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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第一章 第二節
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10.防具を買ったり剣を拾ったり

「お師匠様は、防具などはお召しにならないのですか?」

「お召しにってお前……、ドレスじゃないんだぞ」


 アルフェの突然の質問に、コンラッドは呆れたように答えた。

 ある晴れた日の午後、今日も稽古を終えた師弟は、道場の床板に座って話をしていた。アルフェもこの頃は、稽古着の着方がだいぶ様になってきている。


「俺ほどになるとな、防具などは要らんのだ。この鋼の肉体が、全てを遮る鎧となる」

「そうなのですか?」

「そうなのだ」


 コンラッドはしかつめらしくうなずいている。鋼は大げさだが、確かにお師匠様のこの筋肉ならばとアルフェは思った。己の胸板を真剣な表情で見ている弟子に気付いて、そんなに見るなと顔を赤らめながら、コンラッドは襟を正した。


「ごほん。で、お前はなんだ、鎧でも着こもうというのか?」

「他の冒険者の方々は、皆そうしていらっしゃいます」


 革や金属、軽装に重装、組合の冒険者たちは身につけている防具もまちまちだ。しかしさすがに、何も防具を付けていないアルフェのような者は他にいなかった。何しろ普段の彼女の格好は、質素な布の服にスカートと、そこらの町娘と変わりないのである。市場で野菜や果物を買うにはいいかもしれないが、とても魔物と戦う装いとは言えない。


「あんなものは気休め程度にしかならん。何より我々は、身体の動きを妨げるようなものを身に着けるべきではない」


 コンラッド曰く、自分たちの体術にとって素早さは生命線だ。動きを制限するような防具、特に重たい金属鎧などを装備することは、かえって戦闘能力を削ぐことになるという。


「要は敵の攻撃に当たらなければいいのだ。でなければ己の肉体で耐えろ。そのための技だって教えてるだろうが」

「ですが――」

「何よりも、だ。高いぞ、鎧は」

「うっ」


 コンラッドの鋭い指摘にアルフェは呻いた。それは防具の購入を検討している彼女が最も気にしている点だ。既に防具屋などは一通り見て回った彼女だが、コンラッドの言う通り、防具は武器と同じく非常に高価なものばかりだった。

 己の命を預けるための品だ、変に安くても不安であろうが、すっかり貧乏性になってしまったアルフェにはめまいがしそうな金額である。


「特に騎士鎧など、あほくさいほどに高い。重いし、動きにくいしな。一人では着られんし、脱げもしない。あんなもんは魔物との闘いには役立たん」

「騎士鎧? お詳しいですが、着られたことがあるのですか?」

「む……、いや、想像だ」


 何故だか分からないが、コンラッドは目をそらして言葉に詰まった。まあ、もとよりアルフェも、騎士が身に着けるような板金鎧プレートアーマーをまとおうなどとは、いくらなんでも考えていない。


「お前には、その稽古着を与えてあるだろうが。それで冒険しろ。わが道場の宣伝にもなる」

「それはちょっと……」


 これを着て出歩いていたら完全に頭のおかしい娘と思われるとは、師の手前、アルフェには言えなかった。煮え切らないアルフェの反応を見て、熊髭をいじりながらコンラッドが首をひねる。


「何だ、いやなのか? ……まあどうしても不安なら、防具の一つ二つは構わんが、よく考えて選ぶことだ」

「はい、そうさせていただきます」


 コンラッドとそんな会話をしてから数日後、アルフェはまたしても沼地を訪れていた。あれから彼女は何度かここに来て、組合で買い取ってもらえる素材を回収している。

 ここでの探索は、森で薬草を摘むよりもずいぶんと実入りがいい。最初は気持ち悪いと思ったキノコの粘液も、銅貨や銀貨に変わると思えばへっちゃらだったし、一度焼いて食べてから、その深みのある味にやみつきだ。


「それにしても……、この前も大分倒したのに、全然減らないのはどうしてなんでしょうか……」


 アルフェはそうつぶやいて、改めて辺りを見回した。

 これまでに、自分は相当数のスケルトンを倒したはずだ。その数は軽く三桁に上るだろう。しかし今日もスケルトンたちは、沼地には似合わない暖かい日差しの下でのんきにカタカタと笑っている。この沼地には、そんなに人骨が転がっているのだろうか。


 うんざりしたように首を振るアルフェの胸には、前回までと違った装備――革製の胸当てがつけられていた。


 コンラッドと防具に関する話をしてから、彼女は真剣に悩んだあげく、防御力と動きやすさの間を取ってこの胸当てを買ったのだ。心臓を保護できるだけでも、布の服とは安心感がかなり違う。金属製の防具と比較すればかなり安価だというのも大きな判断基準だ。

 足元にも変化があった。これまで履いていたロングスカートは、沼地のような足場の悪いところでは、まとわりついて動きにくかった。それでなくても足の動きに制限がかかる。そこでアルフェは思い切って、スカートをざっくりと短くしてみたのだ。


 ――動きやすくていいですけれど、でも、ちょっと短くしすぎたかな……。


 少々やり過ぎて、膝まで見えてしまっている。だが、動きやすいのは事実だった。それに、この格好で町中を歩き回るつもりはない。あくまで冒険する時だけだ。心の中で言い訳をしつつ、アルフェはいつものように目に付くスケルトンの掃除から始めた。


「――ふぅ、今日はこんなとこでしょうか」


 数時間後、籠一杯に素材を詰めて、アルフェは額の汗をぬぐった。

 この場所が小麦畑か何かなら、それも労働の後のさわやかな光景に見えるのだろうが、彼女の背後には、ただひたすら灰色の沼が広がっている。いびつに歪んだ枯れ木が点在し、彼女以外に動くものは、黒いカラスとアンデッドくらいのものだ。森とは違った意味で、不安を掻き立てる風景である。


「……帰りましょう」


 目的が済めば、長居をする場所ではない。手早く帰り支度をしたアルフェがその場を離れようとした時、変わったものが目に入った。


「……? あれは――」


 何だろうか。

 彼女の位置から少し離れた沼の中から、奇妙なものが生えている。全体的に灰色の風景の中で、それだけが太陽の光を反射していた。


 ――……剣?


 確かにあれは剣である。アルフェが目を凝らすと、湾曲した片刃の刀身が、沼から顔をのぞかせているのが見て取れた。

 これまでの採取の際にも、何度か錆びた剣や兜が転がっているのは目にした。

 きれいなものを見つけて持ち帰れば、いい値段で買い取ってもらえるかもしれない。そんなことを考えたこともあったが、この沼地にあるそうした武具のほとんどはボロボロで、今日まで使えそうなものは見つけられなかった。


 ――あれは、どうでしょうか……。結構よさそうに見えますが。


 柄から下は沼に沈んで見えないが、刀身は輝きを放っている。ずっと沼に浸かっていたにしてはやけに綺麗だ。岸から少し離れているが、頑張れば届かないこともないだろう。一番近い岸にやってきたアルフェは膝をつくと、その剣に向かって思い切り手を伸ばした。


「――ん!」


 ――思った、より!


 手を伸ばしてみると、思ったよりも遠い。

 全身を使って腕を伸ばしているが、アルフェは元々小柄な体格である。なかなか目標には届かない。それでもようやく右手の指が触れ、人差し指と中指ではさむ様に刀身を引っ張った。

 ずるりと剣が持ち上がる。指の力だけで持ち上げるにはかなり重いが、それでも何とか、剣の柄から下が、少しずつ沼の中から出てきた。

 全てを引き上げるには、もっと手間がかかると思っていた。しかしアルフェにとって幸いなことに、ある程度まで持ち上げると、剣は勝手に沼の中から出てきてくれた。

 ――そう、剣が自分から出てきてくれたのだ。


「……失敗ですね」


 沼のほとりに座ったまま硬直したアルフェが嘆く。彼女にとって予想外だったのは、その剣の柄を骸骨の腕が握っていたことだ。それは沼から這い出ると立ち上がり、ぎろりとアルフェの方を向いた。藪から蛇とはこんなことを言うのだろうか。


「……あの、お帰り頂いても――」


 結構ですよと言いかけたところで、スケルトンがアルフェに切りかかる。アンデッドは座っていたアルフェの首を狙い、剣を横薙ぎした。


「ひっ!」


 アルフェは地面に這いつくばるようにしてその攻撃を避けた。かろうじてかわしたものの、その斬撃は、これまで彼女が破壊してきたスケルトンとは比較にならないほど速い。


「っ、このっ!」


 刃が頭上を通り過ぎると、アルフェは回し蹴りでスケルトンの両足を刈った。肉の無いスケルトンにそれほどの重量は無い、はずだが、アルフェの蹴りではそのスケルトンは倒れなかった。他の個体とは、骨の太さから違うような気がする。この剣といい、明らかに強い。

 返す刀でスケルトンが曲刀を振り下ろす。飛び退ってかわすと、アルフェは構えを立て直した。


 骸骨の戦士は、スケルトンの中でも中級の存在だ。熟練の戦士の躯がアンデッドとなったそれは、不完全ではあるものの生前の戦い方を記憶している。ただ掴みかかってくるだけのスケルトンたちとは一線を画する相手である。一人前の冒険者でさえ、一対一で襲われれば対処に窮することもあるほどだ。


 敵は構えらしきものを取っている。その時点で他のスケルトンとは違う、格上の存在だとわかる。アルフェの表情が引き締まった。

 骨の戦士が切りかかる。間近で見るその剣の刀身は、やはり錆びても欠けてもいない。当たれば容易に少女の肉体を斬り裂くだろう。


 いつまでも避け続けることは出来ない。ただでさえ、相手は疲れを知らないアンデッドだ。持久戦はこちらが不利。そう悟ったアルフェは、短期決戦を決意する。


 ――今です!


 スケルトンが曲刀を振りかぶった直後、アルフェは己と魔物との距離を一瞬で詰めて見せた。足に魔力を集中させることで、爆発的な瞬発力を得る特殊な歩法だ。その勢いを殺さず、彼女はスケルトンの脊椎めがけて突きを放つ。


 ――ッ! 浅い!


 しかし決定打は与えられない。先日もそうだったが、敵の正面から背骨を狙うとなるとどうしても狙いが狂う。ただでさえアルフェの腕は大人のそれより短い、スケルトンとの体格差もあって、骨を砕くことはかなわなかった。加えて、無意識に刃を恐れて踏み込みが足りなかったという面もある。

 攻撃の失敗は、そのまま彼女の不利になった。懐に入る形になったアルフェのこめかみめがけて、スケルトンは剣の柄を振り下ろしてきた。


「ぐぅぅっ!」


 彼女はスケルトンの腕を掴んでそれを止めたが、額を少しかすられたようだ。その美しい鼻筋に沿って、たらりと一筋の血が流れた。


「ぬぁぁあああ!」


 硬体術を使って指先を限界まで強化し、それに渾身の力をこめる。掴まれた腕の骨から、ミシミシという音がする。それを振りほどこうと、スケルトンは必死でもがいた。


「――――ふっ!」


 短く息を吸うと、アルフェは全力でスケルトンを己の方へ引き寄せた。それと同時に、頭を大きく仰け反らせ、スケルトンの頭部に頭突きを叩き込む。スケルトンの前頭部に大きなひびが入った。

 破片をまき散らしながら、よろめいてたたらを踏むスケルトン。アルフェは再び距離をとると、腰を入れて、もう一度渾身の突きを放った。


 ――痛っ。


 戦闘後、アルフェが額に指を当ててみると、もうほとんど血は止まっていた。それほど深い傷ではなかったようだ。それよりもこの痛みは頭突きによる部分が大きい。鏡がないので見えないが、少しこぶになっている気がした。

 しかし大きな収穫だった。アルフェが倒したスケルトンから奪い取った曲刀は、結構な値打ち物に見える。武器屋に持って行けば、きっと値段がつくだろう。大事そうにそれを抱えた彼女は、揚々と沼近くの廃村まで戻ってきた。

 少し休憩したら、荷物を引き上げてベルダンまで戻るとしよう。拠点にしていた廃屋にたどり着くと、アルフェはそう思って薬草籠を置いた。


 ――……あら?


 だがその時、アルフェの耳に争いの音らしきものが聞こえてきた。

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