少年、鳥を描く
あの日、老人が預かった赤子はレグルスと名付けられ、もうすぐ七歳になろうとしていた。
成長するほどに磨かれていく落ち着きのある深いマリンブルーの瞳、美しい濡れ羽色の髪はあの男の息子であることを確実に示していた。
レグルスは両手の人差し指と親指を合わせて長方形を作ると、部屋の真ん中の止まり木を相手に、長方形を縦に、横に、何度もぐるぐると回し、うんうんと唸る。ああでもない、こうでもないと続けること数分。ようやく納得が言ったのか、首を一つ、縦に振った。
「マレー、そこに止まっていてくれないか」
レグルスにマレーと呼ばれた大きな鳥は、アオギリの止まり木に降り立つと、その五色に輝く翼を納めた。
「そのままじっとしていてくれよ」
そう言うがはやいかレグルスは肩掛けの鞄から筆と絵具を取り出し、手慣れた仕草でスケッチブックに描き始めた。
三百六十種もの羽を持ち、様々な生き物の特徴的な部分を持ち寄ったかのようなマレーの派手な容姿は、少年にとって描画するにはもってこいだった。マレーは暇を持て余しているのか、金魚の吹流尾のような美しい尾をゆらゆらと漂わせている。
気になったのか、いつの間にかレグルスの肩によじ登っていた小さな植物が、スケッチブックを覗き見る。
「こら、ゴラノラ。くすぐったいよ」
その植物の葉をすこし撫でてやると、ゴラノラは嬉しそうに葉を揺らした。
「よし、できたぞ! 見てくれよマレー、君にそっくりだ!」
マレーはゆったりとした動作で翼を羽ばたかせ、レグルスの傍に降り立つ。スケッチブックを覗くと、そこには鏡に映されたかのように自らにそっくりな大きな一羽の鳥が描かれていた。ゴラノラもスケッチブックとマレーを見比べると、興奮して葉をばたつかせている。
「そうだ、じいちゃんにも見せてあげよう!」
レグルスは大慌てで絵道具を鞄にしまうと、スケッチブックを手に“じいちゃん”の元へ急いだ。
「見てよ、じいちゃん! 今度はマレーを描いてみたんだ!」
レグルスに“じいちゃん”と呼ばれた老人は、名をバルタザールと言った。
その昔、偉大な魔法によって人々から三賢者と敬い慕われていたうちの一人だったが、彼はある日を境に人々の前から姿を消した。人間のひ弱な力では決して立ち入ることのできないこの森の深部で一人静かに暮らしていたはずだったのだが。
いつの日からか人間嫌いになってしまった自分がまさか、人間の子と暮らすことになろうとは夢にも思わなかった。
「おお、よく描けているじゃないか。そうじゃ、レグルス。お前にアレを教えてやろう」
バルタザールはレグルスのスケッチブックに描かれた鳥に手をかざした。バルタザールの手は眩いばかりの光を放ち、思わずレグルスは目をつむった。が、しかし。
「……何も起こらないよ?」
レグルスの見る限り、スケッチブックにはこれといった変化がない。
「まあ、見てなさい」
バルタザールはその言葉を待ってましたと言わんばかりに、豊かな白い髭に隠れた口をにやりと歪ませる。そしてスケッチブックをトントン、と二回ほど人差し指で叩いた。
すると、なんとレグルスの描いた鳥が、スケッチブックの中で動き出したのだ!
「すごいや! さすが僕のじいちゃんだ!」
「もちろんレグルスにも出来るぞ。そしてなにより、これはお前の絵が上手だからこそ成し得る魔法じゃ」
レグルスはスケッチブックの中で縦横無尽に飛び回るマレーにくぎ付けになっていた。
そして人間嫌いな老人は、立派な親ばかになっていた。