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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第一章 第二節
12/289

12.見捨てられた廃屋

「見ての通り、私達は騎士です。私の名はテオドール。こっちは友人のマキアス」


 そう言って、金髪碧眼の青年がアルフェに自己紹介した。騎士然とした物腰と、爽やかな容貌をした青年だ。十七だったアルフェの姉よりも、一つか二つは年上に見える。

 ハーフプレートと言うのだろうか。彼は胸や肘など、重要な部分だけが金属製の鎧をまとっていた。


「はじめまして。テオドールさん、マキアスさん。私はアルフェと申します」


 アルフェがぺこりと頭と下げると、テオドールと名乗った青年は、涼やかな微笑でそれに答えた。


「……それで? あんたはいったい何者だ。なんでこんなところにいる?」


 しかしマキアスと呼ばれた方の青年は、アルフェに対する不信感を隠そうともせずに問いかける。廃村に剣を抱えた娘がいれば、それも無理の無いことだろうかとアルフェは思った。

 テオドールと同い年くらいのこの青年は、こげ茶の髪と、緑がかった瞳を持っている。テオドールと比べると目つきが鋭く、かなり険のある容姿に見えた。


「あの、私はベルダンの町に住んでいる冒険者です。依頼を受けて、この近くの沼地まで素材を採取しに来たんです」

「冒険者……? 冒険者だと? ……あんたみたいな娘が?」


 マキアスはまるで、テオドールをアルフェからかばうような位置取りで立っている。その右手は剣の柄に添えられており、いつでも抜剣できるような体勢だ。


「失礼だぞマキアス!」

「テオドール、お前はちょっと黙ってろ。……悪いが娘さん。俺たちはアンデッドを討伐しにここにやってきた。それなりの警戒はさせてもらう。……あんたの身の上を証明するものはあるか?」


 彼らは騎士と言ったが、一体どういう所属の騎士なのか。

 二人とも、同じような意匠の鎧を身につけている。そこに身分の判る紋章などはついていないが、施された装飾を見るに、決して平民では手に入れることが出来ない代物だということは、想像に難くない。さしずめお忍びで見聞の旅をしている、高位貴族の子弟だろうか。


「は、はい。数ヶ月前に冒険者になったばかりですが……、ベルダンの組合に登録してあります。これ、組合証です」


 アルフェはいそいそと懐に手を入れ、冒険者組合の組合証を出してみせた。それは、ギルドタグとも呼ばれる身分証だ。首飾り状の鎖についた小さな金属片に、どの都市の何という冒険者なのかが記されている。


「……本物みたいだな」


 刻印された情報を一瞥し、マキアスは一応警戒を緩める気になったらしい。彼は剣の柄に掛けた手をはずすと、肩をすくめた。


「疑って悪かった」


 しかしあくまで一応だ。彼の左手がまだ鞘に添えられているのを見れば、それが分かった。


「いえ、気になさらないでください。ところで、お二人はここで何をしていらっしゃるんですか? 先ほどは、戦いのような音が聞こえましたが」

「ああ、その事ですが、実はこの廃村で、レイスが出現したという情報があったんです。それで私達は、その魔物を討伐するために、ここにやってきたんですよ」

「レイス?」

「……ベルダンの冒険者なら、知らなかったのか? 組合じゃ、結構な騒ぎになってたぞ?」


 マキアスの問いに、アルフェは首を横に振った。


「さあ……。私が最後にうかがった時には、そのようなお話は聞きませんでした」

「なるほど。入れ違いになったのかもしれないな、マキアス」

「ふん――、どうだかな」


 テオドールはアルフェを全く疑っていない様子だが、マキアスは、やはり彼女に気を許すつもりはないようだ。露骨に険悪な物言いをしてくる。その態度を受けて、アルフェではなく、テオドールの方が眉をひそめた。


「やめろマキアス! ――ですが、そういう訳で、レイスにはかなりの賞金も掛けられました。この後も、他の冒険者たちが討伐にやってくるでしょう。……お嬢さん、ここは危険です。あなたはすぐ町に戻ったほうがいい。よろしければ私たちが護衛します」


 アンデッドは必ず自分たちが滅する。テオドールはそう決意してここに来たが、このような地にか弱い淑女を独りにすることもまた、彼の信念に反していた。だからこそ、彼はそう申し出たのだ。


「賞金ですか?」


 しかしアルフェは、テオドールが全く想定していなかった反応を返してきた。


「討伐したら、賞金が出るのですか?」

「え、ええ、そうです。いや、違います。誤解しないで下さい。我々は決して賞金が目当てなのではありません。あなたを放って討伐に向かうような真似はしませんよ。安心してください」

「御心配は無用ですが……。……そうですか、賞金が」


 小さくつぶやいた後、アルフェが少しうつむき加減に考え込んでいるのを見て、二人の騎士は顔を見合わせた。


「どうしました、お嬢さん」

「いえ、……あの、むしろ、私も討伐をお手伝いさせていただけませんか?」

「……は? 真面目に言ってるのか?」


 マキアスが呆れた声を出した。レイスは下手をすれば、村の一つや二つは滅ぼせる魔物だ。この娘は、レイスの恐ろしさを理解していないのだろうか。

 

「あなたがですか? ……レイスは恐ろしい悪霊です。好奇心で付いてくるつもりなら、やめた方がいい」


 テオドールにしても、マキアスと同じような感想を抱いていた。彼の口調が、若干だが強いものに変わった。興味本位でアンデッドに手を出せば、間違いなくこの少女は恐ろしい目に合う。少々きつい言い方になっても、諭さなければならない。


「戦う術は心得ております。お手伝いさせてください」

「な――」


 しかし、真剣な表情で訴えてくるアルフェには、妙な気迫がある。そのため逆にテオドールの方が気おされてしまった。テオドールの横から、マキアスが威圧するように声を出す。


「いいだろう。そんなに一緒に来たいなら、付いてくればいいさ。ただし、俺たちにあんたの事まで守る余裕は無いからな。……どうなっても責任は持たないぜ?」


 マキアスは改めて思う。やはりこの娘は信用できない。アンデッドと聞いて、怖がるどころか興味を持つとは。このまま別れるよりも、目の届くところに置いておいたほうが、警戒するには逆に都合がいいかもしれない。

 そして、もし――


 ――もし、こいつが悪霊の罠ならば……、俺が斬る!


 友には決して手出しをさせない。マキアスは鞘を握る左手に力を込めた。



「レイスはこの屋敷の中に逃げていった。恐らくここが奴の住処だろう」


 村奥の屋敷の門前に、三人がたたずんでいる。この屋敷は、廃村の中では最も大きな建物だ。まだこの村に人がいた時代には、村の有力者が住んでいたと考えられる。部屋数もそれなりにありそうだ。この中で悪霊を捜索するとなれば、相当の慎重さが必要になるだろう。


「先ほどは一時的に撃退したが、完全に滅することは出来なかった。恐らく、奴をこの世界に縛り付けているものがあるんだ。……それを取り除かなければ、レイスは消えない」


 死者の怨念が核となった悪霊は、生前の執着に縛られる傾向がある。そのような悪霊を消滅させるには、彼らが地上に留まる原因を消し去るか、あるいは、その執着を上回る力で消し飛ばすしかない。

 今回のレイスは、テオドールの会心の斬撃を食らっても消滅しなかった。それ以上の威力の攻撃を、今の自分たちが行うことは難しい。ならば、この幽鬼が地上に縛られる理由を取り除くしか方法はないだろう。テオドールはそう語った。

 村にある他の廃屋と同じく、この屋敷も年月による風化を免れてはいない。門扉は傾き、庭は背の高い雑草でおおわれている。しかしそれ以上に不気味さを感じるのは、屋敷の全ての窓に、執拗なほど板が打ち付けられていることだ。

 あるいは屋敷の中にある、忌まわしい「何か」を封じ込めるために、誰かがそうしたのかもしれない。


「邪気が充満しているな。この中では、レイスはさらに力を増すはずだ。探索を始めるが、警戒を怠らないようにしよう」

「ああ」

「分かりました」


 表情を引き締めたテオドールが、全員に注意を促した。

 何となく、テオドールがこの即席パーティーのリーダーという形になって指示を出している。マキアスとアルフェがうなずくと、テオドールは屋敷の扉を開いた。


「暗いな……」


 マキアスがつぶやく。外はまだ日が高いが、屋敷の中は薄暗い。窓に打ちつけられた板の隙間から、かろうじて日の光が差し込み、室内を照らしているだけだ。

 三人は一階から探索を始めた。エントランスから始まり、食堂、台所、食糧庫、使用人の詰め所と思われる部屋。順に捜索を続けたが、レイスも、レイスに関する手がかりも見つからない。

 悪霊が彼らの前に姿を見せないのは、先刻の戦闘で負った傷が癒えるまで、息を潜めているつもりだからだろうか。それともレイスは、侵入者が油断するのを、どこかでじっと待っているのだろうか。


「おい二人とも! 何かあったぞ!」


 半地下に設けられたワイン倉庫の中で、テオドールが何かを見つけた。

 指輪である。金でできた台座に、輝く大粒の紅玉がはまっている。


「……これは中々、高そうな指輪だな。指輪の価値なんて、俺にはわからんが。……この館の主人のかな?」

「私にも見せてください。……綺麗ですね。結婚指輪でしょうか? なぜこんなところに落ちているんでしょう」

「分かりませんが、何かの手がかりになるかも知れない。借りていきましょう」


 そう言って、テオドールは指輪を胸元にしまった。


「床が腐っている。気をつけるんだ」


 彼らが歩くたび、床板はギシギシと悲鳴を上げた。床だけではなく、壁も天井も非常に脆くなっているようだ。


「了解。――しかし、この村が捨てられたのは、もう何十年も前だっていう話だ。他の家はほとんど潰れてるし、形が残ってるだけありがたいな」

「ここは村長さんの家でしょうか? 他の家と比べると、すごく大きいですね」


 さらに探索を進めながら、三人はぽつぽつと会話をしている。


「そう言えば、アルフェさんはなぜ冒険者に? 私たちも色々な場所を見て回ったが、君のような若い女の子の冒険者は、さすがに見たことがなかったな」


 一階の探索が一区切りしたところで、ふとテオドールが尋ねた。先ほどよりは、彼も若干砕けた口調になっている。


「色々とあったので……。でも、一番は生活のためです。私、他には何もできませんから」


 アルフェがうつむく。触れてはいけないことだったかと、テオドールはばつの悪そうな表情をした。それに構わず、マキアスが辛辣な言葉を吐く。


「……どれだけ貧しくても、普通は冒険者になろうなんて、思わないものだがな」

「……」

「おい、いちいちつっかかるなよ、マキアス」


 パーティーの間に、またも険悪な雰囲気が流れる。マキアスはふんと鼻を鳴らして、うつむいたままの少女から目をそらした。


「……まあ、いいさ。そんなことよりも、そろそろ二階に上がろう。もう一階には何もなさそうだ」


 屋敷の外観は二階建てに見えたが、一階に屋敷の主人のものらしい部屋は無かった。レイスがいるとすれば、恐らくはそこだろう。エントランスに戻り、三人は中央の階段を上った。


「……そういえばさっき、戦えると言ったな。得物はその剣か?」


 誰も口を開かない中で、マキアスがアルフェに声をかけた。彼なりに、重たい空気を切り替えようとしたのだろうか。マキアスは、アルフェがさっきから大事そうに抱えていた曲刀に視線を注いでいる。今まで口にはしなかったが、テオドールも同じことを考えていたようだ。


「曲刀とは珍しいですね。帝国ではなかなか見かけない」

「いえ、これは使いません。と言うより、私は剣を使えません。……そうですね、置いてくればよかったです。邪魔ですね」

「……ん? じゃあ、お前は魔術士か何かか……?」


 マキアスが首をひねる。その曲刀の他には、アルフェは武器らしいものを何も身に着けていなかったからだ。


「違います」


 魔術士なのかという問いに対しても、アルフェはふるふると首を振った。


 ――やっぱり、怪しい娘だ。


 本当に魔物ではなさそうだということは、ここまで歩いてきて流石に分かった。しかし、少女の言動は、どうもよく理解できない部分がある。――まあ、戦力としては当てにしていない。おかしな行動さえしなければいい。マキアスは心の中で、そんな風に考えた。


 探索を続ける一行は、屋敷の二階へと上がってきた。レイスはまだ姿を現さない。

 二階にはいくつかの客間と、書斎があった。書架にあったと思われる本はほとんど残っておらず、床には紙片が乱雑に散らばっている。


「テオドール、見ろ。日記だ」


 残っていた本の中に、赤い装丁の日記があった。大分朽ちてはいるものの、かろうじて文面を読み取ることができる。マキアスがページをくくり、他の二人はその脇から内容をのぞき込んだ。

 日記は、この屋敷の女主人が残したものだった。日記によると、この村が遺棄された直接の原因は、村を襲った死病にあったらしい。女主人はベルダンに援助を求めたが、同時期にベルダンにも何か深刻な問題が起こっていたようだ。満足に支援を受けられないまま、村の住民は一人、また一人と病に斃れていった。

 最後にはついに、女主人自身も疫病に感染している。徐々に腐っていく自分の身体をひきずって、彼女は病に倒れた村人を救おうと奔走していた。

 しかしベルダンは、死病に憑かれた村を見捨てた。市門は閉ざされ、支援を求めに行った村人は、無慈悲にも追い返された。日記の終わりの方には、町の人々や世界に対しての呪いの言葉が延々と綴られている。このころにはすでに、女主人の心は狂気に魅入られていたようだ。書き殴られた文字からも、そのことが伝わってくる。


 ――みんな、呪われてしまえばいい。


 最後のページにはただ一言だけ、赤黒い染みに混じってそう書かれていた。


「……むごいな」

「よくある事……、とは言えないか。胸クソ悪い話だぜ」


 青年騎士二人は、沈んだ表情でつぶやいた。レイスは忌むべき存在だが、そう成り果てる前の、生前の女に罪は無い。


「指輪のことを書いていましたね」


 アルフェの指摘に、テオドールたちは顔を上げた。その通り、日記にはしばしば指輪の話題が登場していた。

 村が滅びる数年前、死んだ婚約者から贈られたもので、女主人はよほど大切にしていたようだ。だが、末期の混乱の中で、彼女はその指輪を紛失してしまった。この出来事が、彼女の狂気を加速させている。


「お前がさっき拾った指輪じゃないか? テオドール」


 マキアスにそう言われて、テオドールは懐から指輪を取り出した。


「確かに、彫られたイニシャルはこの日記の筆者と一致しているな。……そうだな、もしかしたらこれが、レイスを撃退する鍵になるかも知れない」


 どういうことだろうかと、アルフェは首をひねって考えた。


「……確かに、それを着けて殴れば痛そうですよね」


 なるほど、確かにこのゴツゴツした宝石ならば、拳の威力を若干上げてくれるかもしれない。


「……アホか、お前は。どうしてそういうことになるんだ。お前が言ってるのはそういう意味じゃ無いだろう? テオドール」

「あ、ああ。この指輪があれば、レイスは生前の愛を思い出すかもしれない。彼女の未練を断ち切るためにも、やってみる価値はあるだろう」


 テオドールの提案にマキアスは同意した。アルフェはそれでも良く分からない風だったが、テオドールたちに促され、残された部屋の探索に向かった。

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