22.草原の遺跡
「とりあえず改めて自己紹介しとこうか。俺はウィルヘルム、知り合いは皆、ウィルって呼んでる。一応は……、剣士だな」
そう言うとウィルヘルムは腰の長剣を持ち上げた。
「剣術指南所の若手の間じゃ一番なんだ。剣の腕には期待してくれていいぜ」
「三番手じゃなかったの?」
「茶化すなよ、マーガレット。で、こっちがジェフリー。幼なじみで、指南所の同期さ」
よろしく、とジェフリーが頭を下げる。縮れた赤毛の青年だ。
「剣はダメだけど……、こいつはすごいんだぜ。魔術が使えるんだ」
「やだなぁウィル。少しだけだよ」
謙遜しながらも、ジェフリーの顔は誇らしげだ。
「そうなのですか?」
アルフェの目が好奇心で輝いた。自分やマキアスが治癒術を使ったことはあるが、戦闘用の魔術を使う人間と、今まで共に戦ったことはない。
「実家が道具屋だから、簡単な魔術の道具なんかも置いてあるんだ。それでね」
ジェフリーがへへんと笑う。続いてウィルヘルムは、彼の隣に立つ、長い髪を後ろで一つにまとめた少女を指さした。
「こっちがマーガレット。親父さんが狩人のギルドに所属してて……、まあ、こいつも狩人なのかな?」
「別に狩人ってわけじゃないけどね。一通りの探査や追跡の技術は、お父さんに習ってるから」
「マーガレットさんも、冒険者を目指していらっしゃるんですね」
「違うわ。私はただ、付いて来てくれってこいつらに泣きつかれただけよ」
マーガレットが肩をすくめた。その仕草からも言葉からも、気の強そうな性格が読み取れる。
「よろしくお願いします。私はアルフェと申します。冒険者です」
「あなた、どこかいいとこのお嬢様? こんな奴らに、そんなかしこまる必要なんてないわよ」
「そうだな、マーガレットじゃないけど、もっと気軽に話してくれていいよ」
曖昧な微笑を浮かべて、アルフェがうなずく。
「タルボットさんが言ってたけど、結構色んなところに行ってるんだって? 結界の外にも行くの?」
ジェフリーが興味深げに尋ねた。
「はい、薬草などを摘んで……、それを組合に買い取ってもらっています」
「その年で? 大変だなぁ……」
ウィルヘルムとジェフリーの瞳に同情の色が宿る。
「結界の外なら、魔物だって出るだろ? 戦えるのかい?」
「はい、修行中の身ですが、たしなむ程度には」
「そうかぁ、でも今日は無理しなくていいぜ。何かあったら、俺が守ってあげるから!」
胸をたたいて、ウィルヘルムが言いきった。マーガレットは、さっきから鼻の下を伸ばす幼なじみに渋い表情をしている。
「はい、よろしくお願いしますね」
アルフェはもう一度繰り返した。
一行が町を出発してから目的地までは、特に何事も無く進んだ。実戦経験は少ないといったが、剣術指南所では野営の訓練なども一通り行うし、度胸試しで、森のゴブリンと戦いに行ったことくらいはあるそうだ。キャンプを張る時も、青年達の行動は手馴れているように見えた。
「遺跡には、それほど強いモンスターは出現しない。せいぜい墓荒らしかスケルトンくらいさ。昔は侵入者よけの罠なんかもそれなりにあったらしいんだけど、ほとんど解除されてる」
「そこで何を探すんですか?」
「その遺跡は、すっごく大昔に作られたものらしくてさ。なんでも、帝国ができるよりもずっと前からあるんだって」
アルフェに説明をしているのはジェフリーだ。冒険者志望というだけあって、彼らは一応は目的地の情報を収集してあるようだ。
「歴史学者たちには、それこそ何でも喜ばれるらしいよ。何かの道具とか……、文字の書いてある石盤なんかも。持って帰れば、買い取ってくれるってさ」
「まあ、しけた依頼だけどね。こういうところから、冒険者のキャリアっていうのが始まるのさ」
「なんであんたそんなに偉そうなのよ、ウィル」
三人は、ベルダンの町で幼なじみとして育ったそうだ。気の置けない間柄、という奴だろうか。今まで歳の近い友人を持たなかったアルフェには、彼らの関係が少しうらやましい気もした。
「ああ、やっぱり墓荒らしがいる」
遺跡に着くなり、ジェフリーがそう言った。遺跡とはいっても、平原の中の開けた土地に、いくつか古い建物の基礎が点在しているだけだ。
ジェフリーが墓荒らしと言ったのは、ゴブリンよりもさらに小型の人型生物で、インプとも呼ばれる魔物のことだ。
彼らは臆病な性格で、人間などの自分より大きな生物を直接襲うことはまず無い。その代わり、生物の死骸や、行き倒れた旅人の荷物などを漁る性質があるそうだ。墓荒らしと呼ばれるのは、まれに人里の墓地を掘り返してしまうこともあるからだ。そんなこともあって、魔物の中では危険は少ないが、嫌われる存在だった。
インプたちは、粗末なつるはしのような道具を使って、せっせと遺跡の地面を掘り返している。
「ほっとこう。あいつらは、人間には怖がって近寄ってこないから……。それよりも、スケルトンなんかが居ると困る。一度周囲を調べておくか。ジェフ、行こう」
「うん」
青年二人は、アルフェとマーガレットに、ここで待っててくれと言い置いて見回りに行った。人影に気づいたインプたちが、慌ててどこかへ逃げ去っていく。
「じゃあ、私たちはテントでも張ってようか」
「はい」
マーガレットに言われ、アルフェと彼女は探索のための拠点を設営し始めた。
見晴らしの良い草原が夏の風になびき、遠くには白い雪をかぶった山脈が見える。魔物がいることを除けば、とてものどかな光景だ。
ウィルヘルムの言ったとおり、遺跡のあちらこちらにはスケルトンが徘徊していた。しかし、沼地のスケルトンよりも数はずっと少なく、ウィルヘルムとジェフリーが一体ずつ仕留めていった。
「やっぱりスケルトン相手には、こっちの方が調子がいいね」
二人は剣術の指南所に通っていると言っていたが、ジェフリーがメイスを装備してきたのは、スケルトン対策だったようだ。ウィルヘルムの長剣よりも、ジェフリーのメイスの方がスケルトンたちに効率的に損傷を与えている。
青年二人がスケルトンを大方駆逐したところで、四人は遺跡の調査を開始した。
「当たり前だけど、やっぱり大したものは無いなあ」
半日ほど調査したところで、ウィルヘルムが疲れた声で愚痴をこぼした。調査の結果、古代の欠けた食器や、短い文が書かれた石盤のかけらなどが見つかったが、どれもそれほど価値があるようには見えない。
「まあ、それは分かってたことだしね……。今回は練習みたいなものさ」
ジェフリーが強がったが、彼も気落ちした様子は隠せていない。
「あたしは別にいいんだけどさぁ。初めっから、そんな上手くいくわけないじゃん。やっぱり甘く見てたんだよ」
マーガレットがずけずけと言う。幼なじみの容赦ない発言に、二人の青年は少々誇りを傷つけられたようだ。
「いやっ! もう少し探せば、まだ何かあるかもしれないし……!」
彼らは再び探索を始めてしまった。マーガレットは呆れていたが、何だかんだ付き合ってあげているあたり、面倒見はいいのだろう。アルフェも三人に従って、遺跡の調査を続けた。
しかし結局、その日は他に何も見つからなかった。探索はまた明日ということで、一行は遺跡を見下ろす丘の上で野営をした。
夜、焚き火を囲んで4人で座る。ウィルヘルムとジェフリーは、意気揚々と町を出発したときよりも、何となく元気を失っていた。
「……あんたら、やっぱり冒険者なんて考え直したら? 向いてないんじゃない?」
夕食の後、石に腰掛け頬杖を突いていたマーガレットが口を開いた。彼女は最初から渋々といった感じで付いてきていたが、そもそも彼女は、ウィルヘルムとジェフリーが冒険者になろうとしていることを、あまり心良く思っていないようだ。
「マーガレットさんは、冒険者がお嫌いなんですか?」
「あ、いや、アルフェちゃんのことを悪く言ってるんじゃなくってさ……。別に好き好んで、危険な仕事なんかしなくてもさ。剣が振りたいんだったら、衛兵とかになればいいじゃんって」
両手で短弓をもてあそびながら、マーガレットがそう言う。
彼女の感覚は、町の人間としてはおかしくない。結界の外での仕事を生業とする冒険者は、必要とされることはあっても、決して真っ当な市民の就く仕事としては認識されていなかった。
「……でもなぁ、あの町で一生衛兵なんて、そんなのさぁ……」
そうこぼしてため息を吐く、ウィルヘルムの気持ちも分かる。彼くらいの年頃の男にはよくあることだ。
町の若者の多くが、家業と関係の無い剣術や槍術の指南所に通うのは、何も衛兵になりたいからではない。抜群の技量を示して、帝都の騎士団にスカウトされる――。そういう物語を夢想したことが無い者など、彼らの中に数えるくらいしかいないだろう。
「衛兵いいじゃん! あの町なら、戦争とかの危険もあんまないだろうしさ。……普通に町で暮らしてさ。――お、奥さんとかもらって。それで何がダメなのよ」
「夢がないじゃないか、そんなの」
「――っ!」
冒険者は真っ当な市民とは見なされないが、一つの町に縛られないその生き方、自由を体現したような人生に、ある種の憧れを抱く者も少なくない。力の有り余った若者なら、なおのことだろう。
だからこそ、彼も冒険者として身を立て、吟遊詩人に歌われるような英雄になろうと思ったのだ。
「何よ。そんなにあんた、ベルダンから出ていきたいの……?」
小さくつぶやいたマーガレットが、ウィルヘルムから目を背ける。焚き火の灯りが、彼女の顔に濃い影を作った。
「……いやあ、青春だよね」
「……? どういうことですか?」
二人のやり取りを見て、ジェフリーがアルフェに小声でささやいた。彼が言ったことの意味は、アルフェにはよく分からなかった。