第80話妖精姫
精霊と妖精の違いとは?
よくある疑問だ、魔法学会でも悩まれている問題。
精霊とは花、草、木、水、様々なものに宿る魂が具現化したものだとされている。
そのためその宿っていたものにまつわる魔法を得意とする、まあ自我はほとんどないと言っていい。
それに比べて妖精は自我を持ち自分で好きな所に動き回り、限定された人にしか見えない精霊と違い、見せたい人物に自分の姿を見せる事ができる。
そして全ての魔法の威力が精霊の得意魔法と全く同じ、しかも妖精の得意魔法は通常の役3倍。
全てにおいて精霊の上位互換。
精霊の進化系と言っても過言ではない。
実際には進化系なのか、どうやって妖精という概念が出来上がるのか、全くもって理解不明だが。
近くで見ていた、ユウキとエミリーはその学会に発表出来るほどの妖精の発生法を理解した。
エミリーはゴブリンが瀕死まで追い込まれた時、つい我を忘れた。
今思ってみると本当にその選択が良かったのかどうなのか分からない、ただそのおかげで仇を取れたという事だけだ。
復讐者のスキルによる受渡、エミリーはその時仇を取るという、立派な復讐をする為に、力を欲したのだ。
もともと、村の事もあり復讐者の才能はあった為あっさりと受渡は完了した。
そして手に入れたスキルは【復讐者・生命格上】
一つの生命を一段階だけ進化させるという、生命の原理を捻じ曲げる掟破りの能力。
実際精霊に使って見たところ、妖精へと格上げされた。
詰まる所本当に精霊の進化系は妖精なのだ。
だがこんなふざけた能力にも当然メリットがある、自身が作り出した妖精等による魔法の行使に必要な魔力は全て自身が払わなくてはならない。
妖精魔法は威力が最強クラス、だがその分の魔力量も最狂クラスになっている。
当然そんな魔力エミリーが払えるわけもない、代わりに指につけた指輪の一つが爆散した。
「ふっふーん♪凄いでしょ?凄いでしょ?私ってばこんなに強くなっちゃったのよ♪」
小さな人形のように可愛らしく、微笑むとポケットの中にいるもう1人の妖精に自慢げに今の魔法のすごさをいう。
「光ちゃん、それは自分の力じゃないんだからね?エミリーさんが無理してくれてるんだよ?」
「氷は黙ってなさいよぉ〜今から私の魔法で消し飛ばされた男の死体を見るんだから」
光で溶け、白い煙が辺りを包み込んでいる、エミリーは少し息荒くも、じっと見ていた。
白煙が晴れるとそこには右腕を真っ赤に染めた秋の姿、髪の毛の先っぽが少し焦げていた。
「げほっ、げほっ、おいおい冗談だろ?俺自分の異能に結構自信あったんだぜ?まさか腕が焦げるとはなぁ」
冗談だろ、はこっちのセリフだ。
確実に消し飛ばすつもりで放った魔法だと言うのに。
やはり化け物という事を改めて認識させられる。
異能とは生まれ持った自身の能力の事、ある時は神託の子、などとも呼ばれている。
アキの異能、それは魔法に対する抵抗力が生まれついた時からMAXであった。
アキの異能は魔法に対する最強の盾。
確実に分が悪い戦い。
「ッ、もう左手は使い物になんねえな、ただ」
勝つための盾にはなるだろう。
アキは指をパチンと鳴らすと身体に強化魔法をかける。
そしてもう一度鳴らして足にかけた。
足を後ろに伸ばし身体の重心を深く下に落とした、と思った瞬間、アキはエミリーの真横に飛び込んでいた。
「ッ!!?光!氷!」
横薙ぎに振るわれる拳を元々かけていた眼強化魔法により拳撃を十分に捉えたエミリーは左手を合わせ、受け止める。
だが強化魔法なしとありでは差があり過ぎて、左手だけが後ろに飛んだ。
「分かったわ!!」
二つ返事でエミリーの胸から飛び出した、光と氷はエミリーに両手を向けると。
【妖精能力増加】を惜しげなくエミリーにかけた。
その時指輪が二つ破裂した。
残り3つ。
アキは特に何も言わず割れた指輪を横目で見ながらも、確実に警戒を色濃く浮かべ渾身の右ストレートをエミリーに振るうが、次のエミリーの流れるような護身術に目を疑った。
右ストレートを引き合いに出すとそのまま後ろ足でアキの膝を強打。
バランスが効かなくなったアキをそのまま地面に叩きつけた。
「ぐっ!?」
当然強化魔法、それも最高位のものをかけられている、そのエミリーの全力の投げが効かないわけがない。
地面に人型のクレーターを作り上げた。
アキはすぐに地面を殴りつけると、その反動で立ち上がった。
「嬢ちゃん....武術やってたのか?何の流派だ....東方の体術か?」
「うーん?あえて言うならユウキさん式武術ですね」
「ユウキさん式?.....誰の武術だ?どんな武術だ?........まあ、よくわかんねえ、ただ、試せば分かる」
アキは一歩踏み出すと魔王軍用式拳術【乱れ打ち】を放つ。
当然ただの技ではない、自身にかけられた強化魔法と自分の拳を別離させ、拳を4本分当たるようにする、諸刃の剣だ。
もし強化魔法では無いてで当たれば自身の手が砕ける場合もある。
初見殺しとも言われる、だがエミリーの目には全てが見えていた。
かわせないと踏んだその瞬間体を仰け反らせ、後ろに飛び引くと、足元に風魔法を展開、すぐに間合いを詰めた。
アキの懐に潜り込むと軽くジャンプをして両手を地面につく。
そしてそのままアキの顎を蹴り上げた。
「ッ!?」
(何だこれ、見たことねえぞ.......)
考え事をしている暇も与えないとばかりに次々と拳撃が飛んでくる。
アキはそれを軽く握って止めた。
「なっ!くっ!?」
「驚いたか?これも手を上手く握るっていう技術だ、そしてこれが本気の.....体術だ」
次気づけばエミリーは宙を舞っていた、そしてまた気づけば地面に叩きつけられており、口から血が出ていた。
「なにをっ?......」
「一瞬だけ目を見えないようにしただけだ、頭をついてな」
頭をつく、つまり脳を揺らした?
そんな仮説を立てても今のエミリーにそこまでの技術も余裕もない。
「くっ........」
無理矢理身体を奮い立たせると、拳闘の構えを取る。
「いいな、殴り合いと行こうぜ」
両者一斉に飛び出すとすぐに殴り合いを始めた。
カウンター、右フック、腹パン、生々しい音が響きながら両者に当たっていく、だがアキの方が当たる率は高く、エミリーの方が一発一発が重かった。
(ッ!拳闘の技術は俺が上、強化魔法はあっちが上......ざっと同等か)
だが、身体の鍛え方、修羅場の数ではアキが上だ。
さて、と体内時間を確認して、一気にエミリーから離れた。
「そろそろ時間だろ、3...2...1」
「ッ!?」
その時両者の強化魔法が消え去った。
アキはすぐさま強化魔法をかけるが、エミリーは動かない、冷や汗を垂れ流している。
「なんだ?お前は強化魔法をかけないのか?.......いや、かけるのかかけないのか、迷ってるんだろ?魔法なら2回、強化魔法を全身にかければあと1回...ってとこか?」
「......なんの根拠があって?」
「分からないようにしてるかもだが手の指輪の数だけ魔法、強化魔法を使えるんだろ?」
その通りだ、アキの言う通りエミリーには妖精魔法を使うだけの魔力はない、だから一発魔法を放つたびに魔法具、肩代わりの指輪、が妖精魔法の魔力を肩代わりして破裂する。
そして今エミリーの手に残っているのはたった二つの指輪。
このままではユウキさんとの約束を破る事になってしまう。
「ッ!....そんな事ありません...」
「嬢ちゃんは嘘が下手だなぁ、普通なら可愛がられるかもしれないが.......ここが戦場ってことを忘れんな、たった一つの情報がお前を負けに貶める!!」
アキはすぐさま間を詰めるとエミリーのお腹に抉りこむ一撃を加える。
たったそれだけで先程の高度な攻防のやりとりの面影もなく、簡単に吹き飛んだ。
「ガッ!?」
家の壁にめり込みながら、口から血を垂れ流す、永遠と止まることなく血は口から垂れている、内臓をやられてしまったのだろう。
「迷っているうちに、負けるぜ?さあ決めろ!!」
エミリーの頭に浮かんだのは、最終手段、だがこれは約束で、本当に使わなくてはいけない時、その時以外駄目だと言われている。
もう魔法しか......いや駄目だ、一発の魔法は防がれている、なら強化魔法........以ての外だ。
なら、ならどうする?........やるだけやってやる!!
「【妖精・光氷の舞】!!」
巨大な氷と光が渦巻き混ざり合い、高温を発する氷となってアキを飲み込まんと襲いかかった。
「最強の魔法抵抗力と最強の妖精魔法、矛盾のどちらが強いのか、決定戦と行こうや!!」
アキはその一言を叫ぶと、強大な魔力に飲み込まれた。
あたりは一面焼け焦げているところ、凍りついているところ、様々に変化が見て取れる。
「くうっ!はぁはぁはぁ」
最後の魔法は指輪だけでは持たず自分の全魔力も使ってしまった。
もしこれでアキが倒れていなければ......
エミリーはアキの方を望みが叶いますようにと祈るように見た。
そしてそこには立っている人影が。
やはり駄目だった、のか?......いやけどあれだけの魔法をくらえば流石に立っているのもやっとなはず。
「は、はは、俺の(盾の)勝ちだな、ッ!...」
「まさかあなた.....全ての被害をその手一本で受け止めたんですか!?」
アキの体はあまりにも綺麗だ、だが左手だけは、凍りつき、焼け焦げ、少し灰になっているところもある。
こんなものもう二度と腕が使えなくなってもおかしくない。
「あなたは......そこまでして....」
「そこまで?お前は本気でやってなかったって事か?おい....それはなんの侮辱だ!ふざけんな!」
アキが怒鳴る、初めて見た怒りの顔、先程のヘラヘラした態度が嘘のようだ。
「お前は何の為に戦っている!?生きる為だろうが!お前は俺に殺されに来たってことなんだな!!」
そこまで熱く語っていたアキは急に黙り込むと、頭を書いた。
「.......悪い、何でもねぇ、どうせ生きようともしない奴に、世界の負け犬にこんなこと言っても仕方ねぇや、さっさと死にな、もう用はねぇ」
アキがとどめをさす為小さなナイフを取り出すと、振り上げた。
別に世界の負け犬でだっていい、何度死のうと思ったか分からない、生きたいだなんて思ってこんな戦いしていない、私は、私がこの世界に適合していない事を知っている、ただの優しい人間がこの世界では最弱な事を知っている、最も卑劣で、残虐で、自分の事しか考えていない奴が強い事を知っている、欲をむき出しな奴が強い事を知っている。
だから私は......自分が生きる為にこれを使うわけじゃない......ただ....
頭に浮かんだのは昨日のユウキの言葉。
『この魔法は、お前の人生を大きく狂わせる、だから、もしどうしても使わなくてはならない時、その時は自分の為に使うんだ』
「貴方に....これ以上、苦しんで欲しくない、涙を見たくない!.....だから私は....」
振り下ろされた短剣を自分の手のひらを貫かせ鍔元を握る。
「約束を破る!!」
そしてそのままアキを蹴り上げた、強化魔法はかかっていないが、明らかな反撃行為、アキは急速に笑みを浮かべた。
「やれば出来るんじゃねぇか!!」
「もう、知りません、貴方は私との戦いで優し過ぎた、だから負けるんです」
だってこの世界は優しい人間に対して厳しく、生きにくい世界だから。
エミリーが氷に触れた瞬間、氷は何かを感じたのか、エミリーに向けて笑顔を向けると頷いた。
次の瞬間エミリーから魔力が吹き荒れる
生物の進化。
エミリーは自身の理を破壊した。
♯
妖精は昔から魔法のプロフェッショナル、太古の時代から今の魔法よりも更に先の魔法技術を持っているとされている。
そしてエミリーはその妖精の力を操れる、確かにそれは強い.......けど..だったら。
「自分が妖精に進化すればいい」
魔力の塊から出て来たのは、髪の毛が凍りついた....ように見えたエミリー。
その実エミリーの髪は真っ青に染まっていた。
「ふぅ.....」
エミリーの吐息は冬空の下にいるように白く、足につくほど伸びた髪は凍りついたように青く、肌も白い。
そして何故だろう、この太陽が燦々と降り注ぐこの日、エミリーの周りにだけ雪の結晶が降り注いでいた。
あまりの膨大な魔力、ふざけている、そうとしか思えないほど、こんなの魔王レベル.....
「妖精姫......」
アキはふと思い出した、あるお伽話を。
妖精達には姫様がいて、その姿は人間とまるで同じ、だが目は妖精のように綺麗な瞳をしている。
その姫は普段は温厚で優しい、だが一度怒らせたらさあ大変、全てを滅ぼす魔王に早変わり。
そんな変なお伽話、のような曖昧なもの。
だが今曖昧さなど全て消えた、目の前にいるのだから、そんなもの無いに等しい。
エミリーは白い息を吐くと、手を軽く振った、その時はエミリーの足の周りから氷が一気に出現した。
「っ!?くっそ!」
アキの足を氷が捉えるとそのまま一気に腕も凍りつかせられた。
氷は辺り一面、家も関係なく蹂躙し、気づけば周りにあるのは氷のみ。
エミリーはおとなしい足取りで腕や足が凍りつき身動きが取れないアキに人差し指を向けると。
「俺の負けだ.....」
「【零の矢】」
たったその一言でアキの体は真っ白く氷よりも白く染まり、銅像が出来上がった。
「私の(矛の)勝ちです」
堂々と人間ではなくなった妖精が勝利を宣言した。




