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悪の秘密結社家族

作者: 吉瀬

 退社時刻が迫ると、皆は定時で上がれるよう片付けを始める。規則で定時退社が決められており、よっぽどでなければ残業は認められない。サービス残業という言葉が死語となって何年経つのだろうか。


「山本さん、そろそろ片付けないと」

「あ、はい、すみません」


 くっ、今日もサービス残業をしようとしているのが課長にバレた。今月は三回成功したが、課長係長連合にこちらの思惑はバレてしまったようだ。

 そそくさと片付けて、定時に間に合わせる。作戦が失敗した場合粘るのは下策。


「それでは、お先に失礼いたします」


 定時ぴったりに片付けも終わらせた彼女が、そう言って退社した後、課長と係長は頷きあう。


「彼女、調子が戻ったみたいですね」

「ギリギリまで仕事をするのにぴったり片付けも終わらせる。最も理想的な社員だ。集中力もすごい。今月は三回も定時を十分過ぎていたから、体調でも悪いのかと心配していたが……」

「三連続できっかり十分ですからね。時計でも壊れてたのかも知れませんね」


 そんな会話を彼女、山本美月は知らなかった。


 2XXX年、日本。科学テクノロジーによる発展は一応の区切りが見られ、生活はここ数十大きな変化は無いとされている。メディアでは専門家がこの事態を打破するための議論をすると言うショーが流行っているほどだ。世論はまるで立ち止まる事は悪と言わんばかりである。


 しかし、私、いや私達からすればそんなものは悪では無い。テレビでペラペラと語られる理想論に反する事程度を悪とされてはたまったものでは無いのだ。何年悪について悩んだことか。


 しかし、マズイ。今日のノルマが達成していない。帰りの電車の運悪く座れなかった。焦る美月の前を女子高生が通り過ぎる。本を取り出そうとしたカバンからコンビニおにぎりの包装がこぼれ落ち、美月は目敏くキャッチした。


「あ、すみません」


 女子高生のお礼の言葉が美月の耳に届く前に美月はダッシュで自宅に逃げ帰る。強くおにぎりの包装を握り締めながら……



「た、だだいま……」

「お帰り、ねぇちゃん、それ何?」

「今日の成果よ」

「何だって!?今日は何を?!いや、それは夕食後の報告会で、だね」


 こっくり頷いて、美月は丁寧に包装を資源ゴミのゴミ箱に入れた。


「第二千飛んで五回、定例報告会を始める」


 雰囲気が出るからという理由だけで、照明を落としてカーテンも閉める。真夏で晩御飯が素麺の時は、開催時間も早まって、カーテンから外の光が漏れて若干残念な感じになる。


 開会を宣言したヨシオ、美月の父親は、やはり雰囲気が出ると言うだけの理由でサングラスをかけているが、あまり似合わない。


 数年前の事だ。世の中は安定に慣れてしまい、投票率が急降下した年があった。そして、予想外の党が第1党に躍り出る。独自の理論で世の中の停滞を打破すべく、国会に提出した法案が通称『秘密結社家族計画法』だ。これは、全国津々浦々て家族単位の悪の秘密結社を作り、ギリギリ法に触れない悪事を働かせる。それにより、平均的に発生する犯罪率が下がる、と言うとんでも理論に基づいた法案だったのだが、国民が気がついた時には国会通過成立施行まで終わっていた。

 予算はそれなりにあったのだが、初年度は希望する家族か多く各秘密結社に支給されたのは一人頭年間千円。途中解散する団体が多い中、真面目が取り柄の美月の父ヨシオは未だに実施要綱通りに行なっている。家族全員、ヨシオのちょっと頼りないけど優しく真面目な性格は好きだし、「やってみようと決まった事なのだから、一度はきちんとやってみないと」と言う意見も最もに思い、家族の仕事として頑張っている。

 更新は三年ごとだ。そして、今から三年近く前にその更新日はやって来た。その頃には犯罪率は下がらない事が分かった上に、要綱を守らない者達による迷惑行為の苦情が殺到。そして、半分以上が途中解散と言う散々な結果だった。我が山本秘密結社も更新予定では無かったが、祖母のアキエは更新のお知らせハガキに返信してしまった。


「だって、更新よろしくお願いしますって書いてあったから」


 辛うじて第1党に居座っていた政党はまだ、要綱を守れば結果は出るはずと言う立場だった。確かに要綱を守らない人達のせいかも知れない。毎日の定例報告会も大変だし、辞めたり要綱を守らない人達の気持ちは良く分かる。話し合いの結果、だからこそ、三年間守り倒せた我が秘密結社は存続すべきかも知れないと言う結論になった。すでにハガキ出しちゃったし。


 それでも常に悪事が上手く言ったわけではない。


「ミツキ、今日の成果は?」

「はい、他人が意図せず落とした私物を本人に確認せずに捨てました」

「遺失物横領か?!」


 ヨシオの声に興奮が帯びる。


「いえ、被害者も紛失に気がつき、返却を求めていたのですが持ち逃げしました」

「ごうとうぅうっ!」


 アキエが口に手を当てたまま叫ぶ。


「それで、ブツは?」


 母エリナが人差し指で机を叩いて、続きを促した。


「コンビニおにぎりの、包装です。ブツは我が家の資源ゴミの袋の中に……」

「要綱内だ。流石ミツキ、やるな」


 くくくっと弟ユウタは笑った。


 秘密結社中の会話は名前の呼び捨てと統一してあった。初めはコードネームを決めたが、エリナの希望した『スーパー美魔女戦士シュフリーナプリテアパラダイス』と言う名前がどうしてもアキエには覚えきれないのと、そもそも進行に触りがあるため却下となった。

 個人的には弟の『イニシャルK』も、何でやねんと思っていたのでこの決定には不満はない。


 流石に、流石に次の更新はやめようと言う話になっていた。ユウタは医学生で、報告会にメール参加となる事も増え、やはり学業に集中し欲しいし、アキエも毎日のノルマをこなせない日も出てきた。正直、自分もしんどい。


 そもそも、うちの家族には悪の秘密結社というのが向いていない。上手くいかないのだ。


 初期では、ヨシオが毎日資源の無駄遣いと称して一円玉を毎日道路に落としてくる、と言うことをやった。しかし、一円の製造コストが二円だと知り十円玉に変更になった。当然一年間では三千円を越すことになり、活動予算を大きく超えている。大体活動予算は大事な税金だ。報告書の送付などに使った残りはちゃんと返却しているが、年によっては振込手数料が捻出できなくて実費となる事もある。ヨシオは悩んで、元々多くない髪の前線が少し進んでしまった。


 しかし、私は考える事に疲れて、ヨシオの案を盗み学校の雑草を毎日抜いて持って帰ると言うことをやった。いたいけな命を刈り取る行為だ。私はなんて悪い事をしてやったと内心ほくそ笑んでいた。しかし、一年ほどやった時に先生にバレ、何故か学校集会で清掃について表彰されてしまった。

 これはいけないと、次は雑草自体は抜かずに葉っぱや花や種だけを持ち帰った。これなら清掃になるまいと思ったが、持って帰った物を捨てるのは勿体無かったので、学内の雑草の分布と押し花にして資料を作った。

 一年ほどして先生に何をやっているのか聞かれて正直に答えたら、どこかに応募されて区長努力者をもらい学校集会で表彰されてしまった。


 エリナとアキエが喧嘩しそうになる事もあった。

 アキエが友達の妙子さんの所に行く度にラップに包んだピンセットをもっていき茶柱こっそり回収するいうブームがあった。茶柱の数は毎回十数個もあった。


「妙子さんの家の茶こしの調子が悪いみたいでねぇ」と言った時に、エリナの目が光ったのを私は見ていた。翌日、なんとエリナは妙子さんに新しい茶こしをプレゼントするという暴挙に出た。


「これで二度と茶柱を立てる事は出来ないわ」と得意げになるエリナとアキエが険悪になったのは説明も要らないだろう。


 エリナは行動力があり、万引を事前にそっと止めたりして個人の利益を妨害する事なども得意だった。


 一番残念なのはユウタだ。子供が鳩にパンくずをあげているのを諭して辞めさせている。鳩は元々食パンを与えると嗉嚢で発酵してしまい死ぬか、栄養バランスが崩れて死ぬのだが、それを調べた上で『鳩さんはパンを食べたら具合悪なるからね』と説明し回っている。正しい事なので判定はグレーじゃないかと思う事と、時々『死んだら面白いじゃん』という子供の発言に傷ついて帰って来るのだから始末に悪い。しかし、希望は小児科医だそうだ。姉としては色々心配だ。

 更にユウタは最近になって深刻な顔で我々の存在意義を揺るがす発言をしたのだ。


「ねぇちゃん、秘密結社って税金の無駄じゃねぇ?」


 気づくのが遅い!しかし、ヨシオ達の前で言わなかった事は偉い。私たち姉弟は親達を悲しませてしまうため、この報告書に書けない秘密を共有するという協定を結んだ。



 契約満期まであと数日、と指折り数えながら、今日も会社に出社する。電車乗るときは大体空いてるので座る。そして、混んできた時が狙い目だ。妊婦さんが来て、それに気がついて席を譲ろうか悩んでいる人の前で先に譲る。先を越すなんて、なんて悪事だろう。

 あ、あの疲れた感じのおねぇさん妊婦さんに気がついた!今だ!


「どうぞ」


 ほんの一瞬先に隣の席の男性が席を譲った。なんていう事だ。今日のノルマ……

 少し恨めしく思いながら、席を立った男性を見ると、よく知っている人だった。会社で騒がれているイケメン山田君。彼はにっこりとこちらを見て、ジェスチャーで話があると指し示して来た。これは、秘密結社の要綱に載っているアレだ!私の正体がバレた?!ドキドキしながら目的地で電車を降りた。


「えーと、おはよう。山本さん?いつも食堂使ってるよね。今日、ご一緒していいかな?」

「おはようございます。承知しました」


 少し恥ずかしそうに頭をかきながら山田君はそう言って去って行った。目的地は同じなのに、わざわざ距離を取る……しかし昼は一緒に食べたいとのこと。、解せない。

 美月は昼に追求があった時のシミュレーションと本日のノルマに気が重くなった。


――――――――――――――――――――――――――


「あの、突然だけど付き合ってもらえませんか?」

「どちらまで?」


 特に何もなく普通に食事を済ませて、その後自販機でコーヒーを買ってもらい飲んでいると、脈絡なく同行を求められた。


「あはは。やっぱり山本さんって面白いね」


 爽やかな笑顔にベタつかないサラサラの髪は女の自分でも羨ましいと思う。


「えっとね、山本さんが好きです。結婚を前提に付き合ってください」


 私はコーヒーを落として、本日のノルマを達成した。


 妊婦マークは意外と見ている人はいない。落ちているゴミに気がつく人、ましてや拾って捨てる人はもっと少ない。初めはそこに惹かれたのだそうだ。

 夕食後は報告会があるので、夜の電話やランチ、それから休日デートにしか付き合わないのに彼は不満も無いそうだ。

 自分が秘密結社の構成員である事もあって申し訳なさでいっぱいだ。しかも、彼は本当に親切な人で、少し不器用で、母性本能がくすぐられた。ヨシオにベタ惚れのエリナの気持ちが分かりすぎる。


 そして、ベタ惚れのエリナは「もうすぐ、俺達も解散か。できるところまで続けたかった」としんみりしたヨシオのお酒の上での戯言を間に受けて、今回も更新のハガキを送ってしまった。


 万事休す。いつになく深刻な彼に呼び出され、神は見ていると確信した。きっとバレたに違いない。そうでなくとも、こんな大事な事を話さないまま付き合いは続けられない。


 車の中で、ハンドルに突っ伏しながら告白は始まる。


「うち、秘密結社なんだ。辞める予定だったんだけど、更新しちゃって……。昔少しニュースでやってたんだけど、覚えてるかな?第二次秘密結社家族法案。第一次秘密結社法で乱れた風紀を正すために、一日一善をやるっていう……うち、正義の秘密結社家族なんだ」


 ユウタは正しかった。税金の無駄遣いマジハンパない。

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