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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第四章 第六節
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189.招集

 帝都にある神殿騎士団本部要塞ワルボルクには、今日も訓練に励む騎士候補生のかけ声や、神に対する祈りの賛歌が響いている。要塞内では騎士や騎士候補生の他にも、要塞の雑務を担う者や、何らかの用が有って出向している教会関係者など、多くの人間が働いている。

 その日の騎士団本部は、どこかいつもと様子が異なっていた。朝から何か、形容しがたい緊張した空気が漂っているのだ。何かが重くのしかかったような、どことなくぴりぴりとして不安を抱かせる、そんな空気である。

 そして、その本部内の通路を、二人の男が歩いていた。一人は年若い青年で、一人はくたびれた、四十手前くらいの男だ。両者の出で立ちは神殿騎士のそれであるが、青年が一分の隙無く騎士服を着こなしているのに対して、中年男はズボンからシャツの裾をはみ出させ、ひどくだらしない格好をしている。


「わざわざ僕らを招集するなんて、何があったんでしょうか、ランディさん」

「俺がそんなこと知るかよ、シモン。ヴォルクスにでも聞けよ」

「ランディさんも聞かされていないんですか? 意外ですね」

「当たり前だ。俺に知らせて何になるってんだ。第一、何があっても、俺は興味ねぇよ」


 ランディと呼ばれた年嵩の男が、あくびをかみ殺しながら言いうと、シモンと呼ばれた青年は呆れた表情で嘆いた。呆れ顔でも、この青年は驚くほどに整った顔立ちをしている。


「相変わらずやる気が無いですね……。もう少しシャキッとして下さい。ヴォルクス様は、ランディさんのことを認めていらっしゃるんですから」

「ははッ、光栄なことだなぁ」


 今日の騎士団の重たい空気には、この二人にも、それを作りだした原因の一端があった。二人とすれ違う騎士団員が、全員はじかれたように通路の端に寄り、額に汗を浮かべながら敬礼している事からも、それが分かる。

 年嵩の男の名前は、パラディン第三席のランディ・バックレイ。青年の方は、第七席のシモン・フィールリンゲル。即ち、この二人は二人ともに、神殿騎士団の最高峰たるパラディンに席を与えられた人間なのだ。


「パラディンが集まるなんて、イジウスさんが亡くなられて以来です。こんなこと、早々無いですよ」

「生意気言いやがる。お前は一昨年パラディンになったばっかりだろうが」

「もう五年経ちましたって」

「……そうだったか? ま、似たようなもんだろ」

「老化の証拠ですよ、それ」

「うるせぇ」


 ランディがシモンを小突こうとすると、シモンはそれをすっとかわした。

 二人の話は、年の離れた同僚の何気ない会話のように聞こえる。だが、忘れてはならない。彼らがパラディンということは、どちらも一万の軍勢を相手取って、互角に戦える力があるということだ。

 他の騎士団員たちが彼らに道を空けるのは、パラディンという位に敬意を払ってという事もあるが、そこには危険な猛獣を恐れて遠巻きにするような意味合いも、多分に含まれていたに違いない。


「招集って大げさに言ってみても、どうせ半分も集まらねぇだろ」

「そうかもしれません。モナシュさんやエドガーさんも帝都外での任務ですから。あ、でも、ゴッドバルト様は帰ってくるみたいですよ」

「……へぇ、第二団長様は国外じゃなかったのか。わざわざ、このために帰国するのか?」

「やっぱり、興味あるんじゃないですか」


 そう言ったシモンが、溌剌とした笑顔を見せた。彼は剣の腕以外に、その容姿でも帝国で一、二を争うと言われる美青年だ。年頃の娘が今の彼を見れば――いや、年頃でなくとも、女ならば誰でも心を奪われるに違いない。あるいは男でも感情が揺さぶられる。シモンはそれほどの美形だった。

 しかしランディは慣れたもので、はいはいと聞き流しながら、目的地の部屋の扉を開けた。


 そこは、談話室を兼ねた応接間の一つだった。

 さっき彼らが言ったように、パラディンは常に全員が帝都にいるとは限らない。この二人も、先日までは別の土地での任務に就いていた。たまたま近場に居た上に、彼らでなくても務まる任務だったから、比較的早く帝都に戻ってこられたが、他のパラディンが集まるには、まだ時間がかかる。

 だから、もう何日かは本部で時間を潰す必要があるだろう。という事で、この部屋にくつろぎに来たのだ。


「会議がどうこうより、こうしてしばらくゆっくり出来るって事の方が、俺には重要だな」


 ランディがどっかりとソファに腰を下ろすと、シモンが彼に尋ねてくる。


「ランディさん、お茶でも飲みますか?」

「ああ、頼むぜ」


 と言っても、パラディンが手ずから茶を入れる必要など無い。シモンはベルを鳴らし、応接間の当番になっている従士の少年を呼ぶと、茶と菓子の用意を言いつけた。

 会話が途切れ、手持ち無沙汰な時間が流れる。ランディは足を組み、両腕を大きく拡げてソファに背中を預け、天井を見上げた。


「暇だな……」

「ゆっくりしたいんじゃなかったんですか?」

「一々揚げ足を取るな。……おい、シモン、何か面白い話でもしろよ」

「無茶ぶりしますね……」

「悪いかよ。俺はパラディンの先輩だぜ?」


 仕方ない先輩ですねと、シモンは苦笑した。


「そうですね……。……じゃあ、さっきの話の続きですけれど、ロザリンデさんも、帝都に帰ってきているそうですよ」

「げ」

「どうしました?」

「いや、やっぱり別の話をしようぜ」

「……?」

「そうだな、先輩の俺が話題を提供するべきだな。う~む……」


 シモンの口から、同僚のロザリンデ・アイゼンシュタインの名前が出ると、ランディは顔色を変え、露骨に話を逸らした。彼は無理矢理新しい話題をひねり出そうと、しばらく天井を見上げて唸っていたが、やがて手を叩いた。


「おお、そうだ! お前、聞いたか? 最近ヴォルクスの部屋に、女が出入りしてるらしいぞ。驚きだな。あの野郎も、ついにそういう女が出来たか」

「ああ、その女性なら知ってますよ。北大陸から魔術留学に派遣されてきた人で、ヴォルクス様のご友人の娘さんだそうです。恋人とかじゃありません」

「なんだ、そうなのか」


 ランディはシモンの方に顔を向けると、しらけた表情をした。今まで女っ気の無かったパラディン筆頭のヴォルクス・ヴァイスハイトに、親密にしている女性ができたとなれば、これは恰好の話題だと思ったのだが、そう考えたのはランディだけだったようだ。


「それよりも、ロザリンデさんが――」

「その娘は黒髪だってよ。黒髪って言ったら、教会じゃ忌み子なのにな。北の奴らはそういうのにはこだわらないのかねぇ」

「そもそも迷信ですよ、そんなの。イジウスさんが生きてたら、何て言ったか分かりませんけど」

「あいつはそういうのを気にする奴だったからなぁ」

「それはそうと、ロザリンデさんが――」

「第三食堂が工事中だってな。あそこは雨漏りが酷かったからしょうがいな、うん」


 シモンがロザリンデのことを話そうとするたび、ランディは話を別の方向に持っていこうとする。彼には余程、ロザリンデのことを話題にしたくない理由があるようだった。

 彼らがそうやって駄弁っていると、従士の少年が茶を運んできた。パラディンは、このような騎士を目指す少年従士にとっては最高の憧れである。それを二人同時に間近に出来て、高揚が半分、粗相をしてはならないという緊張が半分、カップを置く少年の手は細かく震えていた。


「お疲れさん。ありがとうな」


 退出間際、ランディにそんな声をかけられると、少年の顔は輝いた。少年が出て行ったあと、ランディはやれやれとため息をついた。


「お前にだって、あんな純粋な時代があっただろうになぁ……」

「何か言いました?」

「言ってねえ」


 茶を一息で飲み干し、菓子を頬張ると、ランディは立ち上がった。


「どこに行くんですか、ランディさん」

「ぶらついて来る。どうせ、全員集まるまで何日かあるんだ。会議がまだなら、いつまでもここにいたって仕方ないからな」

「あまりパラディンがだらしない格好でうろうろすると、総長に叱られますよ。僕も行きます」

「来なくていい」


 ランディは断ったのに、それでもシモンは付いて来た。お目付役のつもりのようだ。

 ぶらつくという宣言通り、彼らは要塞の中を当てもなくぶらついた。彼らが姿を見せた場所では、ちょっと一息ついていた団員たちも、慌てて立ち上がり仕事に戻る。ランディは、何だか彼らに悪い事をしている気になった。

 しかしやっぱり暇なので、ランディたちは訓練所にまでやって来た。真面目くさって鍛錬する気は、ランディには無い。ただただ、足が向いただけだ。訓練所にある運動場は広く、空も晴れ渡っている。ランディは眠気を堪えきれず、腕を伸ばして大あくびした。


「あ~あ、平和だなぁ。シモン、お前もそう思うだろ」


 彼の隣にいるシモンから、返事は無い。


「こんなに天気がいいと、騎士なんか辞めちまいたくなるなぁ」


 やはりシモンは何も言わない。別にいいけどなと思いつつ、ランディが彼を見ると、シモンはランディとは反対方向に顔を向けていた。


「おいシモン、返事くらいしろよ。それとも、何か面白いものでもあったのか? …………あ」


 ランディがシモンの見ている方角に視線をやると、運動場の反対側の端に、桃色がかった灰色の髪の乙女がいた。遠いが、あの特徴的な髪色は間違い無い。


「ロザリンデさん……」


 シモンが、恋焦がれるような声を出した。

 あれは、ランディたちよりも先に帝都に帰っていたという、パラディン末席のロザリンデ・アイゼンシュタインだ。

 しかもロザリンデは、珍しい事に男と会話をしている。それを目にして、シモンの奴はどう反応するのか。やはり部屋で大人しくしておくべきだった。これは面倒くさくなるぞと、ランディはうんざりした表情で思った。

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[一言] 事態をややこしくさせる要因だらけだなこりゃ…
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