シシ肉と藁人形と
「ラメトク兄さん、何かあったのかな」
独り言とも、話し掛けているともつかない呟きに、アペは頷いて同意を示した。2人共、ラメトクの様子にいつもと違うものを感じたらしい。
「それに、いつもならこっちに戻ってきても、またすぐに冒険に出るのに」
「暫くはいるつもりだって言ってたもんね」
だが、本人が何も言わない以上は詮索するつもりは無いらしい。それでも、兄の様に慕っている人物のことだ、どうしたって心配はしてしまう。
部屋に沈黙が降りる。
「あ、そろそろ洗濯物を取り込まなくっちゃ」
先に沈黙を破ったのはヌイだった。パタパタと表に出て、洗濯物を取り込んでいる。アペも普段なら手伝っているところだが、椅子に座ったままぼんやりとヌイを見送っていた。
「後で夕飯のお裾分けに行こうと思うの」
「ああ、いいね。貰った肉、早速使うんだろう?」
「うん、そのつもり」
アペもさすがに畳むのは手伝っている。
2人で畳むと、思いの外早く済んだ。
「じゃあ、私は料理を始めるわね。ラメトク兄さんのところに持っていくならなるべく早めに仕上げたいし」
「それなら俺は畑でもう一仕事してくるよ」
「いってらっしゃい」
ヌイは何を作ろうかしらんと肉に向き合った。ラメトクが持ってきてくれたのは、綺麗に血抜きも施されたシシ肉だ。ラメトクの元へ持っていくならば、ポトフあたりはどうだろうか。これならば彼の家でも温め直せる。
ヌイは肉に塩を擦り込み、小麦粉をまぶした。
調理しながら、ぼんやりと考える。いつも通りに振る舞ってはいたものの、ラメトクはかなり気を落としているようだった。隠していても、自分達に伝わってしまうということは、恐らく自分達の想像以上の事が彼を襲ったのだろう。
だが、自分やアペに出来ることといえば、それに気付かないフリをすることぐらいだ。自分達は幼い。彼の深部に踏み込めはしない。
それでも、何かはしたい。それがエゴイズムであろうとも、某かをしたいのだ。何なら許されるのだろうか。
ああ。せめて。
あの人形を、私も作ろう。幸いにも藁は畑の肥料にしようと取っていたものがある。あの人形が、本当にどこかで厄除けにされているのかなどは関係無い。私が、あれは厄除けになると信じて作ればいい。
そうだ、それを、渡そう。
そう決意したところで、くーっとお腹が鳴った。肉と野菜を炒めた良い匂いに刺激されたのだろう。そろそろ水を入れて煮込みに入ってもよさそうだ。
香草と水を加えて煮込んでいく。暫くは放っておける。早速、人形を作りたいと思ったが、すぐそことはいえ、さすがに鍋を火にかけたまま行けはしない。一度火を消そうかとしたところにアペが戻ってきた。手には、藁。
「ただいま」
「お帰りなさい」
その藁……とヌイが口を開きかけたのにかぶせる様にアペは言った。
「これで、人形を作ろうと思うんだ」
どうやら兄妹で同じ事を考えていたらしい。ヌイは思わず吹き出した。
「ラメトク兄さんに?」
「もしかして、ヌイも同じ事を?」
うん、と言ったヌイはまだ笑っている。
「太い糸、あったよね?」
「うん、待ってて。鋏も持ってくる」
そこから2人で人形を作り始めた。夢で藁太郎が作られていく様を見ていたヌイが主に作業を進めていく。
途中途中でヌイは鍋の様子を見に行った。味を調えて、更に煮込んでいく。
「意外と簡単に作れるもんだね」
藁人形が完成した。
名前は、付けない。