ヌイの見た夢
見たことの無い服を着た女性が、見たことの無い服に身を包んだ男性から大きな箱を受け取っている。女性が受け取った箱を軽々と持ち上げたことにヌイは驚いた。
あの大きさの箱だ。木箱だとしたら、中身が空でも箱の重さだけでも結構あるだろうに。
女性は箱を部屋に運び入れると、早速開封している。箱を留めているものも初めて見る。箱の中には、何か透明なものに包まれた藁がびっしりと入っていた。女性は掌よりも少し大きいぐらいの板をその藁に向けている。何をしているのかさっぱり分からない。あの板も、ヌイがこれまでに見たことの無いものだ。
それから女性は藁をより分け、たこ糸で縛っていく。ある程度の長さになるように鋏で切り、今度は1つめよりもやや長いものを同様に作っている。
その作業を暫く眺めていたヌイは、これは藁太郎が作られているところではないかと気が付いた。藁太郎はあの女性に作られたのか。
いや、そうとも限らない。あの女性のいる地域では広く作られているものであるならば、藁太郎を作ったのは彼女でないということも十分に有り得る。
ヌイが夢の中でそんなことを考えている間に、人形はどんどんと完成形に近付いていく。ところどころで、女性が作りかけの人形に小さな板を向けているが、やはり何をしているのかは分からない。あれも藁太郎を作るのに必要な行程なのだろうか。
そうこうしている間に、藁太郎が完成した。その辺りで、ヌイは目を覚ました。
隣には、昨晩と同じ姿勢の藁太郎がいた。
「ねえ、藁太郎はあの女の人に作られたの?」
当然返事は無い。
それにしても、服だけではなく部屋の様子も、初めて見るような物で溢れていた。果たしてあの女性がいるのは何処なのだろうかとヌイは考えた。
「おはよう、ヌイ」
「おはよう」
それで、何か夢は見たの? と早速尋ねられた。からかうような表情は、恐らくヌイが藁太郎の夢を見ていないと思っているのだろう。
「見たよ」
悪戯っぽい表情を浮かべてヌイは応じた。
「藁太郎がね、産まれるところを見たの」
アペは首を傾げ、目線で続きを促す。
「女の人がね、藁で人形を作っていたの。ここらでは全然見たことの無い格好をしていて、髪はアペと一緒で黒かったわ」
「へえ、どの地域の人なんだろうね」
「あとこの辺では見たことの無いものが部屋にいっぱいあったの」
「ふうん、そうしたら海の向こうの国なのかなぁ」
なあ藁太郎、お前は海の向こうから来たのか? とアペが問いかける。
そう問われて藁太郎は考える。自分が来たのは海の向こうと言ってもよいのだろうか。
兄妹から得た知識や周りの様子で、ここが現代日本とは全く異なる世界であることは早々に認識していた。だが、自分がどうやってここにやって来たのかは皆目見当も付いていない。
ここに来ることになった切欠は、恐らくOLの人に燃やされたことであろうが。
それにしても、昨日薬を買いに来た父親に、自分が厄除けの人形ではないかと言われたのには驚いた。確かに、地域によっては藁人形をそういった用途で用ることもある。尤も、自分は愛玩用に作られ……愛玩……愛玩だったのか……?
これまでにOLの人から受けた仕打ちを思うと、愛玩用と言うには些か疑問を抱かないではないが、藁太郎は半ば無理矢理に自分は愛玩用として作られたと結論づけた。それを証拠に、三食昼寝、おやつ付の悠々自適な生活を送っていたのだから。
そして今、どうやらこの兄妹にはペットとして認識されているようだし、新天地でも悠々自適な生活を送れそうだと期待が持てる。ただ、出来れば食事も出て欲しいところではある。実際には食べられないとはいえ、出されると気分が違うのだ。
「さて、じゃあ僕は畑に行ってくるよ」
「私は今日は家の事をしているわね」
兄妹がそれぞれ自分の仕事をしていると、家に1人の青年が訪ねてきた。鮮やかな青い髪に、鍛えられた肉体は冒険を生業としているもののそれだ。
「やあヌイちゃん、久し振り。アペは畑にでも行ってるのかな?」
「ラメトク兄さん!」
彼の親と兄妹の両親が元々行き来しており、兄妹の両親が亡き今は、この青年も2人の事を何かと気に掛けている。
「こっちに戻ってきてたのね! ちょっと待ってて、アペを呼んでくるわ!」
言うが早いか、ヌイは駆け出していった。