117 パンとフライパン
目覚めてまず目に入ったのは、椅子に座り込んだまま寝てるマスター。
また椅子ログアウトしちゃったようですね。
カンオケ部屋のベッドはわたしが占領してました。
あと丸まって寝てるシロ。あ、起きました?
「わうッ」
「おはよう、シロ」
いい挨拶ですね。
さあ、起きましょうか。
外はもう朝のはずです。
カンオケ部屋は窓がないので分かりにくいのですが。
気分は不思議なくらい爽快です。
まるで生まれ変わったのかのよう。
昨夜は色んな刺激に翻弄されて、このまま死ぬかとも思いましたが。
……死に戻ってないですよね?
昨夜の『義務』は凄かった。
これまでに無いというか。
それまでの『わたし』が、一度バラバラに分解されて再構築されたような。
そんな感覚さえ覚えてます。もの凄いリフレッシュ感。
むむむ。奥が深いですね、『義務』。
いじわるマスターはちょっと怖かったですが、許してあげますよ。
ただし、今後もこのクオリティの『義務』を期待したいですね。
野外はなるべく避けてほしいですけど。恥ずかし過ぎます。
ああ、そういえば結局お風呂入りませんでしたね。
リフレッシュついでに軽く汗を流しときましょうか。
メイド服も洗濯してしまいましょう。
今日は冒険でも商売でもなくショッピングなのです。うふふ。
いつもより遅れてログインした。
コッチの時間でざっと1時間の遅刻だ。
「おはようございます、マスター。
今日はお寝坊さんですね?」
「おはよう、イズミ。
悪いな。ゆうべ遅かったから調整してたんだよ」
いつも通りのジト目少女だ。
正直、ホッとしたぞ。やりすぎたからね。イロイロ。
調整というのはこのゲームの仕様に関してだ。
ある程度のログアウト時間を挟まないと、ひと晩丸々みたいな長時間ログインはできないのだ。
「わたし達はちょっと夜型に寄っちゃってるみたいですね。
今日から気持ち早寝早起きで回しましょうか?」
「ああ、それがいいな」
イズミの提案に異論は無い。
それよりその格好が気になる。私服?だ。
「メイド服は洗濯中ですので。
ショッピングに防御力は必要ないですし」
「なるほど。それなら俺も今日は私服にするかな。
よく似合ってるぞ?」
変身を意識する。
白衣モードからカジュアルモードに一発変換だ。便利。
「そんなのも出来たんですか。
……妙にしっくり馴染んでますね」
ほぼリアルの普段着だからなぁ。新鮮味がないとも言える。
今日の朝食はホットドッグとコーヒー。美味い。
噛めば弾けるようなフランクフルトとレタス、パンのハーモニーがたまらん。100点です。
「凄いなイズミ。また腕を上げたな」
「そりゃ『料理スキル強化優先』ですから。
オカワリありますよ?」
「お願いします!」
「わうッ!」
俺とシロが大声で頼むと、ヤレヤレと立ち上がる。
フライパンを振るう手つきが軽やかだ。
明らかに以前と違う。イズミが眷族で良かった。
「あれ? イズミ、パンもフライパンで焼いてるのか?」
「はい。他に道具もありませんし。ちゃんと焼けてますよ?」
あー、これは俺のミスだ。
トースターは要るだろ。
味は問題ないがイズミが手間だ。
パンを焼くだけでカマドに釘づけにされてしまう。
料理は並行作業だからな。
「買い物が一つ決まったぞ。
トースター、いや、オーブントースターだ」
「魔法電化製品は3つまででは?」
「あの時は予算も場所も無かったからな。
カラの棚とかカンオケ部屋に移せばイロイロ置けるだろ。
制限は解除で」
「やった!」
「わうんッ」
喜ぶ少女と子犬。
シロ、お前ノリで吠えてるだけだろ。
「グラタンやピザも作れますね。
いずれはケーキも焼きますよ?」
おお。でっかい野望だな。
またサッチーが荒ぶるぞ?




