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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第一章 第七節
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37.勇者への憧れ

 翌朝、アルフェはまだ薄暗いうちにコンラッドと合流し、森に入った。


「はじめから体力を消耗しても仕方が無い。魔物が出たら、俺が対処する。焦らずについて来い」


 そう言うコンラッドの後について、アルフェは森の中を歩く。彼女にとっては、もうなじみの場所になった南の森だが、これから行こうとしているのは、まだ見たこともない奥地だ。

 期限は一か月。長ければ、それだけの間森にいなければならない。食料や道具類は持てるだけ持ってきた。アルフェの背負っている背嚢も普段より大きいが、コンラッドのそれは、さらに巨大だ。それでも彼は、事も無げに足場の悪い森の中を進んでいる。野生の勘でも働いているのだろうか。


 一日目は、結局何も出てこなかった。


 雪こそ降っていないが、冬の森は相当に寒い。夜になると、吐く息が白くなった。

 アルフェは厚手の防寒着をまとっている。それでも震えが来そうになるのだ。騎士服の上からマントを羽織っているだけのコンラッドが、どうして平気な顔をしているのか、彼女には分からなかった。

 そう言えば、なぜコンラッドは騎士風の服を身に着けているのだろう。このマントは、以前にも身に着けていたことがあるが、気に入っているのだろうか。


「魔物……、出ませんでしたね」

「俺を恐れているのだろう」

「……冗談、ではないんですね」


 コンラッドの顔はいつに無く大真面目だ。

 少しでも寒さをしのげる場所を見つけ、野営の準備をしながら、二人は会話をしている。


「ああ。まだこの辺りでは、積極的に俺に喧嘩を売れるような魔物はいないだろう。外とは言え、結界の影響力が少しは残っているのだ」

「……」

「……しかし、明日もそうとは限らん。奥地に行けば行くほど、魔物は手強くなる。何か出てくるかもしれんが……、全てを相手にしている時間は無い。進路を塞いだものだけを排除していく」

「はい」


 二日目も何も出なかった。

 森の木々がますます大きく、周囲を覆う魔力の気配が、だんだんと濃くなっていくのがわかる。空一面が枝葉で覆われ、日の光が、地面にまで届きにくくなっている。

 その日も二人は淡々と歩き、夜は野営をした。移動中は、町で購入してきた保存食を食べる。食料は持てるだけ持ってきたが、足りなくなれば、森の中で調達するしかない。


 三日目は魔物が出現した。犬に似た魔物が十数匹、二人の周りを囲むように姿を見せた。しかしその魔物たちは、コンラッドが少しにらみを利かせただけで、一目散に逃げていった。


「かなり、奥地まで来たでしょうか」

「そう思うがな。……もっと怖がると思ったが、案外に平気そうではないか」

「私も、森が初めてなわけではありませんし」

「頼もしいことだ」


 四日目。ここまで奥地に来ると、光はほとんど地面まで届かない。下草が無くなり、一面が苔の絨毯になった。

 その日も、特に何事も無く夜を迎えた。巨大な木のうろの中、毛布に包まりながら、アルフェが口を開いた。


「この前の方は、師匠のお兄様なのですよね?」

「……ああ。おい、『様』は要らんぞ。あんな奴に」


 俺だって、様付けではなくなったんだからなと、コンラッドが愚痴る。


「で、それがどうした」

「……私にも、姉がいます。今は、どこか別の場所にいますが」

「ほう、初耳だな」

「私のことを、心配しているでしょうか」

「……」


 コンラッドは、何も答えない。答えようのない質問だ。アルフェ自身、自分がどうしてそれをコンラッドに聞いたかは説明できない。


「……師匠が私に教えた技は、師匠が自分で考えたものなのですか?」


 夜の森の空気がそうさせるのだろうか。アルフェはまた、普段聞いたこともないことをコンラッドに尋ねた。


「ああ、そうだ」

「……どうして師匠は、強くなろうと思ったのですか?」

「質問が飛ぶなぁ……。眠いのか?」


 そうかもしれない。再び、しばしの沈黙が場を支配した。コンラッドは、話すかどうかを迷っていたようだが、やがて言った。


「笑わないなら、教えてやろう」

「……笑いませんよ」

「俺は……、そもそも俺は、勇者になりたかったのだ」

「……勇者、ですか? おとぎ話の?」

「そうだ」


 そんな単語が出てくるとは思わず、虚を突かれたアルフェは、何と反応していいか分からなかった。


「……やっぱり、笑っていいぞ」


 コンラッドは、手に持った薪を焚火にくべた。


「笑いません」


 そう、アルフェは笑っていない。彼女は真剣に、彼の語る話に耳を傾けていた。


「……小さい頃、家にあった本に、勇者の物語があった。選ばれし勇者が、仲間を集めて魔王を倒すという、お決まりのあれだ。今にして思えば、くだらない話だが……、あの時の俺は、真剣にあれに憧れた。だから、強くなりたかったんだ」

「……」

「だが、どうも俺には、剣の才能が無いらしくてな。剣の家に生まれたくせに、そっちの方はさっぱりだった。魔術もな。だから、この技を編み出したんだ」


 剣と魔術が駄目で、どうして素手で戦うことになるのか、アルフェには理解できなかったが、それも彼らしさということなのだろう。


「師匠らしい、ですね」

「皮肉か? お前だって、俺と似たようなもんだろうが」

「……そう言えば、そうですね」


 言われて気が付いた。自分は剣が買えなかったからだけれども、彼と同じことをしている。少し笑ってから、アルフェは話を続ける。


「その服とマントは、もしかして、勇者のおつもりなんですか?」

「……可笑しいか? ……まあ、可笑しいよな」

「いえ、いいと思います。似合っていますよ。――お髭を剃れば、もっと似合っていると思いますが」

「言ってろ」


 ニヤリと笑って、コンラッドは黙った。


「……師匠は、私が何なのか、聞きませんね」

「……興味がないからな。……聞いてほしいのか?」

「大抵の人は、聞きますから」


 どこから来たのか、以前には何をしていたのか。アルフェがそれに答えることは無いが、素性の知れない娘というのは、相当に怪しいのだろう。会う人は、皆が一度はそれを聞く。聞かなかったのは彼だけだ。


「……実は、知ってるからな、俺は。お前が誰か」

「え――?」


 コンラッドの言葉に、アルフェの心臓が高く跳ねた。


「俺の、弟子だ」


 焚き火を見つめたまま、コンラッドは言った。


「違うか?」

「……はい、そうです。そうですね」


 師の言葉の意味を、噛み締めてアルフェはうなずく。コンラッドは、少しばつが悪そうな顔をしている。照れ隠しのつもりか、ぶっきらぼうに言った。


「もう寝ろ、明日も早いぞ」



「この辺か」


 町を出てから五日目、彼らは魔の森の深部にたどり着いた。二人は森の中の、ひと際巨大な木の前に立っている。見上げても、どこに頂点があるか分からないほど大きな木だ。


「予定通り、ここからは俺一人で行く。荷物も全て、ここに置いていく。何日かかるかわからんが……、この木を目印に戻ってくる。それまでに、お前は自分の仕事をしろ」

「せめて食料くらいは――」

「要らん、お前が使え」

「……わかりました」

「では、俺は行くぞ。……他に、確認しておくことはあるか?」


 コンラッドが、アルフェの頬をぴたぴたと叩く。すこし考えた後、アルフェは答えた。


「……私は師匠に、感謝しています」

「……は? ……何を言うかと思えば、また突拍子もないことを……。この仕事の礼なら、全て終わってからにしろ」


 道場の月謝を二倍にするとかなと言い、コンラッドは鼻で笑った。


「違います」

「何が」

「私は、師匠に会えたことを、感謝しているんです」

「……熱でもあるのか?」


 まともにとり合おうとしない彼を見つめて、アルフェは言葉を連ねる。


「本当です。……独りになって、飢えて死ぬところだった私を、師匠は救ってくれました。師匠に会えたおかげで、私は今も、こうして生きていられるんです。……私はあなたに、感謝しているんです。……どうしても、これだけは伝えておきたくて」

「……いつかも言ったが、そういう台詞を、こういう場面で吐くんじゃない。縁起でもない」


 コンラッドは腕を組み、眉をひそめている。


「……だが俺も、この仕事は悪くないと思ってる。か弱い――まあ、あいつはか弱くないかも知れないが、か弱い娘を救うために、伝説の魔物を倒すというのは、なかなか勇者らしい仕事だ」

「……」

「連れてきてくれたのはお前だ。感謝しておこう。……いいな、死ぬなよ。絶対に生き残れ」


 少し微笑んで、ではまたなと言ったコンラッドは、アルフェに背を向けて走り出した。マントを翻しながら、とても人間とは思えない速度で、コンラッドの背中がみるみると遠ざかっていく。


「……お気をつけて」


 その背に向かって、アルフェはつぶやく。


「さて」


 師の背が見えなくなった後、アルフェは軽く身体をほぐし、気合を入れた。


「私も、自分に出来ることをやりましょう」

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