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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第四章 第三節
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172.流民

「本当に……、本当に一人で……? いや、ベレン将軍の目が、確かだったということか。しかし、あの娘が本当に……? そんな、まさか」


 鉄柱の林を見下ろす丘の上で、アルフェの“戦果”を己の目で確認してきた兵長の顔は、引きつっていた。

 それは仕方ないだろう。自軍の英雄であるベレン・ガリオと同じ事が、あんな小娘に出来るなどと、本気にする訳がない。だが、鉄柱の林に紛れて転がる数多のエレメンタルの残骸が、それが事実なのだと兵長に教えていた。

 これをあの娘が独力で為したというのが本当なら、その力は間違いなく、ノイマルク軍内ではベレンに次ぐということになる。

 だから、兵長はこう言うしか無い。


「信じられん……」


 アルフェにとって、他人のこのような反応は、もはや一種の通過儀礼でしかないのだろうか。兵長が自分に向ける好奇と恐れの入り交じった視線を、彼女はただ受け流していた。

 ともあれ、アルフェによるノイマルク軍のための初仕事は、これで終わった。砦に戻れば、ベレンから報奨金が出るだろう。個人的な修行という観点から見ても、一つ小さな収穫があった事だしと、アルフェは概ね満足していた。


「あれを運ぶには、荷馬がもっと必要だな。増援を呼ぼう」


 野営地のある丘の上に戻ってくると、動揺から立ち直った兵長は、他の兵と打ち合わせを始めた。

 アルフェが倒したエレメンタルは、大小強弱合わせて二百体近い。折角だから、これを資源として有効利用したいと考えるのは当然だ。そうなると、首都ブレッツェンまで運ぶ必要があるが、この小隊だけでそれは無理だ。だから、近隣の砦から荷馬車を含めた輸送隊を寄越してもらう必要がある。そんな話をしている。


「……?」


 兵長たちの話が終わるのを、丘上から景色を眺めつつ待っていたアルフェの目に、気になるものが映った。

 鉄柱の林の更に向こうで、くすんだ色のみすぼらしい一団が、一塊になって荒野を移動している。自分の身体よりも大きな荷物を背負っている者、逆に何も手に持っていない者。老若男女が入り混じった、五十人ほどの集団だ。


「あの人たちは、何ですか?」


 アルフェは近くにいた若いノイマルク兵に、そう尋ねた。


「ああ、あれは……」


 兵は、とてつもない実力を持っているらしい少女にいきなり話しかけられて、ちょっと戸惑ったようだが、アルフェと同じ方角を見ると、複雑な表情をした。


「あれは流民ですよ。あの数は多分、どこかの村人が、村ごと土地を捨てたんでしょうね」

「流民……」


 アルフェは繰り返した。あれは、ノイマルクから他領へ脱出しようとする、流民の一団なのだという。


「どこで聞きつけたのかな……。ここのエレメンタルが討伐されるのを、どこかで見計らっていたんでしょう。エレメンタルが居る限り、ここの移動は無謀ですからね」


 アルフェがこの近隣の魔物を駆逐したことで、土地を捨てたがっていた民たちに、移動の機会が生まれたようだ。兵はそのように説明した。

 彼らが向かっているのは北東だ。ノイマルクから北東というと、大きな領邦としてすぐ思い浮かぶのはエアハルトだ。そこを目指すつもりだろうか。しかし、季節は冬で、エアハルトは遠い。数日がかりの旅になるだろう。


「まあ春も近いから、あの流民たちも、ちょっとくらい野宿しても死なないでしょう、多分。それに、エアハルト伯の領地までたどり着ければ、受け入れてもらえるかもしれないですし。……多分」


 兵の言葉は、アルフェの想像と一致していた。だが、エアハルト領にたどり着くためには、冬の屋外を野宿する以外に、魔物が出現する結界外の荒野を、数日間は歩かなければならないという事を意味している。

 既にあそこも結界の外だ。エレメンタルの大部分はアルフェが討伐したが、新しい個体は、またすぐに湧いて出てくる。

 ここを越えれば安全になるかと言えば、そうでもない。この先にある草原や丘陵は、エレメンタルより俊敏で、人間に対する敵対心の高い鳥や獣型の魔物が生息する。そういった地域の方が、彼らにとっては危険だろう。

 この季節なら、野宿しても凍死はしない。確かにそうだ。兵がさっき言った言葉は、アルフェも実体験として知っている。だが、魔物の出る、逃げ込める安全な場所のない荒野を、数日間。非力な農民が。見たところ、馬車すら無い。テントの一つも持っているかすら微妙だった。

 南から吹く冷たい風が、後ろで結わえたアルフェの銀髪を揺らす。アルフェは相変わらず流民の群れを見下ろしながら、兵に聞いた。


「いいんですか?」


 お前たちノイマルク兵が、ノイマルクの民が領外へ逃げようとするのを、黙って見逃しても良いのか。

 それよりも、途中できっと、彼らは死ぬ。それを見逃しても良いのか。


「さあ……」


 アルフェの問いに、兵はとぼけた。他の兵卒もあの流民には気付いているだろうに、特に何かする様子はない。責任者である兵長は、露骨に流民の方向に背中を向けて、彼らを視界に入れないようにしていた。

 見逃すという意味か、それとも見捨てるという意味か。判別は難しい。


「そろそろ、砦に戻る準備をして下さい。出発します」

「……」


 白々しく話題を変えた兵が、アルフェを馬車に促す。


「兵長たちは、ここに残って増援を待つそうです。我々だけでお送りします」


 兵に催促されてからも、アルフェはしばらく流民が歩く様を眺めていたが、やがて彼女も彼らに背を向けて、馬車に乗り込んだ。



「報告は聞いた。本当に良くやってくれた。助かったよ」


 グロスガウ砦に戻ったアルフェは、さっそくベレンの元に報告に出向いた。将軍は言葉通り、面倒な厄介ごとが一つ片付いたという明るい顔をしている。


「あそこの魔物を討伐するには一個中隊が必要だが、不用意に部隊を動かす訳にはいかなかったからな。かと言って、あのまま放置しておいたら、周りの住民の生活が成り立たなくなる。やはり、君に頼んで正解だった。あそこのエレメンタルは手強かっただろう?」

「……」

「どうした?」


 アルフェの頭の中には、戻る前に見た、流民の一団の姿が残っている。ベレンは民の生活を心配する台詞を口にしているが、ああした状況について、彼はどう思っているのだろう。

 アルフェは、少しだけ興味があった。


「いえ、満足していただけたなら」


 しかし結局、アルフェはその件について、ベレンに問いたださないことにした。彼女は曖昧な微笑みを浮かべた。


「ああ、満足だとも。これでしばらくの間、東の事は考えないで済む。とりあえず、君は休んで疲れを癒やしてくれ。まだやってもらいたい仕事はあるが、数日は――」


 ベレンの言葉は、ノックで遮られた。入ってきたのは一人の文官だ。文官はアルフェの方を見ないで、焦った様子でベレンに話しかけた。ベレンの顔が、にわかに曇る。


「しょ、将軍、よろしいでしょうか」

「何かあったのか。まさかまた――」

「は、はい……、あの」


 言い淀んでから、文官はアルフェを見た。どうやら、自分には聞かれたくない話題のようだ。そう判断したアルフェは、口を開いた。


「では、私はこれで失礼します。また依頼があれば、声をかけて下さい」


 部屋を出たアルフェは、砦に与えられている自分の部屋に向かった。軍用の砦は壁材の石がむき出しになっている部分が多く、無骨でどこか寒々しい印象がある。

 それでも、アルフェが与えられた個室は、寝床としては上等だ。客人用らしく、かなり広い上、専用の暖炉まである。砦付きの使用人によって、既に火が入れられていた暖炉の前にうずくまると、アルフェはぼんやりと炎を見つめた。


 ――あの、流民たちは……。


 どうなっただろう。運が悪ければ、もう既に全滅しているかもしれない。集団には、幼い子どもも混じっていた。あの子たちも、死んでしまったのだろうか。

 ああいうものは、これまでに訪れた土地でも見た。食べることに困って故郷を捨てる人間など、どこにでもいる。街道で魔物についばまれている行き倒れの死体だって、辺境では珍しくない。

 ただ、流民の数は、その領邦の状態を測る指標となる。例えばエアハルトでは、土地を捨てようとまで考える民の数は、皆無ではないにしてもごく少数のはずだ。トリールとの戦争の影響もあるのだろうが、それを考慮に入れても、このノイマルクの統治は、あまり上手くいっていないのかもしれない。


 ――……でも、私には関係ない。


 そうだ。そうしたことは自分には関係ない。皆――、アルフェを含めて、世の中の人間は全て、己が生きるのに精一杯だ。加えてアルフェには、師の敵を討つという重大な目標がある。あんなものに、一々かかずらわっている余裕はない。

 アルフェは自分の膝に、顔を埋めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんとに久々 関係ないといいつつ手が届く範囲なら助けるやつ
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