第86話 恐怖 感謝
頭の中、浮かび上がるのはいつかの日の妖狐のことば。
『王が人間?何を言っているのです?.....』
『そもそも人じゃないでしょう?』
(その言葉の意味をようやく理解したよ......
それは違うか....とっくに気づいてたはずなんだよな.....自分が人じゃないってことは.....)
それなのに俺は逃げ続けたんだ、自分自身が変わることを恐れ、人に差別の目線で見られることを恐れ、強すぎる力に恐れた。
(本当に....馬鹿で、自分勝手....)
だって、もし最初から自分自身にけじめをつけていれば.....こんな事にはならなかった。
確実に正義と互角.....いや、それ以上に渡り合えるはずなのに.......
(馬鹿だ俺......)
死にかけのカノンに顔を向ける。
ただの自分自身への嫌悪感、それだけのためにカノンは今死にかけている。
自業自得で死にかけている俺を見かねて、助けようとしたカノンは死にかけている。
理不尽じゃないか?おかしいと思わないか?
悪いのは俺なのに......なんでカノンが死にかけるのだろう?
余計な事をした....確かにそうかも知れない。
けど結局俺が悪いのだろう、死にかけるような真似するから、カノンに救われてしまうのだ。
(だから.....)
死んだ人は生き返らない。
子供だって理解している、どんなに喚こうと、泣き叫ぼうと、どんなに強い人でも、どんなに愛している人でも、一度死ねばそれで終わり。
神の元に行き、新たな人生を歩み始める。
(だからこそ.....)
カノンも今、心臓が貫かれ、血が流れ出ている.....
少しすればあの世に行き、新たな人生が待っているだろう。
カノンからすればその方が良いのかも知れない。
第二の人生を歩み、楽しく暮らして、いずれ好きな人と結婚して、子供を産んで......
毎日楽しく暮らしていくのだ。
(けど.....)
俺はお前にそんな未来歩んで欲しくない。
俺は俺のエゴでカノンと生きて行きたい。
カノンの気持ちなど知らない、今、俺の自分勝手な考えで、思いで、カノンを死なせたくない。
とんだエゴで、最低で醜い思い。
足元に倒れているカノン、すでに息もしていない、後3分もすれば死んでしまいそうな、命。
そんなエゴな願いも叶えられない.......なにせ世界が敵なのだ、人は死ねば生き返らない、そんな常識が敵で、今までだってずっと世界は俺を裏切り続けて苦しめられて来たじゃないか。
だったら俺は自分のエゴを突き通すために....胸を張って否定してやろう。
堂々と、いつもみたいに、図々しく、傲慢に。
「俺は...この世界を否定する.......俺に優しくない世界なんて壊してやる!...」
自分自身の為、エゴの為、仲間の為、少年はたったそれだけ、苦しい思いをしたくない為だけに、今世界に、規律に、常識に、神に、喧嘩を売った。
そこでユウキの瞳の色はさらに黒く、黒く染まる。
「身勝手で傲慢な考え方だ、くくく!」
正義は狂い、その考え方と、人ではない姿を愛おしそうに、キリアを見つめると、
「さあ、決着をつけよう!化け物!!」
右手を掲げ、槍を手に握った、力強く、決して離さぬように、恐怖に足をすくわれないように。
♯
仄かに揺らめく、白い世界。
意識をしていなくてはすぐに消えてしまいそうで、記憶にも曖昧に、記憶から消えては、また脳裏に焼きつき、消えていく。
そんな曖昧な部屋。
紅髮の少女はその部屋の中、ポツリと存在していた。
「ここはどこ?....」
「君に聞きたいことがあるんだ」
カノンが言葉を発する、それに合わせるように階段にいつのまにか座っていた何かは声をかけた。
「あなたは誰?」
「.........」
カノンの問いにも応じず、手を広げた。
軽く手を合わせると、音を鳴らす。
すると上に不可解で不可思議な光景が浮かび上がる。
その映像は、カノンが死にかけている時、見れなかった光景。
「どう思う?あんな姿をした、強くて醜いユウキを........」
一方的な質問、同じように無視すればいいのに、なぜか聞いてしまい、答えてしまう。
醜い?そんなこと思えない、ピンチの時に強くなる物語の主人公のようでかっこいいとさえ思える。
ただ......それでも思う。
「可哀想.....」
「可哀想?ああ、あんな醜い姿になってしまったから?」
「違う.......あんな顔で戦って欲しくない....」
ユウキの顔は今にも泣きそうな、悲しそうな、愁いを感じる顔をしていた。
「そっか.....うん.....それだけ聞ければ充分....」
何度か頷いて、カノンをまじまじと見ると。
「ユウキをお願いね」
黒い何かは笑ってカノンの頭に触り、肉を捻り潰すように殺した。
♯
「おい!起きんかカノン!!目を覚ませ!!.....今起きねば.....本当に死ぬぞ!?」
「カノンちゃん!!.....目を覚ましてよ!」
「カノンさん!」
うるさい耳をつんざく叫び声、今はそっとしておいてほしい、このまま楽に寝かせてほしいのに..
(なんだったかな.......何か....やらないといけないことが......)
頭に浮かぶのは、あの悲しそうなユウキの顔。
そして聞こえたのはあの時、死ぬ寸前の言葉。
その瞬間カノンは目を開けた。
体を起こし、辺りを見渡す、目の前には涙目のオークと髪の毛の色が違うエミリー、カノンのすぐ隣ではリンがほっと一息ついていた。
ここはどう見ても家、それだけで絶望感を感じる。
オークとエミリーが何か叫び、喜び声を上げている。
だか今のカノンには全く声が聞こえていない。
どうしてこんな所に?そんな質問もしていられない。
自分の命の状態も気にしていられない。
ただオークの首元を掴み。
「今すぐに!!ユウキさんの元に連れてって!!....」
有無も聞かずにただそう叫んだ。
♯
城の目の前、ユウキと正義が争っている、苛烈さを極めているのか、光り輝く閃光や土煙が上がっているのが遠くからでもよく見える。
(くぅ.....結局根負けしてしまった......あそこは力ずくに......気絶させてでも止めるべきじゃったのに....)
オークの背に乗っているカノンをじっと見て、リンは先程の会話を思い出す。
「今すぐに!!ユウキさんの元に連れてって!!....」
いきなり起きたと思えば、今度は身勝手な事を言い出したカノンに呆れ声交じりに問いただす。
「はぁ!?何を言い出しておるんじゃ!?カノン、お主心臓に穴が空いておるんじゃぞ!?」
「でももう塞いでくれたんでしょう?」
「そ、そうじゃがまだ血は......」
「ここに座っていたら血は戻るんですか?」
「そ、そういうわけじゃないが....」
カノンの正論にリンは少し後ずさる。
カノンの性格的にまさかここまできつく言われると思っていなかった。
「カノンちゃん、リンちゃんは君の体がもたないと思って、心配していってくれてるんだよ?」
「そうですよ、それにユウキさんならいつも通り相手を......」
言い負かされたリンに変わり、優しい声音で言うオークとエミリー。
だがそれでも.......カノンはエミリーの声を遮り、訴えかけるように、涙を浮かべながら言った。
「そういう問題じゃないんです!!このままじゃ、ユウキさんは......変わってしまう....」
涙目で訴えかけてきた結果、そのあまりの悲壮感に、全員折れてしまった。
だが、今更考えてみればそう簡単にユウキが変わるとは思えない。
(何がカノンをあそこまで焦らせる?)
リンは疑り深く、カノンを見ると。
「見えてきました!」
「ちょっ!危ないよ!?」
カノンはオークの背中から乗り出し遠くを見る。
同じものを見ようと、リンは走り出して、その後をエミリーがついていく。
だがリンは途中で足を止めてしまった。
エミリーは地面のクレーターを見た後、驚愕の表情、そして恐怖を顔に浮かべた。
地面にはクレーターがいくつも出来上がり、その真ん中でユウキは佇んでいた。
額からは角を生やし、まるで自分の心を表しているかのように髪も目も黒く染め上げている。
右半身はもう既に人ではない、布のような包帯のようなものが腕に巻きつき、指は鋭く尖っている。
そしてその体は血塗れ、だがその事に心配はいらない、ただ一つ皆の目線が向くのは。
ユウキの左手が握っている誰かの腕。
右手には片腕がない男の体。
ユウキはエミリーとリンをちらりと一瞥する。
エミリーは心臓を掴まれたように、謎の痛みが体を突き抜ける。
リンも同じだったようで言葉も出さずただ深く呼吸をしていた。
(カノンが言っていたのはこの事か......それにしてもこの目は....あの時の.....)
思い出すのは、エミリーがユウキをかばい、死にかけた時のこと。
我を忘れたユウキが、オーガを消し去ってしまった。
「ユ.....」
呼びかけようとしたその時、
「一瞬だけ....力を抜いたな!....その油断が命取りになるぞ....収斂正しき槍!!」
左腕を失った男はなお健在で、ユウキの足を蹴飛ばし高く跳躍、右手を掲げた。
その右手の槍にはリンでも驚くほどのエネルギーが集まる。
これはまるで自爆をするかのようなエネルギー。
(これはいかん!!.....)
「逃げろ!!」
そうユウキに叫ぶが、特に動きもせずただ呆然と、男を見て.....笑った。
その表情にゾクリと、リンの背中を何かが這い上がり恐怖を抱く。
「もう遅い!瞬間の槍!!」
今までとは比べ物にならない程光り輝く槍は次の瞬間、目に見えない速度で飛来して.........
瞬きする間に槍は既に深々と刺さっていた。
全員が唖然としてその場を見やる。
深々と槍は刺さり地面に倒れ込んでしまった.....正義が......
「何が起こったんじゃ.....」
「何も見え....ませんでした....」
ただある事実として言えるのは、何故か槍が正義の腹に突き刺さったということだけ。
「なにがっ!?....も、もう一度だ!瞬間の槍!.....」
腹に突き刺さった槍を力ずくに抜くと、右手に構え、先程よりも威力が低い、瞬間の槍を放った。
だが当然脅威である事に違いはない。
だがユウキは今度は嘲笑うように、口角を釣り上げると。
次の瞬間拳と槍が正面から激突、拳だというのに貫かれもせずまるで金属同士であるかのように火花を散らし、槍が折れ曲がった。
「なっ!?....がっ!...」
驚いたそのたった一瞬の間、右手に巻きついた布が急に緩くなると、まるで意思があるように正義の首と手首、足首を捕まえる。
「ふははッ!!」
化け物は笑いながら容赦なく、正義を振り回し民家を破壊しながら、地面に叩きつけた。
だがそれで終わるわけもなく、すぐにくる化け物の手。
「ぐっ!あああぁぁぁあ!!?」
頭を掴まれ、そのまま地面を引きずられた挙句、城の城壁に叩きつけられる。
激しい破壊音が辺りに響き、落石が辺りに落ちる。
「ゲホッ!.....」
吐き気、痛み、貧血に体がおかしくなりそうな正義は、地面に手をつき倒れ尽くす。
「どこにっ!?.....ガッあ!?」
当然終わるわけもなかった、正義の横腹に容赦ない蹴り、生々しい折れた音が響いたと思えば、土煙から伸びてきた布が正義の体に巻きつきそのまま地面に叩きつけられた。
「オエッ.......」
割れた地面の上、仰向けのまま正義はもうピクリとも動かない。
「凄い.....」
エミリーのその関心は怖いという声音が含まれている。
オークは言葉を失い、リンは自分の方が強いのに戦慄していて恐怖を感じていた。
城から上がる土煙の中、化け物、ことユウキは堂々と歩いてきて、正義の前で足を止めた。
地面に倒れ込んだ正義に、ユウキは慈悲もなく近づき、胸に手を突っ込んだ。
血が吹き出し、ユウキを赤く染め上げる。
どくどくと脈打つなにかを引き抜き、目の前で握りつぶした。
頬に血が飛び、辺りに血が飛ぶ。
その死体を蹴り飛ばし、遠くの民家まで飛ばした。
死体が落ちた音を聞いた後、下げていた顔を上げるとゆっくりとカノン達の方を向いた。
そして千鳥足で、今にも倒れそうに歩いて、膝をついた。
人外の力、まだ慣れていないせいか消耗が激しかったのだろう。
正直怖くないといえば嘘になる、カノン以外ほぼ全員がユウキに恐怖を抱き、嫌悪感を抱いて、いま膝をついた事に皆安堵した。
そんな中......,
「ちょっとカノンちゃん!?......」
「カノン!行くのはよすんじゃ.....」
「カノンさん危ないですよ!....」
ユウキを怖がり、近づく事を止めようとする声。
そんなもの聞こえないとばかりに、オークの背から飛び降りたカノンはゆっくりと歩き出す。
目の前まで行くとカノンも膝をつき、微笑んで見せた、もう休んでいいんだよ、と訴えかけるように。
ユウキはカノンの優しい顔を見て。
「生きてた.....んだな.....良かった」
ユウキは肩の荷が下りたようにすっと顔が緩み、角が幻のように消えた、そして既に限界を超えていた体は支える力もなくした。
前のめりに倒れてきたユウキをカノンは優しく愛おしそうに抱きとめ、胸に顔を埋めさせる。
「ありがとう....ございました....」
自分の為にこれ程までになって、化け物として畏怖され、仲間にまで怖がられ、心も体もボロボロになってまで頑張ってくれたこの同い年の少年に涙を流しながら心からただ深い感謝を捧げた。
♯
「はぁ、はぁ.....くくく.....」
血反吐を吐きながら、体を支えるため路地裏の壁に体を預け、右手で心臓のない胸を押さえる。
「やはり....人をやめていて助かった....人なら心臓を潰せば殺せるけど.....化け物は心臓を破壊しても死なないよ....くくく、詰めが甘い」
不敵に笑いながら、路地裏を抜けると、そこには見知った顔の氷像、その傍らには頬を膨らました、メイの姿。
「人さんも負けましたか....大丈夫ですか?....あと左腕もないみたいですけど.....」
「ちょっと心臓がないだけだよ......それよりその氷像、アキ?だよね」
「心臓がないって!?大丈夫なんですか!?」
知りたいことを言っても、聞く耳を持たず心配事を口にし続けるメイ。
ならいい、とばかりに横を通り過ぎ、アキの氷像を触る。
とくに壊れている場所はない。
「メイ、アキを頼む」
「え?シンさんは?.....ってちょっと!?」
メイの緊急用のポーチから回復薬を取り出し、体に浴びるように飲むと、地面を蹴った。
「どこに行くんですか!?」
メイの声も遠く聞こえない距離まで来た所で、いきなり背中から飛び出た異形の翼、一人空を駆けながら、小さくぼやく。
「ああ!....ようやく見つかった!.....彼こそ僕達にふさわしい敵だ!.....」
愛おしそうに、口を歓喜に歪めには愛の国を見て。
「なあ、君もそう思うだろう、ユウキ!......」
今はいない、過去に死んだ親友の名を叫び、体に力を込める。
「必ず君を生き返らせて.....一緒にキリアを殺そう!......当然最後は.....とどめは君に譲るよ....君こそが、ユウキこそが正義なんだから!.....」
ユウキに向けられるその思いは、気持ちは....既に信頼などではなくなっていた。
そうあるべきだという当たり前に変わる。
翡翠の瞳を爛々と輝かせ、大きく羽ばたくと約束の地、正義の作ったユウキの墓場に向かう。
「ああ!今日はたくさん君と話ができそうだ!」
本当に嬉しそうに、青年らしい笑みを浮かべ、口元をこれ程までかと、狂気を感じるほどにやけさせた。




