第90話平和な日常
城の残骸の上、異常な威圧を振りまく異端者がそこにいた。
『ああ、愛しい、愛しいわ!あなたの考え方はとても素晴らしい!!エゴに満ち溢れているわ!!』
はぁ、はぁ、と荒い息を吐き体をよじらせる。
愛おしそうに頬を染め、布で巻かれ見えない目の代わりに心の目で見つめる。
いくら仲間が傷つこうとも、手助けをしようともしない。こいつが加われば絶対に勝てるはずなのに。
『ふふ、ふふふ!ぜひ貴方にも私達と共にProjectに参加していただきたいわぁ!貴方にはその資格がある!......あら?あらあら.....』
すっと目線を城前の広場、黒い化け物から目をそらしすぐ隣死体の山に視線を送ると、手を向けたたったそれだけの動作で瓦礫、死体、全てが空に浮いた。
その結果下にいる死体、否隠れていた少女の姿が露わになった。
『盗み聞きなんていけない子ね?けど死んだふりなんて利口な子....生存本能が強いのね』
その言葉で既にバレている事が分かった銀髪の少女は服についた土を払うと立ち上がった。
『ええ、貴方のような怪物を目の前にしたら逃げたくなるのも当然なのです』
『ふふ、怪物だなんて言いすぎよ、それに私が知ってる中だと私より強い人が2人はいるわ』
その言い草に冷や汗を流す。
何が怪物の言い過ぎだ、だと、ふざけないで欲しい貴方の強さは下手をしたらあのキリアではない本体のユウキよりも強い。
同じ魔物としての本能がそう告げていた。
『ねぇ、君あの黒い子のお仲間さん?』
指をさしたのは暴れ回るキリアの姿、その時にも仲間が、正義が殺されかけている事を理解しているのだろうか?
(黒い子?......キリアさんの事?....)
『へぇ、キリアって言うのね、いい名前』
『ッ!?』
その言葉を聞いた瞬間とっさに身構えた。
今この女私の心を読んだの!?
嘘でしょう?まさかこの女も私と同じ突然変異種!?
『あの子にこれを渡しておいて』
妖狐の動揺をあざ笑うように、口角を吊り上げると、手を前に突き出した。
女の人が手のひらに何処からともなく現れた黒い封筒を妖狐に見せると、まるで意識があるように風に運ばれ妖狐の手のひらに。
『いつまでも待ってるわ、ふふ、ふふふ!!』
楽しそうな笑い声だけを残し、暴風に包まれたと思えばそこから既に姿が消えていた。
まだ夜中の3時ごろ、陽は昇らず暗闇の中、妖狐は目を覚ました。
「ッ......なんでこの夢ばかり....」
最近ではこの夢ばかり見るようになってしまった。
ああ、あの怪物には二度と会いたくない、それだけ思うとまた布団を被った。
『巫女』のスキルが必死に何かを伝えようとしている事を妖狐が気付くことはなかった。
♯
「うーん、やっぱ美味しいな.....もう俺より作るの上手いんじゃないか?」
「そうですかね?」
「キリアさん寝癖が.....」
朝起きたユウキは香ばしい甘き香りが漂うカフェ『ホットケーキ』の中、料理長のエミリーから店名でもある代表的な甘味ホットケーキを振舞われていた。
後ろでは甲斐甲斐しくカノンがユウキの世話をしている。
「あれ?ここだけ色が、違う?」
右手で髪を優しく撫でていると、右側の数本の髪だけなぜか黒く染まっていた。
「ん?ああ....なんでかな?」
自分で髪の毛を触ってみるが特に髪質とかに変わりわない、ような気がする。
「そんな事よりキリアさん〜!これは致命的ですよ!!」
声を上げるのは水宝石のような髪をしたエミリー、ホットケーキを両手のひらに乗せ、慌てている。
「致命的って何が?」
「なんども言ってるじゃないですか!この体質のせいでホットケーキが冷めるんですよ!」
体質?....ああ、そうだったエミリーは妖精になったせいで魔力の制御が効かず常に微弱だが氷結魔法を発動させていたんだ。
てか、ホットケーキが冷めるとかそんなレベルの話じゃないと思うが。
「それ以前に人に触れないだろ.....何とかしないとな.....自分で制御とかできないのか?」
「ちょっと難しいと思います......というか試そうとすると全部凍らせちゃいそうで.....」
確かに、エミリーが暴れた後は大惨事になっていた。
あんな事をこの国で起こされたらたまったものじゃない。
だが、困ったものだ、このままだとエミリーを最悪連れて行けなくなる。
「うーん、後3日以内に直さないとお前だけここに残されるぞ?」
「へ?何の話ですか?」
「3日後に国を出て、ニス=グリモアに行く、流石に生活してるだけで凍らせるような危険な奴連れてけないぞ」
「え!?聞いてないんですけど!!」
いや、言ってないし、知ってるわけないだろ。
するとカノンが首を傾げた。
「それ以前に今いるこの国って何なんですか?」
「ああ、俺達が作った国だな」
「へぇ、ユウキさん達が作った国......え!?えぇぇえ!?」
「国作っちゃったんですか!?」
盛大に驚いている二人。
そんなに驚く事でも無いと思うが。
「あれぇ、王様?何でここにぃ?」
驚いている二人に囲まれている隙間から顔を出したのは、胸女ことニース=クラン。
「な、何しに来たんですか胸女!!」
警戒心をむき出しに敵対するようにカノンがニースに向き合い威嚇していた。
「あら、そんなに警戒しなくても王を食べようなんて思ってないわよ、私が用事あるのは王もだけど本命はこっち、よ」
カウンターに指を指すと、そこから出て来たのはカフェの黒い正装に身を包みホットケーキを持ったオークだった。
「はーい3人前お待ち」
「「わぁ〜美味しそう!」」
ホットケーキを見て、感嘆の声を上げる女二人組。
その隣、ユウキの目の前の席にニースは座ると、手を上げオークに声をかけた。
「注文いいかしら」
「はーい!......あれニースさんまた来てくれたんですね」
嬉しそうにオークが微笑むと、ニースも同じように微笑み返した。
「いつものお願いね?」
「分かりました、いつもありがとうございますね!」
「そんなことないわよ♪好きできてるだけだもの」
そう言ったニースに向けてやはり笑顔を振りまくと、目の前に座る人を見た。
「なんで、王にカノンちゃんがここに?.......あれ?エミリーちゃん何で?調理場はどうしたの?」
一瞬キョトンとしたが、調理場と言われてハッとしたように席を立った。
「火つけっぱなしでした!!」
慌ててカウンターの奥に走って行く。
こう言うところは抜けてるんだよな。
「じゃあ王、俺も仕事に戻りまーす」
「ああ、仕事頑張ってくれ」
オークの肩を叩き見送ると、やたらとニースが前に詰め寄ってくる。
隣のカノンが威嚇しているが、無視をしておいた。
「ね、ねえねえ、あの人とどういう関係なの!?」
「あの人?オークの事か?」
「うん、私あの人を落としたいのよね」
頬を赤く染めながら詰め寄ってくる。
趣味悪、心の中でそうぼやきながらため息を吐いた。
「それで俺に用事って何?」
「へ?」
「さっき言ってただろ、俺にも用事があるって」
「あ、あー、そうだったわね忘れてたわ、後何日この国に滞在するのか聞いとかないと、と思ってね」
ああ忘れていた、確かこの国で住むことになった6貴族達に俺がいない間この国を頼む事にした。
当然俺がいついなくなるか知っておくべきだろう。
「あー、そうだな後3日ぐらいには出る」
「あら、また早い....どうして?」
「入学試験に間に合わなくなる」
「入学試験?なにそれ.....」
大学にでも入るのだろうか、そんな風にニースは予想し始めるが肉体年齢的にキリアは大学には入れない、それに気づくと分からなそうにハテナを浮かべていた。
「気にするな」
適当にあしらうとホットケーキを口に運んだ。
そんなキリアを見つめながら体制を前のめりに崩し両手で頬杖をつきジト目をこちらに向けてくる。
「後あの貴族ども妙に大人しいけど.....なんかした?」
「さあな?知らない方がいいこともあるんだぞ」
口元をニヤリと歪めたキリアに苦笑いを返し、ホッと息を吐く。
「じゃあ、俺は行くから」
ホットケーキを食べ終わり、布巾で口元を拭き、席を立つと、ニースがその服の袖口を引っ張り、キリアの動きを止めた。
「どうした?」
「そう言えば、白い鎧を纏った変な奴らの目撃情報が最近多発してるわ、なんか知らない?」
「ああ.....それなら問題ないさ、予定通りだ」
「予定通り?」
そこまで言うと腕を引き握った袖口を引き剥がすと『ホットケーキ』の扉を開けた。
扉の上についた鈴からいい音がなる。
「多分明日には訪れてくる、食事の準備頼むぞ」
「ふぁーい」
扉から外に出て行ったキリアにニースはホットケーキにぱくつきながら返事を返した。
♯
『ふんふんふ〜ん、こんなもんかのぉ♪』
『無理無理無理!!死にますよ!?』
国の中心地に聳えたつタワー3階そこには10匹ちょいの赤竜たち。
その赤竜の背には最新機械兵器魔導砲、翼には銃が大量につけられ、首元には剣、足には小型爆弾、こんな状態でどうしろと言うのだ。
『こんなのそもそも飛べないですよ!?』
『うるさいやつじゃなぁ、諦めが早いぞ、やってみねば分からんじゃろ......ほれほれ』
3階に広がるテラスから赤竜を押し込み飛ぶように指示しているのだが。
『や、やめろぉ!?落ちる!マジで落ちる!!』
爪をギリギリと地面に突き立て必至に踏みとどまる。
その様子にイラッとしたリンは、軽くジャンプして蹴飛ばした、というかドロップキックをかました。
『さっさといかんか!』
『ギャァァア!?』
思い切り蹴飛ばされた結果妙に高い塔から真っ逆さまに落ちて行った。
『あのぉ〜リン様、リーダー死んだんじゃ?』
『死んだら、それまでじゃ』
にこりと笑顔で冷や汗を垂れ流している竜たちに笑いかけると、竜の顔でもわかる苦笑いをした。
『殺す気かぁ!?』
その時テラスに多大な風圧を撒き散らしながら翼をはためかせ、リーダーの赤竜は飛び上がって来ていた。
『ほら、頑張ればいけるじゃないか』
風圧を撒き散らしながらタワーの中にゆっくりと足を下ろすと、直後リンに食ってかかった。
『ふざけんなぁ!?死ぬって言ってんでしょうが!?』
『死ななかったんじゃからいいじゃろ』
『そう言う問題じゃないでしょうよ!?』
そう笑顔で返され一応文句は口にしたが死ななかった事も事実、これ以上言い返すことが出来なかった。
『そもそもなんでこんな装備なんか?.....』
『戦争が始まるかもしれんじゃろう?』
『そんなん早々起きませんよ....』
赤竜はそう言いながら鬱陶しそうに羽を動かし、火混じりのため息を吐いた。
『そういえば、さっき変な奴らが国に入ってきてましたよ?行かなくていいんですか?』
もう相手をしたくないのか、あしらうように話をそらす。
と言うかこれ以上変なことをされたくない。
『ほう?初めての来客か......わしも行くかな?』
タワーのテラスから遠目に見れば、そこには白い鎧を纏い、竜の死骸を運んでいる騎士団のようなものがいた。
『あと、行くんならまずこれを外し.....』
『じゃあ行ってくる』
一人テラスから飛び降り勝手に向かってしまったリン、それをみたリーダーの赤竜は。
今までの勝手な行動も相まって怒りが限界突破した。
『これ外してからいけヤァ!?』
この日、赤竜の怒りの咆哮が国に響き渡り、民間人たちは恐怖を抱いた。
そのせいで後にリンから叱られるのだが、それはまた別の話。




