第82話虚無の魔王
金色の髪が爆炎でなびき、肌を焦がす。
ほとんど瓦礫も残らず燃え尽き焦土とかしたこの地。
自分でやっておいてなんだがここまでやるほどの事だったのだろうか?
確かに闇の魔王には恨みがある、いっ時その事で我を忘れ魔王達と殺し合いばかりしていたのは確かだ。
だからと言って、闇の魔王の仲間だからと言って、ここまでしたがこの娘は闇の魔王ではない。
「すまぬ、消し炭にする程お主を恨んでいたわけではないのじゃ」
「......謝るなんて、あなたらしくないですよ!」
踵を返し焦土となった地を去ろうとして、声が天高くから聞こえる。
上を見てみれば太陽を背にした女が空から落ちてくる、その時太陽に反射してなにかが光った。
後ろに軽く跳び、それをかわす。
(ふむ、投げナイフ.....ん?...ッ!?)
その時ナイフの柄に描かれた紋章を見た瞬間、怒りが沸き起こった。
「聞いていた話と違いますよ!!黒の魔王....いや虚無の魔王!!」
「主!!どこでそのナイフを!.....」
歯噛みしながらギリギリと音を立て、生きていた女、メイにリンは戸惑い怒りをあらわにする。
「お主はどこでそのナイフを.......トニア=ルーンのナイフを手に入れた!?言え!」
取り乱したリンを嘲笑うようにして、手にしたナイフを指で撫でる。
「へぇ、これは本当の黒の魔王トニア=ルーンのナイフなんですか......流石は闇の魔王様、とんでもないもの貸してくれましたね」
トニア=ルーン、魔王達や魔王を打倒しようと考えている者達には有名な魔王だ。
なんといってもトニア=ルーンは最弱の魔王であり、最強の魔王だったから。
トニア=ルーンは能力で言えば最弱、だが魔王と幾たび戦おうと負けなし、確実に勝ちを手に入れていた。
確実にステータスでも戦いの技術でも劣っている相手に勝ってしまう、これを強者と言わずなんというだろうか。
負けなし、その理由の1つが魔王の持つ何種類もの武器だった。
その武器はどれも『世界の異物』とまで言われるほどのぶっ壊れ性能。
そしてその1つ、トニア=ルーンのナイフ、それは魔王反物質という意味の分からない効果を持つ金属が使われ、しかも高速錬成効果を持っており少ない魔力で何千本もたった1秒で錬成する、そしてナイフの柄の部分には重力無効+指示などというふざけた性能がついていた。
全くどうすればここまでイカレタ武器ができるのか........
だがそんな黒の魔王も殺された、虚無の魔王によって.......
「それにしても助かりました、ありがとうございます」
華麗に頭を下げ一礼すると、口角を釣り上げ。
「トニア=ルーンを殺してくれて、ありがとうございました」
その時リンの理性という鎖が崩れ落ちた。
「貴様ぁ!!!」
怒りに冷静な判断をかき、魔力変換『漆黒』を展開。
一瞬でメイの後ろに反転、そして一回転すると、『螺旋追随・雷・逆巻技二連』どこからだしたのかいつのまにか手には大刀が握られている。
全く不可解な、回避不可とも思える高速な二閃、メイが振り返った時には既に刃は肩すれすれに........
次の瞬間金属と金属のぶつかる雷のような音が辺りに響いた。
「ちッ!........」
「万全保護」
収束したナイフがリンの刀を受け止めると、一気にはじきかえす。
そして無数のナイフはメイを守るように周りをぐるぐると回っていた。
「本当に厄介じゃのぉその技は!!.......やはりトニア、主は最強なんじゃな.....」
嬉しいような、悲しいような、なんとも言えない感情。
「なにをぶつくさと.....こっちから行きますよ!」
無数にナイフを錬成、何千本ものナイフを作り上げ、人の形のように作り上げていく。
「暗黒舞踏!」
ナイフで作られた足、手、頭、体が出来上がる。
体は破壊不能な魔王反物質のため破壊不可、全身が切れるという完全なる凶器で魔王殺しとも言える技だ。
だがリンはそれに目もくれない。
(トニア......わしはお前の代わりに出来ているか?)
頭の中の記憶に残っているトニア.....兄の姿に問い掛けてみても全く答えはない、ただ笑っていた。
その時鋭利な刃物がリンの体を引き裂く、ズタズタに。
「あはははは!魔王といってもこの程度ですか!?」
リンが切られ、生々しい音が辺りに響く、だがリンは無抵抗だった。
まあ、抵抗したところで意味はない、メイは常にナイフで守られている、そして目の前にはたった一撃受けるだけで体の自由を奪う魔王殺しのナイフの集合体。殺戮魔王人形がある。
並みの魔王では勝ち目がない。
リンはただ体をほのかに揺らし急所を外しているだけ、どこにも焦点が合っていないその瞳は過去の兄を見ていた。
3人で暮らす家の中で、兄は笑って幼い無表情の私の頭に手を置いて優しく撫でていた。
『どんなに自分の力が強くても、気を抜いちゃダメだ、俺みたいな弱いのに強い奴だっている.......だから自分の力で戦えよ、絶対俺みたいになるな』
言っている意味がよくわからなかった、いずれ分かると言われたが大人になった今でもわしはこの意味が理解できずにいる。
本気を出さず適当に作り上げた魔道具で魔王を倒し逃す。
優し過ぎる魔王、そして、自分の力がスキルがとんでもなく強いのにそれを一度も使わなかった、兄.......
(わしはあなたの様になりたかった!......)
わしはあなたの事を尊敬して。
わしはあなたの様な魔王になりたかった、あなたのやり方に心から心酔していた。
けど.......それは到底無理な話だった。
だって今も兄の適当に作った魔道具たった1つにも勝てないような現実。
だからわしはあなたの様になるためにあなたを....黒の魔王を取り込んだ........そしてあなたの様に陽気に生きてきたつもりです。
そしてわしはこの死地であなたの言葉の意味がわかりました。
わしがあなたのやり方をやり、あなたの力しか使わなくなる事を恐れてのことだったんじゃな?
自分の本来の魔王の力を使わなくなる、と.........
今までも散々兄の言う事を聞かず自由にしてきた......だから一度くらい、一度くらいは。
「守るよ.....兄ちゃん......」
寂しげにそう呟いたその瞳には既に感情や心は虚無の果てに消えていた。
「これで終わりです!!」
ナイフ型の人形は腕のナイフさらに錬成、ランスの形にするとリンの心臓を穿つためその手を突き出した。
生々しい音とともにリンの体が貫かれる。
それを肉眼で確実に見たメイは声を上げる。
「はは!やった!やりました魔王を倒しました!!..........もしかしたらこれで私も幹部の仲間になれるかも......」
嬉しそうに顔を綻ばせる、たったその間、コンマ数秒にも至らないその間に.......
「終刑 無の光明」
たったその一言が全てを、辺り一面を無に帰した。
♯
辺りは焦土とかした面影は既にない、いやそもそもそんなこと無かったかのようにあたりの地面そのものが消えていた。
その真ん中に純白の透明がかったドレスを身にまとうリンの姿が佇んでいた。
普段の金髪もなぜか透明がかっている。
「はぁ、つまらぬ」
感情のない凛とした声が辺りに響く、そのふてぶてしそうな態度も顔を見ればそんなこと思えないだろう、なにせ何も無いのだから。
「は...ははは.....初めて魔族に生まれてよかったと思いました.....ゴホッ!」
体の半分が消えている女、メイがそこには倒れ尽くしていた、魔族は生命力が強く体が半分では死なない。
「あー、あなたが虚無の魔王?」
「だったらどうした?」
「初めて会ったので挨拶をと......」
「挨拶?そんなもの要らぬ、どうせ主は死ぬ、なぜその様な無駄な行為をする必要がある?」
性格も無、感情も無、となったリンは厳しく言葉を突きつける、だがそこに悪意は無い。
「だがそのナイフを渡せば助けてやらんこともない、どうじゃ?」
「ナイフ?......まさかあの最強の虚無の魔王様がこのようなちんけなナイフを欲していると?」
「うむ、欲しい、我の遠い昔の兄の私物だ、一応出来るだけ揃えたが何個か足りぬ、その1つがそのナイフじゃ」
全くメイの挑発に乗りもしないリンに焦りを感じる、とにかく時間を稼がなくては逃げるか救援を呼ばなくては死んでしまう。
「兄....ですか.....何故あなたは兄を殺したんですか?何か不満な事や怨みでも?」
「........ふむ、そんな風に伝わっておるのか、わしは殺してなどおらん、兄は....じゃがの」
「じゃあ何を?殺したと?」
「兄の姿をした魔物じゃよ.......さて」
そこまで言うと無感情の瞳を揺らし、メイに近づく。
「これ以上時間稼ぎに付き合うつもりもない、ナイフだけもらっていく........」
ナイフを盗み取り、ポケットにしまう。
右手を空に向けると空間がぐにゃりと歪み全く別の世界が見える。
リンは時間が足りなかったと歯噛みするメイを見ると。
「次は直接来い、貴様らの部下では戦いにもならん、そう伝えておけ」
それだけ一方的に託けを頼むと、1人空間の向こうに消えていった。
♯
「久しく見ていませんでしたよ、その姿.......やっと昔に戻る決断を.......」
魔道具で常にリンを見ているサキュバスは、今の光景、リンが虚無の魔王に立ち戻った事に少し涙が溢れていた。
だってそれも仕方ないだろう、あの姿に戻るのは、魔王大戦、戦争時代終着最後に一度見たのみ、実に50年ぶりだ。
その戦争を始めた理由も確か家族を殺されたから........
恨み嫉み妬み怒りそんな負の感情を無にして、闇の魔王軍をただ1人虐殺し続けた。
最終的にはギリギリのところで何故かリンが戦争をやめてしまったが。
「そういえば黒の魔王様と、光の魔王様はどうされるのでしょう?」
リンに取り込まれた、黒の魔王と光の魔王どちらもリンの家族だ。
ふとリンが家に帰ってみると兄も姉も死んでいたらしい、無残に食い荒らされた後もあった。
そんな恨みを受け継ぐため、リンは虚無の魔王の固有スキル『有』を発動させた。
有とは無の反対、全てを無にする虚無、全てを吸収する有、歪な関係だ。
つまりリンは唯一初めて魔王を吸収する事ができる魔王だった。
だが今のリンにはそんなもの必要ない、黒の魔王よりも光の魔王よりも虚無の魔王でいた方が断然強いから。
「まあ、それはメルリン様に任せるとしましょう、さて私は迎えに行きますかね」
さあ、どんな辛辣な言葉をかけられるだろう、昔のように罵ってくれるだろうか。
期待に胸を膨らませ、目の前の空間を開けた。




