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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第三章 第三節
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123.パラディン

 要塞島とも呼ばれるバルトムンクの中州には、色街の他にも様々な施設がある。中には人目をはばかるようなものも多く、マキアスたちが向かっている地下闘技場は、その代表格だった。


「て言っても、この町に闘技場があるってのは有名な話だし、経営にはここの“城主”も関わってるらしい。公然の秘密って奴だな」

「はあ、そうなんですか」


 秘密どころか、賭けや何やらで毎夜賑わって、この都市の重要な収入源となっているそうだと、マキアスは事前に仕入れた情報を副官に語った。


「実際、見物するだけならそんなに難しくないってことだからな。俺たちでも入れるだろ、多分」

「あー、じゃあ、帝都の拳闘技場みたいなものですか?」

「あそこよりはずっと過激だ。真剣も使うし、死人が出るまで戦うこともある。魔物を捕らえてきて、戦わせたりもするらしい」

「魔物!? そんな、いくら結界の外だからって……」

「ここはそういう町なのさ」


 会話をしながら橋を渡った二人は、ごみごみとした市場のような所までやって来た。

どうやらそこも、あまりまっとうな場所ではないようだ。普通の市場と違い、並べてられている品々も、売っている人間の人相もどこか怪しい。


「情報だとこの辺らしいんだが……。おい、ここで買い食いなんかするなよ?」

「しませんよ。隊長は私を何だと思ってるんですか。……あ、あれ美味しそう」

「おいこら」


 脇道に逸れていこうとする副官を引っ張るように、マキアスは通行人の流れなどを頼りに、目的の闘技場への入り口を探した。


「ここか……? ここっぽいな」

「看板立ってますよ、隊長。“闘技場は地下”ですって」

「マジで公然なんだな」


 二人が見つけたのは、外見からは巨大な掘っ立て小屋のように見える建物だった。カタリナの言う通り、入り口の脇には木の看板があって、周りには警備らしき男が立っている。


「……もう営業してんのかな?」


 しばらく離れて様子をうかがっていると、冒険者風の男たちなどが、時には娼婦のような女を連れて入り口を出入りしている。警備もそれらを制止する様子はない。入場は自由なのか、それとも中に受け付けがあるのか。


「まあ、とりあえず入ってみるか」


 そう言って、マキアスが足を踏み出しかけた時、カタリナが妙なことを口走った。


「あ……、ゆ、百合だ。百合です隊長!」

「百合ぃ?」


 今度は道に花でも見つけたのか、注意の散漫な娘だ。しかし百合とは妙である。マキアスの妹もよく草花を育てていたが、あれはこんな秋の終わりに咲く花だったろうか。


「アホかお前、百合なんてこんな季節に咲いてるわけ……が……」


 そして彼は、カタリナが目を向けている方を向いて固まった。

 確かにそこには、二輪の薄い桃色の百合が咲いていたのだ。


「な……、桃百合!? 何でこんなところに!?」


 掘っ立て小屋の脇の厩に、その建物のみすぼらしさとは不釣り合いな一頭の白馬が繋がれている。よく見るとその鞍には、百合の花をかたどった紋章が小さく描かれていた。

 普通の人間なら気付かないだろう。だが、神殿騎士団に属するマキアスたちは、あの紋が何を意味するか知っている。


「ど、どうしてパラディンの方が……!?」


 カタリナが泡を食っている。それはマキアスも同じ気持ちだった。

 桃色の百合の紋章。あれは、彼らの属する神殿騎士団の最高位、パラディンの内の一人を示す家紋だ。


「アイゼンシュタイン……。あいつがここに来てるのか……!?」

「や、やばいですよ隊長! 私たちがこんな所にいるのがあの方々にばれたら、まずいんじゃないですか!?」

「落ち着け! クソッ、総長の命令か?」


 神殿騎士団の構成員には、それぞれに位階が割り当てられている。当然、マキアスとカタリナにもだ。彼らの位階は下の上と言ったところだ。

 教会に関わりのない人間で、その細かな位階の全容を把握している者は少ないが、パラディンと言えば大体の人間に伝わる。彼らは神殿騎士団でも抜きん出た実力を持つ、事実上の最高戦力だ。

 騎士団でも特別な位置づけの彼らは、しばしば特殊な任務を帯びて地方に派遣される。その意味で、このバルトムンクにパラディンの一人がいても不自然ではない。だが、今現在命令から逸脱した行動をとっているマキアスたちにとっては、あまり遭遇したい相手ではなかった。


「何でこんな所にいるのかは知らないが……、要は見つからなきゃいいんだ」

「で、でも、もし見つかったら……」

「“あいつ”のことは知ってるだろ。俺なんか、きっと顔も覚えられてない。大丈夫だ」

「ま、まあそうでしょうけど。え、でも、それで言ったら私は……? 私は危ないんじゃないですか?」

「……」

「黙らないで下さいよ!」


 今ここに来ていると思われるアイゼンシュタインというパラディンには、ある特徴的な性質があった。カタリナの危惧はそれを見越したものだ。確かにあの騎士ならば、マキアスの顔は知らなくとも、カタリナのことは知っているかもしれない。


「……まあ、顔を見られなきゃ問題無いだろ」

「ひぃぃぃ!」

「行くぞ! ここまで来たんだ、調べずに帰れるか!」


 本気で怖がるカタリナを引きずって、マキアスは闘技場の入り口をくぐった。



 地下にある闘技場の一角に、こんな所にこんな部屋があるのかと思う程の豪華な一室があった。その部屋は、闘技場の戦士たちが戦うアリーナを見下ろせる最高の位置にある。

 部屋の中に居るのは二人の人間だ。一人は初老の、しかしそれにしてはがっしりとした体つきの男である。


「儂は、侮られているのか?」


 初老の男はテーブルを指で叩くと、酷く不機嫌そうな表情でつぶやいた。


「と、仰るのは……、私に何か粗相がありましたでしょうか、バルトムンク侯」


 初老の男、都市バルトムンクの領主ゲオ・バルトムンクの言葉を受けて、彼の向かいに座った人物は驚いたように目を見開いた。


「アイゼンシュタイン。確かに、パラディンの一人がその名前だとは聞いている。今日ここに、儂に会いに来るともな。……しかし、それがお前だと?」

「はい」


 その“少女”は微笑みながらうなずいた。

 透き通るような声。柔らかな物腰と楚々とした座り姿。淡く桃色がかった灰色の長髪は、軽く波打っている。


「私がパラディンの末席、ロザリンデ・アイゼンシュタインです。以後、お見知りおき下さい」


 どこからどう見ても完全無欠、まさにその紋章にある百合の花のような令嬢が、丁寧にお辞儀をした。


「……証拠はあるのか」

「え?」

「お前が、パラディンのアイゼンシュタインであるという証拠だ」

「あ、そうですね。これが我が神殿騎士団総長からの親書になります。お受け取り下さい」


 神殿騎士団のパラディンと言えば、一人一人が一騎当千、いや、万に匹敵する戦力を持つと噂される規格外の一団だ。末席とは言え、それがこんな十七、八の小娘であるはずがない。ゲオ・バルトムンクのそうした疑念は、この娘には通じていないようだ。

 アイゼンシュタインを名乗る少女は、にこにことした表情を崩さないまま、紅い封印がされた親書を彼に差し出してきた。


「……」


 ゲオ・バルトムンクは、むっつりとした顔でその親書を受け取った。ざっと中身を改めたが、この娘の言う通り、内容も印章も神殿騎士団総長の手紙に間違いはない。


「……確かに、この手紙は本物のようだ」

「お返事を伺って来るようにと、総長からは指示を受けています」

「……」

「バルトムンク侯?」


 値踏みするようにじろじろと自分を見る相手に対して、少女は訝しむ目を向けている。

 一方のバルトムンクからすれば、例え親書が本物だったとしても、そう簡単にこの相手を信用する訳にはいかないという思いがある。それほど、ここに書かれた内容は重要な案件だ。

 この少女の身につけている騎士風の装束は、間違い無く神殿騎士団のものである。胸に見える桃百合の紋章は、彼女が卑しい身の上ではないことを示していた。しかし少女には同行してきた人間はなく、彼女自身はそれを任務の秘密性のためと言っているが、彼女がパラディンであると証を立てる者はいない。


「どうされましたか? お返事を――」

「……今すぐにはできない」

「え、ど、どうしてですか?」

「重大な事柄だからだ。二つ返事できるものではない」

「……そうですか」


 少女は肩すかしを食らった表情をした。そうしているとますます、どこにでもいる年頃の娘のように見えた。


「出直してもらおう」


 この親書に対する返事は決まっている。だが、それを伝える前に確認する必要がある。バルトムンクは、娘に引き取るように伝えた。


「……」


 部屋を出された少女は、とぼとぼと通路を歩いていた。その顔からは、さっきまで浮かべていたにこやかな笑みは消えている。


「用は済んだかい」


 ゲオ・バルトムンクがいた部屋に続く通路の入り口まで来ると、そこにいた警備の者が彼女に声をかけた。


「得物は返すぜ」


 そう言って男が持ってきたのは、ここを通る時に彼女が預けた武器である。柄に百合が彫られたハルバードを、筋肉質の男は両手でようやく持ち上げていた。


「……ありがとうございます」


 しかめっ面をした少女は、男が触った部分を触らないようにしながら、片手でそのハルバードを受け取った。まるで、小枝をつまみ上げるように軽々と。


「重いなぁ、それ。そんなもん、お嬢ちゃんに振り回せるのか?」

「……」

「まあ、また来てくれよ、お嬢ちゃん」

「――っ!!」


 無視して歩く少女の肩に、男がぽんと手を乗せる。その男は、こういう場所の警備人としては気さくで穏やかな人間だったが、彼が肩に手を置いたその瞬間、少女の全身が総毛立ったように見えた。


「え?」


 そして、だっとその場を走り去った娘の背中を、男は不思議そうに見送った。






 ――……汚い。


 ――……汚い! 汚い! 汚い!


 どこかで武器を洗いたい。それから体も。特に、男に触られた部分は念入りに。通路を走りながら、ロザリンデはどうしようもない衝動に駆られた。

 汚いし、臭い。声が大きく、粗暴で、野卑で、優雅さの欠片もない。男という生き物は、どうしてあんなに醜く、下劣なんだろう。


 大体そもそも、この町はなんなのだ。男の中でもさらに粗野な、冒険者とかいう人種が群れを成して歩いている。

この闘技場とかいう場所もそうだ。男たちのすえた汗と、男に媚を売るふしだらな女たちのにおいが、まるで全身にまとわりついてくるようで虫唾が走る。こんな町は、いっそ消し飛んでしまった方が世界のためだ。


 そして彼女が本気になったら、本当にそうすることだってできてしまう。だから、そうなる前にここを出ないといけない。


 もうこれ以上、ここの空気を吸いたくない。ほとんど息を止めて、ロザリンデは走っていた。


「――すん」


 しかし、いかに身体能力の優れた彼女とはいえ、全く息をしないまま地下を出ることは不可能だ。そこでどうしようもなく、ほんの少しだけ浅い呼吸をした時に、彼女はある香りに気がついた。


「……あら? あなたは……」


 腐ったような男の匂いに混じる香りのお陰で、ロザリンデは冷静さを取り戻した。そして、その香りの元にいるのは――。


「あなたは確か、カタリナさん、でしたか?」

「ひっ!」


 人もまばらな通路の物陰に、ロザリンデは知った人間の顔を見つけた。

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