藁太郎とヤイヌと不思議な夢
夢というよりも、記憶の再生に近いかもしれない。
いつもより乱暴にドアを開けたOLの人は、食事の支度もせずに自分を掴んだ。そしてクッキーの空き缶に仰向けに放り込む。
それからプラスチック手袋を嵌めた手に持ったのは多目的ライターだ。彼女が、一時期お灸に手を出していたときに買った少し良い物である。
更に忘れずにスマートフォンを用意するのは最早病的とも言える。
カチッ
火が灯される。彼女は躊躇無く自分にライターの先を押し当ててくる。しかし、彼女が予想していたように自分が燃え上がることは無い。彼女は少し焦れたように炎で自分の表面をなぞってゆく。が、表面が煤けるだけに留まった。
彼女は大きく舌打ちすると立ち上がった。このOLの人は、外では一切しないというのに、自宅ではよく舌打ちをする。
彼女はお菓子が乱雑に詰め込まれた籠をごそごそと漁っている。夕食はまだだが、当然お菓子を出そうとしているのではない。探しているのはケーキ用の短い蝋燭だ。以前にケーキを取り寄せたときに付いていたものを取っていたのだ。
彼女はそれを、自分の胸に突き立てた。やや左側に寄っているのは意図的ではないようだ。スマートフォンで写真を何枚か撮ったが、動画を撮影する様子は無い。10秒ほど眺められ、蝋燭の火は吹き消された。
火は消されたが、リアルタイムで彼女の考えが流れ込んでいる自分は、まだ続きがあると分かっている。彼女は新しい蝋燭を取り出すと、自分の顔に突き立てた。次に、右腕。続けて左腕。その次を刺そうとして少し迷いがあった。右足に刺しかけて、やめた。代わりに股間の辺りに刺された。これで計5本の蝋燭が突き立てられたことになる。
そして再点灯。さすがに4本も増えると明るさが段違いである。缶に反射して余計に明るく感じられる。
カシャ
まずは写真撮影。カラーで撮った後に、今度はモノクロでも撮るらしい。再びカラーに戻してアングルを変えて何枚か撮る。十分撮れたら動画撮影に移行する。
ねえ知ってる? ケーキ用の蝋燭は意外と溶けるのが早いよ!
それにしても溶け出た蝋が広がったのか、蝋燭と蝋燭の間の部分もじんわりと火が上がっている。彼女は、撮影を終えた後も火が自然に消えるまで静かに眺めていた。
胸と左腕は真っ黒になった。その部分をつつかれたら崩れる自信はある。けれど、つつかれはしなかった。代わりに足の方を持たれ、ひっくり返される。裏側は左腕も含め綺麗なものだ。OLの人はまだ焼き足りないなぁとか思っている。やめてほしい。
なのでまた先程と同じところに蝋燭を立てられる。今度は撮影は無しだ。今度は右腕と顔もそれなりに黒くなったが、彼女に言わせるとまだまだ不足しているらしい。
ただ、今度は蝋燭を取り出さずに髪を結わっていたゴムを解いた。そうして指を髪の根元に入れて梳き始めた。一度梳いただけでもかなりの量の髪が抜ける。それを何度も何度も繰り返す。途中で引っかかる時は無理に引っ張っている。そして大量の髪を、自分が入っている缶に一緒にする。髪の毛 on the 藁太郎。更にその上に蝋燭が載せられる。今度は、先程までとは変わって細長いタイプのものだ。それを立てるのではなく、横にして自分の上の髪の上に横たえる。縦と横、それぞれ1本ずつだ。そして着火。
今までで一番大きな炎が上がった。……大きすぎない?
あっっっつ!!!!!!!!!!! あっつい!!!!!!!! 無理!!!!!!!!! 死ぬ!!!!!!!!! あっ違う熱さは感じないんだった!!!!!!!! でもこれ現在進行形で死んでる!!!!!!!!!!! それは分かる!!!!!!!!!!! 自分死んでるなう!!!!!!!!!!!!
と、まあここまでが自分の記憶である。ここから先は恐らくOLの人の視点だろう。炭化して左右2つに分かれた自分が缶に入っている。それをつついて完全にバラバラにしている。酷い。
◇
藁太郎が楽しく夢を見ている間、ヤイヌと呼ばれた少女もまた夢を見ていた。最初は熱に浮かされていたせいか、よく分からない夢だったが、徐々にハッキリとしたきた。
火が燃えている。
街の祭りの時に、広場で焚かれるぐらいの大きさの火の中で、何かが燃えている。炎の中で黒く蠢くそれは、ヤイヌの母がまだ生きていた頃、呼んでくれた絵本に出てきた病魔に似ている。それが苦悶の表情を浮かべながら、燃えている。
それだけではない。もう1つ、かなり小さい影も見える。先程、父が手渡してきた人形にそっくりだ。それが、病魔と一緒に燃えている。こちらは人形なので、表情は無い。蠢きもしない。ただ、そこにあり、燃えている。
暫く経って、それまで蠢いていた病魔と思しきものの影が完全に動かなくなった。
眠り始めてすぐの時は、うんうんと魘されていたヤイヌであったが、夢に炎が出てきた辺りから呻き声は小さくなっていき、最後にはすうすうといつも通りの寝息となった。
ヤイヌの父は、明日は朝の内に街の薬師の元へ行こうと考えていた。今日は留守にしていたが、明日には戻っている筈だ。それまでは今日買ってきた薬で何とか症状が抑えられるといいのだが……と思いながら、何度も娘の様子を見ていた。
寝付いたものの、魘されている姿に胸が痛んでいたが、薬が効いてきたのか、それも徐々に治まってきた。
翌朝、父が様子を見たときには、ヤイヌは普段と変わらぬ様子で眠っていた。いつもと違うところといえば、昨日、兄妹の薬師の家から借りてきた、藁で出来た人形をぎゅっと抱きしめているところぐらいだ。
しかし冷静になると何故こんなものを借りてきたのだろうか。ただ、昨日は無性にこれが必要だとの思いに駆られたのだ。
「ん……」
ヤイヌが身じろぎ、薄らと目を開けた。
「ああ、ごめん。起こしてしまったかい?」
「お父さん、おはよう」
昨日までの苦しそうなものとは打って変わって、すっきりとした表情だ。
父は水を差し出しながら、気分を尋ねる。
「うん、今日はもうお腹も痛くないし、苦しくないの」
どれどれ、と額に手を当てると確かに熱は下がっているようだ。
「熱は下がっているみたいだね。食欲はどうだい?」
「うん、お腹空いたな」
腹痛も治まり、食べられそうだということなので林檎を剥いてやった。美味しそうに齧り付いている。
「それにしても、一晩でここまで回復するだなんて驚いたよ」
「お父さん、あのね、ヤイヌ昨日夢を見たの」
そう言って、ヤイヌは昨日見た夢の内容を父に話した。夢の中で、母が昔読んでくれた絵本に出てきた病魔に似たものと、父が昨日渡してくれた人形が燃えていたと話したところで、父はううむ、と軽く唸った。
もしかすると、あれはどこかの地方では、厄除けにでも使われている人形なのかもしれない。これはなるべく早くあの兄妹に返しに行った方がいいだろう。暫く娘の様子を見てから父は家を出た。