第73話トラウマ
冒険者ギルド一階の酒場、そこのテーブルの一番目立つ席ど真ん中、そこには二つ名『冷淡』のチナツ、ある意味恐れられていたはずなのに今では怖がられることもない逆に人気だった。
酒場の席で座りながらグラスを傾ける、当然お酒ではない。
それを飲みながら、チナツは妖狐と喋っていた。
「それで?狐人......じゃなかった、妖狐は、主人のキリアさんになんで調教されたの?Sランクの魔物でしょ?キリアさん位なら食料にできたんじゃないの?」
「え...えーとそれは......あのですね.......」
言葉が詰まってしまった、何を言えばいいのかよく分からない、何処まで言ってもいいのか聞いておくべきだった。
「どうして?ねえねえ」
「えとえーと......そ、そうです、キリアさんが狐人と妖狐を間違えて調教してしまったんですよ」
「え?それでキリアさんは調教成功させたの?普通あり得ないでしょ、妖狐はSランクだよ?」
これはまずい、このままだと王の実力が疑われてしまう。
でも、どうしたら......そうだ、こうしてしまえばいいんだ。
頭の中で勝手に結論を出し口に出してしまった。
「私がキリアさんに一目惚れしたからです!」
とてもいい嘘を言えたと笑顔だったが、そこで気がついたチナツの顔が固まっていることに。
「あれ?私何か変な事言いました?」
「言ったわよ!まさか妖狐がキリアさんの事を......主従関係....魔物と人間の禁断の愛.....確かに滾るシチュエーション....うん凄くいい!」
何故かチナツは何かを呟きながら、最後に興奮しながら言葉を叫んだ。
「私応援するから、頑張って!!」
「は、はい?」
使い物にならない右手を少し小刻みに震えさせながら握手をした。
妖狐は握手をしたチナツの右手をちらりと見る、もしかしたら王ならこの傷を治せるのではないか?
「.......その傷、大変そうですね」
「うん?まあね......そんな事より!ねえキリアさんの何処に惹かれたの?ねえねえ」
傷を治せる人がいる、そう言おうとしたが、辛気臭い話は嫌だったのか、すぐに明るい話に変えられてしまった。
「さっきから素の口調が出てますよ」
あまりにもチナツが興味津々で口調も忘れるほどなので冷や汗を流しながら少し注意を促す。
「別にもういいよ、どうせ口調の事はもうバレてるだろうし、それで?何処が好きなの?見た目?それとも性格?
.....それとも強さに惹かれたとか?」
一番最後の言葉を言われた時、少し心が跳ねた。
図星だったからだろうか?でも強さに惹かれたと言っても、恋愛感情は無い.....はずだ。
「まあ、強さはないか、だって妖狐より強い人なんてこの国にいないでしょ?」
それはどうでしょうか....まず確実にユウキ、カノン、リンの3人は自分より強いと思う。ゴブリンとオークは.....魔力変換を教えていないから負ける事は無いだろう、リヒトは.......正直よく分からない。
「まあ、そうかも....知れない?.....」
返事を返すとチナツの後ろには爺いの姿があった。
そして両手には長めの布を持っていた。
何をしに来たのか気になり、心を覗くとさっき起こったと思われるユウキとマルドレイのやり取りが見えてきた。
「チナツ、ちょとこっちに顔を近づけて下さい」
「ん?はい」
机に体を少し乗り出しこちらに顔を近づける。
その顔の目に妖狐は両手で目を閉ざした。
「え?なになに?」
妖狐は顔でマルドレイに指示を出す、今だ、目隠しをしろと。
マルドレイは何故妖狐が知っているのか驚きながらも、長い布でチナツの目を覆った。
「え?なにこれ、ちょっと妖狐、なんなのこれ」
「えーと、サプライズがあるので来てほしいらしいですよ、お爺さんが」
「じゃあお爺ちゃん後ろにいるんだよね?だったら目を瞑るからこれとってよ」
「悪いがそれはできん、ふんっ!」
そう言ってチナツを持ち上げると「え?え?」と、戸惑っているチナツなど御構い無しで階段を駆け上がっていった。
「連れて来たぞ!!」
「え?ここ何処ですか?」
ギルド長室の部屋の扉が勢いよく蹴破られた。
その腕のあたりにはチナツが抱えられている。
「さあ、今すぐ治してもらおうか!!」
俺は凄く焦っているマルドレイに呆れつつも、机の上に乗っている紙にペンで文字を書くと、それをマルドレイに見せた。
『分かっている、早くそこに座らせろ』
紙に書いて話をするキリアをマルドレイは訝しそうに見る。
『お前は馬鹿なのか?喋ったらチナツにバレるだろうが』
「ぐっ!?そ、そのくらい分かっておるわ!!さっさとやらんか!!」
『分かっている、早くそこに座らせろ』
同じ紙を二度使い、今度は紙に書いてある『そこに座らせろ』の部分を指で強調して見せる。
すると、やっとチナツをその場に座らせた。
「な、何?なんなんですか?そろそろ少し怖くなって来たんですが.....」
「大丈夫ですよ、私がここにいますから」
妖狐はそう言いながらチナツの右手を仰向けにして俺に見せた。
その傷は生々しく肉がえぐられていた、傷が少し神経に達しているのだろう、細かく震えている。
これほどの傷なら前から試したかった回復魔法を使ってもいいだろう。
勝手にチナツを実験台にすると、右手に黄緑色のクリスタル型の結晶を浮かべた、これは回復魔力の元素だ。
そしてこれに闇魔法の元素をマイナス30%させる。
何故こんな事をするのかというと、もともとの回復魔力の元素には最初から光魔法が使われていて、回復魔力の元素は光魔力と回復魔力の2つで成り立っている。
どうして光魔力が使われているのかというと、そうしないと回復できないからだ。
なにせ回復魔力だけだと人間の体に与える効果を持たない、だから光と言う人間に当たるものを使って、当たった場所に回復効果をもたらしている。
【回復魔力70%+光魔力30%】=【回復魔力の元素】
じゃあこの式から、光魔力と反発する闇魔力を同じだけ出せばどうなるか。
すると
【回復魔力の元素+闇の魔力】=【回復魔力70%】
普通は発生させられない回復魔力のみを取り出せるわけだ。
そしてここからが俺の考えている事.......
右手の回復魔力70%に回復魔力をずんずん足していく、そして左手には水魔力の元素を本当に少しだけ発生させた。
そしてその2つを足すと。
【回復魔力97%+水魔力3%】=【翡翠色の液体】
よしこれで、解説スキルを使いユウキの両手一杯の液体を確認すると。
【複合魔法 世界樹の雫】
少し変わった名前の魔法が出来上がった。
この液体はほぼ、回復魔力の原液、通常の回復魔法よりも期待できるはずだ。
俺は妖狐が抑えているチナツの腕、そこの深い傷の場所を確認すると、両手の液体、世界樹の雫をゆっくりと垂らした。
チナツの傷に液体が触れた瞬間、眩い翡翠の光が部屋一帯を飲み込む。
あまりの光景に唖然として固まっていると、光は少しずつ小さくなりチナツの腕に集まり、急に光は霧散し儚く散った、チナツの腕を治して。
「な、何じゃったんじゃ今のは......」
まだ状況が把握しきれていない、爺い、じゃあ今の内にと、部屋の扉を大きく開け、そのまま閉めた、皆に誰かが出て行った音が聞こえるように、チナツにも。
「見てくださいじじ.....マルドレイさん!チナツの腕の傷が.....」
「治っておる!!」
爺いといいかけた妖狐の事など気にせず、子供のようにひたすら喜んでいた。
「そろそろ目隠しを取ってやったらどうだ?」
「え、え?」と何が起こったのかよく分かっていないチナツ、ただ右腕がとても暖かいものに包まれた感触だけがあった。
流石に確認させてやったほうがいいと思ったキリアがチナツの目隠しを外す。
チナツは急に光を見たせいで少し目を瞑った、恐る恐る目を開けて、場所をかくにんする。
「ここは.....おじいちゃんの部屋?何でこんなところに.....」
傷が痛まないように左手を地面について立ち上がろうとするが、左手だけではバランスが保てず、横に倒れこんでしまった、その時咄嗟に右手を突き出し手をつこうとした。
確実に痛いだろうな、そう思っていたが実際に右手をついてみると全く痛むことはなかった。
「え?ま..さか!う、腕が治ってる!!!??」
チナツは自分の腕を見るとあり得ない事が起こっていた、その事に声を上げる。
「ど、どうして!?」
チナツが疑問の声をマルドレイにぶつける。
マルドレイは一度俺を一瞥すると、こほん、と咳をつき話し始めた。
「実は腕利きの冒険者にお願いして見たら治してくれたんじゃ」
完全なる嘘、だがチナツにはそれが真実だ。
チナツは目を輝かせると
「私その人にお礼を言ってきます!!」
ギルド長室の扉に手をかけたチナツを慌てて止める。
なにせそんな人どこにも居ないのだから。
「まてまて、もうおらんよ、すぐに旅に出ると言っておったからな」
「え!?本当ですか!」
チナツは妖狐に振り向くと、妖狐は首を縦に振り肯定を示した。
「うう、残念.....」
肩を落としている、チナツ、だがマルドレイがチナツの肩を持つと、見覚えのある剣を手渡した。
「そんな事よいではないか、それよりもほれ、これでまた冒険者に戻れるぞ」
その剣はチナツのいつも使っている剣だ。
一瞬身を引いてしまったが、恐る恐る手を伸ばし。
「あ、ありがとう......」
息を飲んでその剣を受け取った、その瞬間。
鮮明に頭の中に映像が浮かび上がった。
その映像は嫌がらせのように綺麗でリアルだった。
腕を食い千切られる、痛み、恐怖が頭の中を支配していく。
いつのまにか体が震え、足も立ち竦む、そして口が震え
「あ、あ、あ、あああああああ!!?」
絶叫を部屋に響かせ、剣を放り投げ床にチナツが倒れ込んだ。
「ど、どうしたんじゃ?」
マルドレイは倒れたチナツの肩を持つと心配そうに俺に顔を向ける。
だからいっただろうに。
「俺は条件で話したからな、チナツに冒険者を強制させることは無しだと」
「なぜじゃ、どうして.........」
「わからないのか?いくら傷が治ろうとも、心の傷は治らない......まあトラウマだな」
トラウマ、実際にトラウマを持っている人間は少ない、だがそのトラウマを持つという事はその人間にとってそれ程の恐怖が刻み込まれる体験をしたという事、例えば拷問など、苦痛による恐怖で頭がおかしくなる者は少なくない。
「くっ......なぜじゃ」
悔しげにそう呟く。
理解してやってもいいと思うが.....それにしてもこの爺い娘があんな目にあっても本気で冒険者やらせる気だったのかよ。
「悪いが俺が治すといったのは体の傷だけだ、さあ、約束通り話してもらおうか」
だが俺はそんな事に興味は一切ない、それよりも、と俺がそう詰め寄ると、マルドレイはしぶしぶ
「分かった」
そう答えて話をし始めた。
♯
愛総合整理協会、愛の国に存在する全ての協会を束ねるトップの協会。
その協会は国の中心部、現人神リクの住む城、そこの地下に建てられている。
そもそもここの存在を知っているのはごく一部の者のみ、現人神リクから認められた、気に入られた者、他国の権力者、優秀な人材、ここにいる者たちは指輪をつけずこの国の人間を己の望むままに動かす事ができる。
「ふむ、君達はここで待っていたまえ」
「は、はい」
「.........」
年季を感じさせる扉の前で待つように言われ、足を止める、マントを深く被り顔を見せないようにしている変わった服装の男は一人扉の中に入っていった。
変わった服装と言ったがエミリーもゴブリンも同じ服装だ。
「本当にこれで上手くいきますかね?」
心配そうに隣のゴブリンに話しかけるが、突っぱねるような言葉を返される。
「知らん、だが王がこれで良いと言ったのだ、最悪の場合の話もされただろう、今は成功のため尽力すれば良い」
「.......流石ですね、私よりも後にユウキさんと会ったのにもう理解しています」
「理解するも何も、ただ言われた事を実行しているだけだ」
素っ気ない態度、だがそれでもやはり理解して従っている、そうとしか思えない。
そんな話をしていると、扉が開いた。
「入るが良い.....我が同胞よ....」
渋い声を聞きながら、開いた扉の中に足を踏み入れた。
中には席が用意されており円卓状のテーブルの周りには数人の人が席についていた。
「さあ、会議を始めようか、まず本日の議題についてだが新しい新人の追加だ、まず新人2人に自己紹介をしてもらおう、さあどうぞ」
一際目立つ席に立たされて周りの人の視線が一気にエミリーに集まる、するとエミリーは少し深呼吸をして、口を開いた。
「私はエミリー=フォーマスト、魔法国家フレミニア王国からやって来た貴族です、そしてこちらはゴブリンです、どちらも腕は立ちますのでどうかお仲間に加えていただけたらと......」
「ゴブリン、なんとも弱そうな....こんな弱そうな奴信用しても良いのか?」
文句をつけようと口を開いた者にゴブリンは容赦なく大剣を見えない速度で降った。
「ひっ!.....」
首すれすれで大剣が止まっている、もし少しでも前にズレていたら首と体が永遠にお別れしていた事だろう。
「今、見ていただいた通り実力は申し分なしと思いますが?どうでしょうか、仲間と認めてもらえますか?」
そういうと静寂だった部屋に拍手の音が響いた。
「これからよろしく頼むぞ、同胞よ、では部屋に案内しよう、その部屋には重要な資料と、食料、娯楽などを置いておく、この協会内なら自由に出歩くといい.....ではこちらだ」
会議場所を離れ、しばらく歩くと小部屋のような場所についた。
「見た目は狭いが、中は広い、好きに使え、では.....」
声的に男だと思われる人が完全に立ち去ったのを確認して、扉に手をかける、中は確かに広い。
適当なところに荷物を降ろし、顔にかかったフードをさらに深く被るとエミリーはゴブリンに話しかけた。
「確か、声は聞こえないという話でしたよね」
「そうらしいな、だがやはり王の言う通り.....」
「見られてますね.....」
天井にくっ付いている一見装飾に見えそうなもの、だがこれは魔道具で一定の方向の映像を見えるようにするものらしい。
「さて、これからどうします?今すぐ探しにいきますか?」
「確かにこんな所から一刻も早くいなくなりたい所だが、1日だけ様子を見るんだ.....結構は明日の朝4時」
「なら、もう寝たほうがいいですね」
壁にかけられた時計を確認すると只今よる10時頃。
4時に起きるのならもう寝たほうがいいだろう。
「そうだな.....そう言えばエミリーは真名を教えて良かったのか?偽名にすれば良いものを」
エミリー=フォーマスト、これはエミリーの本名だ、ゴブリンはそれをわざわざ打ち明ける必要があったのかと聞きたいのだろう。
「さあ?どうでしょう、ただ考えるのがめんどくさかっただけですよ......ではお休みなさい」
エミリーは1人部屋の奥のベッドに潜り込むとすやすやと寝息を立て始めた、その時ゴブリンは1人、魔力変換の練習を始めるのだった。




