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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第六節
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91.荒野の白蛇

 リグスたちが打ち合わせた作戦はシンプルだった。

 ウェッジが荒地に誘い込んだ敵を、全戦力で迎え撃つ。ただし実際に前に出て魔物と戦うのは、リグスとアルフェの二人だけ。他の人員は飛び道具や魔術での支援に回り、万が一にも魔物が村の方に向かわないよう、動きを制限する。それだけだ。戦術というほどのこともない。


 迎え撃つのに適した地形に、気休め程度の簡易的な防御柵。ウェッジと他数人が、ここに魔物を追い込んでくる手はずだ。


「私も前に出るべきではないか? いくらなんでも、こう毎回婦女子の背中に隠れるだけというのは……」

「旦那は兵の指揮をお願いします。総大将がやられたら、お話にならんでしょう」

「それはそうだが……」


 クルツは渋っている。だが、これが最もこちらの損耗を少なく済ませる作戦だと、大半の者は理解していた。だから、他の者たちは何も言わない。

 敵は一体。しかし相当手ごわい魔物だと予想される。中途半端な戦力で囲い込んで蹴散らされ、いたずらに犠牲を出しては目も当てられない。それよりは、こちらも最高の戦力を正面からぶつけるのが最善だという判断だ。


「グレン、後ろの指揮は頼むぞ」

「お任せください、団長」

「カイル、お前はクルツ坊ちゃんのお守りだ。勝手に前に出ないように見張ってろ」

「え、俺ですか? ……にらまないで下さいよ、分かってます、了解」


 リグスは戦闘前に、団員たちに最後の指示を出して回っている。


「あいつは――、やる気のようだな。ほんと、頼もしいぜ」


 アルフェに目を向けたリグスが言う。彼女は既に予定の位置――左右に展開した兵の中央に立っている。静かな立ち姿だが、細い身体には闘気が満ちている。

リグスは大きく息を吐いた。ぼきぼきと首を鳴らしてから、長い柄をもつ両手持ちの戦槌を携えたリグスが、彼女の隣に並ぶ。

この戦槌は、団の財産の中でも数少ない魔法の武器だ。武器の耐久度を増し、破壊力をわずかに上げただけの、単純明快な品。並の戦士ならば持ち上げることすら困難な重量のそれを、リグスは片手で軽々と振り回す。その上でラメラ―アーマーを着込み、短い角の生えたバシネットを被った巨漢が放つ威圧感は、相当のものだ。

 その姿は見る者が見れば、十年以上も前に各地の戦場で名を馳せ、「撲殺者」の異名をとったある一人の傭兵のことを思い出しただろう。


 それと対照的に、彼の横に並んだ銀髪の少女は、革の胸当てと鋼のグリーブ、腕にブレーサーを着けている以外はほぼ無防備。布の服の下に、鎖帷子を着込んでいる様子すら無く、膝より少し短く切られたスカートが、風に僅かに揺れている。そして何よりも、武器一つ握られていない、その白く細い手が目を引いた。


 屈強な傭兵団の中に混じっている異物のような彼女を、村の者や民兵たちは、はじめから奇異なものを見る目で見ていた。それはそうだ。彼らの中には、彼女と同じ年頃の娘を持っている者もいるのだ。

 この二人を当たり前のように同等の戦力として扱う。二隊に分かれて左右に伏せる何も知らない民兵は、傭兵たちの行動をたち悪い冗談の類いかと思いつつも、ただ唯々諾々と命令に従っている。


 配置が済むと、一同はじっと敵の出現を待った。数十分もそうしていただろうか、ある時、傭兵たちの顔が一斉にこわばった。彼らは合図をされた訳でもないのに、身をかがめた状態で石弓を構え、短弓に矢をつがえはじめた。


「構え」


 グレンが静かな、落ち着いた声で命令を出す。寄せ集めの民兵たちは、何が起きているのか理解できないまま、急に心にわき上がってきた恐怖感を抑え、言われたとおりに槍の穂先をそろえて前に突き出した。


「――な、なんだべか、これ」


 時が経つにつれ粟立っていく肌に耐えきれなくなり、民兵の一人がそう口にした。


「わ、わかんねぇ」


他の民兵たちが抱いている感想も、おおむね同じようなものだった。集団の中に、目に見えて動揺が広がりだす。


「黙って前見てろ」


 そんな彼らに、後ろから、低くすごんだ声がかかる。


「で、でも――」

「うるせぇ」


 背後で弩を構える傭兵に、怖い顔でそう言われたものの、彼の中の正体不明の不安は、ますます大きくなってくる。なんなのだろうか、この感覚は。前方に広がっている草原の中に、何かがいる。何かが近づいてくるのだ。

 がさり、と、草むらの一カ所から音がした。全員の視線がはじかれたようにそこに集まる。

子供の背丈ほどもありそうな草を突き破って飛び出してきたのは、全身傷だらけになった、一頭の大角牛だ。

 そしてそれに拍子抜けする暇も無く、続いて出現したのが――


「で、出たッ!」

「りゅ、竜だぁッ!」


 民兵が取り乱したのも無理は無かった。それほどの威容を誇る大蛇が、餌として用意された大角牛を追って現れたのだ。

 巨大な銀色の蛇。全身が白銀の鱗に覆われており、所々に白い羽毛が生えている。既知の魔物ではない。どこかで発生した突然変異種だろうか。


「――持ち場を離れるな!」


 凄まじい気迫のこもったグレンの一喝に抑えられて、かろうじて民兵たちは踏みとどまった。

 口に泡を吹いて走る大角牛を、蛇の牙がとらえた。ばきばきと、太い骨が砕ける音。普段の彼ならば、そのままゆっくり獲物を丸呑みしただろう。だが、今日は彼の食事を邪魔する者たちがそこにいた。

 人間たちの存在をみとめて、大蛇は既にこと切れた獲物を口から離し、頭を高く持ち上げた。ちろりちろりと赤い舌を出しながら、熱と魔力を視ることができる感覚器を用い、魔物はじっと新しい獲物の脅威度を測っている。


「行くぞ、アルフェ」

「はい」


 その言葉を合図に、リグスとアルフェが前に踏み出す。

 アルフェとリグスが、左右から挟み込むように、じりじりと蛇の周りを移動する。蛇は鎌首をもたげて、二人を交互に見やった。

 大蛇の方も、二人を優先して排除すべき敵と見定めたらしい。口を開けて牙をむき出し、尾をふるわせて威嚇音を鳴らし始めた。


「また毒でもあったら面倒だ、噛まれるなよ!」


 魔物の鋭い牙にはまだ、先ほどの大角牛の血が付着している。リグスは魔物越しに、アルフェに毒を警戒するように告げたが、その心配はなさそうだ。あのあごに噛まれれば、毒などなくとも人間程度、間違いなく即死する。


「放て!」


 最初に仕掛けたのは人間側だった。グレンの合図に従って、後方の傭兵たちが一斉に飛び道具を射出する。

 しかし大蛇は、その攻撃をほとんど避けようとしなかった。魔物の銀色の鱗は、その見かけ通り金属的な性質を持っているようだ。荒野に甲高い音が響き、ほとんどの矢は大蛇の表面を傷つけることなく、ぱらぱらと地面に落ちた。


「うおおおおおッ!」


 大蛇の注意が射手に移った隙をついて、リグスが猛然と吶喊した。彼は振りかぶった戦槌を、大蛇の胴にたたきつける。

 だが、リグスの一撃は大地を揺らしただけだった。魔物の身体が凄まじい速度で動いたのだ。目の前にあった胴が一瞬のうちに消え、側面から大蛇の牙が彼を襲った。


「――ッ!」


 割れんばかりに歯を食いしばったリグスは、下からすくい上げるように、戦槌で大蛇のあごを跳ね上げた。

 地面にめり込んでいた重い戦槌を、魔物の奇襲に合わせて振りぬいた彼の怪力は凄まじいものだったが、とっさの動きだったので勢いが不足し、十分な威力は乗っていない。すぐに体勢を立て直した魔物は、再びリグスに食いつこうとした。


 そこに跳躍してきたアルフェが、横合いから蹴りをかます。そろえられた足先が魔物のこめかみに命中し、巨体が揺らいだ。


「――もう一丁ッ!」


 そして、思う存分溜めを作ったリグスが反対側のこめかみを打ち返した。巨大な鐘を打ち鳴らしたような轟音が、荒野に響く。


「たたみかけろ!」


 怯んだ魔物を見て、リグスが吠える。彼はもう一度、大蛇の頭部めがけて――

 しかしその時、後方からリーフの声が響いた。


「危ない!」


 一瞬の光と同時に響き渡る、乾いた破裂音。


「ぬがぁ!」「きゃあ!」


 空気中を走る閃光に貫かれ、硬直した二人の身体が草むらに投げ出される。

 離れた距離から見ていれば、魔物の内部で収束する魔力に、前の二人も気がついたかもしれない。


「――雷撃の魔術だ!」


 リーフが叫んでいる。雷の魔術――。攻撃的な魔術の中では、火の魔術と並んでよく用いられる。高等な魔物の中には、魔術を行使するものも多い。大蛇は体内の魔力を使って、周囲に強力な雷撃の渦を発生させたのだ。

 焦げ臭いにおいがあたりに漂い、焼けた草から幾筋かの煙が立ち上る。


「――ぐッ!」

「この、野郎ッ!」


 意表を突かれた攻撃を受けても、前衛の二人は立ち上がろうとしている。戦いが始まる前に、二人の身体にはリーフによって防御魔術が施されていた。それが幸いしたのだろう。逆に言えば、それがなければ一撃で意識を飛ばしてもおかしくない衝撃だったのだが。


 体勢を立て直そうとする二人を支援するため、再び後方から矢が飛ぶ。


「効いていないぞ!」


 自身も弓をとっているクルツが大声を出した。板金を貫く石弓のボルトですら、白銀の鱗は弾いている。それでも傭兵たちは矢を放ち続けた。


「胴体は駄目だ! 目を狙え!」

「団長に近づかせるな!」


 無力な矢でも、地面に這いつくばっている二人より、そちらの方を煩わしく思ったのだろう。魔物は布陣する傭兵と民兵の方を見つめて、赤い舌をのぞかせた。


「こっちを向いたぞ!」

「ひ! く、来る!」


 蛇がゆっくりと身をくねらせながら、左翼の一隊に向かう。――あの牙の、あの雷の一撃を受けたら、自分たちはどうなるか。民兵たちが頭にその光景を思い描いた時、彼らと魔物の間に、全身鎧の男の陰が立ちふさがった


「任せるがいい!」


 いつの間にやら弓を投げ出し、剣を抜いたクルツが、槍をそろえる民兵の前に立っている。


「――……なっ、馬鹿ッ! 何してる!?」


 魔物に狙いを定めることに夢中になって、クルツから目を離していた傭兵が、彼を罵った。

 慌てて飛び出そうとするが、もう遅い。


「来い!」


 長剣を構えたクルツが、堂々とそう叫んだ。

彼も貴族だ。戦場に立って恥ずかしくない程度の、剣の教育は受けている。例えばオークなどの、中型の魔物と一対一ならば、十分に相手ができるくらいの腕前は持っていた。だが、所詮はその程度だ。今戦っている相手は、オークなどとは少々格が違った。


「アホ! 戻って――ッ、あああ!」


 おそらく、金属の全身鎧に身を固めたクルツは、蛇の目からは不味そうに映ったのだろう。魔物はクルツに喰らい付こうとはせず、その尾を横薙ぎに振りぬいた。

 リグスから、クルツのお守りを任されていた団員は蒼白になった。


「ごふぅッ!」


 兜の中からくぐもった声が響き、あり得ない距離をクルツが吹っ飛んでいく。兜の隙間から反吐が吹き出し、陽光を反射してきらきらと輝く。

 ――間違いなく死んだ。弧を描いて飛ぶクルツを見ながら、傭兵は確信した。

 これで任務は失敗だ。雇い主は死に、報酬は出なくなった。団長からも散々にどやされるに違いない。それを思うと、彼の目には涙がにじんだ。だが、今更戦闘を止めることはできない。自分が生き残らなければ、話にならないのだから。


「――っくそ!」


 彼は魔物の目に狙いを定め、石弓の引き金を引く。すると、半ばやけになったことが幸いしたのか、回転するボルトは吸い込まれるように大蛇の右目に突き刺さった。


――! ――――!


 痛みに悶えのたうち、砂埃をまき散らしながらも、怒りに燃えた魔物は、目前の民兵の一人に喰らいつこうと口を開けた。


「マリー!」


 そこにリーフの命令を受けたアイアンゴーレムが割って入った。反対側の右翼の防衛に付いていたのが、今間に合ったのだ。


「マリー! 【そいつを止めろ!】」


 腰を抜かした民兵の前で、銀の大蛇と鉄色のゴーレムがぶつかり合う。両者のとてつもない重量を受けて、ゴーレムの両脚が硬い土の地面に深くめり込んだ。


「くぅ!」


 リーフは歯を食いしばる。彼は前に差し出した拳からゴーレムに魔力を送り、その動きを直接制御しているようだ。そうすることにより、自律行動していた時よりもはるかに機敏かつ繊細な動きで、ゴーレムは魔物と組み合っている。

 這いながら逃げ散る民兵の間から、比較的装甲の薄そうな腹や、うろこの隙間を狙って矢を射続ける傭兵たち。しかし先ほどの幸運は続かず、蛇は矢を弾き飛ばしながら、ゴーレムの全身に巻き付いた。


周囲の人間が目を覆いそうになる魔力の発光と、乾いた破裂音。再び発せられた雷が、ゴーレムの身体を貫く。


「わぁっ!?」


 直接的なダメージはないが、魔術的にゴーレムとつながっていたリーフにも、衝撃は伝わってきた。引いていた綱を断ち切られたように、彼は大きく後ろにのけぞり、その場に尻餅をついた。


「しまっ――」


 魔力の流れが途切れ、ゴーレムの動きが目に見えて悪くなった。相手の抵抗が緩んだ隙を逃さず、魔物は締め付けを強くする。関節から嫌なきしみをあげて、ゴーレムは動きを止めた。


「……! やば――!」


 破壊された自分の作品を見て、リーフは一瞬呆然とした。その数秒に満たない時間の後、彼は集団から孤立している自分に気付いた。


「おい! 逃げろ!」


 傭兵の怒鳴り声が聞こえる。魔物の位置が近い。

 リーフは慌てて土に手をついて立ち上がろうとした。しかし、そこから新しい魔術を組み上げる時間はもう無い。


「うわ!」


 鋭く尖った大蛇の尾が、土埃を巻き上げた。それはリーフを狙った攻撃ではない。魔物は狂ったような勢いで地面に身体を叩き付け、のたうっている。

土埃の向こうには太陽が輝いている。逆光に照らされて、リーフの目には魔物の背中に何かが取り付いているのが見えた。魔物はそれを振り落とそうともがいているのだ。


「――アルフェ君!?」


 気が付くと、この攻防の間に立ち直っていたアルフェが、大蛇の首にとりついている。彼女は滅茶苦茶に振り回され、地面に叩きつけられているが、それでもなお、恐るべき執念で魔物にしがみついている。だが、この魔物に密着するということは何を意味するのか。


「ぐうううう!」 


 閃光を伴う破裂音が繰り返され、少女のうめき声が上がる。先ほどのように魔力を収束する時間は無い。威力は劣るが、それでも電撃の魔術は、激しい痛みを彼女に与えているだろう。

 その痛みに耐えながら、アルフェは魔物の首を上り、その頭部へと向かう。

 魔物によって激しく左右に振られている中なので、その表情は判然としない。しかし一番間近で見ていたリーフには、アルフェの口に残酷な笑みが浮かんだように見えた。


 ――! ――――!


 鳴き声を持たない大蛇が、苦しみの叫びを上げた。魔物が暴れ回る様は、最早狂乱と言ってもいい。頭頂にたどり着いたアルフェが、魔物の右目に突き立ったボルトをつかみ、更に深く、根元までねじ込んだのだ。

 アルフェ以外の者たちは、地響きを立て、転がる岩を割りながら暴れる大蛇の身体に近づくこともできず、遠巻きにその光景を見守っている。


「うおおおおお!」


 野太い叫び。リグスもまた戦線に復帰してきた。彼は戦槌を振り上げ、嵐の中に飛び込んでいく。


「おおおおお!」


 満身の力を込めて、リグスは大蛇の首を叩いた。二度、三度と、繰り返し同じ位置を目掛けて。そして――


「墳!」


 何度目かの直撃を受け、銀色の鱗に亀裂が走る。その裂け目からは、生々しい肉の色がのぞいていた。勝算を感じたリグスが獰猛に微笑む。しかしそれが油断を生んだか、彼は大蛇の尾撃をまともに受けてしまった。


「ごぉッ!」

「団長!」


 吹き飛ばされたとはいえ、受け身をとってすぐに立ち直ったのは、流石に歴戦の傭兵と言ったところか。だが、あの質量を受け止めたのだ。骨の何本かは折れていても不思議ではない。


「――アルフェ! やれ!」


 それでもリグスは声を出した。彼の呼びかけを受け、魔物の頭にとりついていたアルフェが、振り回される反動を利用して、リグスが作った亀裂の位置まで下りてきた。

 左手で魔物にしがみつき、右手を貫き手の形にした彼女の意図を、今度は多くの者が理解した。ずぶずぶと、少しずつだが確実に、彼女は自分の右腕を、魔物の表面にできた亀裂の中に突き入れていく。


 生命が苦しみ、もだえる有様。それは例え魔物であっても、時に憐みを引き起こすものだ。傭兵たちはともかく、リーフや民兵たちは、ただ眼前の光景におののいている。

 少女の腕が、魔物の傷口に沈む。それに伴い噴出した体液が、アルフェの全身を染めていく。魔物の動きはだんだんと弱弱しくなり、アルフェの腕は、肘――やがては肩まで見えなくなった。


 大蛇の首の中で、めいっぱい腕を伸ばした少女は、その手で何かを掴んだようだ。みしり、と、魔物の中から耳障りな、致命的な音が聞こえた。


 ――終わった?


 周りで見ている者たちは、そう思った。

 先ほどまで、暴力的なほどの生命力に溢れていた存在が、ほとんど動きを止め、地面に首を付けようとしている。


「――! ちぃッ!」


 だが、アルフェが何かに気が付いた。

 魔物が力を振り絞り、その体に宿る魔力を集束させはじめたのだ。残った全ての力を使い、彼は最期の一撃を放とうとしている。


「いけない! また雷撃が――!」


 魔術士の少年が叫んだ。さっきまでの雷とは比較にならない。周囲にいる者たちの体毛を逆立てるほどの魔力が渦巻いている。アルフェもその前に、完全に魔物の息の根を止めようと、再びその手に力を込めた。

 間に合わないか。そう思ったとき、いつの間にか大蛇の隣に立っていたリグスが、その側頭部に戦槌をたたきつけた。


「おおおおおおおおお!」


 動かなくなった標的に、存分に溜めを作った、空気が震えるほどの一撃が見舞われる。

 大蛇の首は、亀裂を境にほとんど千切れたようになり、それで完全に静止した。


「お互いに、生きるためだ。……悪く思うなよ」


 巨大な死骸の前で、リグスがそうつぶやく。その数瞬の後、傭兵たちの歓呼が荒野に響いた。



「はあッ、はあッ、はあッ――――ッ!」


 魔物の首にしがみついていたアルフェは、満身創痍のまま、四つん這いになって喘いでいる。衣服のところどころが黒焦げになっており、その髪や鼻先から垂れる滴は、彼女の汗と、魔物の体液が入り交じったものだ。


「アルフェ君……」


 その様を見ながら、駆け寄ることも忘れてリーフは思う。

 なぜ彼女は、あれほどまでに自分の身を省みず、ひたすらに戦おうとするのか。

 これは彼女にとって、何のための戦いなのか。

 

 これがもし、リグスの言った彼女の本性なのだとしたら――。

 恐れよりも、やるせなさのような感情がリーフを包む。


 彼女のために、その勝利を、自分は喜ぶべきなのか。それとも。


 リーフはどうしていいかわからず、歓呼の中、ただ立ち尽くすしかなかった。

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