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レグルスと黒の帝国  作者: 木南 硯
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少女、祈りを捧げる

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私、アウラ・リベロ・レヴィスと申します。以後お見知りおきを」


 そう言って、少女――――アウラ・リベロ・レヴィスは膝下丈のスカートの裾をちょこんと摘まみ、軽く頭を下げる。

 アウラの口調は先ほど目覚めたばかりのときとは打って変わり、丁寧で大人びた口調になっていた。その話し方や仕草からしても、彼女はもしかしたら本当に童話の世界から出てきたお姫様なのかもしれない、とレグルスは本気で考えていた。

 

「よろしく、アウラ。僕はレグルスっていうんだ」

「レグルス様……。良いお名前です」


 「レグルス」と聞いて、アウラは少し考えるような顔をした気がした。


 結局、レグルスは森の外までアウラを送ることにした。

 森へ入ったうえに、知らない人間と話したとなればバルタザールも小言の一つや二つでは済ましてくれないだろうと思ったが、今さら彼女を一人森へ置き去りにすることもできなかった。


「それにしても、本当によろしいのですか? ここまでしていただいて、お礼もいらないなんて……」

「もちろん。僕が勝手にしていることだから、あまり気にしないで」


 それでもアウラは眉を八の字にして申し訳なさそうな表情をした。もうひと押しにと軽く笑いかけると、彼女もつられて微笑んだ。まるで辺りに花が咲いたかのような微笑みだとレグルスは思った。


「レグルス様はこの森で何をなされていたのですか?」

「僕は森の奥に住んでいるんだよ」

「まあ、だからそれほどお強いのですね。森には危険が多そうですもの」

「そうかな。でも森に入ったのは初めてだったんだけどね」


 二人はぽつぽつと会話をしながら、湿った落ち葉の香りがむんむんと立ち込める中進んでいく。時折、背後で小さくかさっと音がした。毎回レグルスは警戒して構えるが、再び魔法を使うようなことは起こらなかった。


「この先を抜ければ、きっと迎えの者がいるはずです」


 と、アウラが指差した方向は少しひらけており、木と木の間から空が見えた。空はすでにオレンジがかっている。陽が少しずつ沈むたびに、レグルスは刻一刻とアウラと別れる時間が近付いているのを感じた。淋しい。どちらが先というのでもなく少しずつ重くなる足取りに、アウラもそう感じていてくれていたら良いと思った。


「おや、アウラ様。よくぞご無事で」


 森を抜けると、少し先から一人の男が声をかけてきた。男は被っていた黒色のハットを手に取り大げさな身ぶりで頭を下げる。銀の前髪がはらはらと褐色の肌にかかった。

 レグルスは少し警戒していたが、アウラがそれを解くように片手で制し前へ出たため、立ち尽くす他なかった。


「ええ、私は無事です。しかし付き添いの者は皆、命を落としてしまいました」

「それは無念ですな。ですが、彼らもアウラ様の為とあらば本望でしょう。どうかお気になさらず」

「そのような言い方は……」

「詳しい話は後ほどゆっくり伺いましょう。さあ、こちらへ」


 口元に笑顔を貼りつかせているが、なんとも嫌味な男だ。レグルスの眉間に皺が寄る。

 男は慣れた手つきでアウラの背に手を添えると、街のある方へ歩き出した。アウラが困惑した様子で振り返り、口をぱくぱくとさせている。声をかけていいものか、レグルスも考えあぐねていると突然、くるりと男がこちらに振り向き「ところで」と切り出した。


「そちらの彼は?」

「レグルス様です。彼に道中で助けていただいたのです。ぜひお礼がしたいのですが……」

「それはそれは。もちろんお礼して差し上げなければなりませんな。どうか、ご同行願えますかな?」

「えっと……」


 と、言いかけたところで脳裏にバルタザールの存在がよぎった。

 もう辺りは暗くなりかけている。きっといつまで経っても帰らないレグルスに痺れを切らしている頃だろう。


「僕、もう帰らないと」

「……そうですか、それは残念です。またいつかいらしてくださいね」

「そうだね、機会があればいつか。またね、アウラ」


 両手を前に重ねて恭しくお辞儀をするアウラに手を振り、森へと踵を返す。後ろ髪引かれる思いだったが、振り返ればもう少し一緒にいたいと考えてしまうだろう。

 レグルスは足早にその場を後にした。


 レグルスの背が見えなくなるまで腰を深く曲げるアウラ。見かねた男は彼女の肩に軽く触れ、頭を上げるよう促した。


「それにしても、アウラ様のご厚意を無碍にするなど、なんて無礼な少年だ」

「私が無理を言っただけです。それに私が何者かなんて知らないはず」

「まあ、あの少年がアウラ様に再会する日は二度と来ないでしょうね」

「ですが、彼とはいずれまた会う気がするのです。きっと今とは違う立場で」


 遠まわしな皮肉を気にすることもなく遠くを見つめるアウラに、やれやれといった様子で男はため息をつく。


「レグルス様。貴方の行く末に幸運を」


 アウラは小さく呟くと、両手のひらを握り合わせた。きっと彼の進む先々には幾数もの試練が待ち受けているだろう。それでも彼が光を見失うことのないように。

 アウラの祈りはそよぐ風の勢いに乗り、森の木々を優しく揺らした。

近々、全体的に改変するかもしれません。

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