ソシャゲの悪役令嬢に転生したけど無課金プレイでガチャ引きまくります
――ガチャ。
それはソーシャルゲーム界における、唯一無二の絶対権力。弱肉強食盛者必衰、ともかく常にガチャを回し最高レアを引き続ける事がこのソーシャルゲームに置いて求められる。
彼女の場合もそうだった。
「ヴェルナス来いヴェルナス来いヴェルナス来い……」
OLの田村有紗は、いつもの駅の五番ホームの最前列で今日も今日とてガチャを回す。今日頑張った自分へのご褒美とか、上司に怒られてへこんだからとか、最悪の場合お昼はメロンパンで節約できたからとかしょうもない理由でガチャを回す。所謂廃課金だった。
「きっ……!」
突如虹色に光り輝くスマホの画面。そう、彼女のプレイする『異世界プリンスカルネヴァーレ』通称プリカルの星5確定演出だ。ただいまピックアップ中のヴェルナスを引くために、今日でもはや5万円。いよいよリサイクルショップの世話にならなければ明日の昼食が空気になりそうな彼女にとって文字通りの死活問題。
黒髪長髪ミステリアスなさすらいの剣士でCVも大人気声優ついでに性能はぶっ壊れ公式チートとうんえいのかんがえたさいきょうのしゅうきんキャラであるヴェルナスが欲しすぎてヴェルナスこいこいヴェルナスこいこいと謎の踊りを1K風呂トイレ別築18年のアパートで披露するまで錯乱していた彼女にとって、それは祈りとしか言いようがない瞬間だった。
だが同時に、人生最後の瞬間でもあった。近づく電車、背中にぶつかる酔っぱらい、放物線を描くスマホ、そして手を伸ばしてしまった彼女。
かくして田村有紗は、月々のリボ払いの残高を残してこの世を去った。
「うわぁびっくりしたあっ!」
彼女は起き上がる。すると周囲に向けられる目が、好機のそれだと気づいてしまう。
「ア、アリサ様……どうなさったのですか?」
「ああカラット、ごめんなさいねちょっとスマホを落として」
「すまほ……?」
首をかしげるカラット。そしてアリサは気付いてしまった。
眼の前にいる、栗色のショートカットで体型も併せてハムスターっぽい少女がプリカルに出てくる悪役令嬢アリサの取り巻きカラットであり、この教室がプリカルの登場人物達が通うグレーングラント学園にそっくりだという事に。
「あの、アリサ様ご気分が優れないようなら医務し」
「ちょっとカラット来なさい!」
アリサは気遣うカラットの手を強く握り、早々に教室を後にした。教師が目を丸くしているなんてお構いなし、そのまま医務室……ではなく女子トイレへと向かって。
「カラット……ここはグレーングラント学園で私はアリサ!?」
「え、ええそうですけど……」
困惑するカラット。それもそうだ、アリサの認識はあまりにも正確だった。アリサ自身も鏡に映る自分の姿を見て、ことの事情を理解していた。
茶髪にツーサイドアップ、胸も大きめ顔も整ったその姿を忘れるプリカルユーザーはいない。チュートリアルで負けてくれる、ライバル悪役令嬢の姿がそこにある。
まさかプリカルのヒロインは何の変哲もない女子高生の主人公が子犬をかばってトラックに跳ねられ精霊石の力を得て異世界に飛ばされてそこからこう世界の存亡を巡るなんやかんやをプリンスたちと解決していく話だと言うのにここに来て自分がそんな目に合ってしまうなんてと納得した。オタクの悲しすぎる性が、無駄な理解力を発揮していた。
「ん? 精霊石……?」
そこで気づく。そう、ポケットに当たる固い感触。それを弄ってみれば、なんと出て来たのはあの9,800円で980個もらえる精霊石が一つ。大きさはソフトボール程で、虹を閉じ込めたように光り輝いている。もはや現金よりアリサにとって馴染み深い物体がそこにあってしまったのだ。
「え、ええ……精霊石ですわね」
アリサは思案する。えーっと確か精霊石の本来の設定はプリンス達に秘められたパワーと思いを引き寄せてとかそんな設定。だがそんなプレイヤー全員が忘れすぎて攻略wikiにも書かれていないような事はどうでもいい。そう、プレイヤーが精霊石を手に入れたらやることなんて他唯一。
「カラット、ガチャ引きたいのだけれど」
「がちゃ……」
「出来れば星4確定の10連がいいわ。お金はほら、何とかするから」
「はぁ、星4……」
「あるんでしょカラット! プリカルよ悪名高き闇鍋ガチャで日本中のオタクが心を折ったガチャがあるんでしょ! 出しなさいよ早く!」
「あのアリサ様……先程から何を」
だがいまいち会話の通じない二人。それはオタクと一般人の会話によく似ていた、というかそのものだった。少し反省するアリサは、咳払いをして話を続けた。
「えーっと……カラット。この精霊石を使いたいのだけれどどうすればいいのかしら?」
「それはですね、この学園に通うプリンス達に秘められたパワーと思いを」
「ええいそんなことはどうでもいい!」
「ひっ!」
急遽吠えるアリサに引くカラット。おかしいなこの人こんな雰囲気じゃなかったのになんて当然の感想が出てくるが、気を使って言わないでおいた。それが彼女の優しさで人気の秘訣だった。具体的にはプリカル女性キャラ人気投票部門で1位を獲得するぐらいの。ちなみにアリサは5位である。
「あ、えっともしかて転校生システムの事で……」
「そうそれよ!」
ガチャ。
といってもその名の通り、カプセルからイケメンが出てくるわけじゃない。それぞれのゲームにはもっともらしい理由がついており、ちなみにプリカルの場合は転校生として誰が来るかみたいなノリなのだ。
「でしたら理事長室に」
「行くわよカラット!」
というわけで次の目的地が決まったアリサは足早に理事長室へと向かった。そういえばガチャの画面で出てくるキャラクターは理事長だったなと思いながら。
というわけで理事長室。
「理事長いるかしら! 10連ガチャ回させなさい!」
「んぁ……なんだアリサちゃんか。ボクさー、いま漫画読んでるんだけど邪魔しないでほしいんだけどー」
「しゃらくせぇこのボクっ娘ロリババア!」
「ひどいっ!」
ちなみ理事長は金髪ツインテールボクっ娘ロリババアである。鬼悪魔とくれば理事長。精霊石ショップもこの人だ。購買部はスタミナ的な飲み物ぐらいしか売っていない。
「はい精霊石! これでさっさと転校生を呼びなさい!」
「あのさぁアリサちゃん」
理事長はその大きすぎる椅子から下りて、てくてくとアリサの元へと向かう。そして彼女の肩をたたき、さあぶん殴って下さいと言わんばかりのしたり顔でこう答えた。
「足りないに決まってるでしょ」
「こんなデカイのに」
「転校生だってタダじゃないんだからさ……最低でも30個。それぐらい常識でしょ?」
「ええ、わかったわ……いくら払えば良いのかしら?」
「え? お金で買えないよ精霊石」
「なんだ……と」
思わず絶句するアリサ。お金で買えない精霊石とは一体何かという禅問答が脳内で始まりもはや宇宙の悟りすら開けてしまいそうになる。と、意識がアンドロメダ星雲あたりへと旅立ちかけている彼女の肩を叩くカラット。流石人気投票一位あざとい。
「あの、アリサ様……精霊石は学園における活動実績によって貰えるのです。お金で買うなんてとても……」
「そうそうアリサちゃん、精霊石が欲しかったら学園に貢献してくれないと」
「なるほどつまり……実績ね」
そこでアリサは、この世界がゲームの中の世界だと改めて認識した。そう、あくまで課金できるのはプレイヤーであって、本来手に入れるためにはやれ何とかを倒してこいとかやれあそこのクエストを周回しろとか言われてしまうのだ。つまりこれを彼女の言葉で言うなら。
「んんんんんこの廃課金ゲーで無課金縛りとかどんなマゾよ私はあああああああ!」
手近にあった理事長の机に何度も頭を打ち付けるアリサ。ふざけんなまじで。攻略wikiの3行目には『課金しろ』と書いてあるゲームで無課金。糞運営。鬼悪魔理事長。
「ちょ、アリサちゃん落ち着いて!?」
「アリサ様気を確かに!」
だが。額に血を流しながら、アリサはとうとう決意した。
――絶対にヴェルナスを引いてみせると。
そうでなければ死んでも死にきれない、いや死にきれなかったからこそ彼女はここにいるのだ。
「わかったわ、わかったわよロ理事長……こうなったら意地でも精霊石を集めてみせるわ」
「その意気ですアリサ様! 不肖カラット、是非お供させていただきますわ!」
「まー頑張ってー」
拳を握りしめるアリサ、両手を合わせて涙を浮かべるカラット、漫画を手に取る理事長。そう、彼女達の戦いは今始まったばかりなのである。
「アリサ様、では30個目指してがんばりましょう!」
そう、まずはガチャ一回分を目指し。
「……何言ってるのよカラット、10連だから300個に決まってるじゃない」
「え?」
そう、廃課金が単発で満足できるわけはない。こうして悪役令嬢アリサとその取り巻きカラットによる、精霊石集めが幕を開けたのだ。
悪役令嬢アリサ。その名を聞けば皆眉をひそめるか、道を譲るかの二択である。この国の王家の血筋を引く、傍若無人の彼女の名を知らぬものなどいる筈もない。あらあらこんな所にゴミが落ちてますわと掃除当番をいびるようないけ好かない女が、だ。
「行くわよカラット! 次はトイレ掃除やって食堂の配膳準備に購買部の仕入れの手伝いトイレ掃除挟んで科学実験の補助にトイレ掃除に……トイレ掃除よ!」
「は、はいっ!」
見違えたのだと、誰もが思った。あのきらびやか過ぎる服装はなりを潜め、動きやすいからという理由で清掃員のような洒落っ気のない服装に身を包み。良家の子女でも嫌がるような掃除に汗を流し。誰もが変わったのだと涙を流した。
そう、彼女は変わった。精霊石を集める鬼になったのだ。トイレ掃除3回で精霊石1個貰えるかという狂気の世界で、10連ガチャを引くために。
それから一週間。クソダサジャージに身を包み、目の下には隈、おでこには冷湿布を貼った彼女が理事長室に帰ってきた。
「理事長、いるかしら!」
「ああアリサちゃん、久しぶ……りいっ?!」
驚愕する理事長。それもそうだ、何せ取り巻きのカラットが持っているのはお嬢様に似合うハンドバッグなどではなく。
「精霊石300個……持ってきたわよ!」
リヤカーである。それもそうだソフトボール大の精霊石を効率よく運ぶためにリヤカーを引くのはもはや必然。カゴなんてチンケなものでどうにかなるレベルではない、それが10連ガチャの狂気。
「こ、ここに……私とアリサ様で集めた精霊石が……ぐふっ! さ、300……」
「もう喋らないでカラット! ちくしょう、誰がこんな事を……」
「いやオメーだろ何リヤカー引かせてんだよ」
血を吐き倒れるカラットを抱きかかえるアリサ。美しくない女の友情がここにあった。
「しっかし凄いな……こんな大量の精霊石見たのボク久しぶりだよ」
「御託はいいわ理事長……さあ! 10連ガチャを……引かせなさいいいいいいいっ!」
「じゃ、この書類にサインして」
「あっはい」
「ハンコも押してね」
「ハンコハンコ……」
「拇印でもいいよー」
「よし」
ちなみに念書である。もちろん使った精霊石を返しませんという利用規約。もちろんアリサは読まない。だってガチャが引きたいから。
「それじゃあいってみよう……カモン10連転校生!」
宙に浮かぶ精霊石が、理事室の床に突如表れた魔法陣へと吸い込まれていく。そして輝く生徒手帳、銀銀銀銀銀銀金銀金虹。
「ウオァッ、アッ、虹、星5きたああああああああああああ!」
「アリサ様語彙が!」
というわけで銀の生徒手帳が開かれる。
『星3たかし!』
「たかしか……」
露骨に態度を変えるアリサ。スキル上げの素材ぐらいでしか使い道のない事で有名だ。
『星3たかし! 星3たかし!』
「たかしガチャアッ!」
三連たかしに叫ぶアリサ。だが彼女にとって見慣れたジェットストリームたかしは心を折るに至らない。だが、違った。カラットは折れそうだった。
「あ、あんなに頑張ったのに……精霊石90こが3たかしに……つまり精霊石1つで1/30たかし……」
「カラット! まだよまだやられるには早いわ!」
そう、まだだ。プリカルユーザーの言葉にこんな言葉がある。
――たかしはまだマシな方だと。
「星3モップ! 星3ぞうきん! 星3……トイレのアレ!」
吐血するカラット。精霊石を稼ぐために握っていたトイレのアレが精霊石から出てきたという矛盾にその精神が耐えられなく鳴ったのだ。
そう、このプリカルが廃課金たる所以は、キャラガチャと装備ガチャが一緒に行われる事だ。しかも星3装備はあまり使わない。まぁスタートラインはイベント特効持ちの星4からかな的な。
「星4……くるわよカラット!」
「は、はいっ!」
『星4グングニル!』
「ぐ、グングニル!?」
息を吹き返すカラット。魔槍グングニルはこの世界においても、おおよそ最強の槍として名高い。その一撃は空を割り、山の頂まで届くと謳われる伝説の槍。
「なんだグングニルかー」
「ちょ、アリサ様!? グングニルですよグングニル国宝レベルですよ何ですかその反応!」
「いやヴェルナス槍装備できないのよね……欲しかったらあげるわよ」
「そ、そんな……えっ、私がグングニルを……」
というわけでカラット、グングニルゲット。一躍彼女が学園内戦力ランキングでトップ10に躍り出た事を彼女はまだ知らなかった。
『星3たかし!』
「アリサ様、今ならたかしが許せるような気がしてきました……」
「ふっ、カラット……たかしが許せるようになったら一人前のプレイヤーよ」
何いってんだこいつら、それよりこの大量のたかしどうするかな……と思う理事長であった。
『星4ガーンデーヴァ!』
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
白目を剥きながら泡を吹いて叫ぶカラット。この子器用だなと思わなくもない理事長であった。
「か、カラット!?」
「ガーンデーヴァ、伝説の弓がなんで……これも国宝級の物が……精霊石からこんなものが」
「ヴェルナス持てないからあげるわ」
「アリサ様一生付いていきますわ!」
というわけでカラット、グングニルについでガーンデーヴァゲット。一躍彼女が学園内戦力ランキングでトップ5以下略。
「さあ最後は……虹色よ!」
手に汗を握るアリサ。そう、この瞬間だけは興奮を隠せない。たとえガチャが集金装置だと罵らせようが、ゲーム性ゼロで札束で殴るだけとか、もうギャンブルと変わらないと言われようが。
虹色に輝く光に、心躍らせない物はいないのだ。
「な、なんだこの力は……! 気をつけろ二人共!」
思わず理事長もたじろぐ。金色が国宝ならば、虹色は何なのか。
答えは自明摂理は必然。
「来なさい……ヴェルナアアアアアアアアアアス!」
そこから現れる物は全て。
――これから紡がれていく、新たなる伝説の一翼なのだ。
『星5! 釘バット!』
「あ、あっー……」
頭を抱えるアリサ。イベント『ドキドキ”!?”武闘派学園祭サバイバル』特効武器来ちゃった。優等生特攻武器来ちゃったと。心の底から落胆した。
アリサの足元に転がる釘バットが、その出っ張りのせいで回転が止まる。どこからどう見ても釘バット。バットに釘が刺さってて釘バット。ヴェルナスに持たせるとイベントで無双できる。でもヴェルナスはいない。釘バットしかない。
「カラット、これい」
「いらないです」
大事そうにグングニルとガーンデーヴァを抱えるカラットが、猛烈に首を横にふる。そりゃそうよねいらないわよねこんな釘バットと嘆くアリサ。
「はい10連終了おつかれっしたー。また石貯めて来てねー」
大量のたかしと共に追い出された二人。そしてやっぱり足元に転がる釘バットを、アリサはそっと拾い上げ。
「アリサ様……これからどうしましょう」
もはや国宝級の武器を二つも手にしてしまったおかげで一生遊んで暮らせるぐらいになってしまったカラットが甲斐甲斐しく尋ねてきた。
「あらカラット……そんなの決まってるじゃない」
彼女はその釘バットを拾い、天井高く掲げてみた。思いの外手に馴染んだそれは、アリサに悪役令嬢らしい不敵な笑みを浮かべさせ。
「ガチャを……引いて引いて引きまくるわよ!」
そう、伝説の一翼。
悪役令嬢アリサのガチャ道が、この世界を巻き込んで世界の存亡を巡るなんやかんやを釘バットで解決していくただの伝説。
その幕が、今。
「あのすいません……2-Aの教室ってどこですか?」
たかしの情けない一言と共に、開かれようとしていた。