰りますから。照れなくていいから。
お経のように呟きながら間合いを詰める。
この距離ならこいつは『ロックシュート』の呪文を選択する。
一発食らうのは覚悟だ。
昼なら『影縛り』で拘束するんだけどね。夜だから仕方ない。
いや、女の子にあの呪文はちょいヤバイか。運営に怒られるかもしれん。
「『杖に支配される魔女』はロック・シュートの呪文を唱えた」
ビンゴ! 『怪力』!
読み通りの呪文攻撃を強化した腕で受け止め、そのまま突進。
捕まえた。
まさか呪文を正面から受け止めてくるとは予想できまい。
掴まれた腕を振りほどこうともがく魔女。
……なんつーかさ。
腕の細さとか、もがく力とかまんま『女の子』なんですけど。
凄く悪いコトしてる気がしてしまう。
『空気投げ』もがく力を利用して丁寧に投げた。
フワッと背中から落ちた魔女を、後ろから羽交い締めにする。
目の前の首筋がまた細い。我慢してくれよ?
『吸血』。ガブリ。
伸びた吸血牙が魔女の首筋に突き刺さる。
口の中に広がる温かい血の味。
こ、これは……。
う、美味いぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!
なんというコトでしょう。天上の美味とはココにあった。
魔女の生き血。とてつもなく美味かった。
ちょっと待て。これ、美味すぎだろう。
確かに血だ。自分の傷とか舐めたときのあの味なんだけど。
甘い。
丁寧に手作りした100%ミックスジュース?
そんな上品な甘さがある。
それでいて血の塩や鉄の味もちゃんとある。
ケモノっぽいオオカミやコウモリとは全く違う。
植物コンビの微妙な和食風でもない。
凄く上品で優しい味。
ヤバイ。これ、好きな味だ。
「『杖に支配される魔女』はロック・ウォールの呪文を唱えた」
惚けてた俺を魔女は突き飛ばした。
そこにズズズと土の壁がそびえ立ち分断する。
魔法の防壁? カッコイイな。
あ、ちょっと待って。もうチョイ。もうチョイだけ。
壁を大回りして追いかけてた。ナニも考えず顔を出す。
「『杖に支配される魔女』はロック・シュートの呪文を唱えた」
ドガガガ。顔面に直撃。痛い。
目的が変わりました。チェンジで。
ちょっと、ちょっとだけでイイから吸わせて。お願いします。
魔女逃げる。
俺追いかける。
魔女呪文で攻撃。
俺食らいながら接近。
『空気投げ』『吸血』。俺、魔女の味に感動。
魔女呪文で脱出。
魔女逃げる。俺追いかける。……………………。
こんな感じのループになってしまった。なんなんだろうね。
魔女さん。アンタが美味すぎるのがいけないのだ。
なんで、こんなに美味いんだよ。
ゼンゼン飽きない。オカワリください。
……申し訳ない。悪いのは完全に俺です。
俺、へんなヒトになってる?
女の子追いかけて血を吸う男って、勇者より警察呼ぶ事案?
申し訳ない。だが止まらんのです。はい。
「『杖に支配される魔女』はロック・ウォールの呪文を唱えた。
しかしMPが足りなかった」
ループが途切れた。
呪文が空振りした魔女の手を、俺は捕まえた。ガッチリと。
よーし、ようやく捕まえたぞ?
腕を掴まれた魔女は杖を振りかざして抵抗する。
その杖の真ん中を、左手で俺は掴んだ。
半端な構えで杖は止まる。
「『支配する杖』は気絶している」
……この杖。いや、待ちスティックだな。
『支配する杖』だと?
偉そうな名前しやがって。
この杖が、魔女さんを? 支配? 杖のクセに?
なんか無性にハラが立ってきたぞ?
ただの魔法の砲台として?
逃走のアシとして?
前振りのアテ馬として?
はッ。ナニもわかっちゃいないな。
魔女さんの美味しさも知らないクセに。
見る目も味わう舌も無いお前に、この子を支配する資格などありはしないのだ。
魔女の腕を掴んでいた右手を放す。杖を握る手に加えた。
『怪力』!!!
バキィッ!!!
渾身の『怪力』。
杖は、あっけなくヘシ折れた。
「『支配する杖』は倒された!
『杖に支配される魔女』は呆然としている。
『杖に支配される魔女』は気絶した」
崩れ落ちた魔女を俺は抱き止めた。
長い髪が重力に引かれて流れ、うなじを露わにする。
……なんて美味そうなんだ。たまらん。
コレで最後だから。今日はコレでログアウトするから。
魔女を抱き締め、俺はその華奢なうなじに牙を食い込ませた。
「…………………………………。
『杖に支配される魔女』は、吸い尽くされました」




