ラメトク、藁太郎に出会う
ラメトクと呼ばれた青年は、勢いよく駆けていったヌイをぽかんとした表情で見送ってから、軽く笑った。それから、部屋の中を見回している。兄妹の暮らしぶりを推し量ろうとしているのかもしれない。
藁太郎の方にも視線は向けられたが、特に気に留められることは無かった。
畑と言っても家のすぐ側にあるので、程なくしてヌイはアペと一緒に戻ってきた。
「ラメトク兄さん!」
「アペも久し振り。また背が伸びたんじゃないか?」
「そりゃ成長期だからね。ラメトク兄さんは相変わらず格好良いね」
「褒めても肉ぐらいしか出せないぞ」
そう言って、お土産にと獣肉が渡される。食うに困っていないとはいえ、肉を食べる機会は多くない。兄妹ははしゃいでラメトクに礼を述べている。
「ところで最近は変わった事は無いか?」
ラメトクの問いに2人は頭を振る。それよりも、冒険の話を聞きたいとせがまれ、ラメトクは話し始めた。
「……………………。それを俺はすんでの所で回避した」
「凄い! 格好良い!」
「……………………で、そこを俺の太刀が一筋光ってトドメになった」
「そんなに大きな魔物を!?」
多少の脚色はご愛敬だ。その辺りは兄妹も心得ている。2人にとってラメトクの話は、物語の冒険譚に親しい人間が出ているといったようなものだ。
ラメトクも、兄妹が昔から薬師を目指していると知っている。自分が多少盛って冒険の話を聞かせたところで、それに憧れて冒険者になるなどと言い出さない安心から口が滑らかになる。
話に区切りが付いたところで、ヌイが林檎を切って出した。藁太郎のお礼にと貰ったものが残っていたのだ。
「お、この林檎かなり甘いな」
「頂き物なのよ。ところで、ラメトク兄さんは色々な国に行ったことがあるわよね?」
「まあこんな仕事だしな。それなりにあちこちには行ったと言えるかな」
「じゃあ、こんな人形は見たことある?」
ラメトクは目の前に差し出された自分をまじまじと見つめた。
「いや……初めて見るな。どうしたんだ? これ」
その問いにはアペが答えた。
「それで俺は止めたんだけど、ヌイが聞かなくって。それで結局連れて帰って名前まで付けたんだよ」
道端に落ちていたんだと話すアペ。藁太郎のことは受け入れているようではあるが、それはそれということらしい。
「へえ。因みに何て名前なんだ」
「『藁太郎』よ。さっきラメトク兄さんが甘いって言っていた林檎も、藁太郎が貰ったんだから」
どういうことだ? とラメトクは疑問の表情を浮かべている。
「……というわけで、そのお礼にってこの林檎を持ってきてくれたの」
ラメトクは兄妹の話を興味深そうに聞いていた。とりわけ、病気の子供が見た夢の話を熱心に聞いているようだった。
「まあ、さすがにその女の子の体調が良くなったっていうのは夢と関係無く、偶然だとは思うけど」
「成程。いや、面白い話だった」
けどなぁ、こんな人形は見たこと無いなぁと続けられる。
「因みにヌイも藁太郎の夢を見たんだよ」
アペはヌイが昨夜見た夢の内容を教えた。
「へえ。因みにその女の人はどんな格好だったの?」
「言葉で表現するのは難しい……。でも、女の人なのにズボンを穿いていたわ」
この世界では女性は皆スカート姿だ。パンツ姿の人などまずいない。OLの人は仕事でも家でも常にパンツ姿だった。
「女性でもズボン姿が珍しくない国には行ったことがあるけど……。でも、その人はアペみたいな黒髪だったんだろう?」
そこには黒髪の人はいなかったからなぁ、と顎に手を当てながらラメトクは言った。
「藁太郎、お前は俺も行ったことのない所から来たのか?」
頬の辺りをつつきながら尋ねられる。答えはイエスではあるのだが、当然答えられはしない。
「まあ、何か分かったら教えるよ。じゃあ俺はそろそろ帰るな」
「あ、こっちにはどのぐらいいる予定なの?」
暫くはいるつもりだと告げて、ラメトクは2人の家を後にした。