第70話欲の恐怖
愛の国のすぐ隣にある森、ラブリーフォレスト。可愛い名前とは裏腹にCランク以上の魔物がうようよすみ着いている。そして、その先には愛の国とシャガルル王国との国境線、別れの山脈がある、そこには最低でもAランク以上の魔物が住み着いていた。
(どこにいるんですか!チナツさん!!)
足に魔力を纏いながら地面を蹴る、普段はめったに使わない魔力変換。Sランクの魔物になると使う事を許され同じ種族の魔物から引き継いでいく技術、その技術をユウキやゴブリン達にバレないように出来るだけ使わないようにしていたが今回限りは全力で使っている。それほどまでに焦り急いでいるのだ。
地面の土を蹴り飛ばし猛スピードで森林を駆け巡る。
チナツが受けたクエスト赤竜の討伐、赤竜が根付いているのは別れの山脈中部、そこを目指し駆けていると。
「急げ、急げ!!絶対に逃げ切るんだ!!」
目の前から食料......人間が三人こちらに向かってきていた。身なり的には余裕で殺せる相手、ならば特に気にすることもない、気にしている暇もない、ただその三人組が向かって来る方向と逆の方向に走っていく。
そして食料の隣を通り過ぎた時、
「おいっ!!今そっちに行っては駄目だ!!」
三人組のうち一人が振り返り私に声をかける、だがそんな事で止まっている暇はない。
「........」
「聞こえてないのか!?今そっちで数体の赤竜が暴れてるんだ!!一人の騎士が止めてるが、いつまで持つか......」
その言葉を聞いて、私は立ち止まるとそいつの首筋を握りしめた。
「まさか、騎士ってチナツさんですか!?見捨ててきたんですか!?」
「ぐっ!?は、離してくれ....げほっ!げほっ!いきなり何するんだ!!」
妖狐が離してやると地面に尻餅をつき、激昂する。
「そんな事はどうでもいいんです!!どこにいるんですかチナツさんは!!」
「チ、チナツ?誰だ、それ......それって俺達を助けてくれた騎士の事か?」
「助けてくれた?」
男はやばい、と口を滑らせたと後悔するが、妖狐の殺気に当てられ素直に話した。
「じ、実は俺達、Cランク冒険者なんだが、竜の卵を盗むクエストを受けていたんだ、親竜がいないタイミングを狙っていたんだが、親竜以外の巡回中の竜に見つかってな、追いかけ回されてたんだ、そしたらあの人...チナツさん?だっけか、その人がいっぺんに竜を引き受けてくれたんだ、だから俺達は逃げてきた」
「最低です!!それってチナツさんじゃあ勝てないと踏んで逃げてきたわけでしょう!?」
妖狐の言う事が図星だったのか下を向く。
「場所を教えて下さい」
そんな人間に呆れて、私はただ一言そう聞いた。
「まさか、助けに行くきか!?無茶だ!!」
「それでも、助けに行くんです、だってチナツさんは....初めての友達なんですから」
その友達と言うのは人間の中での初めてだろう。だが、三人のうち一人が勝手に色々と勘違いし始める。
「俺も....行く!!このまま見殺しにするなんて俺にはできない!」
「おいおい、本気かよ.....」
「私は行かないわよ!!」
二人は猛反対しているが、一人でもついて行くらしい、こう言う奴は英雄願望が強すぎるな、早死にするタイプだ。
「こっちであっていますか?」
「ああ、こっちだ.....って早!!」
妖狐は向きを確認すると本気で走り出した。
「...友達...か.......はぁ...全く..つらくなるのはお前だぞ?....」
俺は木の裏でそうぼやく、所詮人間だろうが魔物だろうが、関係性であるのは、利用するか、利用されるか、たったそれだけだ。
利用するために相手を縛り付ける、友達という言葉......お前は本当に、そう思っているのか?
それがどれだけ重いのか、理解しているか?本当に背負っていけるのか?....どんなに裏切られようとも....俺にはもうできないことができるのなら....見せてくれよ、魔物...
自ら苦しみを背負った魔物に俺は同情を覚えながら、その友達の結果を見るため、静かに歩みを進めた。
#
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息を吐きながら使い物にならない右手を左手で抑えながら、走る、生きる為に走る。
後ろからは赤竜が7匹、私をいたぶって遊ぶかのように、口から火球を放つ。
「ッ!!」
チナツのすぐ後ろに火球は放たれると、爆炎と爆風が吹き荒れる。
「ガハッ!!」
その爆風にのまれ木に背中から打ち付けられた。
それが功をそうしたのか、赤竜は私の姿を見失い、他の所に探しに向かった。
「げほっ!、げほっ!、はぁ、はぁ、くそっ、このままじゃまずい」
今のチナツはほぼ絶対絶命、死ぬ事は免れない。
まず、右腕を竜の爪で貫かれほぼ動かない、力も入らない。そして、一番の問題はテレポートが使えない事。全ての魔力を使ってしまい、ギルドに帰れないのだ。
それでも既に絶望的だというのに.....
「ここまでか....」
目の前には赤竜が舌なめずりをしながら近づいてきていた、もう見つかってしまった。
赤竜はすぐ目の前まで来ると、チナツの美味しそうな血が垂れている右手にかぶりついた。
「っ!?くそっ!!.....ぐっ!?」
手を振りほどこうとしたが余計に手に牙が食い込む。
竜は噛んだ手に舌で舐め回し、血をすすった。気持ちの悪い感触と血が失われていく感覚。
そして竜はついに牙を本気でおしたて、右腕の骨にヒビを入れた。絶叫しそうになる痛み。
「ごめんなさい、キリアさん妖狐、約束守れなくて.....」
天を仰ぎみながら、頬に涙がつたった、死ぬ事への恐怖による悲しみなのか、約束を守れなかった罪悪感による悲しみなのかわからない。
ただ、言えるのはまだ死なないという事だけ。
「やあぁぁぁぁぁあ!!」
「!?」
いきなり竜の顔に飛び蹴りが飛んだ。
派手に吹き飛び周りの木々巻き込んでいく。
倒れ込んでいる竜を踏みつけ出てきたのは友達の狐人だ。
「駄目だ!狐人!!君じゃあ死んでしまう!!」
必死そうなチナツの声、少しは緊張感を持った方がいいのだろう、だが何故か少し笑ってしまった。
「ふふっ、変な人ですねチナツさんは、魔物なんて所詮は人間の道具でしょう?」
「そんな訳ないだろう!!狐人は大切な友達なんだ!狐人が死んだら私は....頼む私を見捨ててくれ!!」
魔物を友達、そんな馬鹿な人間の貴方だから....
「だから、だからこそ逃げられないのです.....それに私は、貴方に一つ嘘をついていました」
そんな事を口にする、狐人の後ろでは竜が起き上がり、右の甲を高く振り上げる。
「待って!!逃げ.....!!」
「私は.....妖狐なんです」
妖狐が口にした瞬間、後ろの竜の体が弾け飛んだ。
「へ、あ、え?」
間抜けな声を出してわからないといった風を出しているが説明する暇もない。妖狐の固有魔法変換、粘着魔力で胸を抉られた竜が最後の悪あがきに辺り一帯に知らせる咆哮を放ったのだ。
「ワルドさん、チナツさんを連れて早く逃げて下さい」
妖狐の言う通りにチナツの手を肩に回し持ち上げる。
「分かったが、お前はどうするんだ?」
「私は遅れて行きますのでご心配なく」
「.....本当だな?信じるからな?」
念を押しながら愛の国を目指し、走っていった、こんなに普通に会話できているのに右手には指輪が付いている。
こんな事をするなんて本当に人間は最低だ.....でもそんな人間を助けようとする私は本物の馬鹿なんだろう。
それに私は嘘をついている、遅れて行く?無理に決まっている。妖狐の基礎能力はSランクの中でも最底辺。
そして今は武器もない、唯一できるのは魔法と魔力変換。先ほどやった粘着魔力だって、来る途中に事前に用意していた暴風魔法LV2【嵐裂】を粘着魔力で竜の胸に設置しておいたものだ。妖狐にはまだユウキのように詠唱破棄は出来ない、だからと言って竜数体の前で長々と詠唱するわけにもいかない。
そう、確実につんでいる、だが...
「やってみなくちゃわからないですよね...其の理をも吹き飛ばす傲慢なる風よ――」
竜が来るまでの数分間暴風魔法の詠唱を唱える。絶対に生きてチナツに会うために.....なんだか変な気分だ、今までは自分のためにしか生きないと思っていたが、人のために生きたいと思うなんて。
そんな感慨深いものを感じながら、私は周りを取り囲んでいる竜を、殺意の目でにらみつけ。
「絶対に生きて帰ります」
チナツを傷つけた竜に静かに怒りを覚えながら、そう宣言した。
♯
子竜達はおやつを食べるのが日課だった。
毎日巣で成体の竜から餌をもらい、口に含んだ、餌を持ってきてくれるその竜はとてもかっこいい竜で子竜達の憧れの的だった。
だが、成長してきたことによる空腹、餌だけでは子竜の腹は満たせなくなっていた。
だから自分たちも、憧れの竜のように、そして空腹を満たすため、餌を食べた後散歩と称して、近くの森でゴブリンやオークなどをかみ殺した。
初めて自分たちで取った餌は最高だった口の中に広がる肉の味、血の味。それを堪能していると、いつの間にかもっと、もっとおいしいものを、と求めるようになっていた。
そして見つけたのだ最高の餌を、森の中心部にあるダンジョンそこの入り口に奇妙な死体が転がっていた。
興味本位で口に入れてみると、とてつもない美味、今まで食ったことのある中でも旨さのレベルが違った。
そして知った、その餌は近くの外壁の中に、しかも生きている状態で大量にあることを。
それを竜たちに教えてやると、その死体を人間と教えられ、人を食べてはいけない、と言われたのだ。
全く理解ができなかった、どうしてあんなに小さい奴らをかばうのか。
だから試すことにした、もしかしたらそれほどまでに強いものなのかもしれない。
空を飛びながら人間を探していると運良くも山に登ってきている餌を見つけた。
襲い掛かってみればすぐに逃げだした、ほれ見ろ、こんなに弱いものではないか。
人間を襲っていると、一人の餌がまた現れた、だがその餌は逃げなかったそれどころか翼にほんの少しの傷をつけられた。
こんな奴に!こんな奴に!...傷をつけられたことに激怒して仲間を呼び本気で襲い掛かった。
数時間戦うと餌は逃げ出した、血をばらまきながら。
こいつだけはここで絶対に殺すと決めていた、自慢の羽を傷つけたあいつだけは.....
そう強く願っていると、偶然にもみつけてしまったのだ。
これはチャンスだ、ほかの竜に餌をとられず独り占めでき、そして苦しめられる。
美味しそうな血が噴き出ている右手にかぶりつくと血をすすった。
痛みに顔を歪めている餌、気分がいい。
さて、肉も味わおう、餌の右腕に牙を突き立て噛み切ろうとした瞬間。
強烈な痛みが顔を襲った。
強烈な威力に木々をなぎ倒しながら地面に倒れつくす。
しばらくして痛みが引いて顔を上げて見えたのは魔物だった。
どうして魔物が人間と?.....そんな疑問よりも浮かんできたのは殺意と怒りだった。
よくも竜の顔を蹴ったなという怒り、人間をかばったことによる殺意。
確実に殺すつもりで自慢の爪をふるった、次の瞬間、体が吹き飛んだ。
上半身が離れ離れになる、理解が追い付いていないだがそれでも竜は生きていた、そして最も最悪なことが起きた。
暴風魔法による切断のため風の威力で上半身を吹き飛ばされた、そして森の中に落ちるはずだった。
だが、落ちたのは一人の人間の掌の上だった。
とんでもない生命力を持つ竜は体を切られようと止血をすれば生きていける、だからその人間は竜の体に回復魔法を惜しげもなくかけた。
人間は竜の強さに驚き跪き、回復魔法をかけたに違いないと、竜はこの時本気でそう思ったのだ、人間でも竜の奴隷にしてもいい......そう思った瞬間、体に痛みが響いた。
「おい、トカゲ、お前のスキルを貰うぞ」
トカゲ呼ばわりに怒りがわいてくる、痛みを与えてくるこの餌に殺意を覚える、普段のこの馬鹿な竜ならそう思えただろう、だがこの男の目を見たとき体から震えが止まらなかった。
なんなんだこの人間は.....こいつは餌じゃない敵だ、本能がそう告げていた、そしてもう一つ、理解した、人間とは最も恐ろしく貧弱な種族であると、そして特に最も恐ろしいのは.....際限なき欲。
基本魔物は生きる欲しか考えにない、どう生きていくか、ただそれだけ....それは人間も同じ、そう思った。
先程の人間の浮かべる表情は生欲しか映し出していなかった、だがこの男はどうだ.....顔から見て取れるのは頭がおかしくなるほどの欲、だがその欲は生欲ではない。
全てを壊したい、引き裂きたい、そんな復讐に対する欲だった。
「さて、お前の住処を教えてもらおうか」
住処、そういった時点で竜は確信した、確実に別れの山脈に住み着く竜は今日で絶滅すると、もしくは....
人間は右手を竜の頭に置くと、記憶を覗き込んだ。
「ってのがここまでの記憶か.....それにしてもやっぱりお前は龍じゃなかったか」
竜から奪ったスキルは【飛翔】【爪技】【ブレス】【竜魔法】【牙技】【敏捷】【魔法耐性】【攻撃力上昇】【剛腕】【嗅覚】【危険察知】【威圧】【竜言語】そして固有スキル【竜眼】【弾道】【本能】久しぶりにスキルをこんなに取れた気がする、最近は対人戦ばかりだったからだろう。だが、お目当てのスキル【龍眼】は予想通り手に入らなかった。やはり竜ではなく龍じゃなくてはいけないようだ。
「それにしてもお前惨めだな.....あ、竜言語じゃないと聞こえないか」
竜に聞こえるように、言語を切り替える。
「馬鹿だなお前、自分のことが人間より上だと思ってんのか?」
確実に馬鹿にされる、そう思った。もうこの時すでに竜よりも上に人間は存在していると竜は思っていた。だが返ってきた言葉は予想外の言葉だった。
「その通りだよ、人間なんてしょせん劣等種だ、自分たちで殺し合い、金、物、人を取り合い、自分の欲も抑えられない、魔物のほうがよっぽど利口だ。
だけど、そこまで分かってどうして最後まで気づかなかったんだろうな?人間の欲の怖さに」
そういうと、ユウキは槌を肩にかけ、いつでもフルスイングできる状態にしておく。
そして左手には魔力変換で形を左手にちょうど収まるくらいのボール型にする。
「俺は、俺の欲のためにあの竜達を殺す、せめて最後くらい守って見せろよ?」
少し先には妖狐が7体の竜と激しく争っていた、だがやはり妖狐が押され気味だ。
このままいけば竜が勝ち、妖狐は食われるだろう、だが俺は妖狐を死なせたくない、だから俺は竜を殺す。
簡単な話だろう?
左手にぴったりと収まっている魔力状の球体を上に少し投げると、魔力で覆った槌でフルスイングをする。
球状の魔力は風切り音を出しながら、一直線上に竜に向かって飛んでいく、竜の前に立ちはだかる木々をなぎ倒し、竜に直撃すると、竜の体に穴をあけた。
「な、なにが起こってるのですか?.....」
妖狐は目の前の竜がいきなり体に風穴を開けながら倒れこんだことに驚き、あたりを見渡す。
木々が変に倒れているほうを見ると、そこにはユウキがいた。
「まず一匹、次」
またすぐに球体状の魔力を作り出すと、軽く投げ竜に向かって打ち放つ、だが今回は不発に終わった。
何故かというと、ユウキにスキルを奪われた竜が自らの体で守ったからだ。
「お前は今選んだ、あいつらを生かし自分が死ぬことを、魔物特有の生の執着を破った、凄いな」
棒読みでそうほめながら。
「でも、生きててあいつらが幸せかどうかはわからんぞ?」
俺は竜言語で死に行く竜にいやらしい笑みを浮かべながらそう言った。
竜たちは焦りながら飛び立つ、確実に勝てない相手、しかも既に三匹が一瞬のうちに殺されているのだ。絶対に殺される、生への執着が強い魔物はすぐに竜の住処を目指し羽ばたいた。
だがそんなこと妖狐は特に気にせず、ユウキに向き直ると頭を下げた。
「王、助けていただきありがとうございました」
「別に、俺はお前との約束を守っただけだ」
「約束?なのです?」
「言ったろ、お前が本当に人間を友達と思っているか証明してみろって、それでお前は実際証明した、自分の命を投げ捨ててでもチナツを助けた、だから俺も約束を守っただけだ」
「そうですか.....でも私は命を投げ捨てたわけじゃないんです、本気で生きて帰るつもりだったんです」
力強く言った妖狐、でもやっぱり強さが足りない、今度少し考えてみる必要があるだろう。
「じゃあ、お前は家に帰れ、明日は朝が早いからな」
妖狐にそう告げると、俺は一人別れの山脈を目指し歩き始めた。




