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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第四章 第六節
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194.宣告

「じゃあ、会議を始めようか」


 神殿騎士団の紋章を背後に、円卓の座席に着いたヴォルクスが言った。

 それは、彼らだけで国を滅ぼす力を持った集団の会議の始まりとは、とても思えない気軽な調子の台詞だった。


 神殿騎士団本部要塞内にある専用の部屋。十二の席があるパラディンの円卓には、六名しか座っていない。

 パラディン筆頭にして神殿騎士団第一軍団長のヴォルクス・ヴァイスハイト、次席にして第二軍団長のアレクサンドル・ゴッドバルト、第三席のランディ・バックレイ、第六席のケルドーン・グレイラント、第七席のシモン・フィールリンゲル、そして、第十二席のロザリンデ・アイゼンシュタイン。

 八席と十席は元々空席で、十一席は先年死亡した。残る四席、五席、九席は、帝都の外での任務中だ。

 最大定員の半数しかこの場に居ない、という計算になる訳だが、そもそも普段は個々の任務に就いているパラディンが、こうやって集まる事自体がとても珍しい。彼らは一人一人が、万の兵と正面から戦える実力を有している。それが六名居れば、大抵の事は出来てしまうだろう。


「今回皆に集まってもらったのは、総長と総主教様の要請があったからだ」


 ヴォルクスは、他の五人を見渡した。慣例に基づき、筆頭の彼が司会として会議を仕切っている。

 パラディン以外には、この円卓の間に立ち入る事すら許可されていない。ヴォルクス以外の五人は、ヴォルクスに視線を向けている者、他のパラディンを見ている者、ただ虚空を見つめている者と、各々がばらばらの態度を取っている。


「ランディやシモンは、呼びつけておいて待たせる結果になったが、出来るだけ多くのパラディンの同意を得たいというのが、お二人のご希望だった。すまない」

「ヴォルクス様が詫びられる必要なんてありませんよ。ね、ランディさん」


 背筋を伸ばして椅子に座り、明朗な声で言ったのはシモンだった。若い彼は、ヴォルクスに対する尊敬の態度を隠そうともしていない。彼に同意を求められたランディは、両腕を垂れ下げるようにしてだらしなく背もたれに寄りかかり、ぼんやりと天井を見ている。


「それで、お二方は、我々に何を話せと仰っておられるのですか?」


 短髪の壮年の男、第六席のケルドーン・グレイラントが発言した。ヴォルクスは頷き、二通の手紙を円卓の上に置いた。


「この書簡についてだ。――皆、中を確認して欲しい。私はもう読んだ」


 これはノイマルク伯から、総長と総主教宛てにそれぞれ届けられたものだと、ヴォルクスは注釈を加えた。手紙はパラディンたちの手を渡り、素早く読み下されていく。ランディが「なんだこりゃ」とつぶやいて眉をひそめ、ケルドーンの顔には、明らかな怒りの色が見えた。

 シモンまで手紙が渡ると、彼は次のロザリンデの席まで立ち歩いて、手紙を差し出した。席配置の関係上、この二人の間にいくつかの空席があったから、自然なことではあったのだが――


「どうぞ、アイゼンシュタイン卿」


 シモンがそう言うと、ロザリンデは無表情に、汚いものを指の先でつまむように、その手紙を受け取った。

 それは酷く侮辱的な動作に見えたが、シモンは笑顔を崩さなかった。


「皆、読んだな?」


 ロザリンデが手紙を読み切ると、ヴォルクスが言った。

 間髪入れず、ケルドーンが、不快感を隠さずに彼に尋ねる。


「何なのですか、これは」

「読んだ通りだよ、グレイラント卿」

「……ノイマルク伯は、どういうつもりでこれを?」


 手紙の内容は、二通とも似たようなものだった。そこには、ノイマルク伯ルゾルフの直筆で、神殿騎士団と神聖教会を悪し様に罵る言葉が連ねられている。その文は騎士団と教会を批判するだけでなく、最終的には総長や総主教個人への侮辱にまで及んでいる。

 ランディが、理解しかねるという顔で言った。


「偽物じゃないのか? まともな奴が、こんなもん書かんだろ」


 それは当然の疑念であった。伯の名前で手紙を出すという事は、それがどんな些細な内容であれ、公式の書簡になる。僅かな失言が命取りになりかねない政治の世界で、下手をすれば宣戦布告と取られてもおかしくない文章の手紙を寄越すとは、正気では不可能だ。

 それとも、ノイマルク伯は本当に教会に喧嘩を売っているのだろうか。ランディは信じられず苦笑した。

 それに対し、残念だが本物だと、ヴォルクスは表情を曇らせた。


「書簡に施された魔術封印は、確かなものだった。こちらでも既に、厳重な鑑定を行っている。その結果、これは間違い無く、ノイマルク伯直筆の書簡だと分かった。偽書ではないし、改竄された疑いも無い」

「本当かよ……。総主教はしみったれのクソ野郎だ、か。まあ、確かにあの爺さんはそうかもな。で、こんな手紙が届いたから何だって?」

「お二人は、非常にお怒りだ」

「当然でしょう。許されません、こんなものは」


 手紙にはパラディンへの罵倒も含まれていたのに、ヴォルクスは冷静であった。ケルドーンが怒りに顔を紅潮させているのとは対比的だ。


「グレイラント卿の言う通り、これを看過することはできない。ノイマルク伯ルゾルフに対する厳しい措置を講じたいと、お二人も言っておられた」


 自分たちが呼び集められた理由を、パラディンの面々は理解した。しかし、それで具体的に、自分たちに何をしろというのかと、シモンがヴォルクスに尋ねた。


「僕らが、ノイマルクに派遣されるという事でしょうか。……ああ、そう言えば、エドガーさんはトリールにいらっしゃいますね。ノイマルクの隣ですけど」

「うん、エドガーの派遣も、元はと言えば総長からの要請だった。それに加えて、誰かを派遣できないかという相談を受けた。だが、この上に追加のパラディンを派遣することは、私としては見送りたい。お二人にはそう伝えた」

「――なぜ?」


 そこで初めて発言したのは、次席のアレクサンドル・ゴッドバルトだった。五十歳手前に見える偉丈夫は、今の今まで会議の進捗を黙って見守っていた。そして、今の「なぜ」は、かなり強い声で言われた。他の面子は黙り込み、筆頭と次席の顔色を交互に見ている。

 ヴォルクスは微笑んで、その、自身の判断に対する批判とも取れそうな問いに答えた。


「パラディンの数は限られている。この上に、あの地域に人を割くことはできないからですよ、ゴッドバルト卿」


 ヴォルクスは、アレクサンドルに対してだけは、少し丁寧な言葉遣いをした。

 パラディンは忙しい。神殿騎士団の象徴として、彼らには帝国や近隣諸国でこなさなければならない仕事が山ほど有る。既にトリール・ノイマルクには、エドガー・トーレスが派遣されている。それに加えて誰かを送るのはやり過ぎだ。彼の説明には、一つの道理が通っていた。


「そうですね、その通りだと思います」


 シモンもヴォルクスに同意した。


「これを理由にして、僕らにノイマルク伯を殺せと言うんでしょうか? それは果たして、パラディンの任務と言えるでしょうか」


 ノイマルク伯の書簡の内容は確かに問題が有るが、それを以てパラディンを追加で送り込むのは、トリールとノイマルクの間で行われている紛争に、神殿騎士団が加担するかのようにも見える。

 ヴォルクスの言葉を補足するようなシモンの意見に対して、アレクサンドルは何も言わない。ケルドーンは、アレクサンドルに同調するように、ヴォルクスに対して懐疑的な目を向けている。

 最大で十二人しかいないパラディンだが、ここまでのやり取りからは、この少数の中ですら、派閥のようなものがあることを伺わせる。


「ゴッドバルト卿、あなたも、本当ならば東方にいなければならない。わざわざ帰国してもらったのはご苦労でしたが」


 ヴォルクスがアレクサンドルにそう言っている。ランディは興味が無さそうに鼻で笑うと、ぼりぼりと頭を掻いた。


「ならば、この会議に何の意味がある?」


 アレクサンドルが、口を開いた。


「総長と総主教様は、ノイマルク伯への厳罰をお望みなのだろう? 筆頭の意見は分かったが、だからと言って、この書簡は見過ごして良い内容では無い。そうすれば、教会と騎士団の威光に、取り返しのつかない傷を残す」


 それもまた、道理であった。

 ヴォルクスは頷いた。


「そうですね。パラディンの追加派遣は見送りますが、教会が伯に懲罰を与えるのを止める権限は、我々にはありません。私としても、止めるつもりは無い」


 そこでヴォルクスは口調を改め、全員に向けて結論を申し渡した。


「――総主教様は、既にある決定を下された。我々には、ただその決定を承知してもらいたいということだ」


 そしてヴォルクスが、総主教から出されたノイマルク伯への処分の内容を明らかにした。大半の顔に、驚きが走る。ロザリンデですら、少し驚いたようだった。


「そんなことを、曲がりなりにも伯相手に? 思い切ったもんだ」

「やむを得ません。あの侮辱的な書簡は、それだけのものでした」


 ランディとケルドーンが口々に言う。シモンが一つ、疑問を投げかけた。


「ノイマルク筆頭将軍のベレン・ガリオ殿にまで、その処分が及んでいる理由は何ですか?」


 処分には何故か、ノイマルク伯だけでなく、彼の臣下の何名かが連座していた。ランディも、俺もそれが気になったと言った。


「伯が血迷ったからって、家臣にまでそんな罰を与えるのか?」

「総主教様には、私もそう申し上げたんだが――」

「主君の罪は、諫められなかった臣下の罪だ」


 アレクサンドルが、ヴォルクスの言葉を遮った。


「それらの臣下も、ノイマルク伯の増長を招いている原因と見なされたということだろう」

「無理矢理な理屈じゃないか?」

「総主教様の決定ならば、我々に反対する余地は無い」

「おい、ちょっと待てよ」


 ランディの反論に、アレクサンドルは耳を貸さなかった。

 他のパラディンたちにしても、自分たちに匹敵する実力を持つというベレン・ガリオの名前を知ってはいても、ベレン個人を詳しく知るわけではない。ランディ以外には、ノイマルク伯は当然のこと、その臣下に対して本気で同情の色を見せた者はいなかった。

 加えてアレクサンドルの言う通り、教会がその権限に基づいて下す罰を、そもそもこの会議で覆すことはできない。

 さっきヴォルクスが言った通り、なるべく多くのパラディンにこれを承知してもらいたい、そのためだけに、彼らは呼び集められたようだった。


「――ふんッ」


 やがて、ランディも何か言うことを諦めた。

 結論をまとめるかのように、改めて一同を見渡しながら、ヴォルクスが発言する。


「では、そういうことだ諸君。教会による処分は別として、我々パラディンと神殿騎士団は、ノイマルクに追加の人員を派遣することは無い。ただ、既に派遣されたトーレス卿が、自らの判断で動くことはあるかもしれない」


 その下りを聞いて、全員がさもあろうという表情をした。

 この処分の内容を考えれば、そして彼らが知るエドガー・トーレスという男の性格を考えれば、それは当然だ。

 最後にヴォルクスは、ノイマルク伯に下された教会処分の内容を、もう一度繰り返した。


「神の名において、その代理たる総主教様の判断に基づき、ノイマルク伯ルゾルフと、ノイマルク筆頭将軍ベレン・ガリオたちに、破門宣告が下される」


 これで彼らは、この地上における法の外に置かれる。ヴォルクスはそう結んだ。

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― 新着の感想 ―
主君を諫められないのは臣下の罪 これはまさしくパラディンにも当てはまりますね その罪は誰が裁くのか、裁けるのか
[気になる点] 何をどうすればここまで無能に育つのか不思議なくらい酷いけどルゾルフのおっさんは今まで何して生きてきたの?
[一言] ベレン将軍完全にとばっちりだな。 それにしてもなんで宮宰じゃなくて筆頭将軍なんだろうか?
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