家路
それからというもの、女と電話をするのが習慣になった。
後輩に当たる女ももう大学は卒業していたが、どうにも持病があるらしく、職に付かずアルバイトで食い繋いでいるようだった。
「ねぇ、私たち付き合ってる頃より話してるよね。」
そう不意を付いて真実を言われて笑ってしまった。
「確かになぁ、俺忙しかったもんなぁ。」
「って言うより、忙しいのが好きだったでしょ。忙しくしてないと落ち着かないみたいなところがあったもんね。」
「そっか…そう見えたか。」
「うん、寂しかったんだから。」
「お前当時は寂しいとも言わなかったよな。」
「言えなかったんだよ、元々部長だったし、どこまで気を抜いていいのか分からなかった。だってあなた時々サークルの事で私を怒るんだもん。」
「そうだっけ?」
「そうだよ、怖かったんだからー。」
自分の認識していた当時の付き合い方と、今の解釈ではだいぶ内容が違うらしい。
「なんか、悪かったな…」
「え、いや、今更いいけど…」
しばらく沈黙があって舌打ちをしたくなった、俺は沈黙が苦手だけど、この女とだと沈黙をどう埋めるか焦るばかりで次の話題が出てこないのだ。
「そう言えば同窓会のお知らせきてたよ。」
沈黙を破ったのは女の方だった。
「ああ、俺もメール来てたわ。」
「行く?って仕事忙しいか。今も仕事の移動中に電話してるんだもんね。」
「いや、多分行ける。」
「本当に!?会えるんじゃん!!」
少し心が痛んだが、嫁に対してなのか女に対してなのか分からなかった。
「おう、多分な。」
「え、多分?やっぱり来れないの?」
「あ、いや、行く。」
「何それ変なのー。」
女は電話越しにキャラキャラ笑った。
「じゃあ、俺取引先に着くから、切るぞ。」
「うん、分かった。またね。」
電話を切ると現実が顔を見せた。
「なんか…いいのかな俺…。ってか、あんなにはしゃぐなよなぁ…。」
取引先と言うのは嘘で、自宅に帰って来たのだ、女にはなんとなく言えなかった。
なんとなくスーツを正すと玄関に入る。
「ただいま。」
「おかえりなさーい。」
奥の方から声が聞こえてくる。
普段は玄関まで迎えに来てくれるのに、靴を脱いでしまっても嫁の姿は見えなかった。
「ただいま、どうした。」
リビングのソファに深々と座っている嫁に声をかけた。
「あ、ごめんなさい。なんか身体が怠くて。待って、すぐにハンガー持ってくるから。」
嫁は帰るといつもハンガーにスーツをかけてくれる。お陰で嫁が居ない時でもアイロンをかけずに済んでいる。
嫁はこういったひと手間を欠かさない。
「いたっ!もう…」
奥でイラついた声が聞こえる。
「どうした。」
覗いて見るとハンガーに腕を引っ掛けたようで血が少し出ていた。
「ああ、ああ、何やってんだよ、ほら。」
自分のハンカチを出すが、血で汚れるからと嫁はティシュを腕に当てる。
「何をイライラしてるんだよ。」
「生理じゃないかしら。私毎月重いのよね…。」
男には分からない事を言われても困ってしまう。俺は黙って食卓に着いた。
きんぴらに味噌汁、アジの干物にポテトサラダ、次々と口に放り込んで行く度に疲れが飛んで行くようだった。
風呂に入ってベットに着く頃には女のことは完全に忘れていた。