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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第一章 第六節
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32.地下牢

 アルフェは蘇生した盗賊の案内で、藪をかき分けるようにしながら、林の中の獣道を歩いている。案内をしている男の腕は折れているようだ。二の腕を押さえながら、額には脂汗も浮かんでいるが、アルフェはかまわず前を歩かせていた。

 街道に残してきた他の盗賊たちは、適当に木に縛り付けてある。通りかかる者がいれば、衛兵に引き渡してくれるだろう。


 盗賊の根城に襲撃をかける。これは当初のアルフェの予定には無かった事だが、そこに囚われている人間がいるとなると話は違う。


「あれですか?」


 藪をかきわけつつ、丘を三つほど越えたところで、林の奥に石の塔のようなものが見えてきた。


「随分立派な砦に見えますが……、まさか、自分たちで作ったのではないですよね?」

「ちっ、違う……。たまたま見つけた、遺跡を使ってるだけだ。……ぐッ」


 痛みに呻きながら、男が答えた。

 石造りの塔は、木々の上から頭だけを出している。ここまで近づかなければ見えなかっただろう。昔の戦争で使われたものが、放棄されて忘れられたのだろうか。こうした廃墟はあちこちにあるが、ここまで原型が残っているのは珍しい。


「中に居るのは何人ですか?」

「街道を襲撃するのに、半分以上は出てきたんだ。残ってるのは、十人くらいだ」


 男はすらすらと喋っている。その瞳には、目の前の少女に対する恐怖の色が浮かんでいた。


「……捕まえた人は、どこですか?」

「……う」

「捕まえられた人は?」

「――……ちっ、地下牢だ。普段はそこに入れてある。なぁ、もういいだろ。俺を逃がしてくれよ!」

「そうですね……」


 男いわく、盗賊団は通行人を襲って金品を強奪するだけでなく、若い娘をさらって来て、拠点に監禁しているという。

 盗賊が娘をさらう――。アルフェにもその意味は、なんとなく分かる。


「それだけ教えていただければ十分です。ありがとうございました」


 そう言うとアルフェは、男のあご先を手の甲ではじいて昏倒させた。


 ――さて。


 ここからどうやって侵入したものだろうか。アルフェは腕を組んで思案する。

 敵は十人前後。砦にいる盗賊が、先ほどの男たちと同程度の強さならば、正面突破でも問題ないような気はする。しかし、案外中に手練が混じっているかもしれない。油断するべきではなかった。


 ――見つからないに越したことは、ありませんね。


 夜を待とうかとも思ったが、出て行った襲撃班が戻ってこないことを怪しまれても困る。それに、内部には囚われた人たちがいるのだ。できれば早く助け出したい。少女は気配を殺して、石の塔に近づいていった。


 ――……見張りが一人。


 塔の前には、見張りらしき男が一人いた。襲撃があるとは思っていないのだろう。本気で周囲を警戒している様子には見えない。石に腰を下ろして、何やら果実を頬張っている。

 アルフェは背後から男に近寄ると、片腕を首に回して裸絞めにした。声も出せず、男が意識を手放す。アルフェは男を寝かしつけると、扉の無い入り口から、塔の内部に侵入した。


 ――一応、侵入成功ですが……。


 内部には、かび臭い匂いが漂っている。

 ここまでは順調だが、問題はここからである。内部の構造は不明だ。だがさっきの男は、捕らえた人を地下牢に入れていると言った。まずは地下から探したい。

 とは言っても、アルフェに探索の技術はない。結局、地下への階段を見つけるために、一通りの場所を見て回るしか思い浮かばなかった。


 塔の床は石畳だ。鋼の脚甲を装備したままでは、どうしても足音が響く。アルフェは少し迷ったが、脚甲は入り口で外してきた。彼女は裸足のまま、冷たい石の上をそろりと歩いている。

 通路には、特に巡回している者はいない。やはり外敵の侵入など、想定していないのだろうか。


 塔の内部は、それほど広くはない感じだ。アルフェはいくつか部屋を見つけ、中の様子をうかがった。価値の無さそうな物が雑然と積み上げられていたり、食堂のような部屋があった。しかし一階部分には、人の気配を感じない。とすれば、残りの盗賊たちがいるのは、上か、下か。


 地下に降りる階段は、探索の途中で意外とあっさり見つかった。

 耳を澄ますと、階段の下から声が聞こえる。


 ――……三人。


 声からそう判断したアルフェは、音も立てずに階段を下りる。階段の先にある扉の隙間からは灯りがもれており、話し声もはっきりと聞こえた。


「それだ。当たりだ!」

「おい、またかよ……。何かやってるんじゃないのか?」

「いいからさっさと進めてくれ」


 地下では三人の盗賊が、カード片手に酒を飲みながら談笑していた。盗賊たちは小さな木箱に座り、背の低い丸テーブルを囲んでいる。この部屋はまだ奥に続いているようだが、そこに捕らえられた人がいるのだろうか。アルフェはゆっくりと扉を開き、中に侵入した。


「……酒が切れたな。おい、そいつを寄越せよ」

「ふん、これは俺のだよ」

「しみったれが」


 賊はカードに熱中している上、アルフェが気配を消しているので、同じ部屋の中にいても気付かれていない。


 ――革鎧、短剣が二人、棍棒……。壁に槍。


 アルフェの目が、敵の装備を見定めていく。砦の中でも男たちは武器を手放していなかったが、さりとて強敵にも見えなかった。闘えば、勝つのは容易だろう。

 しかし、気配を消したままでは何もできない。奥に行くためテーブルの横をすり抜けようとすれば、さすがに発見されるはずだ。


 アルフェが気配を開放する。


「……ん? な、なんだ。お前、どっから入ってきた」


 男たちの一人が、それでようやくアルフェに気付いた。

 彼からは、見知らぬ少女が部屋の中に突然出現したように見えていた。驚くのも無理はない。その声を受けて、他の二人もアルフェの方を見た。


「こんな娘はいなかったぞ」

「襲撃に行ったやつらが、捕まえてきたんじゃねぇのか」

「帰って来たなら、見張りが知らせる決まりだろ。あいつは何やってんだ? またサボってやがんのか」


 口々に言い交す盗賊たち。不審には思えど、彼らは目の前にいる丸腰の少女を、敵だとは認識していないようだ。


「別に、何だっていいだろ? 女が来たんだ」


 そう言ったのは、三人の中で一番赤ら顔をした男だった。その腰には、スパイクのついた木の棍棒を下げている。男はおくびを漏らすとテーブルから離れ、怪しい足取りで、アルフェの方に近寄って来た。


「えらく綺麗な嬢ちゃんだ。……ちょうど新しいのが必要だったんだ。都合がいいじゃねぇか」


 至近距離まで少女に顔を近づけて、男が目を細める。黄ばんだ歯の間から洩れる息が、ひどく酒臭い。

 薄汚いものを見るように顔をしかめて、男の目を下から睨みつけながら、アルフェが口を開いた。


「捕まえた人たちは、奥ですか?」

「――あん?」


 彼女が怯えて泣き出すとでも思っていたのか、予想しなかった言葉を聞いて、男は間抜けな声を漏らした。


「……あなたたちを、あえて殺めようとは思いません。さらってきた人たちは奥ですか? その人たちを解放しなさい。そうすれば、命までは取りません」

「な、何言ってるんだ? こいつは」


 アルフェから一番離れた所にいる男が狼狽する。その男はなぜか、突然現れたその少女に、自分でも分からない、得体の知れない不安を掻き立てられていた。無意識のうちに、短剣の柄に手が掛かっている。

 その男の臆病を笑いながら、酔った盗賊は、頭の横でくるくると指を回した。


「さらわれて、頭がおかしくなったのさ。この前もそうだったろうが。よくある話だ」

「で、でもよ――」

「そういうのに立場を“分からせる”のが、面白いんだ」


 自分が言葉を吐くたびに、少女を中心とした空気が変わっていっていることに、その男は気付いていない。


「……お嬢ちゃん、その人たちなら、確かに奥にいるよ。今日からここが、君のお家になるんだ。見てきたらどうだい」


 赤ら顔の男が、嗜虐的な笑みを浮かべる。ゴブリンと区別がつかない、醜悪な笑顔だ。アルフェは男の横をすり抜けて、奥に進んだ。


「――ひっ!」

「どうしたんだ、お前」


 少女が脇を抜ける時、短剣の柄に手をかけていた男は、恐怖に襲われたように背後の石壁に張り付いた。それを見て、もう一人が不審がる。壁に張り付いた男の顔は、大量の冷や汗で濡れていた。



「……」


 何かが腐ったような、嫌なにおいがする。


 部屋の奥は、牢になっていた。嵌められた格子は、どれも錆び付いている。そのほとんどは使われていない。

 ただ、一番奥の薄暗い牢の中には、女性が二人、鎖で繋がれていた。


「…………」


 彼女たちは、白い腕と足を力なく投げ出し、狭い牢屋の中に横たわっていた。ぼろきれの様な服をまとい、髪はぐしゃぐしゃに乱れている。身体にはいくつもの痣があり、既にその肉体は事切れていた。


「…………」


 アルフェは鉄格子の外に立って、しばらくじっと、その亡骸を見ていた。

 少女がうつむく。彼女の中に、抑え難い、黒い感情が湧き上がってくる。


 あるいは彼女には、その亡骸の顔が、自分自身に見えていたのかもしれない。


「――ふぅ。……どうだった?」


 少女が奥から引き返してくると、赤ら顔の盗賊はそれを見て、あおっていた酒の瓶をテーブルに戻した。


「お前もすぐに、ああなるかも知れないが……。なに、そうならないように、俺が大事に、可愛がってやるよ」


 ひひひと笑う男の声は、心底愉快そうだ。

 少女は顔を上げた。そこに、表情は無い。


「――さきほど、あえて殺めはしないと申しましたが……」


 ゆっくりと発せられる、淡々とした少女の声に合わせ、室内の温度が下がる。ずっと壁に張り付いていた男は、ついに得体の知れないプレッシャーに耐え切れなくなって、わあと叫んで剣を抜いた。


「撤回します。死んでください」

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盗賊タヒね……(,,゜Д゜)
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