少年、少女と出会う
「三匹とも大丈夫か?」
トロールの拳によって吹き飛ばされた三匹は木の枝に引っかかるようにしてぶら下がっていた。
見た目大きな怪我はなさそうだったが、念のため治癒魔法をかけてやる。
「いくら遊びに夢中になってたとは言え駄目じゃないか、こんな森の中まで来るなんて。僕までじいちゃんに怒られてしまうよ」
「キィ……」
元気になったルータが申し訳なさそうに鳴いた。
「さあ、帰ろう。日が暮れる前に帰れば、じいちゃんも小言程度で許してくれるかもしれない」
そう言って歩き出そうとした瞬間、レグルスの背中に何か小さなものが当たった。犯人は両手に種を持ったゴラノラだ。
レグルスは思わず「いい加減にしろ!」と、怒りだしてしまいそうになったが、ゴラノラのあまりにも切羽詰まった様子に何も言えなかった。
ゴラノラは種を全部地面へ放り投げると、慌てて茂みの中へ消えて行った。レグルスも後を追う。
「これは酷いな……」
ゴラノラについていった先には、悲惨な光景が広がっていた。
なぎ倒された馬車に、大量の血を流し倒れている人間たち。剣や魔法痕が残されているのを見るに、きっと先ほどのトロールと戦って敗れた者たちだろう。
頭がかち割られている者や、下半身が潰されている者。彼らがもう助からないのはレグルスから見ても一目瞭然だった。
まだ生きている人間はいないだろうか?
レグルスが辺りを見渡すと、茂みに隠れるようにして人間の女の子が倒れているのを見つけた。
「……女の子?」
ぴったりと閉じられた目は開く様子がない。死んでいるのだろうか?
少女の口元に耳を寄せると、小さな呼吸を確認できた。気絶はしているものの、どうやら生きているみたいだ。
レグルスはほっとした様子で一つ息をつくと、少女をまじまじと見た。
白塗りの陶器のように滑らかな肌。紅を引いたかのように赤い唇。ほんのりと赤い頬に伸びた、長いまつ毛の影。肩のあたりで切り揃えられた淡いプラチナブロンドの髪は、陽光の中で溶けてしまいそうだった。
怪我はしていないだろうか。レグルスが少女の頬に手を当てると、ぱちり、と美しい翡翠色の瞳が現れた。少女はしばらくぼんやりと宙を眺めていたが、急にはっとした表情で飛び起きた。
「トロールは……!」
「倒したよ。もう大丈夫」
「あなたが倒したの? 一人で?」
「そうだけど」
「大人が数人で立ち向かっても敵わなかった相手よ? それを私とほとんど変わらない年の子が倒すなんて……」
少女は信じられないといった表情でレグルスを見た。
彼女の見た目や話し方はとても大人びていたが、目を見開き、驚いた表情をした時はレグルスと大して変わらないほどの年相応の女の子の顔をしていた。
「とにかくありがとう。あなたのおかげで私は助かりました」
「お礼ならこの三匹に言ってよ。僕は彼らを追ってきただけだから」
「まあ、あなたたちが助けを呼んでくれたのね」
少女はそのスカートが汚れることにも構わず地面に膝をつくと、一匹ずつ視線を合わせるように手のひらで持ちあげる。そして感謝の気持ちを込めて微笑むと、それぞれの頭の上に口づけを落としていった。
その様子はまるで、前にバルタザールに読み聞かせてもらった童話のお姫様そのものだ。レグルスは少女をうっとりするように見つめていた。少女の口づけを受けた三匹も、心なしか嬉しそうである。
しばらく少女は三匹と戯れていたが、急に動きを止めると、立ち上がりスカートの汚れをはたいた。そして馬車のあった方を見つめると、苦しげに眉をひそめた。
「倒れてしまった者たちには申し訳ないけれど、私はこのまま進まなければならないの。この森を抜けた先の街で、私を待っている人たちがいる」
まるで自分自身に言い聞かせるように少女は呟く。
「どうか私のことを街まで送っていただけませんか? もちろんタダでとは言いません」
そう言って少女は頭を下げた。
レグルスと三匹の生き物たちは、思わず顔を見合わせた。