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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第五節
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83.製錬

「これを分析すればいいのか?」

「お願いできますか? バロウさん」

「ああ、もちろん」


 “実験室”とリーフが呼んだ部屋の一番奥に、目的の人物はいた。

 広い部屋だ。その名の通り、様々な実験器具が置かれている。リーフのアトリエにも似たような器具があったが、それをさらに大きく、複雑にしたような感じだ。室内には数人の魔術士がいて、各々の研究にいそしんでいる。

 アルフェがきょろきょろしていると、その研究員が言った。


「……ところでチェスタートン、その子は?」

「えっと、この鉱石を見つける時に協力してもらった子です。せっかくなので、見学でもどうかなって……。アルフェ君、僕の先輩のバロウさんだよ」

「アルフェです。初めまして」


 このバロウという研究員は若くない。少なくとも、リーフとは相当歳が離れている。生え散らかした無精ひげには、少しだけ白いものが混じっていた。服装も、室内にいる魔術士の中で、この人物だけはローブではなく、くたびれたシャツを着ている。


「どうも」


 丁寧に頭を下げたアルフェに対して、ぶっきらぼうな挨拶が返ってきた。しかしバロウの目は、さりげないながらも興味深そうに、アルフェの姿を観察していた。


「分析……っても、このままじゃな。こっちで製錬してもいいか」


 リーフから渡された鉱石を一通りこねくり回してから、バロウは言った。精練というと、原石から不純物を取り除く作業だったろうか。確かに、原石のままでは分からないこともあるのだろう。


「いいんですか?」

「ついでだよ」

「すみません。じゃあ、時間がかかりますね。日を開けた方がいいですか?」

「いや、そうでもない。一時間ももらえれば……。お前らはその間、どっかで時間を潰しててくれ」


 そう言うと、バロウは早速鉱石を実験器具に設置する。次に彼が呪文を唱えると、驚いたことにその器具はひとりでに動き出し、鉱石に魔力の光を当て始める。


「だそうだけど……、どうする? アルフェ君」

「……そうですね。よろしければ、ここで見ていてもいいですか?」


 このような装置が動いているのを見るのは初めてだ。好奇心を掻き立てられたアルフェは、器具から目を離さずにそう答えた。バロウは装置に付いているのぞき窓のような部分に目を当てたまま、背中越しに言った。


「好きにしてくれ」

「ありがとうございます」

「……そう。あ、じゃあ、僕は今のうちに研究報告を済ませて来ていいかな。一人にして悪いけど」


 装置に集中しているアルフェとバロウを見比べてから、リーフは言った。


「はい」

「すぐ戻るから」


 二人から離れて、入口まで行ったリーフが実験室の扉を開く。丁度そこに、三人の魔術士が通りかかった。それまで談笑していた先頭の一人が、リーフを見て露骨に顔をしかめる。


「……チッ。何だ、お前か」

「……」 

「しばらく顔を見なかったが、どうしたよ?」


 実験室の静寂に不似合いな、険悪な声だ。


「おい」


 後ろの一人が、リーフに絡んだ男をたしなめる。しかしそれも、形だけという感じだ。


「相変わらず気の抜けた顔だな。浮かれ坊や」

「……」

「まあ、お前は主任に気に入られてるからな。……お前みたいに好き勝手にやれりゃ、楽しいだろうさ」

「……失礼するよ」

「呑気なご身分だよなァ!」


 自分に取りあわず、脇を抜けて実験室を出たリーフの背中に、男の荒い声が降りかかる。入口で行われた今のやり取りを、部屋の奥からアルフェは見ていた。


「……今のは?」


 冒険者組合では、比較的よく見る光景だが――。


「……あいつは優秀だ。でも、優秀な奴ほど、それが気に入らない奴も多い。そういうことだな」


 バロウは装置から目を離していないように見えたが、耳には入れていたようだ。そんな風に言った。


「……ここでも、ああいうことはよくあるのですか?」

「気にしなくていいさ。あいつも気にしてない。ま、あいつが女連れで浮かれてるのは、事実だと思うしな。……せいぜい仲良くしてやってくれ」


 今の発言は、リーフか自分に対する皮肉なのだろうか。アルフェはそう思ったが、装置から目を離してアルフェを見たバロウの顔は、優し気に微笑んでいる。そこに悪意は無いように見えた。


「……バロウさんは、リーフさんのお友達なんですね」

「ゴホッ! おとも――なんだそりゃ」

「いえ」


 アルフェは再び装置に目を戻し、バロウも一つ肩をすくめた後、それに倣った。

 装置の原理は分からないものの、大小の部品がくるくると回転し、様々な色の光を放つのを見ているのは面白い。

 金属の製錬は火と熱によって行うとは、アルフェも昔読んだ本で知っていたが、こうして魔術によって行われることもあるのだ。魔力の光が当たると、黒い石から不純物が取り除かれ、みるみるうちに滑らかな光沢を帯びていく。


「ふぅ」

「お疲れ様です」


 バロウが最初に言った通り、一時間後には一通りの作業が完了していた。製錬が終わった後はバロウによる分析が始まり、拡大鏡やいくつかの試薬が使われた。残ったのは、手のひらに乗るほどになった黒い石だ。


「黒いままですね」

「宝石にでもなると思ったかい? ほら」


 バロウはアルフェに黒い石を投げてよこした。近くで見ると、純粋な黒ではなく、やや緑がかっているだろうか。アルフェは指でつまんだそれを、光に透かすような仕草をした。つやつやとして綺麗だが、透明ではなく、宝石という感じではない。


「珍しいものなのですか? これは」

「そう……でもないかな?」

「……?」

「滅多に見ないが、そんなに価値のあるものじゃ――。そう言えばチェスタートンの奴は、まだ戻ってこないのか?」


 説明するなら、一緒にしてしまいたいんだがとバロウがぼやいた。リーフはすぐ戻ると言っていたのに、随分時間がかかっている。

 もしかして、またさっきのように絡まれているのだろうか。そう考えたアルフェは後ろを振り向いた。


「……探してきます」

「おいおい。あんた、ここは初めてだろ。俺が見てくるよ」


 バロウが大儀そうに腰を上げたとき、入口の方に気配が動いた。やがてその気配は声になり、扉の外から聞こえてくる。バロウもそれに気付いたようだ。


「あの声……、あいつ、面倒なのに捕まったな」


 バロウのつぶやきと共に、入り口の扉が開く。そこにいたのはリーフと、アルフェも一度、見たことのある顔だ。


「ご、ごめん。ちょっと主任と話してて、時間がかかっちゃった」

「おや、チェスタートン、まるで私が悪いような言い方ですね。あなたが中々顔を見せないからでしょう? まあ、この研究所に、話していて面白い人間がほとんどいないのも、問題の一つではあるんですが」


 その言葉を聞いて、実験室内にいた魔術師たちが身を縮こまらせたのが分かった。男は室内を見渡すと、アルフェの上で視線を止めて、おやと言った。


「また会いましたね、アルフェさん」

「……こんにちは。お邪魔しています」


 目を細める男に対して、アルフェは一礼した。柔和そうな笑顔の奥に、油断ならないものが宿る男だ。


「あ、アルフェ君、主任と知り合い?」

「ええ、そうですとも」


 リーフの疑問に答えたのは、アルフェではなく男の方だった。


「先日私の方で、彼女を尋問させていただきました」

「尋問!?」

「そう、尋問。――さてアルフェさん。改めて私、ユリアン様の秘書官と、この魔術研究所の主任を務めさせていただいております、オスカー・フライケルと申します。お見知りおきください」


 本人の言う通り、彼は先日、ユリアン・エアハルトと共にアルフェを尋問した男だ。

 その男が今、アルフェに向かって、いやに形式ばった仰々しい礼をしていた。それに応えて名乗り返したアルフェの顔にも、さすがに驚きの色が浮かんでいたが、男の横に立つリーフのそれは、アルフェの比ではない。口をぱくぱくと開けて、意味不明の単語をつぶやいている。


「魔術の勉強をしにでも、来られたのですか?」


 顔を上げた男――オスカーは、周囲の驚きを意に介さない様子でそう言った。


「見学と、鑑定の依頼です。リーフさんの付き添いで」


 アルフェも彼の言葉に、何食わぬ顔で返す。


「そうですか。では、あなたがチェスタートンの言っていた同行者ですね? 奇遇なことです。鑑定とは――、ああ、それですか」


 オスカーが、アルフェの手にある黒い石に目を落とした。


「バロウが製錬したのですね。いい出来です。彼は優秀な錬金術士ですから、作業も速かったでしょう」


 アルフェが振り向いてバロウを見ると、彼はいつの間にか座っており、実験装置の方に向かっている。まるで、自分を話に混ぜるなとでもいうように。


「あ、終わったんですね。バロウさん、ありがとうございます」


 バロウは礼を言ったリーフの方を見ないまま、片手をひらひらと振って答えた。


「じゃ、行きましょうかチェスタートン」

「え? どこにですか?」

「立ち話もなんでしょう? ここでは落ち着いて話もできない。主任として、彼らが集中できるようにすべきでしょうし」


 実験室にいる他の魔術士たちは、それぞれの実験に集中しているように見えて、時折ちらちらと、この集団の様子をうかがっていた。


「な、なら、バロウさんに分析の結果を聞いてから――」

「大丈夫です。私にも分かりますから。さあ、行きましょう」

「え、ちょっ――」


 リーフの肩に手をそえて、オスカーが彼を引っ張っていく。

 実験室に残されたアルフェは、バロウの背中に目を向けた。


「いいよ、俺のことは気にしないで、チェスタートンの所に行ってやれ。オスカー……、あいつは面倒臭い奴だから、気を付けろよ」


 背中越しに、バロウの声が響く。アルフェはそれに一礼すると、引きずられていったリーフの後を追った。

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