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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第一章 第四節
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23.新人研修会

 翌日も、四人は朝から古代遺跡の調査を進めていた。遺跡は草原のかなり広い範囲に散在していて、前日とは場所を変えての探索である。それでもやはりめぼしい品物は見つからず、今日もそろそろ調査を打ち切ろうかと思ったところに、ウィルヘルムの声が響いた。


「お~い! おい、ここだ! 皆来てくれ!」

「大声出さないでよ。魔物が寄ってきたらどうするの」

「何、何かあったのかい?」


 散らばっていた三人が、ウィルヘルムの下に集合する。その前で、ウィルヘルムは興奮を抑えきれない様子だった。


「これ見てくれ! 階段だ! 階段!」


 確かに彼が指さした先には、倒壊した柱の陰に階段が隠れていた。それを見たジェフリーも喜びの声を上げる。


「本当だ! この遺跡に地下なんて無かったはずだよ! これは新発見だよ!」

「本当ですね。あの魔物たちの仕業でしょうか?」


 柱の残骸に隠れているとは言え、近くに来れば階段があるのは一目瞭然だ。アルフェが疑問に思った通り、これほど目立つものならば、これまでの調査で発見されていない方が逆におかしい。ここに生息するインプという魔物たちが入り口を掘り返した可能性が高かった。


「いやぁ、これはきっと大発見だぜ。やっぱり俺達って持ってるよなぁ。冒険者としてのツキって奴?」


 ウィルヘルムはほら見ろと言わんばかりに、ちらちらとマーガレットの方に目を向けた。マーガレットは幼馴染みの調子の良さに呆れながらも、素直に彼の発見を賞賛した。


「まあ良かったじゃん。これで冒険者組合からも報酬がでるんでしょ? 依頼達成ね」

「いやいやいやいや! このまま帰れるわけないだろ? せっかく見つけたんだから、ちょっと調べてみようぜ」

「……真面目に言ってるの? なんか危ないモンスターとかがいたらどうすんのよ」


 調子に乗りすぎたウィルヘルムの提案に、マーガレットは露骨に顔をしかめた。


「そん時は逃げればいいだろ。行こうぜ!」

「そうだね、ウィル」

「あ! こら! ちょっと待って!」


 しかし、はしゃいでいる青年たちの勢いは止められそうにない。彼らはマーガレットの制止を無視して、柱の隙間をくぐり階段を降りていった。


「……もう!」

「……私たちも行きましょう」


 こうなれば追わない訳にはいかない。アルフェはマーガレットを促し、青年二人の後に続いた。


「なんか、すごく砂っぽいね」


 四人が階段を下りると、そこには意外なほど広い空間が広がっていた。ジェフリーがもらした感想通り、部屋の大部分は砂で埋もれ、埃っぽい空気が漂っている。


「砂ばっかりで、なんも無いじゃん」


 そう、砂以外には特に何も見当たらない。


「いや、ここを掘り返していけばさ、何かすごい物があるかも知んないだろ……」


 そうは言っても、ウィルヘルムも拍子抜けしたようだ。先ほどの勢いは失われている。


「それこそあたしらの仕事じゃないでしょ……。満足したなら戻ろうよ」


 それでもウィルヘルムとジェフリーは諦めきれない様子だった。彼らは地下室内でしばらく砂を掘り返したり壁を叩いて回ったりしていたが、結局手応えを得られず、見るからに落胆した。


「くそぉ……。何にも無いのかよ」


 だがその時、ウィルヘルムが床のタイルの一部を踏んだ、カチッという、何かがはまる音がする。


「ん? なんだ?」


 遠くでしばらく地鳴りのような音がしていたかと思うと。突然、四人の足元の床が崩れ去った。


「いてぇ……」


 穴の上からぱらぱらと砂が落ちてくる。四人はかなり下まで落ちてきたようだ。穴の中は暗いが、上から一筋の光が差している。段々と目が慣れてきたウィルヘルムには、辛うじて全員の姿が見えた。

 怪我を負った者はいなさそうだ。下に溜まっていた砂が、うまい具合にクッションになってくれた。


「あいたたた……。何? どうなったの……?」

「砂っ、砂が口に入ったっ、ぺっ」

「……皆、無事だな」


 手で腰をさすりつつウィルヘルムが起き上がる。マーガレットも、髪についた砂を払い落としながら立ち上がった。ジェフリーは頭から砂に突っ込んだようだ。口の中の砂を吐き出そうと苦心している。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。アルフェちゃんは?」

「問題ありません」


 既に立ち上がっていたアルフェが、ジェフリーに声をかけてきた。気のせいだろうか。彼らが無様に落ちていく中、アルフェだけは華麗に着地を決めていたように感じたが。


「地下の罠は、動いていたみたいですね」

「ああ、そうだな……。とりあえず、灯りをつけよう」


 ウィルヘルムが松明に着火する。それでようやく彼らの状況が明瞭に照らし出された。そこはさっきまでいた部屋と同じくらいの広さで、例によって黄色い砂の山ができている。一筋の光は、彼らが落ちてきた場所から差しているようだ。


「どうする? はしごになりそうなものでも探してみるか?」

「そんなもの、どこにあるのよ……」


 天井の穴は、とても自力で上がれる高さにはない。はしごと言っても、この部屋もやはり砂ばかりだ。使えそうなものは見当たらなかった。


「じゃあ、先に進む? あそこに扉があるけど……」

「まあ、仕方ないわね。まだ奥があるみたいだし、嫌でも行ってみないとならなくなったわね」


 落ちてきたこの場所は、先ほどの部屋と似たような構造だったが、ジェフリーの言う通り、部屋にはただ一つだけ扉があった。


「う~ん! クソ! 固ぇ……」

「はぁ。ダメだ。開かないよ」


 装飾の無い石の扉は、見るからに重厚だ。ウィルヘルムとジェフリーが試してみたが、押しても引いても扉は開かなかった。


「参ったな……。落とし穴なんだから、当然、罠なんだよな……。簡単に出られるはずないか……」

「どうすんのよ! ここで飢え死になんて嫌よ?」


 食料などの入った荷物は、全て上に置いてきた。かろうじて、地下に入るときに持ってきた松明だけはあるが、それもいつまでもつかは分からない。


「う~ん。やっぱり上の穴から出るしかないかぁ。服をほぐして、ロープでも作ってみるか?」

「それであそこまで届くのは無理だよ……。……ん? アルフェさん?」

「すみません、どいてください」


 問答をする青年二人を押しのけて、アルフェは扉の前に立った。


「開けます」


 そう言うと彼女は、おもむろに石の扉に前蹴りをかました。

 二人の青年が力を込めてもびくともしなかったそれが、地面と水平に飛んで行き地響きを立てる。直立した姿勢から、ノーモーションで放たれた蹴りに、どれほどの力がこもっていたというのか。それを見ていたアルフェ以外の三人には声も無い。


「開きました」

「……あ、はい。どうも。……君、すごいね」

「……? ありがとうございます」


 そして一行は、扉の奥の探索を開始した。


 暗い通路が延々と続いている。最初の部屋を出てから、通路は基本的に一本道だった。通路の脇にはたまに部屋の扉らしきものがあったが、ほとんどは天井の地盤ごと崩壊しているらしく入れなかった。


「この建物って、一体なんなのかしらね」


 マーガレットが、改めて疑問に思ったというように口にした。この古代遺跡は、表に見えている部分よりも、むしろ内部の方が大規模なようだ。


「う~ん。上にスケルトンが居たよね? お墓か何かじゃないかな」


 ジェフリーが推測を述べた。古戦場の沼地では、蝿か雑草のように湧いて出てくるスケルトンだが、最下級とは言え、あの手のアンデッドは死体の無いところには発生しない。


「あの落とし穴は泥棒除けっていうこと? 勘弁してよ……」

「まあ、前向きに考えようぜ。もしかしたら、財宝なんかがあるかも知れないじゃないか」

「あんたさっきから、そんなんばっかりね……」


 そうは言うものの、ウィルヘルムの言葉通り、悲観的になっても仕方ない。マーガレットも気持ちを切り替え、探索に臨んだ。


「うわ、ラットだ」


 しばらく探索すると、彼らは初めての生物に遭遇した。ジャイアントラット――大型犬くらいの大きさのネズミで、一応は魔獣に分類されている。ラットたちは一行の存在に気付くと、後ろ足で立ち上がり、キィキィと威嚇の鳴き声を上げた。


「数が多いな……。マーガレット、お前も戦えよ!」

「え~、キモくない?」


 戦意を見せたラットに対して、ウィルヘルムとジェフリーが構えた。マーガレットはウィルヘルムに言われて、不平をこぼしながらもダガーを抜く。

 ラットは彼らの敵ではなかった。五、六匹が瞬時に切り払われると、他のラットは一目散に逃げていった。


「どうだ! 見たか俺の実力!」

「調子乗んな! あんなん子供でも追い払えるよ」

「まぁまぁ二人とも。……ん? アルフェさん、そんな真剣にどうしたの?」


 ウィルヘルムとマーガレットがやり合っている脇で、残されたラットの死体をじっと見ているアルフェに、ジェフリーが声を掛けた。


「ネズミ、嫌いだった?」

「いえ、ご心配なく。……これで食料が確保できましたね」

「はっはっは、アルフェさんは冗談がうまいなぁ……。え? 冗談だよね?」


 通路は一本道だが微妙に曲がっていて、四人の距離感を狂わせる。彼らが出発地点からどのくらい進んだのか分からなくなってきたころ、マーガレットがあるものを見つけた。


「あそこに居るの、墓荒らしじゃない?」


 マーガレットの言った通り、ある部屋の奥にインプがいた。インプは一心に、壁際の砂を掘り返している。


「あいつがあそこに居るってことは……。地上からやってきたってことだよな? てことは、どっかに出口があるって考えていいんじゃないか?」


 インプはウィルヘルムたちの話し声を聞きつけ、驚いたように顔を上げると、四人の足元をすり抜けて部屋を出て行った。魔物はそのまま通路の奥に消えていく。


「ここまでは一本道だし……、とりあえず、あいつに付いていってみるか」


 一本道を抜けると、さっきまでとは違った雰囲気の部屋に出た。中央には石の棺のようなものが置かれている。壁の装飾はほとんど剥離しているが、かつては古代文字と壁画が一面に描かれていたのだろう。


「……やっぱり、ここはお墓みたいだね。帰って報告したら喜ばれそうだけど、僕たち帰れるかなぁ」

「情けないこと言わないでよ……。冒険者になるんでしょ? だったら、それらしいところ見せてちょうだいよ」


 マーガレットが後ろ向きになったジェフリーに発破をかけている。やはり、何だかんだで面倒見の良い少女である。


「見ろよ、何か良さ気なものがあるぜ!」


 二人に構わず、マイペースに部屋を物色していたウィルヘルムが言う。この部屋には、いくつかの壷や箱が置かれていた。墓の主と共に埋葬された副葬品だろうか。ウィルヘルムはその箱の一つに手をかけた。


「ウィル待ちなさい! そんなもの不用意に開けたら――!」


 マーガレットの声も間に合わず、ウィルヘルムが箱の蓋を開く。すると、中から異形の魔物が高速で触手を伸ばし、ウィルヘルムの喉を捉えようとした。

 擬態する魔物――ミミックだ。


 ――死!?


 不注意な青年は、そのままミミックの餌食になるかと思われた。しかしその前に、ミミックの入った箱の蓋に、アルフェの踵が振り下ろされた。金属製の箱が、中の魔物ごとひしゃげる。外に出ていた触手部分だけが取り残され、蓋の隙間から青い体液がにじみ出てきた。

 アルフェはウィルヘルムから離れたところで壁の文様を眺めていたはずだが、この一瞬で距離を詰めてきたのか。


「お怪我はありませんか?」


 鋼のグリーブで箱を踏みつけたまま、アルフェが尋ねる。腰を抜かしたウィルヘルムが、青ざめた顔でこくこくとうなずいた。アルフェは青年の無事を確認すると微笑を浮かべ、彼から一歩離れた。


「ウィル! 大丈夫!?」


 そしてそこに、血相を変えたマーガレットが駆け寄ってきた。


「あ、ああ、平気。……何ともないぜ!」


 ウィルヘルムが、親指を立てながら歯を見せて笑う。


「しりもち付きながら言ったって、全然説得力ないわよ……。……よかった」

「……え? お前、泣いてない?」

「泣いてないわよ! バカ!」

「あのー、ちょっと二人とも」

「心配かけちゃったな……、ごめん」


 しゅんとしたウィルヘルムを前にして、マーガレットは少し頬を赤くした。


「何よ、しおらしくならないでよ……。……心臓、止まるかと思ったんだから」

「ああ、ごめん」

「ちょっと二人とも、いいかなー? 良い雰囲気のとこ、申し訳ないんですけどもー!」

「何よジェフ! ちょっと黙っててくれない!?」


 声を荒げ、ジェフリーの方を振り向くマーガレット。そこではジェフリーが壁の一角に張り付き、何事かを必死に訴えている。


「ちょっとこの人が、お目覚めらしくて……」


 彼が指さす方を見ると、そこには、今にも石棺の中からアンデッドが這い出そうとしていた。

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