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藁太郎、異世界に行く  作者: イワミサワコ
2/19

新たな飼い主の暮らしぶり

「ただいまー」

「なあ、それはどこに置いておくんだ?」

 「それ」とは恐らく自分の事だろう。

「ここはどうかな。日当たりも良いし」

 そう言われながら窓辺に置かれる。鉢に植えられている植物は、見たことの無い花をつけていた。


 自分の置き場所も定まったところで、2人は昼食を摂り始めた。自分の前には何も置かれない。ということは、2人は自分をペットでとして扱うつもりは無いのだろう。

 そう。あの自称普通のOLの人は自分をペットとして扱っていた。ペットといえば散歩だと嘯いていたこともあった。



「藁太郎、散歩したくない?」

 問われたところで藁人形。答えられるわけがない。無論、彼女も答えなど毛頭期待していない。思ったことをただ口にしているだけなのだ。

 彼女は寝室から縄跳びを持ってくると、自分の首に巻き付けてきた。ほどけてしまわないように、ぎゅっと力を込められる。

 彼女は散歩と言ったものの、外に出る気などは当然無いようだ。さすがにその辺の常識はあるらしい。

「はい、散歩よぉ」

 そう言って彼女は縄跳びの柄を掴み、自分を引きずり回した。まずはリビング、寝室、触覚は無いが台所の床は何だかベタついている気がする。そして玄関まで行ったところで散歩は終わった。終わったのだが。

 彼女は顎に手を当てて自分を見下ろす。暫し考えた後、縄跳びがぐんっと引かれ、身体が浮いた。それから、常に出しっぱなしになっている物干しスタンドに括り付けられた。自分では見えないが、恐らく首吊りのような状態になっていることだろう。

 そうしてスマートフォンで撮影される。うん、やはり普通のOLではないと思う。



「一雨きそうだな」

「そうね。じゃあ午後は畑じゃなくてあっちの作業をしましょうか」

 ヌイと呼ばれている少女が自分に「藁太郎」と名付けた時から、彼女らの考えていることも脳に流れてくるようになった。これは名付けた人間の考えが理解出来るということだろうか。ただ、それならばアペ少年のものも分かるようになるのはおかしい。が、ヌイとアペは兄妹らしいので、そこは身内だからということかもしれない。まあ細かいことはいいか。自分は藁だし。OLの人が読んでいた本によると、藁で出来たカカシには脳が無いらしいし。カカシも藁人形も似たようなものだろう。うん。


 2人は年子で、数年前に両親を亡くしているらしい。街の外れに遺された家と畑のお蔭で、住むところと自分達が食べる分の大体のところは賄えているらしい。

 また、彼らの両親というのはこの辺りでは腕の良い薬師だったそうだ。両親の手伝いをしていたお蔭で、ごく簡単なものであれば今の2人でも調合出来るらしい。

 とはいえ、所詮は子供。未だに薬を求めに来るのは、彼女達の助けになればという気持ちで来ている古くから付き合いのある人達ばかりだ。それでも、僅かながらの現金収入も得られており、今のところは暮らしが成り立っている。


 見るとはなしに2人の作業を眺めていると、元の世界で見覚えのある植物も交じっている。どうやら飼い主が変わっても、OLの人から得た以前の知識が失われるわけではないらしい。

 それにしても、兄妹だけあって2人の顔立ちは似ているが、髪の色は全く違う。ただ、兄妹から得た知識によると、こちらでは別におかしいことでもないらしい。ヌイの赤茶色もアペの黒髪も、自分にとっては違和感なく受け入れられる。

 ……そういえばOLの人がしているゲームのキャラクターは髪だけと言わず、個性豊かな格好をしている人が多かったな。

 恐らく、こちらの人物の見た目にもすぐに慣れるだろうと思い直した。尤も、この兄妹の暮らしぶりでは他者に会うことはさほど多くもないだろうが。


 2人は手を動かしながら畑の話などをしていた。その内に、雨が屋根を叩く音が響いてくる。

「思っていたよりも強いな」

 アペの言葉にヌイも頷く。そこに、戸を叩く音が鳴った。

「こんな雨の中……急用か?」

 呟きながらアペが出た。

「そうですか……」

 どうやら薬を求める客だったらしいが、アペの表情は暗い。

「生憎と、ウチにはごく普通の腹痛の薬や、風邪の熱冷ましならあるんですがその症状だと……」

 何でも、子供が急に体調を崩したらしい。一番強い症状は腹痛と発熱らしいが、話を聞くとそれ以外の症状も色々と出ているらしい。この街には医者はいない。大抵の病気は薬師が対応している。それで手に負えない場合は、隣町の医者に診せることになるが、その場合の費用を賄える者はこの街には多くない。

 それでも、街中には兄妹の両親よりは腕が劣っていたものの、それなりの薬師はいる。それもあって、兄妹のところに来る人間は激減したのだ。しかし今日はタイミングの悪いことに、留守にしていたらしい。それで藁にも縋る思いでここまで来たそうだ。

「せめて明日までの気休めでも……痛みが和らぐようなものをくれないか」

 話を聞いている間に、ヌイは既に準備を始めていた。既に出来上がっているものではなく、新たに調合するらしい。完成済みのものは大人向けで、子供には少し強すぎるらしい。


 やや暫くして薬が完成した。薬を受け取った父親が、窓の方に視線を遣る。

「幾分雨が弱まったようですね。それでは私はこれで――」

 動きを止めた客に、2人は怪訝な表情を浮かべる。客の視線の先を追った2人は窓の園に何かいるのかとこっちを見てくる。

「これを貸しては頂けませんか!?」

「はい?」

 アペの返事は困惑に満ちている。それもそうだ。薬も渡したことだし、病気の子供の元へ一刻も早く帰ろうとしていた客が、質素な生活を送っているこの家から何を借りたいというのか。

「こちらの人形です! こんな人形は初めて見る」

 人形。

 窓の方に送られた視線。

「……これですか?」

 やはり。

 未だ戸惑っているアペに身体が持ち上げられる。

 何故か興奮気味の客はそうだと頷く。

「あの子は珍しい人形が好きなんです。これを見たら少しは気が紛れるかもしれない! 後でお返ししますからどうか貸して頂きたい」

 苦しむ子供の姿に冷静さを欠いているのか、子供の苦痛を和らげる可能性が少しでもあるならばと文字通り藁に縋っている。2人にしてみれば道端で拾った人形で、アペに至っては最初は拾うのを反対していたものである。

 これでよければ……とあっさりと差し出された。ありがとうございます、と頭を下げた客はバタバタと家を後にした。


「藁太郎……行っちゃったね」

「ああ。まあ……お子さん、気が紛れるといいな」

 家から離れても2人の会話や考えていることは脳に流れてくる。これもOLの人の元にいたときと同じだ。

 一方で、家路を急ぐ人間の考えは一向に流れてこない。一時的に貸し出されたとはいえ、やはり飼い主ではないからだろう。

「ヤイヌ! 大丈夫か!?」

 濡れそぼった身体も拭かず、子供の方に駆け寄る。どうやら、熱と腹痛のせいで眠れていないらしい。掠れた声で応えようとする娘を遮り、父親は薬を取り出す。

「今日はこれを飲んで早く寝るんだ。今、水を持ってくるから少し待っていなさい」

 そして娘が薬を飲んだのを見届けると、袋から自分を取り出した。

「あと、今日はこれと一緒に寝るのはどうだ? 父さんも初めて見たんだが珍しい人形だろう?」

 そう言って人形を差し出された娘の表情は、先程までぼうっとしていたが、少しだけしゃっきりしたようだ。まじまじと見つめられる。

 そうしてにっこりと微笑み、父親にありがとうと述べると、自分を抱いたまま横になった。そんな娘に父親は毛布をかけてやり、頭を撫でる。

「それじゃあ、何かあったら父さんを呼ぶんだぞ」

 程なくして、娘は寝息を立て始めた。


 その晩は、夢を見た。

 藁人形も、夢を見るのだ。

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