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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第一章 第四節
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22.草原の遺跡

「とりあえず改めて自己紹介しとこうか。俺はウィルヘルム、知り合いは皆、ウィルって呼んでる。一応は……、剣士だな」


 そう言うとウィルヘルムは腰の長剣を持ち上げた。


「剣術指南所の若手の間じゃ一番なんだ。剣の腕には期待してくれていいぜ」

「三番手じゃなかったの?」

「茶化すなよ、マーガレット。で、こっちがジェフリー。幼なじみで、指南所の同期さ」


 よろしく、とジェフリーが頭を下げる。縮れた赤毛の青年だ。


「剣はダメだけど……、こいつはすごいんだぜ。魔術が使えるんだ」

「やだなぁウィル。少しだけだよ」


 謙遜しながらも、ジェフリーの顔は誇らしげだ。


「そうなのですか?」


 アルフェの目が好奇心で輝いた。自分やマキアスが治癒術を使ったことはあるが、戦闘用の魔術を使う人間と、今まで共に戦ったことはない。


「実家が道具屋だから、簡単な魔術の道具なんかも置いてあるんだ。それでね」


 ジェフリーがへへんと笑う。続いてウィルヘルムは、彼の隣に立つ、長い髪を後ろで一つにまとめた少女を指さした。


「こっちがマーガレット。親父さんが狩人のギルドに所属してて……、まあ、こいつも狩人なのかな?」

「別に狩人ってわけじゃないけどね。一通りの探査や追跡の技術は、お父さんに習ってるから」

「マーガレットさんも、冒険者を目指していらっしゃるんですね」

「違うわ。私はただ、付いて来てくれってこいつらに泣きつかれただけよ」


 マーガレットが肩をすくめた。その仕草からも言葉からも、気の強そうな性格が読み取れる。


「よろしくお願いします。私はアルフェと申します。冒険者です」

「あなた、どこかいいとこのお嬢様? こんな奴らに、そんなかしこまる必要なんてないわよ」

「そうだな、マーガレットじゃないけど、もっと気軽に話してくれていいよ」


 曖昧な微笑を浮かべて、アルフェがうなずく。


「タルボットさんが言ってたけど、結構色んなところに行ってるんだって? 結界の外にも行くの?」


 ジェフリーが興味深げに尋ねた。


「はい、薬草などを摘んで……、それを組合に買い取ってもらっています」

「その年で? 大変だなぁ……」


 ウィルヘルムとジェフリーの瞳に同情の色が宿る。


「結界の外なら、魔物だって出るだろ? 戦えるのかい?」

「はい、修行中の身ですが、たしなむ程度には」

「そうかぁ、でも今日は無理しなくていいぜ。何かあったら、俺が守ってあげるから!」


 胸をたたいて、ウィルヘルムが言いきった。マーガレットは、さっきから鼻の下を伸ばす幼なじみに渋い表情をしている。


「はい、よろしくお願いしますね」


 アルフェはもう一度繰り返した。


 一行が町を出発してから目的地までは、特に何事も無く進んだ。実戦経験は少ないといったが、剣術指南所では野営の訓練なども一通り行うし、度胸試しで、森のゴブリンと戦いに行ったことくらいはあるそうだ。キャンプを張る時も、青年達の行動は手馴れているように見えた。


「遺跡には、それほど強いモンスターは出現しない。せいぜい墓荒らしかスケルトンくらいさ。昔は侵入者よけの罠なんかもそれなりにあったらしいんだけど、ほとんど解除されてる」

「そこで何を探すんですか?」

「その遺跡は、すっごく大昔に作られたものらしくてさ。なんでも、帝国ができるよりもずっと前からあるんだって」


 アルフェに説明をしているのはジェフリーだ。冒険者志望というだけあって、彼らは一応は目的地の情報を収集してあるようだ。


「歴史学者たちには、それこそ何でも喜ばれるらしいよ。何かの道具とか……、文字の書いてある石盤なんかも。持って帰れば、買い取ってくれるってさ」

「まあ、しけた依頼だけどね。こういうところから、冒険者のキャリアっていうのが始まるのさ」

「なんであんたそんなに偉そうなのよ、ウィル」


 三人は、ベルダンの町で幼なじみとして育ったそうだ。気の置けない間柄、という奴だろうか。今まで歳の近い友人を持たなかったアルフェには、彼らの関係が少しうらやましい気もした。


「ああ、やっぱり墓荒らしがいる」


 遺跡に着くなり、ジェフリーがそう言った。遺跡とはいっても、平原の中の開けた土地に、いくつか古い建物の基礎が点在しているだけだ。


 ジェフリーが墓荒らしと言ったのは、ゴブリンよりもさらに小型の人型生物で、インプとも呼ばれる魔物のことだ。

 彼らは臆病な性格で、人間などの自分より大きな生物を直接襲うことはまず無い。その代わり、生物の死骸や、行き倒れた旅人の荷物などを漁る性質があるそうだ。墓荒らしと呼ばれるのは、まれに人里の墓地を掘り返してしまうこともあるからだ。そんなこともあって、魔物の中では危険は少ないが、嫌われる存在だった。


 インプたちは、粗末なつるはしのような道具を使って、せっせと遺跡の地面を掘り返している。


「ほっとこう。あいつらは、人間には怖がって近寄ってこないから……。それよりも、スケルトンなんかが居ると困る。一度周囲を調べておくか。ジェフ、行こう」

「うん」


 青年二人は、アルフェとマーガレットに、ここで待っててくれと言い置いて見回りに行った。人影に気づいたインプたちが、慌ててどこかへ逃げ去っていく。


「じゃあ、私たちはテントでも張ってようか」

「はい」


 マーガレットに言われ、アルフェと彼女は探索のための拠点を設営し始めた。

 見晴らしの良い草原が夏の風になびき、遠くには白い雪をかぶった山脈が見える。魔物がいることを除けば、とてものどかな光景だ。


 ウィルヘルムの言ったとおり、遺跡のあちらこちらにはスケルトンが徘徊していた。しかし、沼地のスケルトンよりも数はずっと少なく、ウィルヘルムとジェフリーが一体ずつ仕留めていった。


「やっぱりスケルトン相手には、こっちの方が調子がいいね」


 二人は剣術の指南所に通っていると言っていたが、ジェフリーがメイスを装備してきたのは、スケルトン対策だったようだ。ウィルヘルムの長剣よりも、ジェフリーのメイスの方がスケルトンたちに効率的に損傷を与えている。

 青年二人がスケルトンを大方駆逐したところで、四人は遺跡の調査を開始した。


「当たり前だけど、やっぱり大したものは無いなあ」


 半日ほど調査したところで、ウィルヘルムが疲れた声で愚痴をこぼした。調査の結果、古代の欠けた食器や、短い文が書かれた石盤のかけらなどが見つかったが、どれもそれほど価値があるようには見えない。


「まあ、それは分かってたことだしね……。今回は練習みたいなものさ」


 ジェフリーが強がったが、彼も気落ちした様子は隠せていない。


「あたしは別にいいんだけどさぁ。初めっから、そんな上手くいくわけないじゃん。やっぱり甘く見てたんだよ」


 マーガレットがずけずけと言う。幼なじみの容赦ない発言に、二人の青年は少々誇りを傷つけられたようだ。


「いやっ! もう少し探せば、まだ何かあるかもしれないし……!」


 彼らは再び探索を始めてしまった。マーガレットは呆れていたが、何だかんだ付き合ってあげているあたり、面倒見はいいのだろう。アルフェも三人に従って、遺跡の調査を続けた。


 しかし結局、その日は他に何も見つからなかった。探索はまた明日ということで、一行は遺跡を見下ろす丘の上で野営をした。

 夜、焚き火を囲んで4人で座る。ウィルヘルムとジェフリーは、意気揚々と町を出発したときよりも、何となく元気を失っていた。


「……あんたら、やっぱり冒険者なんて考え直したら? 向いてないんじゃない?」


 夕食の後、石に腰掛け頬杖を突いていたマーガレットが口を開いた。彼女は最初から渋々といった感じで付いてきていたが、そもそも彼女は、ウィルヘルムとジェフリーが冒険者になろうとしていることを、あまり心良く思っていないようだ。


「マーガレットさんは、冒険者がお嫌いなんですか?」

「あ、いや、アルフェちゃんのことを悪く言ってるんじゃなくってさ……。別に好き好んで、危険な仕事なんかしなくてもさ。剣が振りたいんだったら、衛兵とかになればいいじゃんって」


 両手で短弓をもてあそびながら、マーガレットがそう言う。

 彼女の感覚は、町の人間としてはおかしくない。結界の外での仕事を生業とする冒険者は、必要とされることはあっても、決して真っ当な市民の就く仕事としては認識されていなかった。


「……でもなぁ、あの町で一生衛兵なんて、そんなのさぁ……」


 そうこぼしてため息を吐く、ウィルヘルムの気持ちも分かる。彼くらいの年頃の男にはよくあることだ。

 町の若者の多くが、家業と関係の無い剣術や槍術の指南所に通うのは、何も衛兵になりたいからではない。抜群の技量を示して、帝都の騎士団にスカウトされる――。そういう物語を夢想したことが無い者など、彼らの中に数えるくらいしかいないだろう。


「衛兵いいじゃん! あの町なら、戦争とかの危険もあんまないだろうしさ。……普通に町で暮らしてさ。――お、奥さんとかもらって。それで何がダメなのよ」

「夢がないじゃないか、そんなの」

「――っ!」


 冒険者は真っ当な市民とは見なされないが、一つの町に縛られないその生き方、自由を体現したような人生に、ある種の憧れを抱く者も少なくない。力の有り余った若者なら、なおのことだろう。

 だからこそ、彼も冒険者として身を立て、吟遊詩人に歌われるような英雄になろうと思ったのだ。


「何よ。そんなにあんた、ベルダンから出ていきたいの……?」


 小さくつぶやいたマーガレットが、ウィルヘルムから目を背ける。焚き火の灯りが、彼女の顔に濃い影を作った。




「……いやあ、青春だよね」

「……? どういうことですか?」


 二人のやり取りを見て、ジェフリーがアルフェに小声でささやいた。彼が言ったことの意味は、アルフェにはよく分からなかった。

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